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EscapeGoat  作者: 鈴木崇嗣
17/27

ACT.13 窮鼠達のささやかな密約



西暦4192年4月25日。

その衝撃的すぎるニュースは突如(とつじょ)として世界中を()け抜けた。

そこかしこで(こぞ)って取り上げているそれは日本の隣国にして42世紀現在、アジア諸国を代表する軍事国家の現大統領"(イム) 培植(ベシク)"が突然死したとの内容だった。

某国の発表によれば死因は"死神(しにがみ)ウィルスによる不慮(ふりょ)の死"だが、そんなものはあくまで表向きのシナリオ。

(さかのぼ)れば4192年4月17日の15時過ぎ。

日本海に集結した解放者(リベレータ)意図(いと)が見えず国連のお偉方(えらがた)が頭を(かか)えていた頃、日本の首相官邸(かんてい)(はい)った1本の直通回線(ホットライン)から全ては始まった。


比御(ひご)内閣総理大臣」


「あなたは・・・(カン)国務総理?」



国同士のトップを結ぶ、この場合は両国の官邸(かんてい)(かま)えるエリアの頭文字から通称STHと呼ばれる最重要秘匿サーバー(かい)して内閣総理大臣比御(ひご)蔵将(くらもち)のナノマシンにコールしてきたのは軍事国家の実質的No.2"(カン) 秉熙(ビョンヒ)" だった。

日本海を(はさ)んだお(となり)さんがこのタイミングで連絡を入れてきた理由を想像するのは(かた)くない。

(およ)そは解放者(リベレータ)に関してのクレーム・・・日本発と言われるテロ組織が起こした奇行(きこう)を前に"我が国は無関係です"とは、口が裂けても言えない蔵将(くらもち)は疲れきった表情で小さく肩を落としながら受け答えする。


「この(たび)、非礼を承知であなたに直通回線(ホットライン)を繋いだのは他でもありません。4月10日に観測された解放者(リベレータ)の海域占拠についての事です。現在発令されている非常事態宣言と共に、この海域に隣接(りんせつ)する近隣諸国から強烈な批判の声が出ているのをご存知ですかな?」



(すで)に周知の事実を、特にあの手この手で対策をしているにも(かかわ)らず結果が出ない事に対して改めて"ご存知ですかな?"と問われる事ほど人を不愉快にさせるモノはない。

ましてやそれが悪い意味ならば、なおの事。

人の苦労も知らずにのうのうと上から目線で物を語る(カン) 秉熙(ビョンヒ)に対して今すぐぶち撒けたいほどの怒り、大爆発寸前のイライラを押し殺して蔵将(くらもち)は総理大臣(ぜん)とした態度でそれを真摯(しんし)に受け止め言葉を返した。



「日に日に増していく批判の声を前にあなた方日本は今後どうしていくおつもりですか?威圧的な言い方になりますが、あまり悠長に(かま)えている時間はありません。日本を除外した近隣諸国では解放者(リベレータ)よりも先に日本のあり方をどうにかしようとする動きもあります。つまり彼らには処罰する対象が必要なのです」


「あなた方を(ふく)む隣国が我々を攻撃する計画を立てている・・・そう(おっしゃ)りたいのですか?」


遺憾(いかん)ながら、そう(とら)えていただいても()(つか)えありません。ですが私も(しか)り近隣諸国も、その考えが(あやま)ちである事は百も承知しています。しかし国内から(あふ)れ出る膨大なヘイトは最早(もはや)私の権力(ちから)でも(おさ)えきれなくなっています。それは他の国々も同じ事です。ですがそれらの憎しみを影から(あお)っている"ある人物"の暴走を止めてさえいただければ最悪のシナリオは回避する事ができます」


「話が見えませんな」


「言葉を(にご)すつまりはありません。その人物とは我が国の大統領"(イム) 培植(ベシク)"・・・あなた方には代理戦争ビジネスマン(ある)いは(イム)大佐(たいさ)とでも言った方が(つた)わりやすいでしょうか?(イム) 培植(ベシク)は今回の件を皮切りに大規模な戦争ビジネスを計画しています。近隣諸国、()いては世界中の・・・それこそ、ならず者国家と呼ばれる国々さえも巻き込んだ大規模なビジネスを。我が国に()ける大統領とは軍部の全てを掌握(しょうあく)した元帥(げんすい)そのもの。そして解放者(リベレータ)の海域占拠を免罪符(めんざいふ)に軍部を動かし、日本国の実質的支配を計画しています。ですが真の狙いはそれだけではありません。このビジネスが成功した(あかつき)には約11兆Qという莫大な(かね)(イム) 培植(ベシク)(ふところ)に流れ込み、それを元手に新たなビジネス・・・つまり世界中に戦争の火種を撒こうとしているのです」


「仮にあなたの(おっしゃ)っている事が事実だとして、それを(イム)大統領の暴走だと理解しておられるのでしたら、なぜ自国が不利になるような情報を我々に?」


「あなたも人が悪い。私は国務総理として自国の大統領の暴走を止める義務があります。単刀直入(たんとうちょくにゅう)に言います。我が国の大統領(イム) 培植(ベシク)の始末をお願いしたい。それがあなた方、日本がこの危機を乗り越える為の唯一(ゆいいつ)の手段なのです」


(いささ)か疑問が残ります。たとえそれが事実であっても他国の意思により一国の首相を手にかけるリスクは(はか)り知れません。それこそ我々からの一方的な宣戦布告(せんせんふこく)だとして、あなた方の言うビジネスを後押しする形になる・・・そう(とら)える事も出来ますが?」


「あなたの言い(ぶん)はごもっともです。しかしそれ(ゆえ)直通回線(ホットライン)、それ(ゆえ)に私とあなただけの"密約"なのです。これは今後とも我々が友好を(きず)いていく上で必要不可欠な外交だと思っていただいて(かま)いません。それに多少なりとも、あなた方にも責任はあります。(イム) 培植(ベシク)が今回のビジネスを思い立ったキッカケは解放者(リベレータ)の海域占拠にあります。(もっと)も、(イム) 培植(ベシク)への制裁(せいさい)はある意味で"日本国の正当防衛"とも言えますが」


「どういう意味でしょうか?」


(イム) 培植(ベシク)はあなた方が所有する"最強の力"を欲しています・・・そうです。日本を支配下に置こうとしているのも全ては社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)を自らのモノにする為なのです」


