ACT.17 魔法の国の独裁者
西暦4192年?月?日
地球表面から宇宙を見上げれば高度30000km。
ここはMediumEarthOrbitの頭文字から通称"中軌道" と呼ばれる衛星軌道。
人類の進化の歴史がスペースデブリという形で刻まれた宇宙空間では今なお無数の星々が創生と破壊の光を放ちながら無限の闇を照らし続けている中、そこには一部の権力者ないし富裕層達が地球圏を離れて暮らすスペースコロニーが存在している。
重度の環境汚染で灰色に染まった地球の空よりも効率よく太陽エネルギーを利用できるスペースコロニーはまさに崩壊を逃れた最後の避難所とも言えるが、そこが天国なのかと問われればそうではない。
なぜなら宇宙圏には既に地球圏と宇宙圏を含めた世界の実質的支配者とされる魔法の国が存在していたからだ。
その国の名は"改良魔法"。
通称Sと呼ばれるそれは遥か昔、今から800年ほど前の西暦3300年代に直径約6000km、地球の半分程度の大きさしかないがそれでも十分以上に巨大で歪なコマのような形をしたスペースコロニーを中軌道に作り上げた。
そして地球圏との絶対不可侵条約を結んだ後に全ての権利を破棄して人類史上初となる本物の宇宙国家を設立。
それからただ1度にして絶対の禁忌、地球圏との不可侵条約を犯してまでも強行した一方的な殺戮を皮切りに改めてこの世の真の支配者が誰なのかを知らしめ、ちょうどその頃から宇宙国家はスペルエンハンスを名乗り出し、それらを指揮したとされるのが魔法の国の独裁者、今は"ジ・オペレーター"と呼ばれる1人の人間の意思であった。
自らを操作者、或いは塩基配列と名乗る彼の者は完全なる支配とは遺伝子レベルまで支配してこそ初めて成り立つモノだとしてWCNSに関わる十二支聖の遺伝情報の一部を何らかの方法で入手、それを利用して昨今のパンデミック死神ウィルスを地球上に蔓延させた。
この事実を敢えて公表せず地球圏全体に、じわじわと感付かせるところにジ・オペレーターの狙い、遺伝子レベルで刻み込む恐怖による支配があるのだが、そもそもスペルエンハンスが死神ウィルスを生み出した本当の目的はソレではない。
ナノマシン=遺伝子そのものとする未来は、生まれる前から死後の情報に至るまでの全てをWCNSによって管理され、それこそナノマシン情報と言う名のデジタルを介して現実世界の全てに干渉する事を可能とした世界観が構築されている。
デジタル=現実世界であるが故に全てを支配する為にはデジタル側からWCNSを掌握しなければならず、これが意味するところは現実世界への干渉とはデジタル側からの一方通行でしかないと言えた。
つまりこの世の支配者たるスペルエンハンスでさえも世界の片割れ"現実世界"を支配した程度に過ぎず、そこでデジタルへと通ずる扉を開く鍵を見つけ出す為に作られたのが死神ウィルスである。
その鍵とはWCNSによる干渉を一切受けず、それどころか現実世界からデジタルに干渉する事の出来る唯一の存在、人間の遺伝情報だけであり、死神ウィルス本来の使用目的とはナノマシンを持たないが故、ソレに感染する事のない純粋な人間を炙り出して自らのモノにする事だった。
しかし人類がもたらした幾多もの争い、幾多もの野心によって振り回された人間の数は確実に減り続け、今では現存する人間もこの世にただ1人。
その存在を隠し通し為に、何者にも奪われない為に、自分達の未来の為に敗戦国或いは犯罪大国の烙印を押されようとも、絶望的な不平等条約を結ばされようとも、今日の屈辱に耐え続けた日本政府とそれに関わる一部の人間達から化石と呼ばれる青年のみ。
具体的な数字で表せばその数は1/1600億。
ましてやWCNSに一切の痕跡を残さない人間を見つけ出す事は魔法の国の独裁者とて一筋縄ではいかなかった。
だが世界は既にスペルエンハンスのモノでありジ・オペレーターの欲望こそが絶対、それ以外の結末などあってはならぬ事。
