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RUIN【破滅】  作者: シギ
一章 紅い眼の少年
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21話 龍王エーディン初戦

 ガーネット領は一〇メートルを越す高い針葉樹がそびえ立ち、領土のあちらこちらに深い森を作っている。

 森は様々な動物が住まう場所であると同時に、魔物たちの格好の住処でもあった。故に、人々は余程の理由がない限りは立ち入らない。

 帝国からすぐ側にある、名もなき小さな森。ある大きな木の頂によじ登り、周囲の風景にそぐわない超高層ビル……ガーネット城をエーディンは見やっていた。


「くそったれめ。ひーふーみ、と、また対空砲を増やしやがったな」 


 強く舌打ちをし、掴んでいた枝をパッと離した。物凄い勢いで頭から落下し、地面に激突する寸前でクルリと一回転して見事に着地する。


「空からはもういけねぇな。狙い射ちさらたらたまらねぇ」


「……諦めたらどうだ? 宣戦布告した以上、帝国が防備を強めるのは当然だ」


「ハッ。空路がダメでも陸路があんだろうがよ!」


「……同じだ。行きはいいとして、帰りはどうする? エネルギーが尽きれば、背中から集中砲火を浴びることになる」


 冷静にそう答えるルゲイトに、エーディンは苛立たし気にガシガシッと頭を乱暴にかいた。


「龍王エーディン様の命とあらば、拙者は喜んで盾になる覚悟!!」


 片膝をついて、ガルが深々と頭を下げる。

 それを見て、大きく溜息を吐き出し、エーディンは天を仰いだ。


「あーあー、いい。無茶するつもりはねぇんだ。そんで手前を失ったら後悔の方が大きい…」


「ああん! エーディン様ったらお優しいんだから!」


 ベロリカが、エーディンの片腕に抱きつく。


「うっとおしいぞ! 俺はでっかい女はきれぇなんだよ!」


「“本来のお姿”なら、アタシよりエーディン様の方が大きいじゃありませんの~」


「そんなこと言ってるんじゃねぇ! 離せ! くっつくな!」


「そんなイケず仰らないでぇ~! この愛には身長差だって、ましてや種族差も関係ありませんわぁ♪ アタシであれば、ずーっとずーっと、エーディン様の側にいられましてよ!」


 振りほどこうとするエーディンに、ガッシリとしがみついて離れないベロリカ。まるでじゃれ合っているようにしか見えない二人に、ルゲイトとガルは顔を見合わせてヤレヤレといった顔をする。


「……目的を忘れるな。我らがガーネットに入ったのは、“例のもの”を探すためだ。その確認が最優先だ」


 エーディンは少し乱暴にベロリカを押しやった。そして、口をへの字にする。


「そんなものが本当に存在するのか?」


「……間違いない。仮に単なる杞憂だとしても、排除しておくに越したことはない。ましてや“神の名を冠するもの”なのだから、我らにとって脅威になりうるだろう」


「ケッ。まどろっこしいぜ……」


「……エーディン。人間を下に見すぎるな。いくら龍族が強大であろうと…」


 言葉の途中で、ルゲイトが眉をピクリと動かす。ガルとベロリカが険しい表情になり、スッと身を低くした。


「…風向きが変わったな。あんだぁ? このニオイはよ」

  

 エーディンが鼻を鳴らす。

 ガサガサと、木の葉をゆらしながら何者かが姿を現した。


「あらら、バッドタイミーングってやつすっか? 一人欠けてるみたいっすけど、まさか四龍まで出張ってくるとは思いませんでしたやねぇ~」


 繁みから肩をすくめつつ出てくるのはノンビリとした人間の男。その後ろからも、ゾロゾロと何人も出てくる。

 一気に場の雰囲気が緊張に包まれた。


「…話が違うじゃありませんか」


「いやぁ、さすがそこまでは読めませんですよ。四龍がいても、偵察なら一人か二人ぐらいだと思っていやしたし…ねぇ~。ま、今となっちゃどっちでも同じですが」


「……あなた、まさか」


 マトリックスの眉間にシワがよる。


「……ここで人間と出くわすのは、な。計算外のことだ。なぜここが解った?」

 

 ルゲイトの言葉に、イクセスは喉の奥で笑う。


「ウチにゃあ“優秀な科学者”がいましてねぇ。そちらの殿下が出すデッカイオードを追跡する機械ってのが…ほら」


 イクセスが懐から、小さいカードのようなものを取り出す。中心に円形のガラス窓がついていて、そこが青白く明滅していた。龍王側に近づけるに従って明滅が激しくなる。

 エーディンの波動に反応しているのだと察して、ルゲイトはギロリとイクセスを睨んだ。


「……“あの男”は、龍王に対する敬意を忘れてしまっているのか」

 

「そんな話はどーでもいい。そんなことよりも、やっぱり俺の予想は当たっただろう? ルゲイト」


 エーディンが歯を剥き出しにして笑う。その菱形をした瞳孔が大きく広がり、セリクを映していた。


「……エーディン。やはりわざとか。お前が奴らの接近に気づかないはずがない」


 ルゲイトの言葉に、エーディンはわざとらしく肩をすくめる。


「風向きさ。こっちが風上だったんで気づかなかったんだ」


 ガルとベロリカも口の端を笑わせた。エーディンの望みに応えたという風だったので、ルゲイトは眉根を抑える。きっと二人とも敵の接近には大分前に気づいてたのだと思われたのだ。


