ACT.18 デモンストレーション
「・・・」
「なに気にする事はない。医者が人を助けないで身分を語れる道理もない。と、まぁ偉そうに言ったところで福祉技研にいる時点で俺はヤブ以下のなんとやらってヤツだがな」
「!!!」
「・・・源以の入れ知恵か?だがそんな昔の事なんて忘れた。何がどうあれ法律を守らない以上どんな天才医師でもただの闇医と変わらない。それが世の中だ。事実、俺なんかよりも"生姜と蜂蜜"の方がよっぽど腕の立つ名医だったよ」
「・・・?」
西暦4192年5月20日。
増太郎襲撃事件から3週間弱が経った今日。
心身共に深く大きな傷を負い、1人一課の病室で涙に濡れる入院生活を送っていた白露が銑十郎に連れられ三課にもどって来るや否や、そこで待ち受けていたのは主任の鶴姫を筆頭に彼女の退院を祝う人々の群れと威風堂々たる太々しさで三課職員達に紛れ込んだ楓とフォシルとアーティの賑やかメンバーだった。
銑十郎のドクターストップも聞き入れず全身をフル活用して親友の復帰祝いを体現する楓の嬉しくも乱暴なスキンシップに対して、フォシルは中途半端な距離感をキープし続ける独特の立ち回りで白露を気遣う言葉を贈り、主任の鶴姫もまだまだ若いハズなのに全体的な柔らかさと"よかった、よかった"の一言が相まって山奥の、どえらい田舎に暮らす"おばぁ"のような雰囲気を醸し出す。
なにもかもが不変であると信じたくなる人間同士の確かな繋がりに得も言われぬ安心感を覚えるコレを一言で表せば"帰ってきた"とでも言うべきか。
基本は喧しさを嫌い1人の時間を好む彼女だが、この喧しい空間の中にこそ本当に求めていた"1人の時間" がある事を、誰からも忘れ去られてしまうのではないかと思えるような耐え難い孤独と共に過ごした入院生活の中で見出していた白露がようやく自分の居場所に帰ってきた時、そこには何かが足りないような気がしてならなかった。
少し考えて欠けた最後の1ピース、景勝がいない事に気付いた彼女がハッとした刹那、なにを言う前に今現状福祉技研では何が起こっているのかを告げたのは白露達の背後を取るかのように遅れて現れた三佐だった。
「・・・!!」
その後、銑十郎とポジションを入れ替えた三佐に対して"すまないが次の患者が待っている"とだけ述べた自称生姜以下の闇医師はロングタイプの白衣を靡かせながら自分の居場所、一課診療室へと帰還。
全体的にシュッとした銑十郎に対して、縦にも横にも此れ見よがしにモリモリの筋肉を付けた三佐の巨体が隣に陣取れば、その迫力で白露も一瞬よろけてしまうが巨人は何も言わずに彼女の肩に腕を回し、優しく抱きしめるようにして自身の方へ引き寄せるとそのまま白露をガッチリと捕獲。
逞しすぎる腕の中、少し身構え恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、そーっと白露が顔を見上げて三佐と視線を交えれば2人は同じタイミングで小さく微笑み合う。
事実、増太郎の毒牙から白露を救出したのは三佐本人であり、彼のマジメな性格を考えればこれもアフターケア的な心遣いの一環だろうと三課職員達はこの1コマを気にも留めず"いつもの三佐主任と駿河さん"程度にしか思っていなかったが、ただ1人白露の心を知る楓だけは"あ、あ・・・っ"と絞り出すような奇声を漏らして目を見開き、赤面したまま硬直していた。
その頃ヤッドアルムサゥヴァ扇動作戦の為、中東の紛争地帯に単独潜入している景勝が今まさに暗躍しているエリアから3区画ほど離れたここは、常に蒸し暑く広大な砂漠と未来的建物がまるで地球外の荒野のような光景を生み出すも、不思議とそれが違和感なくマッチする灼熱の大地のど真ん中。
中東の現地正規軍が拠点を置いた大層立派な、とある駐屯地の一角。
内装を白で統一されたその部屋は執務室としての機能の他に一切の無駄を排し、最低限の住だけが確保された簡素な空間。
その中央、シックな色合いが緩やかな時の流れを感じさせる木目調のテーブルについて対談しているのは大量の勲章やらが付いた黒い礼装を着こなしたやや緊張気味の大男と、灼熱の大地などどこ吹く風、涼やかな気品を漂わせる白いスーツの淑女。
あとは大男の後ろに3人の男達、淑女の後ろにもまた3人の男達を加えた計8名が一堂に会いし、何やら小難しい話をしようとしていた。
