25話 シャインの過去話 前編(シャイン視点)
D地区の外れにあるファバード刀術道場。
ここで教える刀術は、他流派の追随を許さぬ、およそ一〇〇〇年もの歴史を持つ古武術だ。
元は槍術の達人であったカミユ・アンニスが、老剣豪バージルの影響を受け、自らの技を刀を使った武術に改変したのが始まりだとされる。
その理念は“速近”と“重撃”の二語で表せる。解りやすく説明するならば、素早く近づき、重い一撃を持ってして倒すということだ。単純かつ簡単なように聞こえるが、これを武術として昇華させるのが如何に難しいかは体験した者であればすぐに解る。
突いたり、叩き潰したりするのに優れる剣と比べ、和刀は斬撃の切れ味にこそ真価がある。その分、扱いは繊細で難しい。不馴れな者が振るっても、刀身は簡単に折れたり曲がってしまうだけだろう。だからこそ、この和刀で“速近”と“重撃”を体現するのは容易でないのだ。
ファバード刀術は知名度が高く、理念こそ単純明解ではあるが、それを使いこなせる者が少なく、ほどんど一子相伝のように細々と伝わって来た理由はここにあった……。
我が家でもある道場は、帝都では珍しい道領国の和風な建築様式だ。
雨漏りによって畳の色はすでに変色し、襖も破れ、漆喰の壁も崩れてしまっていた。貧乏道場…そう揶揄されるのもずいぶんと慣れてしまった。
私は板の間に正座し、半眼のまま、上座にいる師を見やる。
我が祖父。老いたとはいえ、かつては三将軍だった一人ロダム・スカルネにも認められたほどの武術家である。
私とて師を相手にすれば、戦技を使わない純粋な刀術だけでは勝てるかどうか解らない。身内を贔屓にするわけではないが、未だ衰えを感じさせることはない。
「…シャイン・ファバードよ。免許皆伝である」
キセルからフーッと紫煙を吐いた師範がどこを見るわけでもなく言い放つ。
「は?」
私は思わず聞き返していた。いきなり呼ばれたかと思えば、なんも説明もなしにこれであったから当然だ。
長い白髪を揺らし、シワに覆われていた眼がキラッと覗く。
「儂が教えられることは最早ない…。ファバード“五型”を修得し、その上に戦気を操り、五型すべてを戦技として扱えるようにもなった。道場を継ぐには充分に相応しい力量じゃ」
「しかし! 私はまだ未熟者です! 師にはまだまだ教わらねばならぬことが…」
私の言葉を制し、師が着物の袖をまくる。
さらした右上腕に、断層のような大きな古傷が深々と残っていた。これについてはよく知っている。かつてデュガン・ロータスと戦った時に受けたものである。
「こやつがな、時たまにひどく痛む。最近はとくと酷い。そうなれば、刀を握るのもままならぬ。…それにの、儂も歳だ。古くさい考えの者が上に居座っても、ファバード流は時流においていかれてしまう」
ガランとした殺風景な道場を、師はゆっくりと見回す。
そう。私以外の門下生はいない。筋トレと型練ばかりに終始する、この道場のやり方についていける者はいなかったのだ。
「今では復刻ロギロス流などと…バージル老の剣技とはほど遠い、見せかけだけの武術が帝都内にはびこっておると聞く」
その噂は私も耳にしたことがある。老剣豪の強さを身に付けられると吹聴する怪しげな新興武術だと。帝都ではバージル老の名前を使う者は少なからずいるが、とりわけ復刻ロギロス流はここ最近よく聞く名称だ。だが、他の例にもれず、良からぬ噂もそれなりだった。
「シャインよ。お前だけは、カミユ師の教え……ファバード流の伝統を曲げてくれるな」
師が自身の刀を鞘ごと取って、前に突き出す。師の愛刀“浮雲”だ。
これを渡すということは、本気で引退する気なのだろう。その気持ちを汲まねば、私は弟子として失格だと思った。
居ずまいを正し、私は両手でそれを恭しく受け取る。
「はッ! 不肖シャイン・ファバード。ファバード刀術の名に恥じぬよう精進し、またその教えを決して途絶えさせぬと誓います!」
この時から、私はファバード刀術の師範となったのである……。
---
師範となった私は、まず道場生を集めようと動き出した。
他の道場を真似し、張り紙や街頭での呼び込みも行った。
その結果、十代の血気盛んな青少年は幾らか集まったのだが…。達者なのは口先だけであり、ちょっと小突いただけで泣き出し、道場を出て行ってしまうような情けない有様だった。
そんなことを何度か繰り返し、何かしらやり方が間違っているのでは……と、私は思い始めていた。
商業地区外れにあるレソニック突剣術の道場。二階は飲食店で、一階部分がテナントの道場となっている。中が明るく見えるショーウィンドウに“本部”と書かれてることから、支部も幾つか出してるのだろう。
実のところ、私は他の道場をこっそりと偵察しに来たのだ。だが、私の姿はすぐに見つかってしまう。大柄だから目立つと言われたが……なるほど。まったくもって失礼な話ではあるが、否定はできなかった。
そして、そのまま追い出されるかと思いきや、なぜか道場主は嬉々として私の見学を許してくれた。普通はライバル道場相手にそんなことはせんだろうに…。そんな風に考えてしまう時点で、私も師と同様に古いのかもしれない。
「ハァーイ。アーンアン・ドドゥ・トロワァーーン♪ 腰を入れて、激しく、妖しく突くのよぉん!」
道場主が大勢の弟子を前に、演武していた。
細長いレイピアと、谷間が見える胸、ヘソの見える腹部を、必要以上にクネクネと振って大袈裟に突いてみせる。
どう見ても、露出し過ぎな格好といい、その緩慢な動作といい、隙だらけにしか見えないのだが…。
しかし、集まった弟子たちは眼を見開いてその動作を目視していた。なかなか研究熱心なことだ。
