Episode 2 戦塵相剋 -Conflict Amid War Dust- Part 2
数時間後。
レイヴンズ・コールの主要隊員と、今回の補充で新たに加わった搭乗員たちは、フォート・グラーデン中央棟の戦術講堂に集められていた。
講堂と呼ぶには、あまりに実務一点張りの部屋だった。段差状に並んだ簡素な座席、灰色の床、剥き出しの補助照明、換気装置の低い唸り。正面の壁一面には大型の液晶戦術盤が埋め込まれ、現在はノイズのない暗い青を湛えたまま沈黙している。そこへ映るのは、士気を高める映像でも、勇ましい標語でもない。ただ地図と座標と射程、そして死者の数に置き換え可能な線だけだった。
補充で増えた人数のせいで、室内はいつもより狭く感じられた。
見慣れた顔もある。
見慣れない顔もある。
整備区画で遠目に見かけた補充兵たち、別方面から転属してきた搭乗員、応援として編入された要員。誰もが軍服を着ているのに、その立ち方や目の配り方にはまだばらつきが残っていた。寄せ集め。そう呼ぶのがいちばん近い。
その空気を、正面の扉が開く音が切り裂いた。
ヴィクトル・シュナイダー少佐が入ってくる。
無駄のない足取りだった。
続いて数名の士官が入室し、正面脇へ並ぶ。階級章と立ち位置だけで、この場の指揮系統が自然と見えてしまう。
ざわめきは、すぐに死んだ。
ヴィクトルは演壇の前で立ち止まり、壁面液晶戦術盤へ短く合図を送る。直後、暗い画面が立ち上がり、フォート・グラーデン周辺の戦域図が投影された。現在地、砲兵陣地、敵前線、そしてその中間に食い込むように存在する市街地。灰色の市街ブロックが幾重にも区切られ、その全体を複数の射線と進攻矢印が横断している。
ユリウスは無意識に背筋を伸ばした。
地図の中心にあるその市街地が、ただの街ではなく、次の戦場そのものなのだと一目で分かったからだ。
「これよりオペレーション・ファントムドーン再開に伴う前進作戦ブリーフィングを行う」
ヴィクトルの声は低く、よく通った。
感情は薄い。
だがその薄さの奥に、逆らいようのない硬さがある。部屋の隅まで声量を張らずとも、全員に聞かせる術を知っている声だった。
「上層判断により、作戦は中断ではなく継続と決定した。フォート・グラーデン襲撃による戦線の乱れは修正済み。敵前線圧迫を再開する」
液晶戦術盤の表示が切り替わる。
市街地の外縁部が赤く縁取られ、その後方に配置された砲兵陣地が点滅した。
「今回の第一段階は砲兵部隊による飽和攻撃だ。目標は敵前線戦力の低減、指揮・補給系統の攪乱、ならびに前進経路の物理的切断」
赤い射線が幾重にも走る。
砲撃諸元。着弾予測帯。進攻猶予時間。
「第二段階で、我々を含む複数部隊が緩衝地帯市街へ進入、敵残存戦力を掃討し、同区域を完全制圧する」
今度は市街地中央に、青い矢印が複数食い込んだ。
「制圧後、市街地は即時要塞化。前哨防衛拠点として再構築し、敵前線に対する楔とする」
短く、だが明確だった。
そこまでが公式の作戦説明だった。
市街地がその後何に使われるのか、この場の誰もが知る必要はない。液晶戦術盤は、その先を示さない。ヴィクトルもまた、何ひとつ余計なことは言わなかった。
部屋の空気がじりじりと張り詰めていく。
「今回の再開に際し、レイヴンズ・コールは暫定再編を受けている。従来の欠員運用は終了。補充機体、補充搭乗員、整備要員を含め、当面は四個中隊編制で運用する」
ヴィクトルが一歩だけ脇へ動く。
壁面液晶戦術盤に新しい編制図が表示された。中隊区分、指揮系統、各小隊の配置。
「第一中隊長は俺が直率する」
言いながら、自分の名が置かれた枠を一瞥する。
「第二中隊長、ハンス・ディートリヒ中尉」
正面脇に控えていた、痩身で頬のこけた士官が一歩前へ出る。無駄のない敬礼。眼鏡の奥の視線は鋭く、いかにも参謀上がりのような神経質さがあった。
「第三中隊長、ゲルト・クルーガー中尉」
今度は、肩幅の広い大柄な男が進み出る。現場叩き上げらしい威圧感を持つが、立ち方は意外なほど静かだった。
「第四中隊長、マティアス・ブラント大尉」
最後に、一人の男が前へ出る。
二十代後半ほどだろうか。
派手さのない顔立ちだった。だが、肩の位置と視線の高さに迷いがない。前へ出ることに慣れている者の立ち方だった。階級はこの場の中隊長たちの中で最も高く、ヴィクトルを除けば、現場で最も重い責任を預かる位置にいることがひと目で分かる。
ブラント大尉は短く敬礼した。
「ブラントだ。第四中隊を預かる。今回の市街地戦では後続支援と戦線保持を担当する。各中隊との連携を最優先とする。以上」
短い。
だが悪くない、とユリウスは思った。ヴィクトルとは違う種類の無駄のなさがあった。
ヴィクトルは戦術盤へ視線を戻す。
「第二、第三、第四中隊は、今回新たに編入された補充搭乗員と再配置機体を中心に再編した。各中隊長は速やかに持ち場を掌握しろ。独断先行は認めない。中隊間連携は中央統制で行う」
補充で大所帯になった部隊を、一度この場で“ひとつの部隊”として定義し直す。そんな話し方だった。
「第一中隊は市街西側ブロックへ侵入、主街路の確保と交差点制圧。第二中隊は東側から進入し、残存火点の圧殺。第三中隊は南側支線より側面展開。第四中隊は後続支援および対逆襲予備、必要に応じて各戦区へ機動投入する」
再び戦術図へ話が戻る。
「レイヴンズ・コールは単独で英雄ごっこをする部隊ではない。今回の作戦では特にだ。市街地奪取は突破より保持のほうが難しい。入って終わりではない。取ったあと、生かしたまま固定する。それが今回の任務だ」
ヴィクトルの指先が、市街中心部の一点を示す。
「勘違いするな。砲撃で敵は減るが、消えはしない。瓦礫の中に残る。地下に潜る。火点は死んだふりをする。市街戦は視界が短い。情報が遅れる。だからこそ、指揮系統と持ち場だけは頭に叩き込め」
部屋の後方で、誰かが小さく唾を飲む音がした。
それほど静かだった。
「質問は受けない」
ヴィクトルが言う。
「疑問があるなら、自分の持ち場へ戻ってから各小隊長・各中隊長経由で上げろ。ここで必要なのは理解ではなく確認だ。お前たちは今から、砲兵が開けた穴へ入る。そこで生き残るには、勝手な解釈より命令の方が信用できる」
ヴィクトルは最後に一度、室内全体を見渡した。
補充で膨れた部隊。
古参と新任。
まだ均質には程遠い面々。
それでも、その全員をひとつの視線で貫く。
「オペレーション・ファントムドーンは再開される」
液晶戦術盤の青白い光が、彼の横顔を鋭く縁取った。
「次にあの市街へ旗を立てるのは、俺たちだ」
それだけだった。
勇ましい檄ではない。
熱を煽る演説でもない。
ただ断定だけを置いて、ヴィクトルは沈黙する。
そしてその断定の硬さだけが、逆にこの場の全員へ深く沈んでいった。




