ACT.19 激突!預言者VS解放者with景勝
西暦4192年6月10日。
日本時間で昼を終え、もうすぐ時刻が13時を迎えるか否かのその時、地球上に存在する全人類の脳内にナノマシンを介して非常事態を告げる赤いイメージで"緊急速報"の4文字が映し出された。
"JCG緊急速報"
《現地時間6月10日6時58分、中東第3区画で過激派国際指定テロ組織解放者と中東を拠点とする過激派テロ組織ヤッドアルムサゥヴァによる衝突が発生》
《これを受けて中東政府は日本時間の今日13時10分頃より緊急会見を開く模様》
《なお最新の情報が入り次第、中東政府官邸より緊急会見の映像をお送りします》
その一報に世界が騒ついた。
優雅な老後を過ごす先人達も、これからの社会を担う少年少女達も、今を必死に生きる会社勤めの営業マン達も突然の事に手を止め足を止め騒然としながらナノマシンに表示されたイメージに全神経を集中させる。
突如日本海に集結した解放者が今度は中東のテロ組織と戦争を起こしたとなれば嫌でも人々の脳裏を過るの世界レベルの大規模テロというワードのみ。
これから何が起ころうとしているのか?
世界はどうなってしまうのか?
未知なる不安が重厚な鎖となりて絡み付いた真実という名の未来にたどり着く為のヒントがこの緊急会見だとしたら、まさに1分1秒がもどかしさを飲み込む虚空の刻。
そして時刻が日本時間の13時13分を過ぎた頃、ようやく中東第3区画を治めるハビベフ・ビント・ジャリル・ビン・ラシード・アル・イスハーク大統領が予定通り緊急会見を開き、現地中東の騒つく国会議事堂で発言者の席に立ったと同時に議員達からは割れんばかりの凄まじいヤジが飛び交った。
「まず初めに今回の過激派テロ組織同士による衝突は我々の関与するところではない事をお伝えしなければなりません。絶対的事実としてヤッドアルムサゥヴァは我々が管理するこの中東第3区画で独自の政治体制を整え"独立国家"であると宣言し、世界的にもソレは一国家として認められているモノであり、今までも我々はこれを"隣国の起こしたテロ行為"として対処してきました。ヤッドアルムサゥヴァ国と我々を含む中東政府とその正規軍は常に緊張状態にあり、その事からもこれが内戦ではなく外部との戦争であるという事実を表しています。しかし我々は断固としてテロ行為を許すわけにはいかない。そこで我々中東政府は隣国の責任としてヤッドアルムサゥヴァ国内部に残る、過激派テロ組織に与さない民間人を救出すると同時に、これを鎮圧してきました。その結果、既に避難勧告の出された地域周辺に民間人の姿はなくヤッドアルムサゥヴァによる民間人を虐殺したとされる映像、またそれらに伴う情報も全て事実無根であり、鎮圧に向かった正規軍が回収した民間人のモノと思われていた遺体のナノマシン情報を調べた結果、それらは全てヤッドアルムサゥヴァの構成員である事がわかっています。そしてただの1人も民間人がいない現状を見て我々中東政府は正規軍を指揮しヤッドアルムサゥヴァ国の殲滅作戦を決行しようとした時、あたかもそれを狙っていたかのように突如解放者による介入が発生しました。これを受けて我々中東政府は一時的に殲滅作戦を中止、中東に住む国民の命と人権を最優先にそれら基本的人権を保護すると同時に立ち入り禁止区域を広げる為、正規軍を中東全土に派遣しています。罪なき国民を見捨てる事は国家として、人としての道理に反する行為だと信じ中東政府はこれを優先する事を決定しました。そして全国民の安全が確保できた後に再び正規軍を指揮してヤッドアルムサゥヴァと解放者による衝突を鎮圧し、国家としての責任を果たす事を宣言します。現状解放者が──」
