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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
22/27

ACT.17 魔法の国の独裁者



西暦4192年?月?日

地球表面から宇宙(そら)を見上げれば高度30000km。

ここはMediumEarthOrbitの頭文字から通称"中軌道(MEO)" と呼ばれる衛星軌道。

人類の進化の歴史がスペースデブリという形で(きざ)まれた宇宙空間では今なお無数の星々が創生と破壊の光を放ちながら無限の闇を()らし続けている中、そこには一部の権力者ないし富裕層(ふゆうそう)達が地球圏を離れて暮らすスペースコロニーが存在している。

重度の環境汚染で灰色に染まった地球の空よりも効率よく太陽エネルギーを利用できるスペースコロニーはまさに崩壊を逃れた最後の避難所(ヘイブン)とも言えるが、そこが天国(ヘブン)なのかと()われればそうではない。

なぜなら宇宙圏には(すで)に地球圏と宇宙圏を含めた世界の実質的支配者とされる魔法の国が存在していたからだ。

その国の名は"改良魔法(スペルエンハンス)"。

通称Sと呼ばれるそれは(はる)か昔、今から800年ほど前の西暦3300年代に直径約6000km、地球の半分程度の大きさしかないがそれでも十分以上に巨大で(いびつ)なコマのような形をしたスペースコロニーを中軌道(MEO)に作り上げた。

そして地球圏との絶対不可侵条約を結んだ(のち)に全ての権利を破棄して人類史上初となる本物の宇宙国家を設立。

それからただ1度にして絶対の禁忌(きんき)、地球圏との不可侵条約を(おか)してまでも強行した一方的な殺戮(さつりく)を皮切りに改めてこの世の真の支配者が誰なのかを知らしめ、ちょうどその頃から宇宙国家はスペルエンハンスを名乗り出し、それらを指揮したとされるのが魔法の国の独裁者(どくさいしゃ)、今は"ジ・オペレーター"と呼ばれる1人の人間の意思であった。

自らを操作者(オペレーター)(ある)いは塩基配列(オペレーター)と名乗る()の者は完全なる支配とは遺伝子(いでんし)レベルまで支配してこそ初めて成り立つモノだとしてWCNSに関わる十二支聖(じゅうにしせい)の遺伝情報の一部を何らかの方法で入手、それを利用して昨今(さっこん)のパンデミック死神(しにがみ)ウィルスを地球上に蔓延(まんえん)させた。

この事実を()えて公表せず地球圏全体に、じわじわと感付かせるところにジ・オペレーターの狙い、遺伝子(いでんし)レベルで(きざ)み込む恐怖による支配があるのだが、そもそもスペルエンハンスが死神(しにがみ)ウィルスを生み出した本当の目的はソレではない。

ナノマシン=遺伝子(いでんし)そのものとする未来(げんだい)は、生まれる前から死後の情報に(いた)るまでの全てをWCNSによって管理され、それこそナノマシン情報と言う名のデジタルを(かい)して現実世界の全てに干渉(かんしょう)する事を可能とした世界観が構築されている。

デジタル=現実世界であるが(ゆえ)に全てを支配する為にはデジタル側からWCNSを掌握(しょうあく)しなければならず、これが意味するところは現実世界への干渉(かんしょう)とはデジタル側からの一方通行でしかないと言えた。

つまりこの世の支配者たるスペルエンハンスでさえも世界の片割れ"現実世界(人間の領域)"を支配した程度に過ぎず、そこでデジタル(神々の領域)へと通ずる扉を開く(かぎ)を見つけ出す為に作られたのが死神(しにがみ)ウィルスである。

その(かぎ)とはWCNSによる干渉(かんしょう)一切(いっさい)受けず、それどころか現実世界(人間の領域)からデジタル(神々の領域)干渉(かんしょう)する事の出来る唯一(ゆいいつ)の存在、人間(オリジナル)の遺伝情報だけであり、死神(しにがみ)ウィルス本来の使用目的とはナノマシンを持たないが(ゆえ)、ソレに感染する事のない純粋な人間(オリジナル)(あぶ)り出して自らのモノにする事だった。

しかし人類がもたらした幾多(いくた)もの争い、幾多(いくた)もの野心(やしん)によって振り回された人間(オリジナル)の数は確実に減り続け、今では現存する人間(オリジナル)もこの世にただ1人。

その存在を隠し通し為に、何者にも奪われない為に、自分達の未来の為に敗戦国(ある)いは犯罪大国の烙印(らくいん)を押されようとも、絶望的な不平等条約を結ばされようとも、今日の屈辱に耐え続けた日本政府とそれに関わる一部の人間達から化石(フォシル)と呼ばれる青年のみ。

具体的な数字で表せばその数は1/1600億。

ましてやWCNSに一切(いっさい)の痕跡を残さない人間(オリジナル)を見つけ出す事は魔法の国の独裁者(どくさいしゃ)とて一筋縄(ひとすじなわ)ではいかなかった。

だが世界は(すで)にスペルエンハンスのモノでありジ・オペレーターの欲望(ねがい)こそが絶対、それ以外の結末などあってはならぬ事。

そして何の偶然かスペルエンハンスの目的は日本政府の極秘プロジェクトEscape(エスケープ)Goat(ゴート)にも通ずるモノがあり、もしかしたら日本政府だけでなく世界中に存在する全ての政府機関が同じ事を考え人間(オリジナル)を大切に保管していたのかも知れない。