そして何の偶然かスペルエンハンスの目的は日本政府の極秘プロジェクトEscapeGoatにも通ずるモノがあり、もしかしたら日本政府だけでなく世界中に存在する全ての政府機関が同じ事を考え人間を大切に保管していたのかも知れない。
しかしいつの時代もこれを良しとせず叛旗を翻す愚か者が現れるは必然。
それこそが国際指定テロ組織解放者のリーダーにして42世紀の特異点パン=エンドその人であった。
そしてジ・オペレーターとパン=エンド、この両名は面と向かい合って直接会話をしているわけではないが互いに相手を"亡霊"と呼びながら忌み嫌う本当の意味での敵対関係にある。
支配者に楯突く虫はどこまでも煩わしきモノだが所詮は一欠片のゴミクズに過ぎず、たとえコレがどれほどの群れを作ったところで何が出来るわけもない。
ジ・オペレーターがそう考えるのは支配者としての威厳から来る余裕の他にパン=エンドの正体が何者なのかを知っているからこそ。
故にジ・オペレーターはパン=エンドを未来のどんな生物にも劣る"亡霊"と比喩しているのだ。
しかしそれは互いに同じ事が言える為、パン=エンドも魔法の国の独裁者、延いてはスペルエンハンス自体を亡霊の国と呼んだ。
その因縁は決して浅からず、全ての始まりはペストマスクの絶対的指導者がパン=エンドを名乗る以前にまで遡る。
世界中の政府機関ならびに軍警察が躍起になって詮索しても一切の素性が知れない謎の存在パン=エンドの過去。
この事実は解放者6幹部の筆頭にして彼の者の側近、 磯銀亦左ですら知るところではなかった。
ところが最近になってその因縁深き相手が"なにか"を仕出かそうと、地球上でコソコソ這いずり回っているという情報が届き、これを受けたジ・オペレーターは国全体に"魔法"を発動させる準備を命じ、人間探しの余興がてら小さな虫達の悪足掻きを宇宙空間から高みの見物。
虫達の悪足掻きが、少しでも気に障れば支配者の権利として制裁を下す事も可能ではあるが、今地球を滅ぼせばスペルエンハンスは自らの手で支配者という立場を放棄する事にもなり兼ねず、その事を最も理解しているのは他でもないジ・オペレーター自身であった。
支配者が支配者たる所以は支配する対象あってこそ。
空の水槽を毎日眺めていても、なに1つ面白味を感じないのと同じでそこに生き物を入れ、餓死させないように餌を入れ、十分に生きていける環境を作ってやった時に初めて面白いと感じる、つまりスペルエンハンスにとって地球は小さな箱庭であり人類はそこに棲む支配対象でしかないのだ。
かと言って制裁を怠れば、それは支配者の沽券に関わる事態を招く事は必然であり、そしてこの状況にこそジ・オペレーターの葛藤があった。
怒りに任せて地球圏への攻撃を行い、もしも人間を巻き込んでしまったらその瞬間、神々の領域へと続く扉は永遠に閉ざされてしまいWCNSは一切の干渉を受ける事のない"もう1つの支配者"となってしまう。
ただでさえWCNSの本体、統括サーバーが現実世界のドコに存在するかもわかっておらず、それでも現状で言える事はWCNS統括サーバーは確実に存在する事。
それは宇宙空間には存在せず、地球圏のドコかに存在する事。
それは十二支聖の遺伝情報を参照しても一切ヒントはなく、ナノマシン黎明期(西暦2900年代末から3000年代初頭に掛けて)に結託した国々と科学者達がバカ正直にコレを破棄してしまった為、スペルエンハンスですら手掛かりも何も見つけられてはいない事。
支配者然とした姿勢を示し地球圏に対して制裁を加えればWCNSを新たな支配者たらしめ、WCNSと人間を見つけ出そうと暗躍すれば人々の記憶からは確実にその威厳は薄れていく。
このジレンマこそジ・オペレーターの葛藤そのものだった。
そして支配者が抱いた行き場のない負の感情は因縁深き宿敵パン=エンドに向けられ、星々の光が無限の闇を照らし続ける宇宙空間に木霊する。
「パン=エンド・・・相も変わらず支配者に楯突く煩わしき亡霊よ」