礼装の大男"バルザーン将軍"は現地正規軍の陸軍中将にしてこの駐屯地の最高司令官を務める人物で、それに対面する淑女の正体は解放者6幹部の1人にして武器装備に関する大手犯罪シンジケートの一切を仕切るゴッドマザー和泉なぎり。
そしてこれから始まろうとしている話し合いはテロリストと正規軍が戦略的合意のもと互いに協力し合う為の、言葉を濁さずに表現すれば汚職ないし裏取り引きである。
その目的は、いかに現地正規軍と言えども活動資金は湯水の如くどんどん湧き出てくるモノではなく全てはお上の都合と建前による"おこぼれ"から来ている事を前提として、国内で起こるヤッドアルムサゥヴァのテロ行為を前に増援も出せず、全て現状の戦力で対処する他ない正規軍の物資は枯渇して底を尽き、いよいよ組織全体が限界まで傾き崩壊しつつある事に対する打開策。
もともと軍資金も潤沢とは言い難い状況にあった正規軍にさらなる追い打ちをかけたのは福祉技研の扇動作戦に他ならず、着実に強大化するヤッドアルムサゥヴァの快進撃に思わぬシワ寄せを食らったバルザーン将軍が頼った先はなんの偶然か、それとも必然か扇動作戦の大本命解放者であった。
以前より"とある目的"の為に中東正規軍とのコンタクトを重ねてきた解放者に、今度は最高司令官が直々に連絡を入れたところを見る、ただそれだけで今現状の正規軍がどれだけ追い込まれているかが窺い知れた。
事もあろうに現地正規軍がテロ組織に押されているこの事実をメディアに知られてしまえば、ただでさえ肩身の狭い立場がさらに狭くなり、中東全体からの批判もより一層高まっていくのは至極当然。
そうして溜まりに溜まったアンチないしヘイトが臨界を超えて爆発すれば待ち受ける結末はただ1つ。
誠心誠意忠を尽くしてきた国に全ての責任を押し付けられボロ雑巾になるまで徹頭徹尾叩きのめされその挙句、無様に捨てられた"元・最高司令官"としての将軍自身の姿である。
そして何1つ変わらないこの状況を維持したまま最後の時を待つよりも、たとえそれが道徳に逸れた手段であろうとも今、目の前にいる敵を蹴散らし戦い抜き、お咎めを受けるのは全てをやりきってからでもいいと考えるその心中は、ある意味でバルザーン将軍の人としての意地でもあった。
軍人としての誇りから1人の人間としての意地に至るまで洗いざらい打ち明けたバルザーン将軍の覚悟を聞いたなぎりは黒檀のテーブルを指の腹で優しくなぞりながらお嬢様特有のマイペースさで、とぼけたように言葉を返す。
「素敵なご趣味でいらして」
「は、ははっ・・・それは25世紀にアジアの職人によって作られた、まさに時代を代表する至極の逸品です。いやはや我が軍唯一の自慢が和泉様の御眼鏡に適い光栄です」
「知的なお振る舞いをなさいますこと。それはそうと将軍さまの仰る通り、お国の皆さまは大層ヤッドアルムサゥヴァの方々にお困りのようで。そして今、わたくし達が対談しているという事は予てよりお話しさせて頂きました件に対するご返答は快諾と受け取らせて頂いてもよろしくて?」
「はい。件の話は条件をそのままに正規軍最高司令官の公式な見解として了承致します。最早引いても進んでもこのバルザーンに残されたモノは破滅しかありません。いずれ散りゆく運命なら、せめて後世の為にパン=エンドの掲げる未来に全てを託すべく、今ここに誓いを立てましょう」
「そうでしたの。でしたら、わたくしからお伺いを立てるべきでしたわ。将軍さまがまこと聡明なお方である事をわたくし存じ上げておりませんでしたの。此度の無礼をお詫び申し上げます。それではヤッドアルムサゥヴァの件は全て解放者がお引き受け申しますわ」
無法者の集う裏社会で、なぎりがゴッドマザーの名を欲しいがままにしている最大の理由は財閥令嬢としての財力よりも豪胆さにある。
常に強気の姿勢を崩さずエレガントに毒を吐き、相手にペースを掴ませない淑女然とした優雅な態度は交渉という場面に於いて比類なきアドバンテージになり、ましてや世界最強のテロ組織に与する幹部の1人とあらばなおの事。
たとえ血の繋がりはなくとも子は常に母を思い、時に反抗して見せるのも全ては母の愛を求めるが故の一時の戯れであり、結局は母に逆らえないのと同じく裏社会に生きる悪ガキ共の間では、なぎりの一声で世界中の武器が動くとさえ言われている。
