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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
23/27

ACT.18 デモンストレーション



「・・・」


「なに気にする事はない。医者が人を助けないで身分を語れる道理もない。と、まぁ偉そうに言ったところで福祉技研(こんな場所)にいる時点で俺はヤブ以下のなんとやらってヤツだがな」


「!!!」


「・・・源以(あいつ)の入れ知恵か?だがそんな昔の事なんて忘れた。何がどうあれ法律(ルール)を守らない以上どんな天才医師でもただの闇医と変わらない。それが世の中だ。事実、俺なんかよりも"生姜(しょうが)と蜂蜜(はちみつ)"の方がよっぽど腕の立つ名医だったよ」


「・・・?」



西暦4192年5月20日。

増太郎(ますたろう)襲撃事件から3週間弱が経(た)った今日。

心身共に深く大きな傷を負(お)い、1人一課(いっか)の病室で涙に濡(ぬ)れる入院生活を送っていた白露(はくろ)が銑十郎(せんじゅうろう)に連れられ三課(さんか)にもどって来るや否(いな)や、そこで待ち受けていたのは主任(しゅにん)の鶴姫(つるひめ)を筆頭(ひっとう)に彼女の退院を祝う人々の群れと威風堂々(いふうどうどう)たる太々(ふてぶて)しさで三課(さんか)職員達に紛(まぎ)れ込んだ楓(かえで)とフォシルとアーティの賑(にぎ)やかメンバーだった。

銑十郎(せんじゅうろう)のドクターストップも聞き入れず全身をフル活用して親友の復帰祝いを体現する楓(かえで)の嬉しくも乱暴なスキンシップに対して、フォシルは中途半端な距離感をキープし続ける独特(どくとく)の立ち回りで白露(はくろ)を気遣(きづか)う言葉を贈り、主任(しゅにん)の鶴姫(つるひめ)もまだまだ若いハズなのに全体的な柔らかさと"よかった、よかった"の一言が相(あい)まって山奥の、どえらい田舎(いなか)に暮らす"おばぁ"のような雰囲気を醸(かも)し出す。

なにもかもが不変であると信じたくなる人間同士の確かな繋がりに得(え)も言われぬ安心感を覚えるコレを一言で表せば"帰ってきた"とでも言うべきか。

基本は喧(やかま)しさを嫌い1人の時間を好む彼女だが、この喧(やかま)しい空間の中にこそ本当に求めていた"1人の時間" がある事を、誰からも忘れ去られてしまうのではないかと思えるような耐え難(がた)い孤独と共に過ごした入院生活の中で見出していた白露(はくろ)がようやく自分の居場所に帰ってきた時、そこには何かが足(た)りないような気がしてならなかった。

少し考えて欠(か)けた最後の1ピース、景勝(かげかつ)がいない事に気付いた彼女がハッとした刹那(せつな)、なにを言う前に今現状福祉技研(ふくしぎけん)では何が起こっているのかを告げたのは白露(はくろ)達の背後を取るかのように遅れて現れた三佐(さんさ)だった。


「・・・!!」



その後、銑十郎(せんじゅうろう)とポジションを入れ替えた三佐(さんさ)に対して"すまないが次の患者が待っている"とだけ述べた自称生姜(しょうが)以下の闇医師はロングタイプの白衣を靡(なび)かせながら自分の居場所、一課(いっか)診療室へと帰還。

全体的にシュッとした銑十郎(せんじゅうろう)に対して、縦にも横にも此(こ)れ見(み)よがしにモリモリの筋肉を付けた三佐(さんさ)の巨体が隣(となり)に陣取れば、その迫力で白露(はくろ)も一瞬よろけてしまうが巨人は何も言わずに彼女の肩に腕を回し、優しく抱(だ)きしめるようにして自身の方へ引き寄せるとそのまま白露(はくろ)をガッチリと捕獲。

逞(たくま)しすぎる腕の中、少し身構(みがま)え恥ずかしそうな表情を浮かべながらも、そーっと白露(はくろ)が顔を見上げて三佐(さんさ)と視線を交えれば2人は同じタイミングで小さく微笑(ほほえ)み合う。

事実、増太郎(ますたろう)の毒牙(どくが)から白露(はくろ)を救出したのは三佐(さんさ)本人であり、彼のマジメな性格を考えればこれもアフターケア的な心遣(こころづか)いの一環(いっかん)だろうと三課(さんか)職員達はこの1コマを気にも留(と)めず"いつもの三佐(さんさ)主任(しゅにん)と駿河(するが)さん"程度にしか思っていなかったが、ただ1人白露(はくろ)の心を知る楓(かえで)だけは"あ、あ・・・っ"と絞(しぼ)り出すような奇声を漏(も)らして目を見開き、赤面(せきめん)したまま硬直していた。

