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Fランクダンジョンの平和な日常〜ダンジョンコアになって十数年いろんなことがありました〜  作者: 弌黑流人
【第二部】 第一章 新しい名前と賑やかな開拓の始まり。

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第106話 王都からの追っかけ客と、宿の防衛システム強化?

 王都での晩餐会から一週間。悠久の憩い亭を取り巻く環境は、ジューゴの予想を遥かに超える形で激変していた。


 王宮で振る舞われた至高のリキュール「ユグドラ・ドロップ」と、伝説の勇者自らが整えたという「奇跡の空間」。その噂は瞬く間に王都の社交界を駆け巡り、好奇心と功名心に駆られた貴族や富豪たちが、大挙してこの深い森へと押し寄せていたのである。


 「……ジューゴ、窓の外を見て。馬車の列が、もう森の結界ギリギリまで迫っているわよ」


 リナが呆れたように、ため息混じりで告げた。彼女が指差す先、普段は静寂に包まれているはずの森の入り口には、豪華な装飾を施した馬車が何台も連なり、御者たちの怒鳴り声や、我先にと宿を目指そうとする者たちの騒乱が響いていた。


 彼らは一様に「陛下と同じ体験をさせろ」「いくら払えば泊まれるのだ」と叫び、中には禁じられている森の木々を無造作に切り開き、道を作ろうとする不届きな冒険者まで現れ始めていた。


 「困りました。このままでは、今お泊まりいただいているお客様の安らぎが守れません」


 事務室でテオが台帳を閉じ、眉間に皺を寄せる。悠久の憩い亭の運営理念は、一人一人の客に寄り添う「深い安らぎ」にある。数に任せて客を詰め込み、利益を追うような真似は、ジューゴの、そして仲間の美学が許さなかった。


 「……力で追い払うのは簡単だが、それではただの暴君と同じだ。だが、この無遠慮な波は止めなきゃならないな」


 ジューゴは腕を組み、地下二階の会議室に集まった仲間たちを見渡した。そこで静かに手を挙げたのは、森の管理者であるアムネだった。彼女の瞳には、荒らされる森への深い悲しみと、守り手としての強い決意が宿っていた。


 「ジューゴ様。森の精霊たちが泣いています。彼らは、あのような騒がしい心を持った方々を通したくないと……。私に、力を貸していただけませんか?」


 「アムネ、お前に考えがあるのか?」


 「はい。私と精霊たちの絆の力で、森そのものに客を選別してもらいます。ですが、今の私だけの力では、これほど広範囲の森に意識を行き渡らせることはできません」


 ジューゴはアムネの意図を察し、力強く頷いた。


 「わかった。俺の魔力と空間干渉の技術を、お前の意志の土台にしよう。……アムネ、森と対話しろ。仕組みは俺が土中に固定してやる」


 二人は早速、宿の敷地の境界へと向かった。


 アムネが古の言葉で歌うように詠唱を始めると、ユグドラシルの若木を中心に、森全体の精霊たちが共鳴するように微かに光り出す。


 ジューゴはその光の波を捉え、自らの膨大な魔力を「くさび」として土中へと打ち込んでいった。彼の空間干渉は、アムネと精霊たちの対話を、永続的な「仕組み」として大地の深層に固定していく。


 これが、ジューゴとアムネによる共同防衛策、「精霊の選別誘導」である。


 この仕組みの核となるのは、森の精霊たちが感知する「心の波長」だ。


 宿での安らぎを真に求め、森への敬意を持つ者には、精霊たちが木漏れ日を操り、自然と宿の門へと続く「正しい道」を指し示す。


 対して、強欲や虚栄心を抱き、森をただの遊興施設としか思わない者たちの前では、森がその姿を豹変させる。どれほど進んでも入り口に戻ってしまう「認識の迷路」や、なぜか猛烈な眠気に襲われて引き返したくなる「忘却の霧」が、彼らの行く手を阻むのだ。


 「アムネ、いい感覚だ。俺の魔力が、お前の指先のように森の隅々まで届いているはずだ。……あとは、お前の思う通りに導いてやれ」


 「ありがとうございます、ジューゴ様。……皆さん、もう大丈夫ですよ。静かな森へ戻りましょう」


 アムネが地面に手を触れると、地中を通ってジューゴの魔力と彼女の慈愛が森全体へと伝播していった。


 すると、劇的な変化が訪れた。森の外で騒いでいた不届きな一団が、霧に包まれたかと思うと、一様に「あれ、自分は何をしにここへ来たんだっけ?」と首を傾げ始め、吸い寄せられるように王都への帰り道へと馬車を向け始めたのだ。


 木を折ろうとした冒険者は、突然絡みついたツタに足を取られ、まるで森そのものに「お帰りください」と拒絶されたかのような圧力を感じて逃げ出していった。


 数刻後、宿の周囲には再び、心地よい静寂が戻ってきた。しかし、その静寂を抜けて、一組の老夫婦が宿の門をくぐった。彼らは王都の喧騒に疲れた平民の旅人だった。


 「おや、道に迷ったかと思ったら、こんなに素敵な宿が……。まるでお花が道を教えてくれたみたいだったわね」


 「ああ、本当に。ここなら、ゆっくり休めそうだ」


 その光景を、ジューゴとリナは玄関の陰から見守っていた。


 「成功ね、ジューゴ。力でねじ伏せるんじゃなくて、森が味方になってくれるなんて。アムネの優しさが、この宿の新しい壁になったわけね」


 リナが嬉しそうに微笑む。ジューゴもまた、アムネと精霊たちが生み出した穏やかな空気に満足げに目を細めた。


 「ああ。俺の力はあくまで土台だ。アムネと森の絆がなきゃ、こんなに温かい防衛システムは作れなかった。……さて、静かになったところで、あの老夫婦に最高のコーヒーでも淹れて差し上げるか」


 「カイルさん、ハクさん。お客様が到着しました。……最高に清浄な空間でお迎えしましょう!」


 フィニの声が響き、カイルとハクが音もなく、しかし誇らしげに清掃用具を手にする。


 地下二階の自室に戻れば、いつものようにキュイが「ごほぉぉー!」と元気な火を吹き、ジューゴを歓迎した。


 王都での騒動を経て、悠久の憩い亭はまた一つ、強固で、そして誰よりも優しい「聖域」へと進化した。


 選ばれた客だけが辿り着ける、奇跡の宿。その平穏は、おっさん勇者の技術と、森を愛する精霊の少女の心によって、今日も守られている。


 ご拝読ありがとうございます。客は選ぶことで、大切にしている矜持や仲間たちを守ることにつながる。最高の防衛システムが出来上がりました。

 さて次回は、第107話『迷宮の果実と、アムネの秘密の果樹園』をお送りいたします。お楽しみに!

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