10話 フィルの日常
「おはよう、フィル」
フィル襲来事件から数日後。私はいつものようにフィルの幹へ手を当てた。
さわさわ。
枝葉が優しく揺れる。
「今日も元気そうだね」
根元へたっぷり水をあげる。
王宮で毎日やっていたことがまたできる。それだけで嬉しかった。
「フローラお姉ちゃーん!」
フィルにお水をあげていると、遠くからリリィちゃんが駆け寄ってきた。
「おはよう!」
「おはよう」
するとリリィちゃんはフィルを見上げ、大きく手を振った。
「フィル、おはよう!」
フィルも枝を一本だけ持ち上げる。
ひらひら。
「返事した!」
リリィちゃんが嬉しそうに笑う。
「フィルって、木なのに凄いね!」
「⋯⋯⋯⋯」————さわさわ。
フィルは褒められて恥ずかしそうだ。私には全然恥ずかしがらないのに。少しヤキモチ。
そんな事を考えていると、ルークくんとノアくんもやって来た。
「おはよう、フィル!」
「おはよう」
さわさわ。
また枝葉が揺れる。もう誰も驚かない。
歩く木が居ることが、この村の日常になり始めていた。
「おーい!」
広場の向こうからガストンさんの声が聞こえた。
「悪い! 丸太が一本転がっちまってな!」
見ると、大きな丸太が道を塞いでいる。
「三人くらい居れば動くんだが⋯⋯ガキンチョ共じゃ無理だし⋯⋯フローラちゃんは⋯⋯」
その時だった。
フィルが根を地面から引っこ抜く。最近、フィル歩行フォームと呼ばれている形態になると、どしん、どしんと丸太の前まで歩いていく。
「フィル?」
枝がゆっくり伸びた。
ひょい。
「おー⋯⋯」
片手で小枝を拾うくらいの気軽さで、丸太を持ち上げた。そして、ころん。と道の端へ置く。
ガストンさんが瞬きをした、一瞬の沈黙の後。
「がはははは!」
豪快な笑い声が響く。
「フィル!おめぇ凄ぇ力持ちじゃねぇか!」
フィルは褒められたのが嬉しかったのか、葉っぱを大きく揺らした。
「助かったぜ!俺が何か役に立てるかは分からねぇが、困ったことがありゃすぐ相談してくれよ!」
そう言ってガストンさんは歩いて行った。
「フィル、凄いね。王宮の時はこんなことできなかったのに」
「⋯⋯⋯⋯」————さわさわ。
「え?フィルも分からない?うーん⋯⋯まぁ悪いことじゃないし、良いのかも?」
そんな事をフィルと会話をしていると、今度は畑から声が聞こえる。
村のおばあちゃんが、高い木になった果実を見上げていた。
「今年は高い所にばっかり実ってねぇ⋯⋯脚立持ってくるかねぇ」
「おばあちゃん!俺、脚立持ってくるよ!」
「ルー坊は優しいねぇ。⋯⋯おや?」
ルークくんが走り出す前に、歩行フォームのフィルが近付き、枝を伸ばす。枝は器用に果実を掴むと、そのまま枝から摘み取った。
「おぉ!」
おばあちゃんが拍手した。
「ありがとうよ!」
さわさわ。
フィルは照れたように葉っぱを揺らす。
「働き者だねぇ」
フィルが褒められて、なんだか私まで嬉しくなった。
◆
「ごめんくださーい」
また別の日。今日はフィルと食べるために、焼き菓子屋さんのベイクにクッキーを買いに来た。中をひょっこり覗くと、リリィちゃんとトーマスさんの軽やかな言い合いが聞こえた。
「パパ、また失敗したのー?」
「失敗じゃねぇ!これは試作品だ!」
「同じことだよ!」
「違う!」
今日も元気だ。
私は思わず笑ってしまう。
「おっ、フローラちゃん!」
トーマスさんが手を振った。
「ちょうどいい!新作だ!食っていってくれよ!」
「え、あの、今日はクッキーを買いに来たんですけど⋯⋯じゃあそれも⋯⋯」
「試作品でお客さんに金貰っちゃ職人の名折れよ!感想くれれば良いからよ!」
そう言って焼き立ての新作クッキーを差し出してくる。
「え、えぇ⋯⋯良いんでしょうか⋯⋯」
「もちろん!」
なぜかリリィちゃんが自信満々に答えてくれた。うーん、気が引けるけど⋯⋯。そんな事を考えていると。
どしん、どしん、どしん、どしん。
フィルが歩いてきた。さては、新作クッキーの匂いに釣られたな?ベイクの前に来たフィルは、当たり前のように枝を店内へ伸ばす。
「おっ?」
トーマスさんは嬉しそうにクッキーを一枚乗せる。
「今日は食うか?」
フィルは大事そうに受け取り、じっと見つめる。
そして——すっと私の前へ差し出した。
「また私?」
さわさわ。
「がはははは!」
トーマスさんが腹を抱えて笑った。
「完全にフローラちゃんへ渡すもんだと思ってるじゃねぇか!」
「そ、そうですね」
「食わねぇのか?」
「ありがとうございます。いただきます」
私はクッキーを受け取り、口に入れる。
「やっぱり美味しいです!」
「よし!」
トーマスさんが拳を握る。
「次はもっと美味くする!」
「まだ上を目指すんですか?」
「当たり前だ!職人に終わりはねぇ!」
今日も職人魂は燃えていた。
◆
その日の昼過ぎ。
「フィルー!」
ルークくん、リリィちゃん、ノアくん、そしてフィルの3人1本でボール遊びをしている。
私?私はフィルと子供達がボール遊びしているのを、近くで見ているだけだ。⋯⋯なんだろう、最近フィルがどれだけ動いても何も思わなくなってきた。⋯⋯まぁ良いか。
「あー!」
「取れない!」
すると、フィルとは別の木の上にボールが飛んでしまい、取れなくなってしまった。三人が困っていると、フィルが枝を伸ばし、ボールを取った。
「ありがとう!」
⋯⋯しかし。フィルの枝はそのまま止まらなかった。
びゅん。
「え?」
ボールは勢いよく飛んでいく。
「あぁぁぁぁぁ!!」
三人が一斉に走り出す。
「待ってーー!!」
フィルは枝を止めた。
さわ⋯⋯?
どうしたの?と言っているようだった。
私は吹き出す。
「フィル」
幹をぽんと叩く。
「今のはボール返すだけで良かったと思うよ。まぁ、遠投対決だったらフィルの圧勝だろうけど⋯⋯」
さわ⋯⋯。
少しだけ葉っぱがしょんぼり垂れた。
「ふふっ」
私は笑って幹を撫でる。
「後で謝ろうね。きっとまた遊んでくれるよ」
その一言で葉っぱが一気に元気になった。
「寂しがり屋さんだなぁ」
私は思わず笑ってしまった。⋯⋯フィルを見上げる。
ずっと誰かのお手伝いをしていた。丸太を運んだり、果実を採ったり、ボールを取って子ども達と遊ぶ。
みんな笑っていた。⋯⋯現在進行形で、リリィちゃん達はボールを必死に追いかけてるところだけど。
「フィル」
幹へ手を当てる。
「もう、この村のみんなも家族だね」
さわさわ。
優しい風が吹く。
その枝葉の音は、とても嬉しそうに聞こえた。
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