責任逃れをする為か、はたまた世間からの同情を買う為か緊急会見はその場に集った議員達のヤジで荒れに荒れ、遂には乱闘まで起こる始末。
現地にいる日本人記者はこれを緊迫した会見だとオブラートに包み報道するが、世間的には国のトップ達が堂々と責任を押し付け合う醜態を晒しただけに過ぎず人々はより一層の不安感に煽られるだけとなった。
さらにハビベフ大統領が述べた事もどこまでが事実かわからないし、なんなら全てが嘘八百であるとする意見の方が圧倒的に多い。
その真意は世界が中東の情勢を知るが故の不信感から来ているというわけではなく、あまりに発展し過ぎた42世紀の世界情勢は無駄に複雑でなおかつ必要以上の柵に囚われている事が最大の要因だと言えよう。
国家を束ねるお上達であろうとも世界情勢は疎か自国の情勢すら完全に把握していない内にあれやこれやと決議を重ねた為、全てがぐちゃぐちゃになった政治体制は8割ウソで2割が適当とさえ表現され、それが今日の世界各国の民衆の認識でもあった。
国民は国を信用していないし、国も国民を信用していない。
募りに募った相互の不信感は本当に国と民衆が団結しなければならない時にそれを妨害する最大の敵となり、その敵を生み出したのもまた国と民衆に他ならないのだ。
そうなればテロリスト同士の争いなんて二の次、目の前に姿を現した新たな敵として今度は中東政府が仲間達から、民衆から、匿名のサードパーティから攻撃を受け"近い将来、必ずや戦争革命は起こる"と断言した林 培植の遺言を生々しく体現しようとしていた。
その証拠に凄烈な争いを肌で感じ取れる現地中東の第3区画では新鮮な肉に喰らい付こうと飛び交う無数の凶弾を躱し、ピュンッと甲高い音を立て予測不能の動きをする流れ弾に慄くテロリスト達の怒号と銃声が渦巻く中で、中東政府によりその存在を抹消された民間人の悲鳴ないし恨み言がおどろおどろしく木霊する。
そして時と場面も同じく砂埃ですっかり汚れてしまった純白のカンドゥーラを灼熱の戦火に靡かせながら、ヤッドアルムサゥヴァ陣営の一角で待機する景勝のナノマシンに遠く離れた日本の地よりリンクの応答が入る。
汗と共にギュッと握られたNonNo−4の細いグリップを持ち直してリンクの呼び出しに応じれば相手は源以に他ならず、彼は戦場に居ては知る事の出来ない新たな情報を景勝に提供する。
「これだけの規模で戦闘が起きているにも拘らず現地正規軍が動かないところを見る限り、解放者と正規軍が手を組んだという情報も強ちウソではないようだ」
「解放者と?ですが中東政府は──」
「自らの立場を思い出したまえ。国は違えど我々もまた日本政府のウソと闇を具現化させたような存在なのだよ。つまり中東政府の発言を信じるという行為それ自体が自らの存在を否定しているのも同じ事。さて、話もまとまったところで本題に入ろう。ヤッドアルムサゥヴァも解放者も君の仲間ではないが、同志の皮を被っている以上ヤッドアルムサゥヴァは全面的に君をサポートせざるを得ない状況にある。これを隠れ蓑として囮ないし人の盾として利用出来るかどうかで任務の成否が大きく変わってくる。この戦争が正規軍に解放者を支援させる為の交渉の材料或いはデモンストレーションだとしたら解放者側の交渉人が中東を離れる事はないだろう」
それを聞いた景勝はすぐさまこれが解放者の常套手段である事に気付かされる。
話を簡単にまとめてしまえば"お前達の代わりにヤッドアルムサゥヴァをどうにかするから、その見返りとして俺達に協力しろよ"という事ではあるが国家権力相手に交渉を行える人物となれば、いかに解放者と言えどもそう多くはない。
