ACT.12 いつの時代も娯楽は変わらず
西暦4192年4月17日。
遠い遠い未来の世界に呼び起こされて早2ヶ月。
土壌に撒かれた種が芽生え、無数の枝を伸ばしていくように日々新たな可能性が生み出され続ける事によって価値観そのものが大きく変わってしまった小さな島国日本。
だが人間の適応力は大したモノで目まぐるしいほどの変化を受け入れながらそれを補って余りある進化を成し遂げる事ができてしまう。
が、故にこの頃のフォシルは毎日"ある事"に苦しんでいた。
「・・・暇だ」
「フォシルは24時間毎日誰かに監視されてるからねぇ〜。いやいや同情するよ。私だったら窮屈すぎて枯れちゃうな」
「なんか面白い事とかない?なんか・・・やる事なさすぎて・・・辛い」
基本的に福祉技研内部から出る事もなく、たまの外出も様々な制限付きで許可される程度。
時々楓の私物である無線誘導式カメラのようなモノで遊ばせてもらってはいるが、どれもこれも楽しいと思える時間は長続きしない。
そんな中で彼女の言った"枯れちゃう"という言葉は比喩でもなんでもなく事実を的確に述べているだけだとフォシルは痛感する。
なにが起これば楽しいのか・・・見えない檻に閉じ込められた青年の心はまさに地獄の責め苦を受ける罪人が如し。
「面白い事?アーティと乳繰りあってれば?」
おそらく言葉の意味もよくわからずに雰囲気だけで凄まじい事を言ってのける楓の度胸にフォシルは心底焦りを覚える。
そして毎度の如くコチラがなにを言う前にアーティに拒否される流れもこの3人を以ってすればある種のお約束。
しかしこの程度では幼気な青年を悪戯に押さえ込む退屈からは解放されない・・・フォシルはこの奇妙な日常の中にいて、さらなる刺激を欲していた。
刺激と言っても激辛スパイス的なモノを求めているわけではなく、この日常を今として味気なくとも新たなイベントが欲しいという心境を切に伝えると彼女はとっておきの一言を与えてくれた。
「じゃ景勝からゲームでもパクってくれば?」
「えっ、ゲームとかあるの?」
思いもよらぬ楓の発言にフォシルの目はキラキラと輝き始める。
考えてみれば未来に於ける娯楽の類、映画や音楽やゲームや漫画など、何があるのかを一切知らないフォシルからすればこれ以上ない最高の刺激だった。
自分の生きていた時代から約2000年の時を経て娯楽はどのような進化を遂げたのか?
まだ見ぬワクワクに胸を踊らせフォシルは無垢な少年のようなテンションで楓を急かし始める。
萎れた心が水を得た魚のよう暴れ出しウザいくらいテンションアップした結果、楓からは"黙れ童貞!"と文句を言われてしまうが今のフォシルにとっては、いかような罵詈雑言であろうとも全てはあとに控える楽しみを助長する隠し味にすぎなかった。
その後ナノマシンリンクで呼び出された景勝が爽やかなイケメンフェイスと共に小さな端末を持って現れる。
日本国がひた隠しにする非合法組織の一員が職場にゲームを持ち込んでいる事に対する適当なツッコミも忘れ胸の高鳴りは爆発寸前。
景勝の一挙手一投足を逃すまいと目を見開いたフォシルに対して"野郎を釘付けにするのも悪くない"と如何わしい感想を漏らしながら端末を起動させると空中に投影された映像には何種類かのゲームタイトルが表示されている。
どうやらこの時代にはゲームを起動させる為の特別なハードもソフトもカセットも必要ないらしく1人1人が体内に宿したナノマシンにゲームデータを読み込ませる事で時間場所など関係なしに制限なく遊べてしまうらしい。
つまりナノマシンがアプリケーションとオペレーティングシステムを担い、人間がユーザー兼ハードウェアという事になる。
もっとわかりやすく説明するなら未来人は生まれながらにしてどんなゲームでも起動できるハードを身体に備えてるという事だ。
「とりあえずデータは端末に移しておいたけど、これでいいのか?」
「いいんじゃない?なんかフォシルも釘付けだし?」
釘付けだから満足している。
そう結論付けた楓は自らの下した根本的な誤解に気付いてはいない。
フォシルが悩んでいたのはどのタイトルをプレイするかではなく──
「これどうやって操作するの?」
「えぇ?操作・・・あっ」
「なるほどねぇ・・・そいつは誤算だったな」
楓と景勝はようやく未来の常識が現代の夢物語である事に気付かされる。