「……勝手にしろ」


 そっぽを向くルゲイトを放っておき、エーディンが堂々と進み出てくる。 


「久しぶりだな! 紅い眼のセリク・ジュランド!」


「…龍王エーディン」

 

 セリクの紅い瞳に、エーディンの姿が映る。


「こ、こいつが……龍王? なんや、えらい小さいんやなぁ~。想像してたんと全然ちゃうかったで」


「本当にノーテンキですわね。ただ者じゃないですわ…。隙だらけのように見えて全く隙がありませんわ。見て気づかないんですの?」


「へ?」


「サラの言う通りだ。見た目で判断しては痛い目に遭うぞ……」


 サラもシャインも警戒してすでに構えていた。

 ギャンも慌てて、拳を握りしめて戦う姿勢をとる。


「フン。で、龍王城を無事に逃げ出せたってのに、ご大層に剣ぶらさげて、お仲間を揃えて……ノコノコと、この龍王の前に何しに現れたってんだ?」


 エーディンはわざと挑発するように問う。


「…人間を滅ぼそうとする、お前を倒すためだ!」


 セリクが静かに自分の剣を抜く。

 その白刃を見て、ガルとベロリカが一瞬で二人の間に割って入るように移動した。


「いい。どけ」


 エーディンが手で払う動作をする。


「しかし!」


「そうですわ。いくら可愛い坊やでも、エーディン様に刃を向けた以上…」


「どけってんだろうが!」


 語気を強めて言うと、ガルもベロリカも渋々と引き下がる。

 エーディンはさらに一歩、大股でセリクに近づく。


「それ以上、セリクに近寄らないで!」


 フェーナが、セリクを庇うように前に出てくる。エーディンは眼を細めた。


「あん? なんだ? 手前も邪魔すんなよ。死にたくなきゃどけ」


「あなたなんて!」


「いいんだ。俺の後ろに下がって。フェーナ」


 フェーナの手を引っ張り、後ろに下げる。

 セリクとエーディンが目と鼻の先で睨み合った。


「俺に逆らわねぇってなら、手前だけは生かしておいてもいいと思っていた。……ロベルトの野郎も気に入っていたみたいだしな」


「なんで、俺だけなんだ?」


「なんで、だと?」


 エーディンは小馬鹿にしたように首を傾げる。


「手前は人間から忌み嫌われ、人間を恨んでいるんじゃねぇのか? 言わなくてもわかるぜ。その怒りに満ちた紅い眼。まるで怨嗟の炎みたいだぜ。……だとすりゃ、龍王と同じだ。ついでに言えば、四龍も人間に少なからず怒りを覚えている。同じ考えなら同士だ。戦う理由がねぇ」


 セリクの胸がズキリと痛む。そう考えていたこともあったからだ。

 でも、いまは違う。側にいる仲間達を守るためにも…戦わなければならないのだ。

 フェーナの心配そうな視線を背中に感じる。


「俺だって嫌いな人間はいる。でも、だからといって人間を滅ぼすって考えはできない。俺は嫌いな人以上に、好きな人間もこの世界にいるからだ!」


 ニイッとエーディンは笑う。


「そうか……。しばらく見ねぇ間に、随分と甘っちょろい理想を語るようになったな。後ろの仲間の影響か? そいつは偽物の感情だぜ。手前の本心じゃねぇ。だが、相容れないってなら……戦うしかねぇな」


 エーディンがピョンと跳ね、セリクたちと大きく距離を置いた。


「おっと。手前らは手をだすな」


 構えていた四龍に、エーディンは静かに指示を出す。


「……相手は、あのマトリックスが組織したドラゴン・バスターズという組織だ。セリク・ジュランドとあの少女に関しては知らなかったが、それでも異端者が三人いる。決して油断できぬ相手だ」


「わーってる」


 エーディンはバキバキと首を鳴らして頷く。


「さすがルゲイトくんといったところですね。情報収集にも抜かりはない」


「へ? でも、異端者が三人って…」


 ギャンがサラの顔をみるが、サラも解らないと肩をすくめてみせた。異端者は二人のはずだ。何かの間違いではないかと思う。


「どういうつもりか知らねぇが、向こうも全員で俺と戦う気がねぇらしい…。そんな状況で、こっちが全力で戦えるわけねぇだろうがよ」


 エーディンは笑っていたが、額に青筋が立っている。その眼がイクセスとマトリックスを睨み付けていた。


「いやー。そんでも良かったっすねぇ。向こうは龍王一匹で戦ってくれるみたいじゃないっすか。これで当初の目論み通りってところっすかねぇ~」


 人事のように笑うイクセスに、マトリックスは不快な表情のままだ。


「どんな算段か興味もねぇ。手前らに格の違いってのを教えてやる。かかってきやがれ!」


 その言葉を皮切りに、戦闘が始まった!

 セリクとシャインが同時に進み出てくる。そして、その後方をギャンとサラが付いた。最後尾にはフェーナだ。


「…よし。修練時と同じだ。今回は仲間との連携を意識しろ。他のことは一切考えるな」


 シャインが早口で指示を飛ばす。四龍のことは一切考えるなということなのだと全員が理解した。


「まずは私が仕掛ける!」


 そう言い、シャインが身を低くして走り出した!


