魔境の復讐 23
結論から言えば、奴を倒す為の武器、ヴォーパルソードとは、言葉だった。
では、奴とは、一体何者だったのか?
鏡の国の王女ブラック有栖? 鏡の怪人ハンプティダンプティ? 論争の権化ジャパウォック?
そう、それらは、全てが正解であり、そして、全てが不正解なのだ。
彼らがどうしてその形を取ったのか、それは、偶然にしか過ぎなかった。いや、若しくは、必然だったのかも知れない。
綾香が鏡から連想したモノ、それが、自分だった。そして、綾香は鏡に、自分では無い自分。自分よりも素晴らしい自分を願ったのだ。
その願いを叶えられる存在が、たまたま彼らだったのだ。
今回の事件は、これに彼らの思惑が混ざり、彼女を利用し始めた事で起こったのだ。
そう考えれば、奴らの本当の正体は、明確だった。
いや、そもそも、俺は、出会ったときから、奴らの正体を認識していた筈なのだ。
何故認識できなかったのか、それは、俺の彼女に対する幻想と、理想と、そういった思い込みが邪魔をして、真実を見せないフィルターを作っていたのだ。
つまりは、奴の本当の正体は、綾香そのもの。彼女が認めていない、もう一つの真実の彼女に過ぎなかったのだ。
彼女が自分で連想し、生み出した化け物。それが、ハンプティ・ダンプディなのだ。
そう考えれば、今にして思うことだが、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
自らを、童話のヒロインに見立てて作り出しのだから。
夢見がちな少女の、ちょっと、過激な夢。そう考えれば、可愛らしくさえ思えてしまうのだから人間とは不思議なモノだ。
これらの事件も、彼女の願いも、言ってしまえば、過程に過ぎなかった。
彼女の本当の願いは、ある人物から、たった一言の言葉を貰う事だったのだ。
そして、その人物とは、俺だ。
つまりは、禍物が起こした事は間違いないのだが、彼女に対する気配りの少なさと、俺の壊滅的なまでの不器用さがこの事件を起こしたのだ。
「まったく、笑えないな」
言いながらも、俺は笑う。自分の間抜けさに、そして、これ程までに思われていた事実に、嬉しさでにやけたのだろう。
俺は、男子生徒の欲望で汚されてしまった綾香の手を取る。
「綾香。お前は、俺にとって大事な存在だ」
「なんじゃとう!」
愛姫が、妙に高い声で叫んだが、そんな事はどうでもいい。
その言葉を聴いた綾香の瞳が、黒色に戻る。
そして、ジャバウォックは、キラキラと、光の粒子になって、消えていった。
「明君、わたし......」
「気にするな、元はといえば、俺が悪い」
「でも、明氏。これ、どうする? 色々と、取り返しが付かないよ?」
「もういっそ、笑って済ませよう! あははは! 取り合えず、歌っておく?」
「やめておけ。玲子、この際だから言っておく。お前は、音痴だ」
誰とも無しに笑い始める。そこに、コツコツと、足音が聞こえてきた。
「むぅ、嫌な奴が現れおったな。わっちは、奴が気に食わん」
「でも、今は。誰よりも当てになるな」
暗闇の続く廊下から、髪の毛も、肌も、真っ白な少女が現れる。
「これはこれは、派手にやりおったな。愛姫、もうちっとは上手く出来んのか?」
「葛城! あんた、この前はよくもやってくれたね」
「この前? もう、何年もたっておるがな」
牙を剥く愛姫を、俺は抱きかかえて取り押さえる。
「葛城さん、叔父さんに頼まれて来たのか?」
「いや、厳密には違うがの。我は、奴との契約を解除してるからな」
「では、なぜ?」
「うむ、その鏡を回収しに来た。しかし、困ったのぅ。お主の持ち物を頂くとなると、何か、対価をやらねばな」
白く美しい少女は、その顔を、悪戯をした少女の様に変える。
「では、巻き戻しを頼む」
「ちょ! 旦那様! それは、駄目~!」
騒ぐ愛姫を、楽しそうに見た少女は、ドキリとするような、美しい笑顔で、手で鋏を作って言う。
「では、この話。無かった事に」
辺りが光に包まれ、俺の意識は遠のく、消える記憶の中で、これだけは残そうと、心に決めて。