「げへげへ! アーンアン・ドドゥ・トロ…ブッシュー!!」
弟子の一人が大量に鼻血をまき散らして倒れた。
なんだ? どうしたというのだ? どこか今の動作にケガをする要素があったのか? 見ただけでは解らぬが、それほど危険な技なのか…。
「はぁーい。今日の訓練おっしまーい。あとはティータイムね。美味しいカステラ用意したから皆で食べてね☆」
道場主がそんなことを言って手を叩く。
は? もう終いなの、か…? まだ半刻もやってないぞ。ウチならば、準備運動すらまだ終えてない時間だ。
奥からメイド服を着た大勢の師範代…なぜか女ばかりだが…が、現れ、紅茶とカステラを配っていく。
私の元にも同じ物が置かれ、ニコリと微笑まれた。歓迎されているとは解ったが、教える側にも、こういう愛嬌が必要なものなのか? うーむ、しかし、まったく強そうには見えんのだがな…。
「…休憩はどれくらいだ?」
私が問うと、道場主はタオルで身体をふきながら首を傾げた。
しかし、武術の道場とは思えぬほどの軽装だ。マントの中は下着だけだとは…。よほど、敵の攻撃をかわすのに自信があるのだろう。
「いいえ。本日はもうお終いですわ」
「な、なに?」
確かに、師範代にカステラを食べさせてもらってる弟子たちがヘラヘラと笑ってる様子からして、修練が再開される様子はまったく感じられなかったが…。
「汗だくになって強くなるなんて流行らないのですのよん♪ 今はゆっくりじっくーり、時間をたーっぷりかけて、ほんのーり、気持ちよーく、ちょっぴり鍛える…っていうのが主流なんですのよん」
「そ、そうなのか…」
カステラを前にして、私は考え込んでしまう。
その弟子たちの顔を見れば…お世辞にも、武人とは言えない。こんなことをして強くなれるとはどうしても思えんな。
「シャイン師範も、私みたいな格好をして、こうやってオヤツタイムとか作ったら、いっぱーいいっーぱい弟子できますよん」
師範代がウインクすると、弟子たちがそろって拳を突き上げたて、鼻血が散った…。はたして、これも攻撃なのか?
ううむ。強くなれるかどうかはともかく、統率力だけは少なくとも見習わねばならないだろうな…。
「よろしければぁー、うちで使ってる道着を一着さしあげてもいいですよん♪」
師範はフリルのたくさんついた…水着のようなものを差し出す。当人が着てるものと同じもののようだ。
「あ、いや…うむ! 少し考えてみる! 見学させてくれたことは礼を言う! それでは!!」
私はそそくさと道場を後にした。どう考えても、あの道着を着る勇気は私にはない……。
失意の中、宛もなく歩いていると、街角で怪しげな者たちを眼にする。穏やかな風体とは言えない男たちが、子供の襟首を掴んだままに、こそこそと路地裏へと消えていったのだ。
パトロール中と思われる帝国兵がそちらを見やっていたのだが、フイッと眼を逸らしてしまう。
「おい! 今のを見なかったのか!?」
私が兵士に問うと、覆面越しに動揺しているのが解る。だが、ゴホンと咳払いすると偉そうに胸をそらした。
「…民事不介入だ。犯罪行為でない限りは対処はできん」
他人事のように言う兵士に苛立ちを感じる。こいつは何を言っているのだ?
「なんだと!? いま連れていかれたのは明らかに子供だぞ! 今のが犯罪でないと言い切れるのか!?」
「わ、我らは颯風団のテロ行為を防止するために巡回をしている。そのような些末な事に関わっている暇はない」
「帝国軍はそこまで腐っているのか!? 話にならん!」
帝国軍が腐敗しているのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
私は刀の柄に手をやりながら、男たちが消えた路地裏に走る。
「…ポケットの中のもんだせば、見逃してやるって言ってんだろ」
「い、いやだ…ぐぅっ。これは母ちゃんの薬代なんだッ!」
壁に強く押し付けられ、苦しそうに子供は呻く。相手は大人だ。襟首を掴まれて持ち上げられ、足は宙に浮いていた。
「そんなのはこっちには関係ねぇ話だ。ちぃと痛い目をみりゃ素直になるだろうよ」
「ゲヒヒ! 大人の怖さ、テッテーテキに教えてやんよぉ~」
相手はいい大人が三人だ。まったく。子供一人の金を奪おうとは何とも情けない連中だ。
「おい。そこまでだ!」
私が声をかけると、ビクッと驚いたように三人が振り返る。
「あぁ? なんでぇ? 女がしゃしゃりでてくんなや。テメェに用はねぇぞ」
リーダー格らしいヒゲ面の男がそう言う。かなりガタイが良く、腕っ節には自信がありそうだ。
「おうおう。俺たちが、この貧民街を支配する“トリプル・ベアー”と知ってのことか?」
痩せぎすで、一番背の高いスキンヘッドの男が、腰から抜き出したナイフをペロッと舐めた。
「女だったら、優しく身体で教え込む……って言いてぇところだが、こんな女とも思えねぇ女はごめんだね! ゲヒヒ!」
小柄で目玉がギョロギョロした男だ。早口すぎる上、口の端に泡がたまっている。その口調と同じく、品性の欠片も感じさせない。
「…その子供を置いてさっさと消えろ。でなければ斬るぞ」
刀を抜き、威嚇する。が、三人のヘラヘラとした笑みは止むことがない。
どうして、こう頭が悪いヤツに鍵って力量差を見極められないのだろうか。三人いることで気が大きくなっているせいか、まったく退く気はなさそうだった。
「はぁ。めんどくせぇ…。顔の形が変わるのは覚悟しとけよ」
掴んでいた子供の胸ぐらを離し、ヒゲ面が私に向かって拳を振り上げる。
「ぜいッ!」
バシッ! ドンッ! ダンッ!