「なんですと・・・!」


「今や名実共に世界最強の暗躍組織(スイーパー)となった福祉技研(ふくしぎけん)の名を出すだけで国連はそれを黙認せざるを()ない状況にあります。それだけ福祉技研(ふくしぎけん)という組織は強大であり、国連からも恐怖の象徴として見られています。あなた方には不愉快(きわ)まりないな物言いになりましょうが今や日本という国が存在していられるのも全ては "福祉技研(ふくしぎけん)を所有しているからこそ"。そう考えればこれは(すで)(イム) 培植(ベシク)からの一方的な宣戦布告(せんせんふこく)。そこに国としての意思はなく、あるのは私利私欲(しりしよく)()られた愚者の幻想です」


「・・・」


「我が国の軍事力は、あまりにも肥大化し過ぎてしまった。その上、現在(イム)政権は非常に不安定な状態にあります。近い将来これらは音を立てて内部から崩壊し(あふ)れ出した軍事力は実体のない暴徒(ぼうと)となり世界中を巻き込んだ戦争ビジネスを展開する事でしょう。しかしあなた方、日本にだけは(つた)えねばなりません。このシナリオこそが(イム) 培植(ベシク)の思い描いている戦争革命である事を。その()(がね)として4192年5月1日に開かれる国連総会で"国の公式な発言"として日本海に集結した解放者(リベレータ)駆逐(くちく)する事を宣誓(せんせい)、そのまま戦争革命を起こすつもりなのです。そうなれば(イム) 培植(ベシク)共々、私も退任(たいにん)(まぬが)れる事は出来ません。そして何も知らない次代の政治家がこの悪政(あくせい)を引き継げば、また新たな暴君が誕生する最悪の政権交代が起こります。その前に、なんとしてでも私・・・いえ"我々が"その火種を()り取り世界を救う必要があるのです」


「"我々が"・・・ですか」


「そうです。我々は互いに被害者であり被疑者なのです。解放者(リベレータ)(イム) 培植(ベシク)・・・あなた方が動いてくださらなければ5月1日が人類最後の日になるやも知れません。しかし(イム) 培植(ベシク)を始末してくださった(あかつき)には私は国務総理の立場で"国の公式な発言"としてあなた方、日本との確かな友好を(しめ)しましょう。いえ、それだけではありません。我々の友好を形あるモノとしても(しめ)させていただきます」


「と、言いますと?」


(イム) 培植(ベシク)が戦争ビジネスで(もう)けた莫大(ばくだい)な軍資金は、ある意味で裏金(うらがね)にも近しいモノ。出処不明になるまで資金洗浄(ロンダリング)した資金の一部は(いま)だ、あなた方が所有権を主張できるエリアに残っています。兵役時代から今に(いた)るまでに繰り広げられた戦争と規模から見てどんなに少なく推測しても、その資金は約7千億Q」


「7千億・・・!!」


「それらが(しる)された裏のデータを管理しているのは他ならぬ私です。我々からしてもコレを端金(はしたがね)と呼ぶには覚悟のいる事ですが現実問題、全ては(イム) 培植(ベシク)の独断と私欲によるモノで、我々は資金洗浄(ロンダリング)された資金の流れをこのデータ以外で物的証拠として証明する事はできません。つまり私がコレを手放した時点で我々がいかに声を上げようともその資金の所有権はあなた方にあります」


「・・・」


「これは私とあなただけの密約・・・未曾有(みぞう)の危機を(ふせ)ぐ為の(しか)るべき処置であり、その結末は互いにとって()になる戦略的外交です。もちろん福祉技研(ふくしぎけん)の名を口にした以上、私も命を()けて行動します。その日までの期限は2週間。この件に関しては、くれぐれも御内密(ごないみつ)他言無用(たごんむよう)でお願いします」



直通回線(ホットライン)による一方的な外交(がいこう)を終えてなお蔵将(くらもち)はしばらく無言のままだった。

某国の(なら)わしで大統領を元帥(げんすい)とするならばNo.2たる国務総理は言わば参謀総長(さんぼうそうちょう)

常に()()きの中心にいる人物だからこそ相手が弱者であれば対等に物事を語る必要なんてない事を熟知している。

そう考えれば(カン) 秉熙(ビョンヒ)が世界中にばら撒かれた資金を回収しなかったのも全ては外交、()いてはそれに準ずる場面でさり()なく見せびらかす為の切り札を作る事が目的。

(ゆえ)資金洗浄(ロンダリング)の話をしたのも、いやらしい言い方をすれば蔵将(くらもち)NO(ノー)と言わせない為の手付(てつ)(きん)

権力(ちから)(おぼ)れ、孤高の暴君と化してしまった上官の首を()ねるのはいつの時代も側近の役目。

この事から口に出さずとも蔵将(くらもち)(カン) 秉熙(ビョンヒ)が焦っている事に気付く。

(イム) 培植(ベシク)が自らの私欲の為に政界を振り回すのなら(カン) 秉熙(ビョンヒ)もまた自らの為に暗躍を(くわだ)てる。

なればこそ、この外交はある意味で対等な、それこそ窮鼠(きゅうそ)達の密約だと言えよう。

その後、蔵将(くらもち)は3日を掛けて独自の調査を(おこな)(カン) 秉熙(ビョンヒ)の発言した内容の裏を取る。

4192年4月20日。

タイムリミットまで残り11日となった今日。

多忙を(きわ)める激務の中、悩みに悩み、考えに考えた結果ようやく蔵将(くらもち)福祉技研(ふくしぎけん)とのコンタクトを実行。

それは国家特務警察軍隊長重徳(しげとみ)(かい)さずに7番で直接源以(げんい)に連絡を取る、言わば(カン) 秉熙(ビョンヒ)との密約の範囲内で(おこな)われた。

某国の大統領が新たな代理戦争ビジネスを(くわだ)てている事や、それに(じょう)じて福祉技研(ふくしぎけん)を支配下に置こうとしている事。

またそれらを阻止できた際の見返りとして綺麗(きれい)に洗浄された多額の資金を譲渡(じょうと)すると同時に"軍事大国との確かな友好"という形で国連内部での確固たる地位を約束してきた事に対する自らの下した結論をありのままに(つた)えると、まるで想定の範囲内だと言いたげな落ち着いた口調と態度で源以(げんい)は言葉を返した。



「話は理解した。(カン) 秉熙(ビョンヒ)・・・国務総理という立場でありながら中々に素直な男ではないか。だが、この計画で我々に最高のパフォーマンスを発揮(はっき)してもらいたいのなら向こうの協力も不可欠だ。今後の(イム) 培植(ベシク)の動きを秒単位で(しる)したスケジュール表と政府全体の動きと氏が生まれる以前からの人脈、護衛にあたる人数とその者達の個人情報リストを用意させ、()の国の内情と近隣諸国の動きを逐一(ちくいち)報告させろ。それと同時に(イム) 培植(ベシク)に今後の予定を変更させないように動いてもらう必要もある。また、これらのいずれかが不履行となった時点で我々は(カン) 秉熙(ビョンヒ)側の一方的な契約違反と見なし、こちら側の調査に(もと)づいた事実を根拠に(イム) 培植(ベシク)の侵略行為に対する報復として独自に行動させてもらうと(つた)えておけ」