その頃ヤッドアルムサゥヴァ扇動(せんどう)作戦の為、中東の紛争地帯に単独潜入している景勝(かげかつ)が今まさに暗躍しているエリアから3区画ほど離れたここは、常に蒸し暑く広大な砂漠と未来(きんだい)的建物がまるで地球外の荒野のような光景を生み出すも、不思議とそれが違和感なくマッチする灼熱の大地のど真(ま)ん中(なか)。

中東の現地正規軍が拠点を置いた大層(たいそう)立派な、とある駐屯地(ちゅうとんち)の一角(いっかく)。

内装を白で統一されたその部屋は執務室としての機能の他に一切(いっさい)の無駄を排(はい)し、最低限の住(じゅう)だけが確保された簡素(かんそ)な空間。

その中央、シックな色合いが緩(ゆる)やかな時の流れを感じさせる木目調(もくめちょう)のテーブルについて対談しているのは大量の勲章やらが付いた黒い礼装を着こなしたやや緊張気味の大男と、灼熱の大地などどこ吹く風、涼やかな気品を漂(ただよ)わせる白いスーツの淑女(しゅくじょ)。

あとは大男の後ろに3人の男達、淑女(しゅくじょ)の後ろにもまた3人の男達を加(くわ)えた計8名が一堂(いちどう)に会いし、何やら小難しい話をしようとしていた。

礼装の大男"バルザーン将軍"は現地正規軍の陸軍中将にしてこの駐屯地(ちゅうとんち)の最高司令官を務(つと)める人物で、それに対面する淑女(しゅくじょ)の正体は解放者(リベレータ)6幹部の1人にして武器装備に関する大手犯罪シンジケートの一切(いっさい)を仕切るゴッドマザー和泉(いずみ)なぎり。

そしてこれから始まろうとしている話し合いはテロリストと正規軍が戦略的合意のもと互いに協力し合う為の、言葉を濁(にご)さずに表現すれば汚職(おしょく)ないし裏取り引きである。

その目的は、いかに現地正規軍と言えども活動資金は湯水(ゆみず)の如(ごと)くどんどん湧き出てくるモノではなく全てはお上(かみ)の都合と建前(たてまえ)による"おこぼれ"から来ている事を前提(ぜんてい)として、国内で起こるヤッドアルムサゥヴァのテロ行為を前に増援も出せず、全て現状の戦力で対処する他ない正規軍の物資は枯渇(こかつ)して底を尽き、いよいよ組織全体が限界まで傾(かたむ)き崩壊しつつある事に対する打開策(だかいさく)。

もともと軍資金も潤沢(じゅんたく)とは言い難(がた)い状況にあった正規軍にさらなる追い打ちをかけたのは福祉技研(ふくしぎけん)の扇動(せんどう)作戦に他ならず、着実に強大化するヤッドアルムサゥヴァの快進撃に思わぬシワ寄(よ)せを食らったバルザーン将軍が頼った先はなんの偶然か、それとも必然(ひつぜん)か扇動(せんどう)作戦の大本命解放者(リベレータ)であった。

以前より"とある目的"の為に中東正規軍とのコンタクトを重(かさ)ねてきた解放者(リベレータ)に、今度は最高司令官が直々(じきじき)に連絡を入れたところを見る、ただそれだけで今現状の正規軍がどれだけ追い込まれているかが窺(うかが)い知れた。

事もあろうに現地正規軍がテロ組織に押されているこの事実をメディアに知られてしまえば、ただでさえ肩身の狭い立場がさらに狭くなり、中東全体からの批判もより一層(いっそう)高まっていくのは至極当然(しごくとうぜん)。

そうして溜まりに溜まったアンチないしヘイトが臨界(りんかい)を超えて爆発すれば待ち受ける結末はただ1つ。

誠心誠意忠(ちゅう)を尽くしてきた国に全ての責任を押し付けられボロ雑巾(ぞうきん)になるまで徹頭徹尾(てっとうてつび)叩きのめされその挙句(あげく)、無様(ぶざま)に捨てられた"元・最高司令官"としての将軍自身の姿である。

そして何1つ変わらないこの状況を維持したまま最後の時を待つよりも、たとえそれが道徳に逸(そ)れた手段であろうとも今、目の前にいる敵を蹴散(けち)らし戦い抜き、お咎(とが)めを受けるのは全てをやりきってからでもいいと考えるその心中(しんちゅう)は、ある意味でバルザーン将軍の人としての意地でもあった。