「ガッ!?」 「ギャッ!?」 「ウゲッ!」
呆気ない。ほんの一瞬だった……。
身を低くして、三回ほど進みながら左右に払うだけで終わってしまったのだ。
胴回りが隙だらけだったので、思いっきり打ち据えてやった。もちろん峰打ちだ。
「…うぐぐ。こ、この俺たちがこんなにあっさりと」
痛むであろう腹を押さえ、呻きながら三人はひざまずく。
「次からは、相手を見て挑むんだな」
私はそう言い、刀を鞘に戻す。
素手でも用が足りただろう。こんなチンピラ相手に刀を使うまでもなかったか…。
「クソッ! 俺たちにこんなことをしてただで済むと思うな…。絶対に借りは返すッ!」
「お、覚えておけよ!」
「チキショウ!」
まったく。実力だけでなく、捨て台詞まで三流とは。
男たちはそそくさと、這うようにしていなくなってしまった…。最初からそうしていれば痛い思いなどせずにすんだだろうに。
「大丈夫か?」
私は少年を見やって尋ねる。見たところ、ケガというケガはしていない。少年は一〇歳ぐらいだろうか。ポカーンとした顔で、私を見上げていた。
服装はボロボロで、どうしてあの男たちがこの子供をターゲットにしたのか理解に苦しむ。
「…あ、ありがと。あの、これ盗られたら…困るとこだった」
そう言って、ポケットからヨレヨレの札束を取り出す。
そうか、なるほど。子供が持っているにしては大金だった。これが狙われたわけか。
「オイラがいけないんだ。薬屋に入る前に、ちゃんとあるかどうか確かめようとして…道端で金なんか出したから。あんなヤツらに目をつけられて」
「そう言うのなら、さっさとしまうことだな」
私が言うと、ハッとして少年は札をポケットに押し込んだ。
「…薬局まで行くのか? なら、そこまでついて行ってやろう」
考える間もなくそう答えていた。どうにも目の前の少年を放っておけなかったのだ。
「ホント?」
少年は頬にエクボを作り、嬉しそうに笑ったのだった……。
路地裏を出ると、すぐに薬局“仙人屋”があった。私も傷薬を買いに行く馴染みの店だ。
居住区に店を構えているのは、売り上げよりも客の利便性をとったから…というより、店主が高齢で通勤に辛いからというのが本音らしい。
独特の薬草のニオイが漂う店内。
怪しげな物品が棚に並び、道領国の漢字で説明書きが貼り付けてある。
「おやおや。いつの間に子連れになったんぢゃな?」
奥で薬を擂っている店主のフォンが、私と少年を見やり、長い髭を撫でながら笑った。
道領国出身の怪しげな薬師だ。だが、この老人の作る薬の効き目が抜群であることはよく知っている。
「フン。天地がひっくり返ったとしても、私が子持ちになるなんてありえんことだ」
武に生きると決めた時点で女は棄てている。男に興味などなかった。子供を授かるなどとはもっての他だ。
「ホホホッ! 世の中には何があるか解らんでな。まあ、気を悪くせんでくれ。……おや、リオではないか。最近来ないと思っておったが、半年ぶりかな。薬が必要なのぢゃな?」
少年…リオは、コクリと頷く。
そして、ポケットの金を取り出してカウンターの前に置いた。
フォンは細い目を僅かに開く。それは驚いた様だった。
「…どうしたんぢゃ、この金は。いつもより額が多いようぢゃが?」
「ありったけ頂戴! この店にある分、全部だよ!」
フォンは顎髭を撫でつつ、「ふぅーむ」と呟く。
何か問題でもあるのだろうか?