「動いてくれるんだな源以(げんい)


「それが福祉技研(ふくしぎけん)の存在意義である以上、お前が決断したのなら我々に拒否権はない。どちらにせよ話と資料を見る限り(イム) 培植(ベシク)を放置するわけにもゆくまい。相手側からの資料と返答があり次第すぐ行動に移る」



ここ数ヶ月、福祉技研(ふくしぎけん)人間(オリジナル)(かこ)(かえで)景勝(かげかつ)らを中心とした(なご)やかな雰囲気(ふんいき)(つつ)まれていたがその本質はあくまでも非合法組織。

コレを知る者達の間では、福祉技研(ふくしぎけん)が動いた時点で狙われた者には絶対の死が約束されるとまで言われ、(おそ)れられる世界最強の暗躍組織(スイーパー)が本来の姿を現した。

()いては事を仕損(しそん)じると言う言葉もあるが、物事を悠長に(かま)えていてもまた(しか)り。

同日、蔵将(くらもち)は日本海を(へだ)てた向こう側、某国官邸(かんてい)にSTHを繋ぎ、いよいよ全てが動き出す。

一方、国務総理の席に着き1人静かに終わりの始まりを知った(カン) 秉熙(ビョンヒ)は自身が(もっと)も望んでいたであろう契約成立の連絡を受けたにも(かかわ)らず、たらりと(にじ)み出た脂汗(あぶらあせ)をスーツの(そで)()()一息(ひといき)、まるで九死(きゅうし)一生(いっしょう)()たような、おどろおどろしい表情を浮かべて小刻に体を震わせていた。

その理由は自国の大統領が(くわだ)てる真実を語ってしまった以上、仮に福祉技研(ふくしぎけん) NO(ノー)と答えたその時点で自分の命もない事を(さと)っていたからだ。

いつの時代もタダで利用させてくれるほど悪魔の御心(みこころ)寛大(かんだい)ではない。

それこそ1の願いに対して100も200も見返りを求められるのが筋である。

(ゆえ)(カン) 秉熙(ビョンヒ)はまず自らの命を()し出して話し合いの場を作り、そこで初めて()()きをスタートさせた。

無論、一度()し出した貢物(みつぎもの)が自らの手元に返ってくる事は二度となく、これ(すなわ)(カン) 秉熙(ビョンヒ)の命を(ふく)めた意思や人権は(すで)に彼のモノではなく日本国現内閣総理大臣比御(ひご)蔵将(くらもち)福祉技研(ふくしぎけん)所長松永(まつなが)源以(げんい)のモノとなっていた。

つまり氏を生かすも殺すも全ては悪魔の一存(いちぞん)

先に源以(げんい)が言ったような報復などと言う生易(なまやさ)しい言葉では到底済まされない。

当人や肉親、友人は(おろ)かその末代(まつだい)までもが生きる権利も死ぬ権利も奪われた理不尽(きわ)まりない無限地獄を彷徨(さまよ)う事となる。

それでも国務総理として(イム) 培植(ベシク)の暴走は無視できるモノではなく、なにより(イム)政権崩壊と共に国務総理というホストから失脚(しっきゃく)(イム) 培植(ベシク)の掲げる戦争革命の()()えを食らってしまっては(たま)ったモノではない。

政治家として国の為、自分の為、なにより未来の為に全ての責任を()わされたその心中はまさに窮鼠(きゅうそ)であった。

その日の(ばん)

大規模な戦争ビジネスを目前に(ひか)えた(イム) 培植(ベシク)は、まるでお遊戯(ゆうぎ)会を指折(ゆびお)り数える児童のような笑みを浮かべて(カン) 秉熙(ビョンヒ)を行きつけの高級レストランへと(さそ)った。

色鮮やかな贅沢三昧(ぜいたくざんまい)のフルコースに合わせる話のネタはもちろん今後の予定に他ならず、超一流店の高級な雰囲気と破滅へのカウントダウンを見事に調和させた落ち着いた語り口で"戦争とは何か"についてを()き始める。


「戦争とは、もっと自由であるべきだ。非人道兵器(オーガニックウェポン)を皮切りに(さだ)められた様々な法律(ルール)がこれらを(しば)()け邪魔をしている。そもそも戦争とは互いの主張と主張、意思と意思、目的と目的とがぶつかり合う事で生まれる一種のコミニュケーション。にも(かかわ)らず、実際は誰かが決めた法律(ルール)の範囲内でしか主張は認められていない。サードメイカンドを投入してはならない・・・攻撃の対象に()を狙ってはならない・・・世界の許しを()てからでないと武器を手にとってはならない。(いま)だ数多くの(しがらみ)が絡みつく中でしか生きられない未来(げんだい)の戦争とは果たして誰の為にあるモノなのか。その答えがわかるか?」


「恥ずかしながら(わたくし)程度には到底理解の(およ)ばないところです」


「そうか。では答えを教えてやろう」


管楽器(かんがっき)弦楽器(げんがっき)、その他の様々な音が複雑に絡みあい(かな)でるジャズのリズムとアナログな炎が()らめく落ち着いた大人の空間に相応(ふさわ)しい一流のマナーとして一切(いっさい)音を立てる事なく皿に盛られた小さなステーキを切り分けると(イム) 培植(ベシク)はそれを一口食べて言葉を続ける。



未来(げんだい)の戦争とは"一部の強者達の為にある"。本当に戦争を必要とする弱者達は理不尽な法律(ルール)により主張は(おろ)か意思や目的さえも一方的に()き消され、敗戦者の烙印(らくいん)と共に闇の中へと(ほうむ)り去られる。本来戦争とは強者と弱者が唯一(ゆいいつ)対等に物を語り合う事を許された第三者絶対不可侵(ふかしん)領域(りょういき)。しかしいつの時代からか戦争は姿を変え、強者の為の法律(ルール)(もと)づいた不公平なモノになってしまった。それ(ゆえ)法律(ルール)で禁止されている手段しか持たない弱者達はどうなるかと言えば・・・わかるな?対して我々の国は素直に言って強い。だからこそ世界中で巻き起こる戦争をリードしなければならない。その目的は"全人類が平等に戦争を(おこな)う事ができる世界を実現する"事であり、近隣のならず者国家のように上部(うわべ)だけのビジネスとは理由(わけ)が違う。それらを語っていいのは根本にある戦争の必要性を理解している者だけだ」