軍人としての誇(ほこ)りから1人の人間としての意地に至(いた)るまで洗いざらい打ち明けたバルザーン将軍の覚悟を聞いたなぎりは黒檀(こくたん)のテーブルを指の腹で優しくなぞりながらお嬢様特有のマイペースさで、とぼけたように言葉を返す。


「素敵なご趣味でいらして」


「は、ははっ・・・それは25世紀にアジアの職人によって作られた、まさに時代を代表する至極(しごく)の逸品(いっぴん)です。いやはや我が軍唯一(ゆいいつ)の自慢が和泉(いずみ)様の御眼鏡(おめがね)に適(かな)い光栄です」


「知的なお振る舞いをなさいますこと。それはそうと将軍さまの仰(おっしゃ)る通り、お国の皆さまは大層(たいそう)ヤッドアルムサゥヴァの方々にお困りのようで。そして今、わたくし達が対談しているという事は予(かね)てよりお話しさせて頂きました件に対するご返答は快諾(かいだく)と受け取らせて頂いてもよろしくて?」


「はい。件(くだん)の話は条件をそのままに正規軍最高司令官の公式な見解として了承(りょうしょう)致(いた)します。最早(もはや)引いても進んでもこのバルザーンに残されたモノは破滅しかありません。いずれ散(ち)りゆく運命(さだめ)なら、せめて後世の為にパン=エンドの掲(かか)げる未来に全てを託(たく)すべく、今ここに誓いを立てましょう」


「そうでしたの。でしたら、わたくしからお伺(うかが)いを立てるべきでしたわ。将軍さまがまこと聡明(そうめい)なお方である事をわたくし存じ上げておりませんでしたの。此度(こたび)の無礼をお詫び申し上げます。それではヤッドアルムサゥヴァの件は全て解放者(リベレータ)がお引き受け申しますわ」



無法者の集(つど)う裏社会で、なぎりがゴッドマザーの名を欲しいがままにしている最大の理由は財閥令嬢(ざいばつれいじょう)としての財力よりも豪胆(ごうたん)さにある。

常に強気の姿勢を崩さずエレガントに毒を吐き、相手にペースを掴ませない淑女(しゅくじょ)然(ぜん)とした優雅な態度は交渉という場面に於(お)いて比類なきアドバンテージになり、ましてや世界最強のテロ組織に与(くみ)する幹部の1人とあらばなおの事。

たとえ血の繋がりはなくとも子は常に母を思い、時に反抗して見せるのも全ては母の愛を求めるが故(ゆえ)の一時(いっとき)の戯(たわむ)れであり、結局は母に逆らえないのと同じく裏社会に生きる悪ガキ共の間では、なぎりの一声で世界中の武器が動くとさえ言われている。

母が子を産み、子が母を求め幾多(いくた)もの思いが積み重なり1つに収束した結果、それが彼女をゴッドマザーとして裏社会の永遠の慈母(じぼ)に仕立て上げたのだ。

そして今、満身創痍(まんしんそうい)の息子が1人、母の慈悲(じひ)に抱(いだ)かれながら静かに己の使命を終え、これより程なく日本海沖に佇(たたず)む解放者(リベレータ)の拠点、大型戦艦サイコハミルトンでは、なぎりとパン=エンドが事の進捗状況について話し合っていた。

中東正規軍との商談を成立させた事から始まり、その裏でヤッドアルムサゥヴァが日々強大化している事。

それに伴(ともな)い、あまり悠長に構(かま)えていると正規軍そのものが消滅し兼(か)ねない現状を伝(つた)えるとパン=エンドはハットに手を当て立ち上がり、腕を組みながら壁に寄り掛かかるいつもの態勢を取った。



「ヤッドアルムサゥヴァか・・・」


「なにか感じなさって?」


「タイミングの問題だ。まるで何者かが俺達を誘い出そうとしているような違和感を感じてな。ここで動けば国連の関与しない言わば法的縛りのない外側同士で行(おこな)われる争いが起きる。その上でヤッドアルムサゥヴァを強大化させ俺達と衝突させれば世間的にはテロリスト同士の共倒れと処理する事も出来る」


「恐れ入りますがそのような事は過去に何度もご経験なされているのでは?」


「タイミングの問題だと言っただろ。姿の見えない第三者の介入(かいにゅう)により、初めからそうなるように仕組まれた・・・世間に向けて発信されるデモンストレーションとでも言えば収まりがいい」