母が子を産み、子が母を求め幾多もの思いが積み重なり1つに収束した結果、それが彼女をゴッドマザーとして裏社会の永遠の慈母に仕立て上げたのだ。
そして今、満身創痍の息子が1人、母の慈悲に抱かれながら静かに己の使命を終え、これより程なく日本海沖に佇む解放者の拠点、大型戦艦サイコハミルトンでは、なぎりとパン=エンドが事の進捗状況について話し合っていた。
中東正規軍との商談を成立させた事から始まり、その裏でヤッドアルムサゥヴァが日々強大化している事。
それに伴い、あまり悠長に構えていると正規軍そのものが消滅し兼ねない現状を伝えるとパン=エンドはハットに手を当て立ち上がり、腕を組みながら壁に寄り掛かかるいつもの態勢を取った。
「ヤッドアルムサゥヴァか・・・」
「なにか感じなさって?」
「タイミングの問題だ。まるで何者かが俺達を誘い出そうとしているような違和感を感じてな。ここで動けば国連の関与しない言わば法的縛りのない外側同士で行われる争いが起きる。その上でヤッドアルムサゥヴァを強大化させ俺達と衝突させれば世間的にはテロリスト同士の共倒れと処理する事も出来る」
「恐れ入りますがそのような事は過去に何度もご経験なされているのでは?」
「タイミングの問題だと言っただろ。姿の見えない第三者の介入により、初めからそうなるように仕組まれた・・・世間に向けて発信されるデモンストレーションとでも言えば収まりがいい」
「おっとりしてらして」
「寧ろ逆だ。国連の発表によれば強大化したヤッドアルムサゥヴァは周辺地域の民間人にまで無差別テロを仕掛けていると聞く。そこは既に避難勧告の出された地域だが権力により弾圧されたメディアはそこに留まる民間人の真実、ヤッドアルムサゥヴァにより監禁され逃げようにも逃げられずにいる人々の事を一切報道していない。絶対神の啓示を掲げ暴虐の限りを尽くすアリー・ビン・マフムードの独裁をこれ以上野放しにはできん。そしてヤツらの裏に何が潜んでいるのかを知る為にも大至急ヤッドアルムサゥヴァに警告すると同時に多々薇達にも召集を掛けろ」
「亦左さんではなく、多々薇さんでよろしくて?」
「亦左には他にやるべき事がある。それに亦左の"攻める"やり方では裏に潜む何者かが姿を現わす前に斬り伏せてしまうだろう。だからこそ多々薇の"待ち続ける" やり方が適任だと考えた」
「さようでございますの。大層知を得たお考えですこと。それでは多々薇さんには、わたくしからお伝え申し上げますわ」
「現地正規軍との繋がりもある上に、その状況を知る者として今後ヤッドアルムサゥヴァを含めた中東の件は全て任せたぞ。やってくれるな、なぎり」
なぎりの返答が来るよりも早くコントロールルームをあとにして、1人甲板に出て来たパン=エンドは荒ぶる潮風に逆らいながらお気に入りのポジション、700mm主砲に寄り掛かり、少し俯きながら黒い瞳を口ずさむ。
誰に聴かせるわけでもないパン=エンドの歌を賞賛するかのように波風がさらに激しく音を立て、それはまるで地球がパン=エンドと一緒に歌っているようでもあった。
"Очи черные очи жгучие
Очи страстные и прекрасные
Как люблю я вас Как боюсь я вас
Знать увидел вас я не в добр ый час
Очи черные жгуче пламенны
И манят они в страны дальни е
Где царит любовь где царит покой
Где страданья нет где вражд е запрет
Не встречалбы вас не страда л бы так
Я прожил бы жизнь улыбаючис ь
Вы сгубили меня очи черные
Унесли навек мое счастие
Очи черные очи жгучие
Очи страстные и прекрасные
Вы сгубили меня очи черные
Унесли навек мое счастие
Очи черные очи жгучие
Очи страстные и прекрасные