「では福祉技研(例の組織)を狙うのも"平等な戦争"の為と言う事ですか?」



どこまでも深く濃厚な(あか)(きら)めかせ、甘過ぎず渋過ぎず、フルーティーな香りと味わいを楽しませてくれる某国伝統の果実酒、覆盆子(ポップンジャ)で口直しした(カン) 秉熙(ビョンヒ)源以(げんい)に言われた通り、直接本人の口から今後の予定を聞き出すべく自然な流れで、さり()ない質疑応答(しつぎおうとう)の時間を作った。



()暗躍組織(スイーパー)の存在は不公平だ。まだ人類が不完全だった現代(かこ)と違い、最早(もはや)核抑止力(かくよくしりょく)がなんの意味もなさなくなった未来(げんだい)()いて福祉技研(ふくしぎけん)は不公平な法律(ルール)そのものだ。かと言って今現状ソレをどうにかしようモノなら悪魔の報復を恐れる国連は黙ってはいないだろう。(ゆえ)に今度は我々が弱者として戦争革命を起こす必要がある。タイミングとしても解放者(リベレータ)が動き出したこの瞬間を狙わない手はない。予定通り4月25日の水曜日、私は大統領として日本側から見た解放者(リベレータ)の動きを視察するべく()の国へと向かう。5月1日の国連総会に間に合わせる為にも今後の予定は変更はしない」


「わかりました。スケジュールに変更なし。護衛に付ける人材にも変更はありませんか?」


是非(ぜひ)もない。ところでこの料理の味はどうだ?」


「はい。さすがに名だたる一流店だと感服(いた)しております。ですが恐れながら言わせていただければスープの味付けが少し濃いかとも思います」


「スープ・・・そうか。ちょうど私も同じ事を考えていた」


一国(いっこく)の大統領が贔屓(ひいき)する高級店へ当人直々(じきじき)(さそ)いをもらえば普通どんなに料理がマズかろうとも、それこそただの泥水が出されようが()(へつら)う事こそ正しい付き合いなのかも知れないが(すで)に死が確定している相手という事もあり(カン) 秉熙(ビョンヒ)は少々強気に物申した。

それに対して(イム) 培植(ベシク)同感(どうかん)()(しめ)してシェフを呼び出し"今日のスープは口に()わん。もう一度味を整えてから作り直せ"とオーダーする。

その後、(イム) 培植(ベシク)との最後の晩餐(ばんさん)を済ませた(カン) 秉熙(ビョンヒ)は契約通りSTHで源以(げんい)の求めた情報を提供。

それから10時間後の午前9時。

源以(げんい)から暗殺プラン完成の連絡を受け、今度は蔵将(くらもち)(カン) 秉熙(ビョンヒ)にSTHを繋ぎ、窮鼠(きゅうそ)達の密約は最終段階に(はい)る。



「明後日午前10時発の便(びん)福祉技研(ふくしぎけん)の人間を1人、そのあと1時間ずらしてもう1人をあなた方の国に送ります」


「・・・2人だけで大丈夫なのですか?」


「はい。これ以上の人数を(よう)すれば無駄に場を乱す事にも繋がります。そして今後は全てが終わるまでの間こちらの派遣する・・・午前11時38分着予定の女性工作員(エージェント)を資料にある護衛の1人"(パク) 声雅(ソンア)"として(あつか)ってください。またこれにあたって本物の(パク) 声雅(ソンア)は事が終わるまで何よりも信頼できるあなた自身の手で自由を奪い、なおかつ生きた状態でありながらナノマシンリンクも使用させないという状況下で確実に拘束していただきたい。そして最初に入国する1人に関しては性別や年齢、外見の他にどのような役目で国内にいるのかなどの無用な探索はお(ひか)えください。この人間に関して言える事は、少なくともあなたの不利になるような行動はしない事を約束していると言う事だけですがそこを信じていただければ(さいわ)いです」


「・・・わかりました。(パク) 声雅(ソンア)は私の方で確実に対処させていただきます。後者に関しましても一切(いっさい)の探索をせず、なおかつ一切(いっさい)関与しない事を(ちか)います」



蔵将(くらもち)(カン) 秉熙(ビョンヒ)が今後のプランの最終確認をしていた同時刻。

地下深くに創設(そうせつ)され、決して()の目を見る事のない福祉技研(ふくしぎけん)最重要施設八角形(オクタゴン)の第4ルームでは、今回の密約の成否(せいひ)をわける"(かぎ)となる人物"を(かこ)むようにして(たたず)一課(いっか)三課(さんか)の職員達に源以(げんい)が指示を出している。

改めて部屋を見渡せばその中央、全高5mはあろうかという無機質で巨大な椅子(いす)型装置に腰掛け、全身に謎の機器を巻き付けている(かえで)の姿があった。

プリント基板のような模様が(ほどこ)された緑色のボディスーツに身を(つつ)み、苦しそうな声を()らしては小さく体を()()り、彼女はこの瞬間が終わる時をただひたすらに待ち続ける。

それから数分後。

手元に投影(とうえい)された大きなデジタルディスプレイを確認して一課(いっか)三課(さんか)を代表した1人の職員がおそるおそる源以(げんい)()げる。



書き換え(rewrite)完了しました。(みなと)(かえで)のナノマシン情報を統括コードで確認した結果、データは全て(パク) 声雅(ソンア)本人のモノを(しめ)しています」


書き換え(rewrite)

それは世界中でただ1人、この(みなと)(かえで)だけが(おこな)える究極の偽装(カムフラージュ)

事を()すにあたって一切(いっさい)の関与を(さと)られてはならない暗躍組織にとって"(いつわ)り"とは必要不可欠なファクターであり、いかに厳重なセキュリティに守られた敵陣深くに(もぐ)り込んだとしても、そもそも発見されなければ攻撃される道理はないという結論にたどり着く。

そういう意味で何者にもその存在を(さと)られない事に特化した景勝(かげかつ)(シャドウ)とするならば、(かえで)は敵として認識されない事に特化した偽者(フェイク)

同じ目的の偽装(カムフラージュ)でもこの2つは()()なる(まった)くの別物。

(もっと)も姿形を()して身分を(いつわ)上部(うわべ)の変装は42世紀の技術と世界観、さらには(かえで)の登場により、さらに上の次元へと昇華(しょうか)する。

個が持つ記憶から(くせ)からナニに(いた)るまでを書き換え(rewrite)る事は、姿形を始めとした遺伝子(いでんし)以外の遺伝情報ミームをも(しの)ぐ。

ミームは常に変化の中にあり髪型を変えた、物理的な傷を()った、肉体の成長(ある)いは老化に(ともな)って誰かの記憶の中に生きるかつての面影(おもかげ)を失ったとしてもナノマシン情報だけは不変(ふへん)、ナノマシン情報だけが絶対、ナノマシン情報こそ真実という価値観の中でナノマシン情報を(いつわ)る事こそ、まさに究極の偽装(カムフラージュ)と言えよう。

