第33話 ギャル、名前を持つ
街に戻ったのは昼過ぎだった。
門をくぐると、体が先に感じた。帰ってきた、という感触だ。
王都の均一な石畳じゃない。目が粗くて、不規則な石畳だ。でもこっちの方が知っている。
足の裏が、ここを知っている。
ギルドに顔を出した。
セリナが「お帰りなさい」と言った。「みるくさん、少しよろしいですか」
「どうぞ」
「概念職の公式記録への正式名称登録の件です」とセリナが言った。
「以前からお話ししていた件ですが、今回の王都での活動報告がガレード様から届きまして、登録の準備が整いました」
「名称は」
「現在の仮称のままで登録することも可能ですし、別の名称をご提案いただくこともできます」
「そのままで」とアタシは言った。
セリナが少し止まった。「……即答ですね」
「考えることが何もなかった」
「ギャル、というのが正式名称になります」
「最初からそうだったけど」
セリナが少し笑った。「……そうですね。では手続きを進めます」
レオニスが横で「これで公式になるな」と言った。
「最初から公式だったけど」
「……俺がそれを理解したのは、だいぶ後だった」
その言い方が、なんか良かった。理解するのに時間がかかった、という話を、責めずにそのまま言っている。
「いつ分かったの」
レオニスが少し考えた。「……ランクルで、リナという女性に会った時だと思う」
あの時、レオニスは石段に座って黙って見ていた。
「あの時から」
「……あの時、お前の力が何なのか、初めて体で分かった気がした。言葉では分からなかったが」
「体で分かるのがレオニスらしい」とアタシは言った。
レオニスが「……そうかもしれない」と言った。
翌朝、クルスが来た。
ギルドの前で待っていた。旅装だ。今日帰るつもりで来ている。でも帰る前に、という顔だ。
「一回だけ」とクルスが言った。
「いいよ」
訓練場に入った。
今日は長くなかった。5分で終わった。クルスが先に双剣を下ろした。
「……やっぱり届かない」とクルスが言った。声が静かだった。悔しいんじゃない。確認した後の声だ。
「強くなってるよ、アンタ」とアタシは言った。
「負けてるのに?」
「負け方が変わった」とアタシは言った。「前は崩れてた。今日は自分で下ろした」
クルスがしばらく黙った。訓練場の光が石畳に落ちていた。
「……自分で下ろした、か」とクルスが言った。噛みしめるような言い方だった。
「それができるようになったのは、強くなったからだよ」
「……負けを認める強さ、か」
「そういう言い方もできる」とアタシは言った。
「でもアンタが見えてきた、ってことだと思う。どこで勝てないかが分かった。だから自分で下ろせた」
クルスが「……次は自分で下ろさずに済むようにする」と言った。
「楽しみにしてる」
クルスが双剣を腰に戻した。「……強くなったな、お前も」
「前より?」
「俺が最初に会った時より、さらに」クルスが少し間を置いた。「でも——」
「でも?」
「……まだ終わってない気がする。お前は」
アタシは少し考えた。「終わってないと思う。まだ全然」
「……そうか」とクルスが言った。少し笑った。「じゃあ追いかけがいがある」
「追いかけてきて」
「約束だ」とクルスが言った。
クルスが手を上げた。昨日と同じ別れ方だ。見送りを待たずに歩き始めた。
でも今日は、門を出る前に一度だけ振り返った。何も言わなかった。でも振り返った。
昼過ぎ、街を歩いた。
特に目的はなかった。レオニスと並んで歩いた。いつもの石畳だ。いつもの光だ。
広場を抜けた時、空が開けた。
空を見上げた。
草原から空を見た時と同じ角度だ、とぼんやり思った。あの時は一人だった。草が風に揺れていた。
空だけがあった。どこに行くか分からなかった。
今日は、隣にレオニスがいる。
石畳の感触が足の裏にある。いつもの街の音がある。昨日帰ってきた場所だ。
「レオニス」
「何だ」
「アタシ、ここに根付いた気がする」
レオニスが少し間を置いた。
「……そうか」
その一言が、今日一番の答えだった。
空が広かった。光が石畳に落ちていた。昔の記憶を参照していない。この街の、今日の感触だけがある。
隣にレオニスがいた。