「ぜいッ!」


 眼にも止まらない抜き放ち! 

 エーディンは身構えもせず、それを後方に飛び跳ねることで避ける。


「ぜいよッ!」


 シャインは振りきった刃を返し、そのまま斜め袈裟に斬りつける! 


「小癪だぜ!」


 斬られると踏んだ瞬間、手の平をおもむろに突き出す。そしてどこから出したのか、一瞬にして偃月刀を手にする。

 ガキーンッ! 鈍い金属音が辺り一帯に響き渡った!!


「あぶねぇなぁ~。イッヒヒッ!」


 薄ら笑いを浮かべ、エーディンは目の前まで迫っていた刃をチラッと見やる。武器を出すのが少しでも遅れたら、首筋からズッパリと斬り伏せられていたところだった。


「やはり人間の動きではないな…」


「当たり前だ。悪ぃが、こちとら龍王なんでね!」


 エーディンが左手に波動を集中させる。それを危険だと見たシャインが退いた。


「接近戦は苦手なんでね。こっちのが得意だな。おらよッ!!」

 

 正面に向けていた手の平を、地面に向け、叩き付けるようにして波動を放つ!! その反動を利用紙、エーディンが空高く飛んだ!


「な、なんや! 逃げたんか!」


「ボケッとしないで撃ち落としますわよ!」

 

 サラが両手を擦って雷弾を放つ! ギャンもそれを追いかけるように炎弾を吹き出した!


「イーヒッヒッヒッ!!」


 迫り来る弾を、エーディンは拳に集中させた波動で軽々と打ち砕く! そして、さらに片手にエネルギーを溜め、大きな球となったそれが青白く煌々と光り輝く! 


「よく見ておけ!!」


 エーディンが波動の塊を放ると、空中で小さな太陽のようにギラギラと輝いた!


「いけないッ! 皆さん! 伏せてくださいッ!!」


 マトリックスが叫ぶ!


「『龍王天爆りゅおうてんばく!!!』」


 エーディンが指先から小さな波動を高速で撃ち出し、太陽のようなエネルギーにぶつける! その衝撃で、大きく破裂し、辺り一面に無数の破片となって飛散する!!!


 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!


 遥か上空から降り注ぐ攻撃に、セリクたちはただ伏せて防御することしかできなかった。


「な、なんて技や!!」


「空からの無差別攻撃だなんて……卑怯きわまりないですわッ!」


 炎と雷で盾のようなものを作りだして、皆を守ったギャンとサラが顔をしかめた。


「空中戦はエーディンくんの得意とするところです。波動……波動タオの技に気を付けてください」


 マトリックスが言うと、皆がコクリと頷く。


「ほう。手加減したとはいえ、ケガすらしてねぇか…。なるほどねぇ。俺と戦いに来ただけはあるってことか」


 空中であぐらをかき、そのままの姿勢で落下してくる。そして、偃月刀の石突きをグサッと地面に突きさして着地した。


「でやあッ!!」


 いまが好機だと、着地を狙って、セリクが突進した! 


「来やがるか! セリクッ!!」


 ズボッ! っと、勢いよく偃月刀を抜いて振り上げる!

 セリクはそれを避け、エーディンにそのまま斬り掛かった!


「しゃあッ!」


「うおおおッ!」


 二人が激しく斬り結ぶ! 

 エーディンは偃月刀を身に纏わせ、テコの原理を利用して、器用に刃と石突きで攻撃を放つ!

 対してセリクは、決して退かずに、懐に入り込もうとして剣を繰り出していた!


「や、やばいで、セリク!」


「いや、上手い戦い方だ! 長柄武器が相手であれば、ああいう風に密着されていては大きな一撃は放てない!」


「っと! こなくそッ! 手前、そんなに強かったのか…よッ!」


 剣先が鼻をかすめ、エーディンが目を見開いた。

 最初こそ優位だったが、小回りの利くショートソードでの手数で圧され、次第に防戦を強いられる。


「クソッ! 舐めんじゃねぇッ! 『龍回大旋牙りゅうかいだいせんが!』」


 距離を少し置き、エーディンは偃月刀の一番下を掴んで大きく頭上で振り回す! 刃先に留まった波動が、ガガガガッ! という音を轟かせた!

 豪快な技でこそあったが、その時にできた大きな隙をセリクは見逃さなかった。身を低く屈めてその一撃をかわし、下から渾身の力を込めて突き入れる!!


 ガンッ!!


 まるで金属板に叩き付けたかのような音がする!


「ぬぐッ!」


 エーディンがわずかによろめいて呻いた。


「クッ! 剣が…入らない!?」


 剣の切っ先が、エーディンの胸の直前で止まってしまっている。全身から生じている、戦気のような青白い波動が邪魔して、それ以上は刺さらないのだ。


「…あの青白いのは、戦気ではないのか?」


 シャインの言葉に、マトリックスはコクリと頷いた。


「龍王の出す戦気は、人間の遙か上のレベルを行きます。それも通常の攻撃をガードするほどの超高密度なのです」


「つまり、あの青白いのを打ち砕くほどの戦技じゃねぇと……ダメージはないわけっすねー」


 イクセスが続けて説明する。


「戦技でなければ通用せんのなら、もはや出し惜しみはせん! 全力で行くぞッ!!」


 シャインが全身から戦気を放つ!