国家権力と交渉する為の資格を持つ人間とは莫大な財力と圧倒的な武力を保持してなおかつ、それらを自由に動かせる権力と揺るぎなき行動力を持った者の事を指し、景勝が暗躍組織の一員として今までに知り得た情報を整理すればその交渉人とは6幹部の甲斐明治か和泉なぎりである可能性が高い。
聞こえるか聞こえないか程度のボリュームで"いよいよ6幹部のお出ましか"と、呟けば源以もそれに同意を示し、景勝に新たな任務を与える。
「情報によれば解放者側の交渉人は、そこから北西に6km進んだ所に拠点を構える駐屯地で正規軍司令官と共にいる。そこで君に与える任務は単独で駐屯地に潜入して解放者側の交渉人の正体を探り、相手が6幹部であれば即刻始末して可能であればその死亡を裏付ける決定的な証拠を回収する事。またこれに伴い任務の妨げになるようであれば正規軍の殺害ならびに軍の施設を破壊しても構わん」
目的を達成する為ならば手段は問わぬとする源以の痛烈な発言の裏には暗躍組織の長としての責任が見え隠れする。
少しばかりの物理的支援を受けてヤッドアルムサゥヴァの士気が上がっているとは言えども、実際問題なかなかどうして解放者との決定的戦力差は埋まらずそれを考慮すれば任務遂行までのタイムリミット、即ちヤッドアルムサゥヴァ壊滅までに残された時間はどんなに甘く見積もっても約72時間。
その間で解放者側の交渉人が6幹部の1人であると仮定して、なおかつ確固たる証拠の元に死亡したという事実さえ手に入ればそれだけで日本政府は国連の席ないし今後の外交で踏ん反り返りいい顔が出来るというモノ。
不確定要素にまみれた大博打的な任務だがそれを遂行する事こそ世界最強の暗躍組織と恐れられる福祉技研の存在意義。
そして交渉人がいるならばそこには護衛が存在するのも必然。
これが並みのテロリストなら或いはどうにかなるかも知れないが、最悪はそこに解放者最凶の武闘派と謳われる磯銀亦左がいた場合、こちらが返り討ちにされる可能性も0ではない。
しかしその男は仮にも反逆の使徒の異名を持つ生粋のアナーキスト。
中東政府と正規軍を失脚させる事が目的ではない以上たとえ護衛であろうともわざわざ戦場に出て来るとは考えにくいのだが可能性の1つとして想像した時、不覚にも景勝は少し身震いした。
その理由は斯く斯く然々、半ば解放者を特別視する者達によって作られた"尾ビレの付きまくった都市伝説" 程度の話だが、その情報が正しければ亦左は自身の周りに強力な電磁フィールドを発生させ擬似的な真空、常に任意の方向へと流れ続ける磁界を生み出す事により、それに対応した特殊な刀(EHzもの超音波を発生させる直刀)を瞬間的に加速させ、一振りにて飛来する弾丸さえも斬り落とすと聞く。
42世紀の技術水準を基にした理論上では可能とされる事だが、これを実際にやってのける事が出来るのかと問われれば眉唾物。
されど落ち武者は薄の穂にも怖ず。
血で血を洗う緊迫した戦場のど真ん中では、そんな都市伝説も不思議と真実味を帯びてくるモノだが景勝はあくまで冷静に、ナノマシンに書き込まれた作戦記録を開いて中東第3区画のマップを確認。
目的地である駐屯地にマーキングして、ゆっくりと眼を閉じれば不安や恐怖といった負の感情をナノマシン制御で取り払い、さらに力強くNonNo−4のグリップを握りしめてカッ!と目を見開き、中腰姿勢から任務遂行の為の1歩踏み出した刹那──
「うぉっ!!」
飛び交う流れ弾のなんと非力な事か、遮蔽物なぞ小賢しやと一喝する獣のような銃声と共に飛来した1発の弾丸が景勝の目と鼻の先、辛うじて原形をとどめていた民家を撃ち貫き、大量の砂埃と石飛礫を撒き散らしながらそれを倒壊させた。