「おっとりしてらして」


「寧(むし)ろ逆だ。国連の発表によれば強大化したヤッドアルムサゥヴァは周辺地域の民間人にまで無差別テロを仕掛けていると聞く。そこは既(すで)に避難勧告の出された地域だが権力により弾圧されたメディアはそこに留(とど)まる民間人の真実、ヤッドアルムサゥヴァにより監禁され逃げようにも逃げられずにいる人々の事を一切(いっさい)報道していない。絶対神の啓示(けいじ)を掲(かか)げ暴虐の限りを尽くすアリー・ビン・マフムードの独裁をこれ以上野放しにはできん。そしてヤツらの裏に何が潜んでいるのかを知る為にも大至急ヤッドアルムサゥヴァに警告すると同時に多々薇(たたら)達にも召集を掛けろ」


「亦左(またざ)さんではなく、多々薇(たたら)さんでよろしくて?」


「亦左(またざ)には他にやるべき事がある。それに亦左(またざ)の"攻める"やり方では裏に潜む何者かが姿を現わす前に斬り伏(ふ)せてしまうだろう。だからこそ多々薇(たたら)の"待ち続ける" やり方が適任だと考えた」


「さようでございますの。大層(たいそう)知を得(え)たお考えですこと。それでは多々薇(たたら)さんには、わたくしからお伝(つた)え申し上げますわ」


「現地正規軍との繋がりもある上に、その状況を知る者として今後ヤッドアルムサゥヴァを含めた中東の件は全て任(まか)せたぞ。やってくれるな、なぎり」



なぎりの返答が来るよりも早くコントロールルームをあとにして、1人甲板(かんぱん)に出て来たパン=エンドは荒ぶる潮風に逆らいながらお気に入りのポジション、700mm主砲に寄り掛かり、少し俯(うつむ)きながら黒い瞳を口ずさむ。

誰に聴かせるわけでもないパン=エンドの歌を賞賛するかのように波風がさらに激しく音を立て、それはまるで地球がパン=エンドと一緒に歌っているようでもあった。


"Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Как люблю я в(俺はお前を愛して)ас Как боюс(お前を恐れてしまう)ь я вас

Знать увидел(きっと俺は悪い時に) вас я не в(お前と出逢ったのだな) добр ый час



Очи черные(黒き瞳よ) жгуче пламе(業火の如く燃え盛る)нны

И манят они в(遠い世界へと) страны даль(俺を誘っている)ни е

Где царит люб(愛の統べる場所)овь где цар(安らぎの統べる場所)ит покой

Где страданья(苦しみは存在しない) нет где вр( 憎しみもない場所へ)ажд е запрет



Не встречалбы(お前と出逢わなければ) вас не стр(俺は苦しまなかった)ада л бы так

Я прожил бы жи(笑顔を忘れずに)знь улыбаю(人生を過ごせた)чис ь

Вы сгубили(黒き瞳よ) меня очи ч(お前が俺を狂わせた)ерные

Унесли нав(俺の未来を)ек мое сча(奪い去ったんだ)стие



Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Вы сгубили(黒き瞳よ) меня очи ч(お前が俺を狂わせた)ерные

Унесли нав(俺の未来を)ек мое сча(奪い去ったんだ)стие



Очи черные(黒き瞳よ) очи жгуч(燃え盛る瞳)ие

Очи страстны(狂おしく)е и прекр(美しい瞳よ)асные

Как люблю я в(俺はお前を愛して)ас Как боюс(お前を恐れてしまう)ь я вас

Знать увидел(きっと俺は悪い時に) вас я не в(お前と出逢ったのだな) добр ый час"



本来情熱的な恋慕(れんぼ)の歌とされる黒い瞳もペストマスクの所為(せい)で声に透明感のないパン=エンドが歌えば、その中にある一抹(いちまつ)の虚(むな)しさが一層(いっそう)引き立たされる。

大きなラウンドレンズ越(ご)しに辺りを見渡せば無限に広がる淀(よど)んだ水平線。

ハットに手を当て天(そら)を見上げれば陽(ひ)の光を遮(さえぎ)る灰色の檻(おり)。

そしてここは大宇宙を彷徨(さまよ)う魔法の国が支配した小さな箱庭(はこにわ)。

なぜ人間は何もかもを自分のモノにしなければ気が済まないのか。

なぜ人間は自分の持っていないモノを持つ相手を妬(ねた)み嫌うのか。

なぜ人間は人の上に立ちたがり、この世の支配者であり続けようとするのか。

その答えを探す間もなく次から次へと押し寄せる、引くことを知らない荒波に対処すべく西暦4192年6月4日の14時過ぎ、遂(つい)に解放者(リベレータ)はヤッドアルムサゥヴァに対する警告を発表した。