「金はあるんだ! こっちは客だよ!! 売ってよ!!」
懇願するように、リオがカウンターから乗り出す。
「まあ、確かに…。売らぬ理由はないのぅ」
根負けしたのか、フォンは薬棚から丸薬を取り出して袋に包む。
それだけでは足らず、店の奥からも、袋のストックを幾つか引っ張りだしてきた。
「使用方法は…」
「解っているよ! 問題ないって!!」
説明をリオが遮る。
フォンはまだ何か言いたげにしたが、諦めて肩を竦めてみせた。
「で、シャインの嬢ちゃんも何かお入り用かね?」
「いや、この子の付き添いだ。傷薬は間に合っている」
道場には私しかいないのだから、怪我をする者もいない。
「…あのさ。お姉ちゃん。ありがとな!」
リオは大袋をかかえ、ニカッと笑った。
前歯がないので、ちょっと間が抜けた顔ではあるが、人を惹き付けるような愛嬌があった。
「別に構わん。大した手間でもないしな」
「お姉ちゃん、超ツエーけど。なんかやっている人?」
「ホホホ。“超ツエー”のは当たりまえぢゃ。古今東西、知らぬ者はおらぬ武の名門ファバード流の師範なのだからのぉ」
私が答える前に、フォンが笑いながら言った。まったくもって、おしゃべりな老人だ。
「師範? 剣術の師範なんか!? へえーッ! それはスゴイや!」
「…まあ、正確には刀術だがな。剣は使わん」
「オイラも…その刀術やれば強くなれっかな? その、さっきの変なヤツら…倒せるぐらいに」
怖ず怖ずと聞くリオに、私は頷く。
「そうだな。少なくとも、先のチンピラなどには後れはとるまい」
リオの目がキラキラと輝いた。
「お、俺! なら、お姉ちゃんの弟子になる!! 頼むよ、オイラを強くしてくれ!!」
「本気か?」
体格を見るに、ファバード流は向かないと思えるが…。
いや、まだ成長期前か。可能性はあるな。今から鍛えればそれなりのものにはなるだろう。
「もちろんさ!」
「……そうだな。とくに年齢制限があるわけでもない。やる気があるなら、道場生になるのを断る理由はないな」
「マジ!? やった!!」
こうして、思いがけないやり取りで、このリオが私にとっての一番弟子となったのだった……。
---
リオは最初こそ寝坊して遅刻したりしていたが、道場を休むということは一日たりともなかった。
私が組んだ訓練メニューは、十一歳という年齢には過酷とも思える内容だったかも知れないが、弱音一つ吐かずについてきている。そこらへんのケンカ自慢の輩よりよっぽど根性があった。
「刀術はどうだ?」
「うん! 楽しいよ!」
しゃがみこんだ姿勢で相対し、打ち合う稽古…“屈み合わせ”行う。
足運びでなく、腕力を主に使った技術を会得するためのものだ。これを重点的に行っていれば、下半身の力が加わって信じられないぐらいの破壊力を生み出せるようになる。それだけでなく、仮に足を壊された時の戦闘にも役立つというわけだ。
不自然な体勢のまま刀を振るわねばならないので相当辛いはずなのだが、リオは意気揚々と木刀を振る。
辛いはずの鍛錬を楽しいと評価できる。それだけで刀術の素質があるのだと知れる。
「ねえ! おね…じゃなくて、師範!」
「なんだ?」
「技! なんか技みせてよ!」
道場入りたての若者にありがちなことを言う。
地味な基礎訓練を繰り返すよりも、見栄え良い技に興味を持つのは当然なのだが…。
「いいか、リオ。ファバード流にも技はあるが…。技というのは基本が身に付いた上で会得するものだ。つまり、すべての動作が無意識のうちに自然と繋がることこそが技というものであり…」
「そんな話はいーからさ! 見たい! 見たーい!!」
こんな子供に武術理論など無意味か…。
まあ、確かに同じことばかりをさせて飽きられても困る。
弟子を楽しませてやらねばならない……うむ。レソニック突剣術道場で唯一学んだことだ。
「いいだろう。どうせ見るというのならば、実際に受けてみるがいい」
「え!?」
「安心しろ。加減はする」
そう言うと、少しホッとした様子を見せた。
それからリオは大きく息を吸い込み、奥歯を噛み締め、木刀を中段に構える。
私は目を軽くつむり、木刀をクルリと回すと、納刀の動作を行う。鞘はないので、形だけだが…。
自然と放ちそうになる戦気は抑え、戦技ではなく、ただの技だと意識する。戦技にしてしまえば、リオの木刀を叩き折ってケガをさせてしまうからだ。
「ファバード流第四型『居抜!!!!』」
自分の目にも止まらぬ勢いで、木刀を振り抜く!
ファバード流にとってオーソドックスでありながら、一番に攻撃力に勝る技だ。
「うあッ!?」
カァーンッ! という音と共に、リオの持っていた木刀が道場の端に吹っ飛んでいく!