Как люблю я вас Как боюсь я вас
Знать увидел вас я не в добр ый час"
本来情熱的な恋慕の歌とされる黒い瞳もペストマスクの所為で声に透明感のないパン=エンドが歌えば、その中にある一抹の虚しさが一層引き立たされる。
大きなラウンドレンズ越しに辺りを見渡せば無限に広がる淀んだ水平線。
ハットに手を当て天を見上げれば陽の光を遮る灰色の檻。
そしてここは大宇宙を彷徨う魔法の国が支配した小さな箱庭。
なぜ人間は何もかもを自分のモノにしなければ気が済まないのか。
なぜ人間は自分の持っていないモノを持つ相手を妬み嫌うのか。
なぜ人間は人の上に立ちたがり、この世の支配者であり続けようとするのか。
その答えを探す間もなく次から次へと押し寄せる、引くことを知らない荒波に対処すべく西暦4192年6月4日の14時過ぎ、遂に解放者はヤッドアルムサゥヴァに対する警告を発表した。
過激派テロ組織として世界中から監視される解放者の指導者パン=エンドは今日に至るまで世界各国で無差別テロ行為とされる武力行使を行っているがその実、人が人として生きていく上での最低限の統治という枠から逸脱した"一方的な支配"があった時、解放者はそれを悪だとして1回目の警告を出し、それでも支配を続ける者に対してのみ武力行使を仕掛けているに過ぎない。
一度でも支配者としてその味を占めてしまった者は、何かに取り憑かれたように人々の血をひたすらに啜り続け、何を失っても支配者であり続けようとする。
人間は何者かの奴隷でもなければ世界の支配者でもない。
森羅万象の摂理に従い地球と共存する事こそ人間の本来の姿であるにも拘らず、生きとし生ける全ての命を支配する資格があると妄言を垂れる一部の人間達の思い上がりに鉄槌を下すべく武力で訴えかけた結果として、全ての柵から解き放たれ者達が解放者の支持者ないし支援者となり現在へと続くのだ。
たとえ罷り間違えてもパン=エンドは今の今まで自らを神或いはそれに準ずる支配者であると名乗った事もなければ私利私欲のもと、いたずらな殺戮に走った事もない。
ところが世間の風は冷たく1人の支配者の欲望により苦しみ続けてきた数多の人々が助かった事実があったとしても、解放者がこの支配者を殺してしまえば世間には"殺しの事実"だけがピックアップされ、弾圧に苦しむ人々など最初から存在しなかったかのように報道される。
殺された支配者が人々に何をしていたのかを調べようともせずに、とりあえず批判から始まりその後も誹謗を好むデジタル上の匿名サードパーティーや中傷する獲物を探し続けるマスメディアによって半ば捏造されたイメージが今の過激派国際指定テロ組織解放者を作り上げたと言っても過言ではない。
無論、武力行使という手段が法律で禁止された行為である事は否定できない事実だが、それが100%の悪なのかと問われれば難しいところである。
なぜなら法律とは健全な思考のもと社会的秩序を保つ為に世界が創ってきた、言わば強者目線で創られた不平等な決まり事であり、そのあり方にメスを入れていたのが代理戦争ビジネスマンの異名を持つ故・林 培植前大統領その人であった。
つまり言い方を変えれば解放者は強者目線の法律に従っていないだけと屁理屈をこねる事もでき、長い歴史の中で強者達が創り上げてきた秩序がテロリストの思想に喰われ、悪が世界を変えると思わせてしまうところにパン=エンドがカリスマと呼ばれる所以がある。
そして6月4日同日の18時過ぎ。
解放者からの警告を受けたヤッドアルムサゥヴァは、これを絶対神に対する冒涜或いは宣戦布告そのものだとして、たとえ解放者が前言を撤回したとしても双方の衝突は避けられないと表明、極限の緊張感に満ち満ちた中東全土でいよいよテロリスト同士が戦火の真っ只中に立たされる。
その裏では景勝を筆頭にヤッドアルムサゥヴァを扇動する福祉技研の暗躍があった事など、今さら説明するまでもない。
そして来たる4192年6月10日。
砂を運ぶ風だけがサーッと鳴り響く中、それを切り裂くように木霊する1発の銃声が、灰色の天に吸い込まれるように立ち昇る一筋の硝煙が、一瞬にして赤く染まった灼熱の大地がもっと血をよこせと言わんばかりの表情になった時、それが戦争の始まりを告げた。