「そうですわね! 『エレキテル・バトラー!!』」


 バリバリバリッという音と共に、雷の執事が現れる!


「アーンド、『エレキテル・ハンマーッ!』」

 

 サラがさらに電撃を生みだし、その両手持ちで雷で作った大金槌を構えた!

 『エレキテル・バトラー』が活動している間、サラ自身が無防備になることを避けるために考えた戦法である。


「お、おう! ワイだって……『フレイム・ボール!!』」


 ギャンは上空に炎を吹き出す。

 それが球体を作っていき、ギョロンとした眼、申し訳ない程度にニョキニョキと生えた二本の腕の生き物を模した。


「な、なんですの……それ」


「なんや! 文句あるか! ワイはまだ執事バトラーみたいな細かいデザインできないんや! でも、見た目はこんなでも強いんやで!」


 憤慨したギャンの動きを真似して、両手を振り回してボール男も怒る。実に珍妙な光景だった。


「そんなことをしている場合かッ! ここで龍王エーディンを倒すぞッ!」


 シャインが走り出し、それに応じるようにバトラーとボール男が飛ぶ!


「エーディン!!」


 ルゲイトが怒鳴る!

 エーディンはハッとして、セリクの剣を払った!


「行くぞッ! ファバード流第三型『本突ほんづき!!!』」

 

 山吹色の戦気を纏い、それが刀身を覆う! そのまま全身で踏み込み、両手で一気に突き入れた! 踏み込んだ跡の地面が大きく抉れていることから、それが並々ならぬ威力を持っているのだと解る。


「うおっ!」


 その突きが、エーディンの防御を壊して肩口を抉る!

 続けて、バトラーが襲いかかった。電撃の手刀を振り回す!


「チィッ! 電撃かッ!?」


 そうこうしているうちに、ボール男がエーディンの背後から迫る!!


「おっしゃ! とったで!! 『ダブル・フレイム・ブレッド!!』や!」


 ギャンとボール男が、前後から炎弾を連続で撃ち出す! 

 避けきれないと見たエーディンは、偃月刀を回転させて正面の炎を薙ぎ払う。が、ガードができなかった背中側に数発が命中した!


「ググッ!」


 転げ落ちるように着地し、まとわりついた火を払い落とすと、エーディンは頭を振る。


「どっせい!!」


 隙だらけのそこに、サラの電撃ハンマーがお見舞いされた!


 ズガンッ! 


 思いっきり、側頭部へ叩き込まれ、吹っ飛ばされる!! 直後、強い電撃が勢いよくエーディンの身体を流れた!!


「っががあッ!!」


 打撃と電撃の両方によるダメージに、堪らずエーディンは叫び声を上げた。


「よっしゃあ!」


 手応えを感じたギャンが、勝ちどきをあげて拳を握る。


「……意外と、なんだか勝てそうじゃないですか?」


 フェーナがそう呟いた。だが、マトリックスは渋い顔をしたままだ。


「…エーディンくんが本当にピンチなら、彼らが黙っていませんよ」


 ルゲイトも、ガルやベロリカも焦ったような様子はなかった。ただエーディンの動きをジッと見ているだけだ。


「……いつまで遊んでいるつもりだ」


 冷ややかにルゲイトが言う。


「遊んでいる?」


 セリクがエーディンを見やった。さっきまで苦しんでいたはずなのに、ニヤッと口元だけ笑わせる。


「イーッヒッヒ。いいじゃねぇか…。こいつらが、どれくらい強いのか試してみたってよ」


 ダメージを受けた自身の身体を見やり、エーディンは大きく息を吸い込む。青白い波動が全身を駆け巡り、傷口が光に覆われたかと思いきや再生していく!

 そして、身体も被服もあっという間に元通りになってしまった!


「なんやて!? 自分で自分を回復してまうんか?! これじゃ……いくらやったってキリがないやんか! 反則やで!」


「これが龍王の力なのです。よほど強い攻撃を、連続で当てない限りは倒せません」

 

 マトリックスが言うのに、セリクはゴクリと息を呑んだ。


「なるほど。確かに強い。そして、その理由も解った…。だが、決して倒せない相手ではない!」


 シャインはそう強く言い切る。ギャンもサラも頷く。

 ダメージは与えられるのだ。要は回復する間を与えなければいいだけなのだと。


「倒すのか? この俺を? この龍王エーディンを? イーッヒッヒッヒ!!」


 エーディンが高笑いを上げる。


「馬鹿笑いしていられるのも今のうちだ!」


 シャインがガチャッと刀を構える。


「まーだ解ってねぇな。実力の差ってのをよ!」


 エーディンが、ブゥーンッ! と、無造作に偃月刀を振り回す! その刃先から波動が飛んだかと思いきや、バトラーとボール男を一瞬で消し飛ばした!


「なんですって!?」


「わ、ワイのボール男が!」


 ギャンとサラは眼を丸くする。


「つづけて、ほらよ!」

 

 エーディンが波動を溜めて飛ばす!

 それは先ほどの『龍王天爆』で落ちてきた物よりも大きく速かった!