しかしいつの時代もこれを()しとせず叛旗(はんき)(ひるがえ)す愚か者が現れるは必然。

それこそが国際指定テロ組織解放者(リベレータ)のリーダーにして42世紀の特異点パン=エンドその人であった。

そしてジ・オペレーターとパン=エンド、この両名は(めん)と向かい合って直接会話をしているわけではないが互いに相手を"亡霊"と呼びながら()み嫌う本当の意味での敵対関係にある。

支配者に楯突(たてつ)く虫はどこまでも(わずら)わしきモノだが所詮(しょせん)一欠片(ひとかけら)のゴミクズに過ぎず、たとえコレがどれほどの群れを作ったところで何が出来るわけもない。

ジ・オペレーターがそう考えるのは支配者としての威厳から来る余裕の他にパン=エンドの正体が何者なのかを知っているからこそ。

(ゆえ)にジ・オペレーターはパン=エンドを未来(げんだい)のどんな生物にも劣る"亡霊"と比喩(ひゆ)しているのだ。

しかしそれは互いに同じ事が言える為、パン=エンドも魔法の国の独裁者(どくさいしゃ)()いてはスペルエンハンス自体を亡霊の国と呼んだ。

その因縁は決して浅からず、全ての始まりはペストマスクの絶対的指導者がパン=エンドを名乗る以前にまで(さかのぼ)る。

世界中の政府機関ならびに軍警察が躍起(やっき)になって詮索(せんさく)しても一切(いっさい)素性(すじょう)が知れない謎の存在パン=エンドの過去。

この事実は解放者(リベレータ)6幹部の筆頭(ひっとう)にして()の者の側近(そっきん)磯銀(いそぎん)亦左(またざ)ですら知るところではなかった。

ところが最近になってその因縁深き相手が"なにか"を仕出かそうと、地球上でコソコソ()いずり回っているという情報が届き、これを受けたジ・オペレーターは国全体に"魔法"を発動させる準備を命じ、人間(オリジナル)探しの余興(よきょう)がてら小さな虫達の悪足掻(わるあが)きを宇宙空間から高みの見物(けんぶつ)

虫達の悪足掻(わるあが)きが、少しでも気に(さわ)れば支配者の権利として制裁(せいさい)(くだ)す事も可能ではあるが、今地球を滅ぼせばスペルエンハンスは自らの手で支配者という立場を放棄する事にもなり()ねず、その事を(もっと)も理解しているのは他でもないジ・オペレーター自身であった。

支配者が支配者たる所以(ゆえん)は支配する対象あってこそ。

(から)の水槽を毎日眺めていても、なに1つ面白味(おもしろみ)を感じないのと同じでそこに生き物を入れ、餓死させないように餌を入れ、十分に生きていける環境を作ってやった時に初めて面白いと感じる、つまりスペルエンハンスにとって地球は小さな箱庭であり人類はそこに()む支配対象でしかないのだ。

かと言って制裁(せいさい)(おこた)れば、それは支配者の沽券(こけん)に関わる事態を招く事は必然であり、そしてこの状況にこそジ・オペレーターの葛藤(かっとう)があった。

怒りに(まか)せて地球圏への攻撃を(おこな)い、もしも人間(オリジナル)を巻き込んでしまったらその瞬間、神々の領域へと続く扉は永遠に閉ざされてしまいWCNSは一切(いっさい)干渉(かんしょう)を受ける事のない"もう1つの支配者"となってしまう。

ただでさえWCNSの本体、統括(とうかつ)サーバーが現実世界のドコに存在するかもわかっておらず、それでも現状で言える事はWCNS統括(とうかつ)サーバーは確実に存在する事。

それは宇宙空間には存在せず、地球圏のドコかに存在する事。

それは十二支聖(じゅうにしせい)の遺伝情報を参照しても一切(いっさい)ヒントはなく、ナノマシン黎明期(れいめいき)(西暦2900年代末から3000年代初頭に掛けて)に結託した国々と科学者達がバカ正直にコレを破棄してしまった為、スペルエンハンスですら手掛かりも何も見つけられてはいない事。

支配者(ぜん)とした姿勢を(しめ)し地球圏に対して制裁(せいさい)(くわ)えればWCNSを新たな支配者たらしめ、WCNSと人間(オリジナル)を見つけ出そうと暗躍すれば人々の記憶からは確実にその威厳は薄れていく。

このジレンマこそジ・オペレーターの葛藤(かっとう)そのものだった。

そして支配者が(いだ)いた行き場のない負の感情は因縁深き宿敵パン=エンドに向けられ、星々の光が無限の闇を()らし続ける宇宙空間に木霊(こだま)する。



「パン=エンド・・・(あい)も変わらず支配者に楯突(たてつ)(わずら)わしき亡霊よ」

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