ジンジンと痛むであろう真っ赤な手の平を見て、リオは目を丸くしていた。
「す、すっげー。何したのか全然見えなかった。俺、しっかり握りしめてたのに…」
「これがファバード流が和刀を使う理由だ。真剣での技であれば、威力はさっきの比ではない」
「オイラも使えるようになる!?」
「ああ。ただし、技というものは…」
「よぉおし! やるぞ!!」
リオは話を聞いている様子もなく、意気込んでいる。まあ、やる気になってくれる分にはいいのだが…。
「しかし、弟子が出来たとはいえ、一人とはな…」
ガランと広く寒々とした道場を見やる。二人で使うにはあまりにも広すぎるだろう…。
レソニック流は道場生だけではなくて、見学者も入りきれないぐらいで、窓から乗り出しているのもいたというぐらいなのに…。
それもとんでもない熱気を放っていたのを思い出す。暖房もなしに熱かった。今考えれば、剣技に熱を向けていたのではないかも知れないが…。
「なんだよ。オイラだけじゃ不満かい?」
頬を膨らませてリオが怒る。武術をたしなんでいる者にしてはまだまだ迫力が足りないな。
「そういうわけではないが…。鍛錬というものは同じぐらいのレベルの者同士がいた方が成長が早いのだ」
微妙な力量差での勝敗が、自身や相手の利点と欠点を明確にするものだ。
それに相手に負けたくないという思いがでてくれば、さらなる向上心を期待できる。
「んー。でも、なんでこんなに人来ないんだろ。もっとさ、広告に出さなきゃいけないんじゃない?」
「そこは痛いところだな。だが、復刻ロギロス流のように潤沢な資金があるわけではない。…貧乏道場に、打つ手は限られてくるさ」
広告会社には聞きに行ったこともあるが、こちらの予算を伝えた瞬間に追い返されたのを思い出す。実に苦々しい記憶だ…。「常識で言ってますー?」なんて言った担当者の顔は、今思い出しても腹立たしい。叩き斬ってやればよかったかもしれん。
「いや、別にお金を払ってださなくてもいいじゃん」
「なに?」
リオが言っている意味が分からず、私は眉を寄せる。
広告という以上、多くの者たちが読むであろう雑誌や新聞に出すのが普通だろうと私は考えていた。それには当然、金がかかるものだ。
その疑問には答えず、リオはヘヘヘッと鼻の下を得意そうにこすった。
「いいから。オイラに任せておいてよ。今日の稽古おわったら、ちょっと付き合ってな!」
そう言って、リオは飛んでいった木刀を取りに走ったのだった……。
修練を終えた後、リオは小刀と木板を求めてきた。
小刀は祖父が使っていたものを、木板は裏庭の井戸にかぶせてあったものをくれてやる。
「何をする気だ?」
「へへ。すぐに終わるからさ。あと墨もいるな。紙もあればあるほどいい」
言われるがまま、墨と紙も用意してやる。いずれも祖父が趣味で行っていた書道の道具から拝借した。
「…まさか手書きのチラシを作る気か? 一枚一枚書いていては日が暮れるぞ」
私が言うと、リオは「惜しいけど違うね」とニカッと笑う。
「いいから、シャイン師範は明日までに街中で人通りが多いとこ探しておいてよ。あ、たぶん通学路とかいいんじゃない? 課外活動おわったヤツらが帰る時間がベストだね」
帝都内の学校では、午前中は義務教育として読み書きや四則演算を習う。
十二歳以上の年齢ともなれば、午後は課外活動に当てられ、本人が好きなものを選んで学べるのだ。
校内で高等な学問を修めるもよし、すぐに帰宅して家業を手伝うもよし。または、学校で指定された以外でも、帝国軍初等訓練校で兵士になる勉強をする者もいる。
そうでなければ、ファバード流などの道場などで武術を学ぶことも勧められていた。才能さえあれば、そうやって、より高収入な貴族の私兵を目指すのもありだろう。
「何をする気なのかは知らんが…。道場の品位を落とすような真似だけはやめてくれよ」
「わかってるって♪ じゃ、借りてくね。また明日の夕方に!」
用意した道具をリュックに詰め込むと、リオは急いで帰ってしまったのだった……。
翌日。言われた通り、学生がよく通るであろう喫茶店や小店などがある角地を見つけて立つ。
城と全ての区画を繋げる大中央道のすぐ近くだ。自動車が行き来しているのがよく見える。
「ダーメだって。そんな怖い顔して立ってたら」
リオが昨日渡した大量の紙を持ってやってくる。
そして、紙を置いて、眉間にシワを寄せて腕を組む。……ん? これは、私の真似をしてるのか?