元々は重度の環境汚染に対応する為のナノマシン技術であったが、皮肉な事に時代と共に成熟していったこれらの技術は本来の目的から逸脱(いつだつ)

だからこそ福祉技研(ふくしぎけん)的には都合が良いのかも知れないが、良くも悪くも未来(げんだい)人はナノマシンに頼りきっていると言わざるを()ない。

そして、それらの書き換え(rewrite)が完了すれば今度は源以(げんい)の指示で一課(いっか)職員達が慎重(しんちょう)に、(かえで)を縛り付けていた機器を取り外しに掛かる。



(みなと)君、気分はどうかね?」


「・・・悪いです」


「よろしい。では早速(さっそく)だが(パク) 声雅(ソンア)記憶(データ)を参考にコレを(あつか)ってみたまえ」



いかように答えても、どのみち気遣(きづか)ってくれないならなぜ聞いた?

相も変わらず他人の心境(しんきょう)を無視して話を進める源以(げんい)に対してそう問い(ただ)したくなる(かえで)だが、口が(すべ)っても彼女にそんな事が言えるわけもなく源以(げんい)()し出した小型拳銃を()かない顔で受け取り、初めて見たハズのソレを片手に、()れた手付きで弾を込め(なん)なく(あつか)って見せた。

政治に関わる一部の人間に対して武器の携行が義務付けられている()の国に()いては、これらをきちんと(あつか)える技術を身に付ける事も業務の一部。

若干(じゃっかん)右肩を上げ、左半身に体重を乗せた(パク) 声雅(ソンア)(かま)えの(くせ)までも完璧にコピー。

明後日(あさって)の方向に銃口を向けてその期待に(こた)える。

刹那(せつな)、彼女の()せた一連の流れに感化(かんか)されたのか無駄のない動きでスーツを(ひるがえ)した源以(げんい)はその下に隠された白銀のスパルタンリボルバーを抜き、一切(いっさい)躊躇(ためら)う事なく(かえで)のこめかみに突き付ける。

するとどうだろう?普段の彼女からは想像もできないほど鋭い眼つきで銃口を(かわ)し、銃を握りしめたまま親指だけで素早くセーフティを解除した(のち)トリガーに指を掛け、あろう事か源以(げんい)眉間(みけん)に標準を合わせて牽制(けんせい)してみせた。

周りを(かこ)む職員達を頭から押さえつける緊張を超えた極限のプレッシャー、呼吸をする事すら極刑(きょっけい)(あたい)する程の空気が支配する中、1人納得した表情を浮かべた源以(げんい)は親指をハンマーに()えながらトリガーを引ききり、それをゆっくり寝かせると同時に銃口を下ろして真意(しんい)を語る。



「自身の危険を感じた場合、(パク) 声雅(ソンア)はそのような行動をするのか。マニュアルに忠実な無意識下での本能的部分まで書き換え(rewrite)は出来ているようだな。上出来だよ(みなと)君。では予定通り明後日午前11時発の便(びん)()の国に(はい)(カン) 秉熙(ビョンヒ)の手配した政府の内通者と合流。その際、君は国賓(こくひん)(あつか)いの偽装データを使用して0番ゲートから乗り込み、12番ゲートから降りる事になっている。あとはナノマシンに(しる)された作戦記録(ミッションログ)をベースに最善のプランを組み立ててくれたまえ。それと作戦途中で君自身が危険を感じる場面に遭遇したら時間や場所ないし相手が誰であろうとも始末してもらって(かま)わん。もちろん国際問題など考える必要はない。そのあたりについては全て私が許可しよう。これは外交の名を借りた暗殺ではなく(むし)ろその逆だ。(ゆえ)に今回のターゲット(イム) 培植(ベシク)の死に我々が関与した"証拠"を残さねばならん。つまりこの作戦に()いて君の敵となる人物はいないと言う事だよ。期限は約1週間。やる事さえ終わらせてしまえば、あとは海外旅行だと思って気楽に(かま)えていてくれたまえ」


「・・・」



トリガーから(はず)した人差(ひとさ)し指をスライドとフレームの噛み合わせに沿()わせて固定して、中指でマグキャッチを押し込みマガジンを抜き取った直後、銃口を下ろしてスライドを引きチャンバー内の弾を手動で排出。

八角形(オクタゴン)第4ルームに鳴り響く心地よくも攻撃的な音色を耳にセーフティ(けん)デコッキングレバーを下げてハンマーを落とし、一課(いっか)職員に連れられ(かえで)はこの場をあとにした。

4192年4月23日、時刻は午前11時。

小さな島国日本と世界各国を物理的に結ぶ国内最大級のエアポートに彼女の姿はあった。

一般市民が長い列を作りながら今や遅しと順番を待つ中、それを横目に(あらかじ)め用意していた偽装データを使い(かえで)は0番ゲートから乗り込みVIPルームへと通される。

シワ1つない漆黒(しっこく)のスーツに身を(つつ)み、前髪を後ろに流して()わった気品(あふ)れる姿を見て誰があの(にぎ)やかしその人とわかるだろうか?

(すで)(かえで)は外見から中身に(いた)るまで某国の大統領親衛隊(ぜん)とした()()ちだった。

ならばこそ、これから向かう()の国に対しての警戒心など微塵(みじん)もない。

今の彼女にしてみれば記憶(データ)(もと)づいた感性に(のっと)り"祖国へ帰り、本来の居場所にもどるだけ"なのだから。

決して()がせぬ化けの皮に身を(つつ)み、さらに福祉技研(ふくしぎけん)内部の(おと)部署(ぶしょ)唯一(ゆいいつ)純粋に福祉目的で活動する四課(よんか)内部で一般市民に(まぎ)れた工作員(エージェント)

それこそが彼女の正体であり、それこそが彼女に(あわ)い恋心を(いだ)くフォシルでさえも知らない真実であった。

日本を()ってから約10分。

未来(げんだい)の技術とその水準に見合(みあ)った素材を()ってすれば日本海を越えた先、お(となり)の軍事国家へは30分()らずで行けてしまう。

長いようで短い、短いようで事実短いこの中途半端な時間を使って(かえで)は1人念入(ねんい)りに装備品の確認をしていた。

手元にあるのは某国製の38口径小型拳銃が1(ちょう)、各シーンに対応するフォーマルなスーツが上下セットの3着。

記憶(データ)から調べ上げた(パク) 声雅(ソンア)好みの下着に香水、洗剤や化粧品。

そして福祉技研(ふくしぎけん)の最終兵器"死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)"の試作型ナノマシンが(はい)った小型の注射器。