「ぐうっ?! うあッ!!」


 なんとか刀で受け止めたが、弾かれてシャインが転ぶ! それをマトリックスが支えて止めた。


「な、なんだと。こんな力をまだ隠していたのか…」


 ワナワナと震えるシャイン。痺れる両手を信じられないという感じで見つめる。

 副隊長が一撃で吹き飛ばされたのを見て、隊員たちは戦慄を覚えた。


「エーディンくんの強さは、あの尋常じゃない波動力タオにあります。それこそ、相手との技術量を補って余るほどです」


「さぁて。もう終わりか? セリク」


 エーディンが、偃月刀の先をセリクに向ける。

 あまりの実力差を見せつけられたせいで、セリクは半ば戦意を失いかけていた。

 剣こそ構えているが、どんな攻撃もダメージすら与えないのでは全く意味をなさない。どうやっても勝てないんじゃないか…そんな思いが攻撃を躊躇ためらわさせていた。

 

「なんだぁ? 期待はずれだな。だが、さっきの剣捌きについては、決して世辞なんかじゃねぇ…。何をどうしたか知らねぇが、大したもんだよ。本気で防御しなきゃ、手前に胸元を突かれてただろう」

 

 恐怖を呑み込んで戦ったのに、龍王が相手では通用しない。セリクはその無力感に打ちひしがれた。 


「マトリックスさん!」


 フェーナが、マトリックスの裾を引く。


「……やはりこうなってしまいましたか。仕方ありませんね」


 マトリックスが決心したように、両手を大きく開いた。


「いや、待て」

 

「イクセス。もう審査などと言っている場合では…」


「違う。あれを見てみろ」


 イクセスが真剣な眼差しで止め、セリクを指差す。

 エーディンが近づいていく。そして、その首に手をかけようとした瞬間だった。


「『…滅ぼせ。龍王アーダンを。我らが神敵を』」


 俯いていたセリクが、低い声でボソリと呟いた…。

 顔を上げると、見開いた煌々と輝く紅い眼をしていた。その光彩を黄金の光が流星のように迸っている! そして、黄金に包まれた紅い炎のようなエネルギーが爆発したように吹き出した!!


「あんだぁ!?」


 エーディンが驚いて後退る。


「どうしたの、セリク!?」


 フェーナが心配して声をあげるが、セリクの耳には聞こえていないようだった。


「戦気、ではない? これは…この力は、龍王と同じ波動タオの力? いや、違う。もっと異質な……」


 マトリックスが眉を寄せてセリクを見やる。


「な、なんなのよ、アレ!?」


「むうッ! なんという力の奔流……こんなものは、今まで見たこともない!」


 ベロリカとガルが、眩しそうにしながら狼狽する。

 エーディンの助太刀に行きたいところだが、あまりの高エネルギーに当てられて身動きがとれない!


「……これは“神々の力”なのか? まさか、こんな少年が」


 ルゲイトのコートが激しくはためく。


「『……滅ぼせ。龍王アーダンを。我らが神敵を』」


 セリクは同じ言葉を繰り返す。だが、それは自身の考えで言っているようには見えなかった。虚ろに、感情もなくただ呟いているかのようだ。


「神の力……だと。面白い。なんだかよく解らねぇが、セリク。やっぱり、俺と手前はやりあう運命にあったようだな!」


 エーディンが上に着ていた衣を脱ぎ捨てる。

 そして、体中に力を入れて波動タオを漲らせた!!

 地面が揺れ、木々がざわめき、中空に稲光が巻き起こる!!

 セリクの放つ紅い力、エーディンが放つ青い波動が間で激しくぶつかり合う!!!


「『衝遠斬!』」


 何の前置きもなく、セリクがいきなり剣を放つ! 三日月の剣撃が、周囲の紅いエネルギーを集めて膨れ、それが巨大なエネルギーとなってエーディンを襲った!!


「こんなものが俺に届くわけ……なッ!?」


 エーディンが打ち消そうと構えたのだが、紅い光が波動タオを上から覆い包んで身動きをとらせない!


 ズッダアアアーンッ!!!!


「ぐふぁッ!!」


 左肩から右胸にかけて、『衝遠斬』がバッサリと斬り付ける!!

 偃月刀を取り落とし、大きく裂かれた傷口から緑色の血を吹き出しつつ、エーディンは盛大に血を吐き出した!


「エーディン!」「殿下!」「エーディン様」


 倒れそうになるところを、ザッと右足を引き、辛うじて倒れずにエーディンは踏ん張る。


「『……神敵、龍王アーダン』」


 セリクは最後にそう呟いて、フッと眼を瞑った。

 黄金の輝きが混じっていた紅い力は、瞬時に消え失せ、その場に崩れ落ちるかのようにして倒れる。


「セリクッ!!」


 フェーナが、倒れたセリクの側に駆け寄る。


「ぐあおおッ! この俺が、くそッ……この俺がぁッ!!」


 血走らせた眼が、上下左右に激しく動く。ひどく動揺しているようだった。


「エーディン! 落ち着け! 傷は浅い!!」


 ルゲイトがそう言うが、エーディンにはまるで聞こえていなかった。

 龍王であれば、人間にとっては致命傷である傷でも自己治癒が可能なのである。ルゲイトの言うとおり、例え胴体を半分にされても深い傷と言うほどではなかった。

 だが、痛みと怒りにエーディンは我を忘れていた。龍王である自分がダメージを受けた……その事実が受け入れられていなかったのである。 


「……クソが! クソッタレが!! ゆるさねぇ! 絶対に!! こいつでも喰らいやがれ!! うおおおおッ!!」


 エーディンにエネルギーが集中する!!! 先ほどとは比べ物にならないほど、周囲が大きく振動し出す!!!