過激派テロ組織として世界中から監視される解放者(リベレータ)の指導者パン=エンドは今日(こんにち)に至(いた)るまで世界各国で無差別テロ行為とされる武力行使を行(おこな)っているがその実(じつ)、人が人として生きていく上での最低限の統治という枠(わく)から逸脱(いつだつ)した"一方的な支配"があった時、解放者(リベレータ)はそれを悪だとして1回目の警告を出し、それでも支配を続ける者に対してのみ武力行使を仕掛けているに過ぎない。

一度でも支配者としてその味を占(し)めてしまった者は、何かに取り憑(つ)かれたように人々の血をひたすらに啜(すす)り続け、何を失っても支配者であり続けようとする。

人間は何者かの奴隷(どれい)でもなければ世界の支配者でもない。

森羅万象(しんらばんしょう)の摂理(せつり)に従(したが)い地球と共存する事こそ人間の本来の姿であるにも拘(かかわ)らず、生きとし生ける全ての命を支配する資格があると妄言(もうげん)を垂(た)れる一部の人間達の思い上がりに鉄槌(てっつい)を下(くだ)すべく武力で訴(うった)えかけた結果として、全ての柵(しがらみ)から解き放たれ者達が解放者(リベレータ)の支持者ないし支援者となり現在へと続くのだ。

たとえ罷(まか)り間違えてもパン=エンドは今の今まで自らを神或(ある)いはそれに準(じゅん)ずる支配者であると名乗った事もなければ私利私欲(しりしよく)のもと、いたずらな殺戮(さつりく)に走った事もない。

ところが世間の風は冷たく1人の支配者の欲望により苦しみ続けてきた数多(あまた)の人々が助かった事実があったとしても、解放者(リベレータ)がこの支配者を殺してしまえば世間には"殺しの事実"だけがピックアップされ、弾圧に苦しむ人々など最初から存在しなかったかのように報道される。

殺された支配者が人々に何をしていたのかを調べようともせずに、とりあえず批判から始まりその後も誹謗(ひぼう)を好むデジタル上の匿名(とくめい)サードパーティーや中傷(ちゅうしょう)する獲物を探し続けるマスメディアによって半(なか)ば捏造(ねつぞう)されたイメージが今の過激派国際指定テロ組織解放者(リベレータ)を作り上げたと言っても過言ではない。

無論、武力行使という手段が法律(ルール)で禁止された行為である事は否定できない事実だが、それが100%の悪なのかと問(と)われれば難しいところである。

なぜなら法律(ルール)とは健全(けんぜん)な思考のもと社会的秩序(ちつじょ)を保(たも)つ為に世界(お上)が創(つく)ってきた、言わば強者目線で創(つく)られた不平等な決まり事であり、そのあり方にメスを入れていたのが代理戦争ビジネスマンの異名を持つ故(こ)・林(イム) 培植(ベシク)前大統領その人であった。

つまり言い方を変えれば解放者(リベレータ)は強者(お上)目線の法律(ルール)に従(したが)っていないだけと屁理屈(へりくつ)をこねる事もでき、長い歴史の中で強者(お上)達が創(つく)り上げてきた秩序(ちつじょ)がテロリストの思想に喰われ、悪が世界を変えると思わせてしまうところにパン=エンドがカリスマと呼ばれる所以(ゆえん)がある。

そして6月4日同日の18時過ぎ。

解放者(リベレータ)からの警告を受けたヤッドアルムサゥヴァは、これを絶対神に対する冒涜(ぼうとく)或(ある)いは宣戦布告(せんせんふこく)そのものだとして、たとえ解放者(リベレータ)が前言(ぜんげん)を撤回(てっかい)したとしても双方の衝突は避けられないと表明(ひょうめい)、極限の緊張感に満ち満ちた中東全土でいよいよテロリスト同士が戦火(せんか)の真(ま)っ只中(ただなか)に立たされる。

その裏では景勝(かげかつ)を筆頭(ひっとう)にヤッドアルムサゥヴァを扇動(せんどう)する福祉技研(ふくしぎけん)の暗躍があった事など、今さら説明するまでもない。

そして来たる4192年6月10日。

砂を運ぶ風だけがサーッと鳴り響く中、それを切り裂くように木霊(こだま)する1発の銃声が、灰色の天(そら)に吸い込まれるように立ち昇(のぼ)る一筋(ひとすじ)の硝煙(しょうえん)が、一瞬にして赤く染まった灼熱の大地がもっと血をよこせと言わんばかりの表情になった時、それが戦争の始まりを告げた。

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