源以(げんい)からはコレを使って対象を始末できれば理想だが(むずか)しいようであれば射殺しても(かま)わないとの指示も受けている。

複製(クローン)や生きた人間を(もち)いて日夜様々な実験を(おこな)った結果、死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)は一定の水準にまで達したが、それでも源以(げんい)に言わせれば6割弱の出来()え。

その為、(カン) 秉熙(ビョンヒ)には(イム) 培植(ベシク)の死因を死神(しにがみ)ウィルスだと特定させたら、それ以上の調査をさせずに(すみ)やかに処分する事が最重要事項だと(つた)えている。

(かえで)は、らしからぬ冷酷な目付きで死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)をギュッと握りしめてソレを(そで)の下に隠し、作戦開始のタイミングを待った。

程なくして(かえで)を乗せた便(びん)()の国に到着、人混み(にぎ)わうメインゲートを()け予定通り12番ゲートから降りた彼女を待っていたのは紳士的に深々と(こうべ)を下げる(カン) 秉熙(ビョンヒ)の側近2人組だった。

上司(ボス)直々(じきじき)の命令でこの場にいる以上、彼らは自らの命に代えてでも(かえで)を政府官邸(かんてい)まで送り届けねばならず、その緊張感が不思議な事に勝手知ったる自国の中にいながら、まるで武器も持たされずに敵陣に放置された捕虜(ほりょ)のような雰囲気を(かも)し出していた。

それに対して普段の(かえで)なら気の()いた言葉ないし、おちょくりの1つでも掛けてくるところだが今の彼女にそんな選択肢はない。

さらに言えば相手が全てを理解しているからこそ何も語らず、何も遠慮せず、何事もなくエケスコートされるまま護送車に乗り込んだ。

そして(カン) 秉熙(ビョンヒ)が直接サポートできるのはここまで。

その先に待ち受ける責任と対峙(たいじ)するのは絶対の死を具現化(ぐげんか)した暗躍組織(スイーパー)に属する変幻自在の工作員(エージェント)

その(じつ)年端(としは)もいかぬ少女ただ1人に全てがのしかかる。

(カン) 秉熙(ビョンヒ)の用意した内通者のおかげで無事政府官邸(かんてい)への潜入を成功させた(かえで)はその道を当たり前のように歩き、そのセキュリティを当たり前のようにパスして、次々とすれ違う官僚(かんりょう)や同業のSP達にも当たり前のように敬礼(けいれい)する。

その誰もが彼女を(パク) 声雅(ソンア)本人だと信じて疑いもしない。

こうしてたどり着いた大統領室の前、武装した2人のSPを敬礼(けいれい)とナノマシン情報で(だま)し厳重な扉を(くぐ)った先に(イム) 培植(ベシク)鎮座(ちんざ)していた。


大佐(たいさ)


声雅(ソンア)、昨日はどこへ行っていた?あれからずっと待っていたのだが?」



今回の始末対象に敬礼(けいれい)をして"普段通りに"大佐(たいさ)と声をかけた(かえで)を待っていたのは予想だにしなかった返答だった。

どうやら2人の間では直前まで何かしらの、やりとりがあったようだが"あれから"と言われても(かえで)には当然何の事だか見当もつかない。

そこで(パク) 声雅(ソンア)が拘束されるまでの記憶(データ)(カン) 秉熙(ビョンヒ)が用意した都合の良すぎる情報を(もと)に事実と虚偽(きょぎ)のシナリオを説明して辻褄(つじつま)を合わせる。

あとは下手に深掘りされてボロが出る前に(イム) 培植(ベシク)の好きそうな話題、戦争経済の話へと流れをチェンジ。

それに対して(イム) 培植(ベシク)は席を立って彼女に歩み()りながら"戦争に()ける勝者と敗者とは──"から始まる得意のビジネス文句、得意の演説を披露する。



「被害者より加害者の人権が優先される世の中。なぜなら被害者とはイコールで弱者の事であり、その価値観も根本にあるモノは一部の強者達が生み出した不公平な法律(ルール)だ。だが法律(ルール)を変える為に動いてもそこには(すで)に別の強者達が作り上げた、また別の法律(ルール)が存在する・・・法律(ルール)法律(ルール)法律(ルール)!吐き気がする!!万人(ばんにん)の為の法律(ルール)なくしてなにが平等だ!これでは何も変わらない・・・いや、変わらないだけならまだしも悪化の一途をたどる事となり、それは今現在も悪い方へと進み続けている!では万人(ばんにん)の為の法律(ルール)とは何か!?それは(すなわ)ち自由だ!だが本当の自由とは"自由という概念すらも知らない事"だと私は考える。何者にも(しば)られたくないと思った時点で(すで)に自由という名の(くさり)(しば)り付けられている。それもこれも全ては強者達の法律(ルール)の中での自由・・・真に世界が求めるモノは"檻の中の自(リバティ)由" ではなく"解き放たれた自(フリーダム)由"。何者かが一方的に押さえ込もうとするから争いが起きる。無益な戦争が起きる。だからこそ我々が介入(かいにゅう)しなければならない。人は私を代理戦争ビジネスマンなどと言うが、そもそもを語れば世界が権力(ちから)にさえ支配されていなければ私のような人間も不要なのだ。平等でないから、自由でないから、誰も手を差し伸べないから世界は(ゆが)んでしまった。その(ゆが)みの一部が戦争という形で表面化しているだけなのだ。最早(もはや)この(ゆが)みを取り除く為には法律(ルール)により押さえ込まれていた全ての(ゆが)みを戦争という形で表面化させて(しず)める他に手はない!だが戦争を目的の1つとして自らの意思を(うった)えかけるには遅すぎた・・・戦争が時代に取り残されてしまったのだ。そう考えた時、ある意味で解放者(リベレータ)の・・・いや、パン=エンドのやり方は正しいのかも知れない。だが同じゴールを目指していたとしても、そこへたどり着くまでの道順(みちじゅん)が違えば結果として同じ(こころざし)を持った者同士が争いを始める事になる。今の世の中は過程を評価してくれるほど余裕があるとは言えない。だからこそ私には一刻(いっこく)猶予(ゆうよ)もないのだ。今この瞬間の延長線上に未来があると言うのなら未来の為に今日の屈辱(くつじょく)に耐え、()えて悪名(あくみょう)(かぶ)り世界中に戦争の火種を撒こう!今を破壊して未来を(ゼロ)から作り直す為の(いしずえ)として私は最狂最悪の戦争屋(グリーンカラー)として未来永劫(みらいえいごう)悪名(あくみょう)(かぶ)り続けよう!」