「これじゃ、誰もおっかなくて話なんて聞いてくれないよ」
そうか。呼び込みが上手くいかない理由はそのせいか…。声をかけただけで、悲鳴をあげて逃げられたこともあったな。
リオは私に紙の一枚を渡した。
刀を構えた武人のイラストだ。そして、『ファバード刀術道場修行生募集』の文字。白黒のみの陰影だけだが、絵心のない私でもなかなかセンスが光っているのだと感じる。
「なるほど、考えたな。版画か…。その為に、小刀と木板が必要だったのだな」
「そういうこと! ちょっと前、母ちゃんが内職で手書きのポスター作ってたからさ。手伝ってたんだよね~」
これなら大量にチラシを作るのも難しくない。
単純なイラストとはいえ、よくこの短時間で仕上げたものだ。意外な才能があったものだな。
「それじゃ配るよ! でも、睨んじゃダメだからね。笑顔、笑顔が大事ですよ! 商売は!」
どこぞの商人のような顔をして、リオは揉み手をする。
「笑顔…。こうか?」
あまり笑うことのない私は、リオの顔を真似して口の両端をあげてみせる。慣れない動作に顔面が引きつる。
リオは「うっ」と呻いて、一歩退いた。
「う、ううーん。なんか、ちょっと違うかなぁ…」
「なにが違うんだ?」
「んー、なんて言えばいいのかな。敵を笑いながら殺す殺人鬼のような、討ちとった敵の首をつかんでる悪魔の微笑みたいな…」
「随分と失礼なことを遠慮なしに言ってくれるな」
「え!? イヤだなぁ~。そんな顔するとますます怖く……。えっとー、ほら、あそこのお兄さん! あんな感じ! あれこそが本当の笑顔だよ!」
リオが指さす方向を見やる。
ちょうど私とは反対の角に、一人の男がいた。
ゆったりとしたローブに、長い長髪をした若い男だ。
ニコニコと愛想笑いを振りまきながら、チラシを配っている。
一目見て、それはイバン教徒なのだと解った。三神教の神官はもっと派手な格好をしているので、その違いは歴然だ。
私の視線に気づくと、深々とお辞儀をする。そして、何を思ったのか、こちらへと歩み寄ってきた。
「どうも、こんにちは。私は…」
「悪いが、宗教に興味はない」
相手が切り出す前に、私は即座に断った。
こういう輩はいつも同じ事を言う。はなから聞く気などなかった。
男はハハハと苦笑いをして、チラシを出そうとしていた手を引っ込めた。
きっと無碍に断られることには一度や二度じゃないはずだ。特に気にした様子もないことから、きっと慣れているんだろう。
だが、どうしてか、立ち去る気配はない。普通、こんなことを言われたら諦めて立ち去るものなのだがな…。
「宗教の勧誘するつもりはないですよ。…って、まあ、パンフレットは配っていましたが。あっと、これは失礼。名乗り遅れましたね。私はマトリックス・ファテニズムと申します。そこにある聖イバン教会の神父をやっています」
聞かれもせずに、よくもまあベラベラと喋るものだ。喋ることが仕事なのだから当然なのかもしれないが。
だが、ただの信者でなく、神父だったとは…。私とそう変わらない年齢だろうに、信仰に身を投じているのか。刀の道をひたすらに歩み続ける私とは対照的だな。
「えー。オイラ、イバン様の教えは…。難しくてちょっと」
リオは苦々しい顔をする。大抵の子供はそうだ。
“教会=長々と説教される場所”であって、じっとしているのが嫌いな子供には敬遠される。
イバン・カリズムの物語、セインラナス十神と龍王アーダンの戦い、老剣豪バージルの英雄活劇、この三つは間違いなく子供の頃に御伽話として嫌というほど聞かされているだろう。
この中で一番退屈なのはイバンの物語だ。信徒であるないに関わらず、学校でも教養としてまず聞かされるものだ。
審判の書を綴った経緯、ガーネット帝国の興りなど。見せ場の少ない淡々とした話が延々と続く。眠くならないで聞けというほうが無理だろう。
子供からすれば、強大な龍王や、魔王と戦った武勇伝などのほうが心惹かれるものだ。正直、私が子供のときも同じように感じた。
「アハハ、まあ、そう固く考えずにね。何か困ったことがあれば気楽にいらしてください。教会がお力になりますよ」
困ったことがあったら気楽にはいられないと思うが…。思わず、それを口に出しそうになる。
「…困ったこと」
リオはうつむいて呟く。
悩みでもあるのか? と思ったが、すぐさま顔をあげてニカッと笑顔を作った。
「そうだ! 神父さんってことは…あれだよね。一杯、知り合いとかいるよね?」
「え? ええ。そうですね…。ここら辺は最高三大神信仰が多いので、他の教会に比べれば信者さんの数は少ないのですが」
信者の数を聞かれたと思ったのか、ファテニズム神父はそんなことを言う。
「それにさ! 教会っていっぱい人くるよね? 困った人とか特に! ならさ! これ、教会のどっかに貼り付けてもらえない!?」
「え?」
リオは紙の束から、別の一枚を取り出す。
どうやらそれは他のチラシとは違うようだった。
「これは…」
神父の受け取った紙を、私も横から覗き見る。
私と思わしき人間が、刀を振り下ろして誰かを真っ二つにするイラストだ。その脇には『すぐさまご依頼を! 悪人倒します!』との文字。
「なんだ、これは?」
リオは得意そうに、腰に手を当てて胸をそらした。
「へへ。ただ生徒を募集するだけじゃなかなか来ないでしょ? そこらへんに、これ貼り付けとくんだよ。そのうちに悪いヤツがいるって通報あってさ、シャイン師範がそれを倒せばいいんだよ! そうしたら、『あ! ファバード刀術ってすげーじゃん!』ってなるじゃん。そしたらいっぱい人くんよ! オイラみたいなヤツがさ!」