咄嗟に腕を上げ防御の姿勢を取るが景勝の顔は口の中まで砂化粧、唾と一緒にペッ!ペッ!と砂を吐き出して何が起きたと目を見開けば、かつて日本陸軍狙撃班としてスコープ越しに覗いていた戦場の記憶からすぐにそれが25.4mm(100口径)を超える対物ライフルによるモノだと理解する。
市街地戦なら敵のスナイパーの出現は予期していた事だが、初めて狙われる側に立たされた景勝は思わず言葉を失った。
その時、無防備に晒された背後から"同志K!"と彼を呼ぶ声が聞こえて景勝はふと我に帰る。
中腰のまま振り返れば赤いカンドゥーラを靡かせるヤッドアルムサゥヴァの同志ラヒムが必死の形相で景勝の安否を確認しに来ていた。
「ラヒムッ!あぁちょうどよかった聞いてくれ!どうやら解放者の中にアンチマテリアルを装備したヤツがいるらしい。アレに狙われたら遮蔽物に隠れても意味がない。同志達にはバリケードの陰でやり過ごすより常に立ち止まらず動き回りスナイパーに狙いを定めさせないよう行動する事を意識しろと言ってくれ!」
「同志達からスナイパーの報告は既に受けている。だがこの辺りで狙撃ポイントとして使えそうな1番高い建物、観測局は制圧に向かった同志達の手に──」
「待て違う!それは罠だ!!スナイパーにとって背後を取られず全体を見渡せる高所は絶好の狙撃ポイントだが逆に言えば"自分が狙われる場所を知っている"って事にもなる!だから敵のスナイパーは──」
同じスナイパーとして敵の考えは読めたが既に手遅れ。
景勝の言葉を遮るように凄まじい爆音が大気を震わせ大地を揺らし、ラヒムの指差す先にある観測局が巨大な爆炎に包まれ微塵に吹き飛んだ。
これが意味するモノ即ち同志達の死である事など言うに及ばず、戦力差もさる事ながら世界各国で数々の戦場を経験している解放者には戦争の中で培った一日の長がある事をまじまじと知らしめられ、灼熱の天に立ち込める黒煙を瞳に映したラヒムは"バカな・・・"と悲痛の声を漏らしながら膝から崩れ落ちる。
それでも鳴り止まぬ銃声にハッ!とした景勝は力無く項垂れるラヒムに対して何を語るよりも早くスピアータックルをかますようにして彼の両脇に腕を回し、乱暴に遮蔽物の裏へと引きずり込む。
その顔面に唾がかかるほどの近距離で気付けの怒号を吐き出せば、ようやくラヒムも自らの意思で手足に力を入れて大地を踏みしめ目頭を押さえている。
その判断ミスで大勢の同志を殺してしまった罪悪感をナノマシン制御で振り切ったラヒムはたどたどしくも一言"すまない"と景勝に返した。
「大丈夫だラヒム。それと俺は今から正規軍駐屯地に向かう」
「なぜだ?」
「あそこには、この戦争を引き起こした解放者の幹部がいる。俺はソイツに個人的な恨みがあってね。だから・・・これが俺達の今生の別れになるかも知れない」
「・・・」
「ラヒム・・・ただ1人になったとしても絶対に武器は手放すな。それがヤッドアルムサゥヴァの同志として俺がいたという証になる」
むざむざ死にに逝くかのようなセリフを吐く景勝に待ったの声でも掛ようかと思うラヒムだが、サングラス越しでも伝わって来るその妙に力強い眼差しを受けて喉まで出かかった言葉を飲み込み複雑な心境で景勝の肩を少し強めに叩き"わかった"と応え、彼は戦火の中へと消えていった。
「さらばラヒム、汝に神の御加護あれ」
任務が為に紡がれた偽りの友情に確かな応えを返したラヒムの背中にそんなセリフを投げかけた後、景勝はサングラスを投げ捨てヤッドアルムサゥヴァ扇動作戦最後の任務を遂行すべく物陰から物陰へ滑り込み、敵のスナイパーの眼を掻い潜りながら迂回路をたどって着実に駐屯地へと向かう。
時同じくしてここはヤッドアルムサゥヴァ陣営から距離を取る事、約5km地点。