「な、なんや、何をする気なんや!!」


「ちょっと、すごい力が集まっていますわよ!」


「……クッ! エーディン! その技はやめろ!! 辺り一帯を吹き飛ばすつもりかッ!!」


 エーディンが両手を大きく広げる! その両手に、大きな巨大なエネルギーの塊が強烈に圧縮されていく!!


「うるせぇ!! 手前ら、まとめてぶっとばしてやるぜ!! 『龍王波動収束タオ・ウェイ……』……!?」


 広げた両手を、さらに後方に逸らそうとした時だった。


「…そいつを撃たせるわけにはいかねぇな」


 ズザンッ!!


 斬撃と思わしき音がして、エーディンの左腕先がクルクルと弧を描いて吹っ飛んでいく!


「ぎゃあああああッ!!!!」


 エーディンが叫び声を上げた!

 右手に溜まって超高質量のエネルギーが萎縮して、空気を失った風船のように消える!

 ドザッと前のめりに倒れ、エーディンはビクビクッと痙攣を始めた。


「殿下ッ!!!」


 倒れたエーディンを庇うように、ガルがすぐに飛んだ! 背中の大刀を抜き、周囲を大きく薙ぎ払う!


「ぐがああッ……俺の、腕が、腕が……くそったれ……ちきしょうめがぁッ!」


 失った腕を抑え、エーディンが泡を吹きながらギリギリと歯軋りする。


「エーディン様! すぐさま治療を!」


 ベロリカが傷口に何かを塗ると、出血がピタリと止まった。しかし、それでも痛みそのものは治まらないようで、エーディンは鬼のような形相である。


「チッ。邪魔さえされなきゃ、次の一撃で……心蔵を突き刺せたんだがな」


 舌打ちをして、イクセスがペロッと自分の左腕の傷を舐めた。なんとか避けたのだが、ガルに斬り裂かれたのである。

 イクセスはその右手に黄色く発光する細長い棒のような物を持っていた。それがエーディンの左腕を斬り落とした武器に違いなかった。


「……貴様は何者だ。不意打ちとはいえ、エーディンの腕を斬り落とすとはただ者ではないだろう」


 ルゲイトは冷静に、エーディンとイクセスを見比べて言う。


「別に誰でもいいじゃねぇか。どうせ、ここでテメェらまとめて地獄に逝くんだからよ」


 イクセスはバッと自分の髪の毛をかき上げ、丸まっていた背中をグッと伸ばす。それだけで、さっきまでのボーッとした印象がまるで消え、据わった鋭い眼付きの男に変わっていた。


「おい。マトリックス。このチャンス、逃がすわけねぇよな?」


 イクセスが横目でチラッと見やると、マトリックスは溜息をつく。


「ああ。そうだな…」


「マトリックス…さん?」


 いつもと違う雰囲気に、フェーナが怯える。

 マトリックスがゆっくりと両目を開いた。垂れ下がっていた目尻がキュッと上がり、凶悪な三白眼となった。

 水色の眼が相手を見据えた途端、急に風が流れ吹き、周囲の気温が急激に下がっていく。極端な温度差が気流を生み出したのだ。


「ファーックッ! あんま俺を怒らせるんじゃねぇぞッ!」


 つり上がったまぶたを痙攣させ、歯を剥き出しに不敵に笑うマトリックス。いつもの温厚な表情とはかけ離れた獰猛な姿だった。


「ヘッ! さっきの異端者のガキどもとは違う。こいつは本物の異端者だ。“氷の異端者マトリックス”のご登場ってな」


「なんやて!? リーダーが異端者やって!?」


「氷…の異端者、ですって?」


 ギャンとサラが驚愕の面持ちで、進み行く隊長を横目に見やる。

 マトリックスがローブを捲って腕を出すと、周囲に氷の柱が立つ!

 ガルは足下に霜が降りているのを見て眼を細めた。


「そうか…。なるほどな。マトリックスという名、どこかで聞き覚えがあると思っていたが。力を持て余し、龍王様に泣きついたあの小僧だったか」


 ガルの言葉を聞いたイクセスはニヤリと笑う。


「力のコントロールはほぼ完璧だぜ。強さだけなら俺より上だ」


 ブゥンッ! と、光の棒を振って下段に構えた。


「……となると、貴様の正体は一つしか考えられない。名こそ知っていても、誰もがその姿を知らん。さっきのスピード、そしてマトリックスを伴いこの場に現れた状況。貴様が“最速のブラッセル”だな」

 