語りを続けながら(イム) 培植(ベシク)()れた手つきで背後から(かえで)の首元に手を()わせネクタイを(ほど)きシャツのボタンを(はず)し、紳士的でアダルトな雰囲気を演出する。

今回の作戦の(きも)となる書き換え(rewrite)対象を決定するにあたって、源以(げんい)(パク) 声雅(ソンア)を選んだのには3つの理由があった。

1つは単純に(かえで)と背格好が()ていた事。

1つは彼女が配置されるポジションが他のSP達よりも(イム) 培植(ベシク)に近い場所であった事。

そして最後、それは彼女が氏の愛人の1人である事が()げられる。

肉体関係のある者同士ならばこそ()み込める領域(りょういき)見据(みす)えての判断は正しかった。

殺伐(さつばつ)とした空気の中で生きる一国の大統領が愛人に求めるモノは(いや)し。

そんな相手を前にしてわざわざ警戒するハズもなく(かえで)のブラジャーのホックに指を掛けた時、彼女は"大佐(たいさ)" と意味ありげに(イム) 培植(ベシク)を呼んだ。


「今はまだ・・・この日の事は全てを()()たあとにと思っています」


「・・・お前は"昔から"そういう女だったな。だからこそ(そそ)られるというモノ。では来たるその日まで預けておこう」



始末対象と2人っきりという最高のポジションを確保した(かえで)だがこの日は行動を起こさずに解散。

しかし死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)を打ち込むにも事欠(ことか)かない間合(まあ)いを取れた事は事実であり、タイミングを見計らいナノマシンリンクでこれを源以(げんい)に報告。

翌日の早朝。

大統領の護衛にあたるSP達に休みはなく、時刻が午前4時を(むか)えた頃、怪しまれない程度に人を()けながら同業者と共に政府官邸(かんてい)内外を行ったり来たり。

(イム) 培植(ベシク)身辺(しんぺん)警護に当たりながら(もっと)も都合のいいタイミングを狙う。

その最中(さなか)細心(さいしん)の注意と様々なイレギュラーを視野に組み立てたプランを何度も何度も確認して何度も何度もイメージする。

その都度(つど)福祉技研(ふくしぎけん)三課(さんか)のサーバーにナノマシンリンクを接続、それを(かい)して源以(げんい)に状況を報告しては指示を(あお)ぐ。

特別な外部機器を使わずとも通信を可能とするナノマシン技術はまさに秘匿そのもの。

誰に見られていながらも怪しまれず、また誰に聞かれる事もなく(かえで)源以(げんい)はプランを仕上げていった。

翌4月25日、時刻は午前10時。

(イム) 培植(ベシク)は予定通り政府専用機で日本に飛び立ち解放者(リベレータ)の視察を開始する。

キングサイズのソファーに腰掛け優雅(ゆうが)な空の旅路(たびじ)満喫(まんきつ)する氏の(となり)にいるのはもちろん(かえで)だった。

そして今日という日は対象の体内に死神(しにがみ)潜伏(せんぷく)させる、(すなわ)死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)を初めて実戦に(もち)いる日でもある。

しかし死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)(いま)だ試験段階という事で今回は任意(にんい)の発病タイミングをセットして、ラグと致死性を観察(みる)事が目的となっている。

だが、この結果次第では源以(げんい)はすぐにでもコレを実戦配備するとさえ言っており今後の福祉技研(ふくしぎけん)のあり方を大きく変える可能性もあった。

(ゆえ)寸分(すんぶん)(くる)いも失敗も許されない。

ここで言う失敗とは(イム) 培植(ベシク)暗殺をしくじる事に(あら)ずして死の遺伝情報(ゲノム・オブ・デス)が不発に終わる事。

また1つ(かえで)の両肩にズシリと重い責任がのしかかる。



声雅(ソンア)


「はい大佐(たいさ)


「日本と言えば社会福祉法人(しゃかいふくしほうじん) 技能開発研究所(ぎのうかいはつけんきゅうじょ)を知っているな?」


不意に放たれたその言葉に(かえで)の体は硬直した。

タイミングを考えれば(イム) 培植(ベシク)の口から福祉技研(ふくしぎけん)の名が出るのは自然かも知れないが、その工作員(エージェント)である彼女にとってはまさに度肝(どぎも)を抜かれるような衝撃だった。

一瞬眉間(みけん)にシワを()せ表情を強張(こわば)らせるが、そこは(かえで)も大したモノ。

すぐに平常心を取りもどし"(ぞん)じております"とだけ()べると何事もなく(イム) 培植(ベシク)に向き直る。


「これはあくまで外部からの情報だが、どうやら()の組織が私の暗殺を目論(もくろ)んでいるとの話を小耳に(はさ)んでな。しかも丁寧(ていねい)にその主犯格が(カン) 秉熙(ビョンヒ)であるとも()えてだ」


(カン)国務総理が?なぜそのような事を」


()()め小心者の化け(だぬき)が尻尾を出したという事だろう。だが今さら福祉技研(ふくしぎけん)が動いたところでもう遅い。5月1日まで私が生きていようが事故死に見せかけて暗殺しようが世界は(すで)に革命の()(がね)に指を掛けている。どちらにせよ近い将来、必ずや戦争革命は起こるだろう」


「・・・」



同日、(イム) 培植(ベシク)の飛び立った某国の観光名所では、汗水(あせみず)流してせっせと働く営業マン達の苦労を(さかな)に1人呑気(のんき)に酒を飲み、目で見て美味いとわかるアメ色の豚足(チョッパル)を次々頬張(ほおば)るイケメンのナノマシンに"CALL:OS"から呼び出しが掛かる。


「聞こえるかね景勝(かげかつ)君」


「しょ、んん!!・・・失礼しました」


「せっかくのバカンス中すまないが(みなと)君から緊急の連絡が入った。どうやらこちらの動きが対象に感付かれたらしい」


「っ!?まさか(かえで)が──」


「そうではない。事もあろうに(カン) 秉熙(ビョンヒ)側の不手際(ふてぎわ)により我々の存在をリークする者が現れてしまってね。そこで私はコレを(カン) 秉熙(ビョンヒ)側の契約不履行とみなし予定通り独自の調査に(もと)づく情報を根拠に報復を実行する。それに(ともな)いプラン内容を変更、これ以上(みなと)君を対象の(そば)に置いておくのは危険と判断して4月27日に予定していた(イム) 培植(ベシク)の暗殺時期を本日4月25日、対象が来日してから帰国するまでの間に決行する」