他より少し背の高い建物同士を繋ぐ空中回廊の片隅では全長2mを超える巨大なライフルをブローンポジションで構え、風が吹く度にサラサラと揺れるブロンドのミディアムヘアとオリーブドラブのロングコートが崩壊した街、戦場の空気に溶け込みその姿を完全に不可視のモノとしながらスコープ越しに死屍累々の戦場を覗く1人のスナイパーがいた。
幼き日の悲劇により戦場の中で生きる事を余儀なくされたその者は手を、瞳を、心を血に染めていくうちに人の死をなんとも思わずに引き金を引ける狙撃の天才として開花、弱冠16歳にして世界最大のテロ組織の幹部にまで上り詰めた悲劇の少女兵、望月多々薇がただただ静かに目標を待ち伏せ。
その傍らには"プチフール"と命名した観測手代わりの小型S型サードメイカンド(現代のハンディビデオカメラに4つの脚とホバリング機能を搭載させたような見た目)を従え、大の男でも運用するには骨が折れるとされる代物、ホーイント社の25.4mm対物ライフル"マクシミリアン"と同社の45口径マシンピストル"アーセン13"で装備を整えている。
彼女もまたヤッドアルムサゥヴァ壊滅ならびに預言者アリー・ビン・マフムードの始末を命じられてこの戦争に参加しているのだがその実、他の解放者戦闘員とは少し違う目的があり単独で行動していた。
その目的とはヤッドアルムサゥヴァの裏に潜む何者かを炙り出せとの特命であり、つまりこの戦場のどこかにいる景勝を見つけ出して始末ないし捕虜とする事が本当の目的なのだ。
されど顔も知らぬ名も知らぬ暗躍組織の影を見つけ出す事は至難の業。
だがスナイパーは索敵の天才であるが故にそれが敵なのか味方なのかそれとも第三勢力なのかを見分ける能力は桁違いに鋭く、個々が戦場で纏う僅かな空気の違いを瞬時に見極める独特の感覚を持っている。
さらに人生の半分以上を戦争の中で過ごしてきた彼女の感覚は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚のどれ以上に鋭く滾り、まさに第六感の覚醒と言っても差し支えない。
だからこそ敢えて絶好の狙撃ポイントを選ばずにこの空中回廊で張り、一瞬の油断が死を招く戦場の中でひたすら待ち続けた。
時折現れるヤッドアルムサゥヴァの戦闘員達が彼女の存在に気付かず無防備な姿を晒していようとも大胆不敵に空中回廊の真下を潜り抜けようとも、それらを相手にする事は一切せず多々薇は屍のように動かない。
そして暑さも空腹も尿意も忘れ、過ぎ行く時間の流れは2時間・・・3時間・・・待って待って待ち続けて遂に彼女の眼は"他とは違う空気"を纏い砂埃にまみれ薄汚れたカンドゥーラを靡かせる1人のイケメンの姿を捉えた。
遠くの方から現れたイケメンにすぐさまレティクルを合わせようとするが、相手は無駄な動きを連発しながら遮蔽物の隙間をジグザグと縫うように戦場を駆け抜け、その都度構えた銃口は数mm単位で小刻みに震え続ける。
しかしこれがどうして一撃必殺を信条とするスナイパーにとっては喧しい限りの動きでありこの者、景勝が得意のサイドステップやバタフライツイストをする度に狙うべき急所の位置がズレ、次の瞬間には進行方向さえも読めなくなってしまう。
いかに対物ライフルと言えど指先を撃ち抜いた程度では致命傷を負わせる事は出来ず、せめて脚の1本でも撃ち抜かない事には狙撃の意味がない。
せこせこと中腰姿勢で隠れていたと思ったら今度は大胆不敵にアクロバットを決める景勝のソレはまさに姿の見えないスナイパーに対しての挑発であった。
そして挑発を受けた多々薇とて無表情をデフォルトとしているが感情がないわけではない。