「討伐依頼…とかですか? うーん。でも、ちょっと暴力的なものは教会にはそぐわないような…」
ファテニズム神父は申し訳なさそうに言い、チラッと私の持つ刀に目を向ける。
「あー。そういうイメージじゃなくて。なんていうかな。ほら、“弱い人を守りまーす”、みたいな。“正義の味方参上!” でもいあし…」
自分が助けられた時のことを思い出して言っているのだろう。
「…つまり、自警団みたいなものをやりたいということか?」
「そうそう! そんな感じ!」
自警団なら、『悪人倒します!』じゃまずい気もするが…。
「ふーむ、そうですね。自警団ですか…。うん。警備とか防衛するというのは悪いことではありませんしね。チラシの文をちょっと変えて頂けるのなら…」
「だが、イバン教会に道場の広告を出すつもりはないぞ」
私がそう言うと、ファテニズム神父は少し驚いた顔をする。リオはあからさまに不満気だ。
「どうにも私は宗教や信仰という不確かな類いが好きになれない。対象がイバンであろうと、三大最高神であろうとだ。自分に出来ないところを、何者かに祈りで叶えてもらおうという考えがそもそも気にいらん」
別に目の前の神父に文句を言いたかったわけじゃないのだが、つい口調が強くなってしまった。
よく私の道場にも三神教徒が来て、「お祈りに参加しませんか?」などとしつこく言ってくるので…どうにも宗教は好きになれなかったのだ。
「私たちは他力本願に見えるのかもしれませんが…。人の力には限界がありますよ」
怒るかと思いきや、さっきと変わらぬ表情でファテニズム神父が言う。
「ならばさらに努力するだけのことだ。信じると言うのならば、それは自身の力だけだ」
信じて祈っているだけで救われるならば苦労はしないだろう。
「……力だけを信じるというのは危険ですよ」
そんな偉そうに言い返されたことに、私は少しカチンとする。
「仮に邪なる者がいて、自分たちに危害を加えようとしてきたらならばどうする? 私には戦う力がある。だが、貴様たちは祈るだけだろう? 神界凍結のせいで神々は身動きがとれぬと聞く。祈って神々が助けに来てくれるのか? イバンが過去から助けに来てくれるのか?」
目の前の神父は私よりも背は低いし、筋力もない。とても戦闘タイプには見えなかった。何か身に危険が起きたとしても、このファテニズム神父には対処するだけの力などないことだろう。
「それは…」
ファテニズム神父は悲しげな表情をする。
責めたつもりはないのだが、何もできないくせに偉そうに人に説教するのはどうかと思う。私の道場に今までやってきた口先だけの輩と同じではないかと思ってしまうのだ。
大見栄はきるくせに、実力はない……そんな者が堂々と語ることを許されるはずなどない。
「リオ。自警団という発想自体は悪くないが、教会と関わる気はない。やるなら街角にポスターを貼れ」
そう言うと、リオは渋々とポスターを返して貰う。
これ以上は何を話しても無駄だろうと、さすがのファテニズム神父も離れていった。
それから私たちは数時間かけ、二人してチラシを配ったのだが。
受け取ってもらえたのは、ほんの数枚ほどであった…………。
---
それから数日後…。
一向に道場生が増える気配はなく、相変わらず私はリオだけを教えていた。
いざとなれば、リオだけでも後継者になってくれればいい…そんな淡い期待を抱きながら、日増しに成長していくのを楽しみに見ていた。
リオの勧めで、自警団の真似事もやることになった。“団”などと言っても、団員は私だけなんだがな。
依頼は一件も来なかったが、自主的にパトロールような真似事も行う。しかし、何か特別なことはなく、普段いつものように腰に刀をぶらさげて歩き回るだけといったものだ。
それでも怪しそうな人物がいたら後をつけてみたり、サボっている帝国兵がいれば睨みを利かせてみたりする。何もしないよりは、少しは違うことだろう。まあ、道場生がこれで増えることはないと思うが……。
「む? またあいつらか…」
仙人屋の近くの裏路地、あのリオを襲った三人組がいた。なにやらコソコソと、隅に集まって顔を寄せて話している。
「おい! 貴様らまた悪事を働く気か?」
「へ!?」
「て、テメェは!!」
「凶暴な大女じゃねぇか!」
声をかけると、三人はバッと構える。
「確か、“トリプル・ピッグ”とかいったか? まだ懲りないとみえるな!」
「“ピッグ”じゃねぇ! それじゃ“豚”だろうがッ!! 俺たちは“トリプル・ベアー”だ! “熊”!! “三匹の熊”って意味だぜ!」
「そんなものはどちらでもいい。獣は獣。叩き斬られれば同じ屍だ」
私が柄に手をかけると、三人の顔が青ざめた。峰打ちされた痛みを思い出したのだろう。
「い、いや! 待ってくれ! 別に何かしようとしていたわけじゃねぇよ!」
髭面のリーダーが慌てて言う。残りも降参したように両手を挙げた。
「嘘をつくな」
「いや、嘘じゃねぇって! 話を聞いてくれ!!」
あまりに必死になって言うので、私は柄から手を離す。それを見て、安堵したように男たちは額の汗を拭った。
「アンタにやられてからはよ、神々やイバン様に誓って一切の悪事は働いてねぇ。なんかツキが逃げてっちまってな。何やっても上手くいかねぇのさ。現に、こうやってアンタにまた会っちまったわけだしな」