観光客と地元民の()りなす人混みに(まぎ)れ、ほろ()い気分だった景勝(かげかつ)の表情が一気に鋭さを増す。

豚足(チョッパル)(つま)んでいた手を止め、飲みかけの酒をテーブルに置くとナノマシンを急速活性化、体内を()(めぐ)るアルコールの高速分解を開始。

そしてジャケットの下に隠し持っている兵役時代からの愛用銃をチラッと確認すると有事(ゆうじ)の際に(そな)えて覚悟を決めた。

ショートスライドから伸びたフロントサイト付きのロングバレルが第二次世界大戦の名銃を彷彿(ほうふつ)とさせるオールドルックな麻酔拳銃NonNo−4(ノンノ−イネ)のマガジンには専用の22口径麻酔針が18発。

さらに(あらかじ)めチャンバーに込められた分も合わせて18+1の19発。

そして予備マガジン3本の計55発。

数々の武功(ぶこう)(たた)えられたスナイパーにとっては十分すぎる程のフル装備、()かりはない。

楽しかった擬似バカンスに別れを()げるようにジャケットを(ひるがえ)した景勝(かげかつ)は己の使命を(まっと)うすべく、その場を立ち去り人混みの中へと消えていった。

時同じくして小さな島国日本に降り立った(イム) 培植(ベシク)は予定通り解放者(リベレータ)の動きを偵察しながら着実に戦争革命へのカウントダウンを進めていた。

連れ()いの官僚(かんりょう)、SP、そして自国民達に大統領として責任ある行動を(しめ)し続ける氏の周辺には最早(もはや)一片(いっぺん)(すき)もない。

(たい)して(かえで)は一定の距離こそ(たも)ってはいるものの手の届く範囲には近付こうとすらしない。

だがそれでいい。

なぜなら彼女は(すで)に先の機内で"男と女が無防備になる状況"を作り出して目的を達成していたからだ。

そして時系列は冒頭(ぼうとう)の"死神(しにがみ)ウィルスによる不慮(ふりょ)の死" へと続く。

これを発表したのは某国のNo.2にして今回の黒幕、国務総理の(カン) 秉熙(ビョンヒ)に他ならず今この瞬間、日本と某国と福祉技研(ふくしぎけん)による密約は遂行(すいこう)された。

しかしまだ終わりではない。

本人の意思とは関係なくとも何者かによってもたらされたイレギュラーにより(カン) 秉熙(ビョンヒ)源以(げんい)との約束を(やぶ)ってしまっている。

そして今、日付は4月27日の22時。

火種を()り取った(カン) 秉熙(ビョンヒ)が政府官邸(かんてい)の自室、そのバルコニーで薄暗く灰色がかった月を見上げて悠々(ゆうゆう)くつろいでいる中、周囲の影と一体化して闇夜に溶け込んだ景勝(かげかつ)の銃口がその眉間(みけん)(とら)えた。

いつのまにか吐く息さえも白さを失い、今日という日が春宵(しゅんしょう)である事を主張する優しい夜風が()き抜けるが(カン) 秉熙(ビョンヒ)が明日の朝日を(おが)む事はない。

刹那(せつな)、22口径の薬莢(やっきょう)に封入された超高圧ガスがパシュッ!と短くキレの良い音を立て麻酔針を発射。

この時代の麻酔とは麻薬(まやく)で神経を麻痺させ眠らせるモノではなく、特殊なナノマシンを対象のナノマシンと結合させてソレを鎮静(ちんせい)無効化、擬似的な気絶に()いやるモノの事を言う。

その状態で稼働するナノマシンと言えば精々(せいぜい)環境汚染に対する抵抗を(しめ)す程度で、当然それ以上のダメージには効果を発揮(はっき)しない。

速効性の麻酔で(カン) 秉熙(ビョンヒ)が落ちた事を確認した景勝(かげかつ)は42世紀の科学技術(この場合は磁力と負圧を(もち)いた災害救助用の小型吸着装置)を駆使(くし)して垂直の壁を音もなく走破(そうは)(またた)()にバルコニーへと到達。

心地よい夜風が景勝(かげかつ)襟足(えりあし)をサラサラと()でる中、クールで切れ長な目が冷酷な(かがや)きを放ちターゲットをそこに(うつ)し出す。

()れた手つきで(カン) 秉熙(ビョンヒ)を背後から(かか)え、バルコニーから薄暗い地上を見下ろして絶好のタイミングを確認するや(いな)や、間髪(かんはつ)入れずその無抵抗な体を(すべ)らせるように自然な体勢で突き落とした。

まもなくして冷たく(かわ)いた石畳(いしだた)みに叩きつけられ(ことごと)く流れ出る鮮血(せんけつ)で大地を(うるお)す国務総理の姿を発見、ようやく異変に気付いたSP達が()け付けるも時(すで)に遅し。

しかし死因を調べればナノマシンが機能していなかった事などすぐにわかってしまうのだが、()えてこれが事故に見せかけた他殺である事を感付かせるところに福祉技研(ふくしぎけん)側からのメッセージ、姿の見えぬ今回の情報提供者に対する警告の意味が込められていた。

その後、当然と言うべきか大統領と国務総理を立て続けに失ったダメージで某国の政治は秩序(ちつじょ)を失い暴走。

次期大統領の()を狙い戦争革命を()し進める者(しか)り、別の角度からその()を狙うべく反戦(はんせん)と軍事力の衰退(すいたい)()し進める者(しか)り、()てにはそのどちらとも違う新たな主張を()し進める者達によって繰り広げられる不毛(ふもう)の争いにより某国の政治体制は音を立てて崩壊した。



・・・



・・・・・・



・・・・・・・・・




「う〜ん・・・まさかこんな事になるなんて思ってもなかったよ。やっぱり福祉技研(ふくしぎけん)のやる事は普通じゃないね」


「こんな事?まさか()の国の大統領と国務総理が死んだというこの話、福祉技研(ふくしぎけん)とは別にお前が手を出していたのか"久遠(くおん)"?だとしたらなぜこんな事をした?」


「なぜ?ん〜・・・なんか・・・放っておけなかったからかな?あの(イム) 培植(ベシク)って人をさ・・・ベクトルはどうあれ頑張ってる人を見ると、なんか助けたくなっちゃうんだよね?」


「・・・勝手な事をするな!」


「そんなっ・・・怒らないでよ!!」


「お前は遊びのつもりだろうが人の人生とは限られている。その中で生まれてきた意味、生きる意味を見つけ、己が何者であるかを知った者が、己の意思で何かを()()げようとする。その意思を一方的に奪う事は決して許される事ではない」


「ふ〜ん。人って難しいね。でも"一方的じゃなくなったら"いつもみたいに介入(かいにゅう)するんでしょ?あれ・・・ねぇ・・・聞いてんの?ちょっと!無視しないでよパン=エンド!!」

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