だがしかし、その感情はあまりにも幼くあまりにも悲しいモノだった。
齢16にもなる彼女を"特殊な女の子"として例え、血塗られた戦場を知らず健全な社会生活を送る者を"普通の女の子"とした場合、多々薇の精神年齢は普通の女の子で言うところの10歳程度にしか成熟していないのだ。
意地悪をされれば怒ってマシンピストルを向ける事もあるし大好きなシュークリームを食べればニコッと笑う時もある。
気を許した他の幹部達とパン=エンドには喜怒哀楽の表情を魅せる事もあるが、それら全てが普通の16歳とはかけ離れすぎている事に気付かぬ者はいない。
故に多々薇は景勝の挑発を受けてスコープ越しに目標を追いかけ回すのをやめ、全身を縮こませるように小さく構え直すと同時に大きく息を吸い込み呼吸を止めて景勝の先の先を読み、目標が来るであろう一点のみに狙いを定める。
極め付けはナノマシン制御でごく短時間のみとは言え心臓の動きすら強制的に停止させ血液の流れから鼓動の一切までもを封じてしまう完全なる静、これこそ天才的狙撃のクオリティを可能とする多々薇の真骨頂、特殊な女の子が身につけた戦場でしか役に立たない特技、完全狙撃である。
「・・・」
そう広くもない路地の一角。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる景勝とレティクルが重なった刹那、多々薇が引き金を引いてファイアリングピンが雷管を叩き弾丸が撃ち出されるよりも早く・・・時間に直せばコンマ以下001秒のタイミングで景勝は突如進行方向を変え、壁の崩れ落ちた民家の中へと勢いよくローリングダイブ。
タッチの差で目標を仕留め損ねた100口径の弾丸がチクショウ!と悔しさを爆発させるかのように大地を力任せに抉り返し大量の粉塵を撒き散らすその様は、まるで多々薇の心を具現化させたような光景だったが、心の代弁者たる弾丸に想いを馳せる間もなく彼女はナノマシンリンクでプチフールに景勝の追尾を命令する。
言葉を持たない観測手は一瞬だけ彼女の姿をレンズに捉え、両サイドに内蔵されたホバリング用のプロペラを展開させながらそれをパタパタと羽ばたかせ物理的に"了解"のサインを送る。
そのまま4本の脚をバタつかせながら空中回廊から飛び降りると少し大きめなゴキブリのように宙を滑空。
それと並行して自身もマクシミリアンをバレルの付け根から折り畳み背中にマウント、武器をアーセン13に持ち替えすぐにその場を離れ去る。
その時、景勝は飛び込んだ民家の中で片膝をつきながら呼吸を整え、撒き餌として先陣を切らせた同志達には目もくれず"自分だけが狙撃された"事実を根拠に解放者の狙いがヤッドアルムサゥヴァを隠れ蓑に暗躍している者を炙り出す事であると理解した。
これを源以に報告すれば彼は皮肉を込めて、手の内が知れてるのはお互い様だが1:10とも1:100とも取れる不条理極まりないデスゲームと表現するだろう。
汗でドロドロに固まった砂埃のフェイスペイントを衣装の袖で拭き取り"クソッ!"と文句を吐き捨てながらNonNo−4を振り回し、恐る恐る周囲の安全を確かめる景勝のナノマシンに表示されたタイムリミットは残り69時間。
初めから気の抜けない戦場のど真ん中で立ち止まっている暇など1秒たりとてない事を肝に銘じ、否応無しに開幕した不条理なデスゲームに身を投じる事を余儀なくされた。
勝利条件は正規軍駐屯地に潜入して解放者側の交渉人を始末した証拠を入手した後、生きてこの中東第3区画から脱出する事。
敗北条件は前者のいずれかでも失敗した場合、或いは景勝自身の死亡。
「あぁやってやるぜクソッタレが!この景勝様に不可能の文字はないんだよ!!」