 イクセスは、ヒュウッと口笛を吹く。


「ご名答だ。龍王側のブレインはさすがに頭の回転が早い。俺がガーネット三将軍が一人、イクセス・ブラッセルさ」


 その名乗りに、マトリックス以外のDBが驚いた顔をする。


「ま、まさか! いくらスカルネ家の知り合いだからって、軍の最高幹部が直接民間組織に赴きますか!? まったくもって信じられませんわ!」


「なぜ、将軍が…。DBを試すような真似を?」


 シャインがそう言うのに、イクセスは肩をすくめてみせる。


「言っただろ…。ロダム元将軍は俺と親しい間柄でね。身分こそ隠してたが、俺が話した内容に嘘偽りはねぇぜ」


「ファックが! 借りがあるから黙っていてやったが、テメェの茶番はもう沢山だぜッ! どうせ、俺をコイツらとぶつけるために一芝居うったんだろうが……ああん!?」


 マトリックスが、ベッとツバを吐き捨てて言う。


「へ? どういうことや???」


「ああん!? そんなことも解らねぇのか! 龍王を確実にブッ殺すために決まってんだろ! ドラゴン・バスターズを当て馬にして、最後は俺とイクセスのクソ野郎が後始末するって寸法だろ! 見りゃ解るだろうが。この能無しの脳無しがッ!」


 ギャンの目の前で中指を突き立て、マトリックスが舌を出す。聖職者とは思えぬ品性だった。


「ああう。どないしたんや、リーダー。…もう人が変わりすぎてて、どう反応してええんか解らへんわ!」


「強大な力によって、人格までもが荒々しくなってしまうのだ…。マトリックス様が力を隠しているのはこういう理由もあってのことだ」


 シャインがそう説明するのも気に入らないのか、マトリックスは再びベッとツバを吐き捨てた。


「…だが、実際には当て馬にすらなってねぇがな。せめてエーディンをもっと消耗させるか、四龍の一人ぐらいは始末してもらいたかったんだがよ」


 ドンッ! と、ガルが地面を踏み鳴らす! そして、大刀を振り回した!


「黙れい! 貴様ら如き、龍王様が遅れをとるはずがあるまい! これよりは、この拙者が相手となる!! この“だい真火月しんかげつ”の錆びにしてくれるッ!!」


「そうねェ。エーディン様を傷物にした仇討ち……アンタらの臓物を巻き散らすだけじゃ飽き足りないわねえッ! 帝国に熨斗つけて送りつけてやるわよッ!! 生まれてきたことを覚悟するんだねッ!!」


 ベロリカが手をかざす。すると、空間がグニャンと歪み、一本の豪華な剣が姿を現す!


「ああんッ? 息巻くな、うっせーよ! クソがッ!! おい! テメェーら、その場を絶対に動くんじゃねぇぞ。命の保証はしねぇかんな。解ったか、クソガキどもが!?」


 マトリックスが、ギロリとフェーナたちを睨み付ける。

 フェーナはセリクを抱いたままコクコクと頷き、シャインたちも従わざるを得なかった。

 イクセスとガル、マトリックスとベロリカがそれぞれ睨みあう。一触即発の雰囲気が張りつめていく。


「……そこまでだ」


 それを破ったのは、顔色一つ変えていないルゲイトだった。


「なんですと? ルゲイト殿!」


 ガルが抗議の声をあげたが、ルゲイトは素知らぬ顔で続ける。


「……今回はこちらの負けだ。ここには何もない。ブラッセル将軍が得意とする情報操作に踊らされたということだ」


「へぇ。あっさりそう断定していいのか? もしかしたら…」


 イクセスが笑うのに、ルゲイトは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「……私が貴様だったら、“例のもの”を利用してさらにもう一つ手を打つ。この段階で戦いに持ち込んだのは、人間側もそれが何か解らないからだ。解らないものは活用しようがない」


「いや、さすが切れるねぇ。確かに、龍王側が何かを探しているってのは気づいてたが……それが何かまでは俺にも解らねぇからな。だが、四龍そろえて来るところ見るとかなり重要なものと見たぜ」


「……フッ。そうやって、まんまと見えない撒き餌に誘き出されたというわけか」


 ルゲイトはスタスタと歩いて行き、青白い顔をして座り込んでいるエーディンに手を貸して立たせてやる。


「はん! じゃあ、なにかい!? やられっぱなしで引き下がるっての!? アタシはそんなのごめんだよ!」


 ベロリカが唇をかみ、空中でクルクルと剣を回しながら言う。今にも攻撃をしかけそうだ。


「……いや、得るものはあった。敵はまだ“例のもの”を得てないと解っただけでも価値がある。それに、イクセス・ブラッセル将軍の顔を知れたしな」


「…くそったれが」

 

 悪態をつくエーディンを、ルゲイトは無表情に見やる。


「……それに、人間がいかに強大であるかをエーディンが体感することができた。だからこそ、次の敗北はない」


 ルゲイトの鋭い眼が、セリクを捉えた。

 未だ計り知れない強大な力の持ち主。むしろ、イクセスやマトリックスよりも大いなる壁になるだろうとルゲイトは考え始めていた。


「ファーック!! 黙って聞いていりゃ、ふざけたことばっか抜かすんじゃねぇー! ここまで俺を怒らせておいて逃げれると思うのか? ああん!?」


 マトリックスが両手で中指を立て、ブルルッと唇を振るわせる。

 大きく見開かれた眼が焦点を合わせた瞬間に、冷たい空気がビュウと流れる。空中の水分が固まる音がし、ルゲイトのコートを凍り漬けにした。眼で見た対象に氷の攻撃をしかけられるのだ。