「こんな薄暗い路地裏にいて何を言うか。疑われたくなけらば、明るい大通りを堂々と歩け」
「いやよ。つい昔からいるところに集まっちまうもんで…。ああ、だけど仕事は探しているぜ。それも真っ当な仕事さ」
髭面がいうと、二人もコクコクと頷いた。ちょっと自慢気に言うあたり、どうやらこの件については嘘はついていないようだ。
「ならなおさらだ。こんな所で燻ってないで、さっさと酒場にでも行って求人を探すんだな」
一瞬、この三人を自警団に引き入れようとも思ったのだが…。この明らかな悪人面では逆効果だろう。それに、今の私には給金を用意してやれんしな。
「いや、そうなんだけどよぉ…。その、この前のガキが…」
「ガキ…とは、リオのことか? リオがどうした?」
「ああ。そうだ。アンタが助けた、やけに羽振りのいいガキだ」
リオだったら、道場を終えてすでに帰宅しているはずだが…。
「言え。なにがあった? もしかして、何かに巻き込まれたのか?」
髭面に詰め寄ると、ビクッと怯えた顔をする。
「それがよぉ。俺たちがここでだべってたらよ、あのガキが…ここに入って来たんだよ。でな、なんか怪しいヤツから金を受け取ってたんだ」
怪しいヤツ? まあ、明らかに怪しいコイツらが言えることじゃないとも思うが…。
「ありゃただ者じゃねぇぜ。金も…そら、ちらっと見ただけだけどさ。ガキが持つには大金だぜ。この前と同じか、それ以上はある札束の山だ」
「貴様たちは、以前、リオが金を持っていると知って奪おうとしたんだろう?」
私の問いに、気まずそうに頷く。
「ああ。母ちゃんの薬代だとか喚いてたけどよ…。俺らは、あれはガキがくすねたものだと思ってたんだ」
「あのガキは貧民街に住んでる。普通じゃあんな金は手にはいらねぇよ…。盗んだ金を、俺たちが盗んだって…イバン様の罰はあたらねぇ。だろ?」
「ゲヒ。でも、あんなやばそうなヤツから貰ってた金だったなんてな。……あのとき盗れなくて正解だったかもだぜ」
髭面、スキンヘッド、ギョロ目…の三人が顔を見合わせて言う。
この真剣な様子から言って、私を騙そうとしているわけじゃなさそうだな…。
「…その怪しいヤツの特徴は?」
「絵? ああ。女だ…と思う。変な被り物してたんで詳しくはわからねぇが…。紺色の布にすっぽりくるまれてた。なんていうんかな、あれは」
「おう。着てたのは、たぶん道領国の袈裟だな。間違いねぇ。ここらへんであんなの着てるヤツなんてまずいねぇよ」
「道領国の人間?」
道領服の正装……和装が売っていないわけではないが、このガーネット帝国で着るのは珍しい。
ファバード流も和刀を使う道領国の流れを汲む。だから、正式には和装でいるべきなのかもしれない。初代カミユも晩年は和服だったと聞くが、今ではそんな決まりがあるわけでもなく自由だ。
私も手甲や胸当て意外は、後は帝都民が着る普通の服装だ。こちらの方が実際には動きやすい。道領国の服はヒラヒラしていて戦いの邪魔になるのだ。
「…気になるな」
リオと接触している女。何者だろうか? ましてや子供に大金を渡すとは…。
「おい。貴様ら」
「あ? え? これは?」
私はポケットにあった幾らかの札を髭面に渡す。
キョトンとした顔をしてたが、それでもしっかりと金を受け取った。
「大した額は払えん。だが、その女、見かけたら私に連絡を寄越せ。いいな?」
そう言うと、ヤツらの顔がキラキラと輝いた。…なんだ、コイツら。
「わかったぜ! 姉御!! 俺たちトリプル・ベアーに任せておきな!」
「初仕事だな! 兄貴! うーっし! 気合い入れるぜ!!!」
「ゲヒヒ! 連絡したら、その女はもらえるのかな? もらえるのかな?」
まったくもって単純な連中だ…。だが、こういう手合いの方が扱いやすい。
怪しげな女の子とはこの三人に任せることにして、私はリオの動向に注意することにした……。
リオはちゃんと学校にも行っていて、道場にも姿を現した。品行方正とまではいかないが、その歳にしてはちゃんとしている方だろう。
道場が終われば、パトロールやチラシ配りを手伝う。もちろん危険なことはさせられないので、パトロールの方は私と一緒に散歩する程度の感覚だ。
「あ。今日は、母ちゃんの具合あんまよくないから…」
今日の稽古が終わったとき、暗に今日のチラシ配りはできないということをリオがアピールしてきた。
「母親の具合が悪いのであれば、無理に道場に来なくてもいいぞ」
「え? ああ、いや、大丈夫だって。母ちゃん、無理して授業料はらってくれてるしさ! ちゃんと出なきゃ、それこそ怒られちゃうよ!」
リオは入門金も月会費もちゃんと払っている。
病弱な母親が、一生懸命働いて出しているという話だったが…。
「そうか。では、今日は私もお見舞いに行くとしよう。リオの親には一度、会っておかないとな」
「え!? あー、その…母ちゃん、その本当に具合が良くなくて、その、ほら、人見知りとかするから。いきなり来たら、驚いちゃうんじゃないかなぁ~」
しどろもどろになってそんなことを言う。
どうにも母親のこととなるとあやふやなことが多い。
「じゃ、そういうことで…。また明日な!」
リオは手をあげて、そそくさと逃げるようにして道場から出て行った。
少し時間をおき、私も道場を出る。そして、リオの後をこっそりと追いかけた……。
大金を渡した女はいったい何者なのか。その金はいったいなんのために渡したのか?そんな不安を考え、リオが厄介なことに巻き込まれていないことを私は心から願っていた…………。