「だ、そうだぜ。仮に逃げたとしても、エーディンの首だけは置いていってもらう。次の敗北がないってんなら、ここで終いにしてやるよ」


 イクセスが身を低くし、光る棒を斜めに構える。スピードには自信があるといった素振りだ。


「ルゲイト殿。この場は撤退で収まりそうにありませんぞ! ならばこそ、闘う許可を頂きたい!!」


「ハハーン! こりゃ、やっぱやりあうしかないんじゃない? アタシらだって、血を見なきゃ満足しないよ!」


 ガルもベロリカも逃げる気はないようだった。

 言うことを聞かぬ二人に、ルゲイトは困ったような顔で眉根を揉む。


「……この私が、何も考えずに敵地に乗り込むと思っているのか? 逃げ道も考えずに?」


「何を言ってやがる?」


 皆が一斉にルゲイトを見やる。口元が不敵に笑っていた。


「……バーナル! 今だ来い!!」


 ルゲイトが声をあげた瞬間、咆吼とともに一匹の白い龍が森の間から飛び出た!!


「なんだと!?」


「ファック!! クソ野郎が! させねぇぞッ!!」


 マトリックスが氷で刃を作る! それを一気に投げ放った!


「……控えなさい。エーディン様にこれ以上の危害は加えさせません」


 白龍の頭に立つバーナルが、両手を突き出す! その細い腕に青白い波動が溜まっていく!


「『タオ・ショットッ!!!』」


 扇状に放たれた波動が、周囲を大きく薙ぎ払う!! 


「ッ!? 龍王の技だとッ!?」


 イクセスが驚きつつも、横に素早く回転しつつかわす!

 マトリックスは大きく舌打ちをし、氷で大きな盾を作ってセリクたち全員を庇った!

 その間に、ルゲイトたちは白龍の背中に飛び乗ってしまっていた。白龍は脇目も振らずに急上昇する。


「あああん!? なんだ、クソ野郎!!! 逃げるのか! チキンがぁッ! おい、クソイクセス!! 追いかけるぞッ!!!」


 自分で作った氷の盾を殴りつけ、マトリックスが忌々しそうにする。


「いや、もう無理だな……。あの高さにまで飛ばれちゃどうしようもねぇぜ」


 イクセスは大きく息を吐き、飛び行く白龍を眼だけで追う。そして、光の棒の鍔をバチンとたたんだ。光輝いていた刃がスッと消え、銀色をした柄だけが残される。それを胸元にしまいつつ、タバコを取り出して口にくわえた。


「ファック野郎がッ!! クソクソッ……暴れたりねぇ!!! ああああッ!!」


 マトリックスは激昂しつつも、自分の目蓋を手で押さえつけるようにして無理矢理に閉じた。痙攣していた瞼が閉じ、眉尻が下がる。


「……ふぅ。まあ、大きな怪我人もいなかったことですし。敵が撤退したのは、良かったとしましょう」


 急に大人しくなったマトリックスを、イクセスは遠慮なしにジロジロと見やる。


「…いつ見てもすげぇな。その切り替えの早さ。もう、単なる二重人格とかの域じゃねぇよ」


「……はぁ。私も好きでやってるんじゃありません」


 さっきまでの荒々しさが嘘だったかのように、口調も表情もいつものマトリックスに戻っていた。

 このまま元に戻らないんじゃないかと思っていたセリクたちは、心底ホッとした顔をしたのだった……。


 龍王エーディンとの初めての戦いは、敵の撤退で幕こそ引いたが、セリクたちがひどく劣勢の事実には変わりはなかったのであった…………。




---




 白龍に乗り、超高速でファルドニアを一直線に目指す。

 バーナルの横で、疲労困憊しながらもエーディンの眼は真っ直ぐに龍王城のある方角を見ていた。


「まさか、バーナル殿まで来ていたとは。拙者らもまったく気づいておりませぬ」


「……味方に気づかれていないなら、敵にも気づかれていないということだ。伏兵というのは隠れていてこそ意味がある」


「なるほど。ルゲイト殿の先見の明には畏れ入りますな…。先の先まで見据えておられる」 


 ガルの賛辞にも、ルゲイトはまったく表情を変えることはない。


「バーナル。アンタ、ずっと側で見てたんでしょ? エーディン様が傷ついたってのに…。よく平気で隠れていられたわね」


「…ルゲイト様の指示です。命令があるまでは動いてはいけないと言われていました」


 実に淡々とした答えだった。白龍の手綱を操作しているバーナルの背中に向かい、ベロリカは見下した視線を送る。


「アンタのそういうところが信用ならないっての。本当にエーディン様の事を一番に考えているなら飛びだしていたはずよ!」


「……そもそも、お側に護衛がいて、お守りできないことに問題があるのではないですか?」


「なんですって!?」


「やめよ、ベロリカ。バーナル殿が言われることはもっともだ。拙者らがいながら、殿下を守れなかったのは事実。この落ち度、腹を切って詫びねばならぬ!」


「え? は、腹切り? …ちょ、そこまでやるの?」


「無論!」


「……やめろ。んなこと望んでねぇ」


 エーディンがポツリと呟く。

 バーナルはチラリとエーディンの顔を見やったが、何も言わずに再び正面を向き直った。


「……そうだな。独断で戦いを望み、波動を乱発した上、決め技を失敗。さらには再生するエネルギーすら残していなかった。落ち度ならばエーディンにこそある」


「…ああ。もう、次は失敗しねぇよ」


 エーディンは失った左腕を見て、ギリッと奥歯を噛み締めたのであった…………。

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