本来ならば実体のないデジタルディスプレイに指先が "触れた"という感覚は、ナノマシンを介して脳に疑似感覚で直接伝わりそれに対応してディスプレイも反応を示すのだが、いかんせんフォシルが必死こいて投影されたソレをタッチしようとも反応はなかった。
全てはナノマシンが導入されている事を前提に発展した技術であり遥か昔に絶滅した人間の存在など一切考慮していない為、発展しすぎた42世紀の科学技術では逆にフォシルを認識できなかったのだ。
持ち上げるだけ持ち上げて真っ逆さまに期待を裏切られたフォシルはなんとも言えない表情でアーティを見つめ楓を見つめ景勝を見つめ声なき声で訴えかける。
「お、おい景勝!コレなんとか出来なかったっけ?」
「なんとかするも何も・・・何をどうしたらいいかがわかんないってヤツだな。なんなら三課の専門家達に聞いてみるか?」
「白露か!?」
何かある度にドタドタと忙しなく動き回る楓に対して隙あらば今この瞬間を最もカッコよく見える髪型にしようと手櫛で髪をかきあげる景勝。
いつもの3人に+1。
たったそれだけの事で退屈な日常は一転、何時間あっても満足しきれないほど充実し尽くした1分1秒へと姿を変える。
実際のところフォシルがなんとも言えない表情を浮かべたのも"こんな顔したらどんな反応してくれるんだろう"と思ったが故の一時の戯れ。
誰かがいるから退屈な今は見違えるほど刺激的になり間違いない変化が起こる。
そう感じるのはかつて自分がそう感じた経験があるからこそ・・・フォシルの中でグルグルと渦巻いていた記憶の断片が心地よい香りと共にドコかの空白にピタッとはまった。
「え〜とね、白露が言うには端末にアナログコントローラってヤツを繋げばいいらしいよ。元々はナノマシンを持たないサードメイカンド用の技術らしいけど、それを応用できないかってさ」
解決法もわかったところで早速楓にパシられた景勝が三課より試験用のアナログコントローラを拝借。
初めての作業に悪戦苦闘しながらもなんとかコレを接続、待ちに待ったフォシルのゲームライフがいよいよ幕を開ける・・・!!
その後、手渡されたアナログコントローラとやらはギリシャ文字のΨのような形をした歪なモノだったが、いざコレを両手でしっかり握ってみるとなかなかどうして手に馴染む。
気合十分のフォシルが42世紀のゲーム初体験に選んだ相手、それは漢気溢れる力強いタッチで表記された謎のゲーム"益荒男魂"なるモノだった。
楓に言わせればクソゲー、景勝に言わせればバカゲー。
曰く42世紀最大のスペックの無駄遣いを体現した作品だと、なんだかプレイする前から不安になる散々な煽りを受けながらクソなのかバカなのか謎のゲーム益荒男魂のガイドマニュアルに目を通す。
舞台は漢気至高主義と化した地球全土。
架空の奇祭"漢桃山"の漢神に選ばれてしまった1人の青年を操作して勇ましい和太鼓のリズムに乗せて迫り来る、褌一丁の益荒男達からダッシュやジャンプなどを駆使して逃げつつ世界中に散らばった漢気を回収する事が目的の鬼ごっこゲームらしい。
鬼を務める益荒男達も何種類かいるらしくプレイヤーめがけて突っ走ってくるベーシックなタイプから4人1組で神輿を担ぎながらゆっくりと追跡するタイプ。
丸太を片手にアクロバティックな空中移動をしてくるタイプに突然現れるゲリラ益荒男まで多種多様。
その他にレアキャラとしてプレイヤーをサポートしてくれる手弱女や仙人など内容はよくわからないが期待と不安に胸を膨らませたフォシルにまずは洗礼の漢気を叩き込むべく様々なアングルから楽しめる益荒男達のむさ苦しいオープニングデモが流れ始める。
それはあまりにハイクオリティであまりに生々しく、あまりにいらんことしいなサービスカットを前面に押し出してフォシルの度肝を抜いた。
「なにこれ実写?」
「そんなわけないじゃん?こんな漢漢した光景が実写とか、ただの悪夢だよ」
耳に残るアップテンポな和太鼓のリズムと益荒男達の掛け声に終始圧倒されつつ、しばらく益荒男魂を遊んでいたフォシルだがあまりの漢気溢れる演出の数々に少々疲れてしまったらしい。
そこで気分転換に今度は"オールディバイダー"というゲームを起動させてみる。
どうやらこれは対戦型格闘ゲームらしく、先ほどの臭ってきそうなくらいリアルだった益荒男魂に対して、こちらはヌルヌルと動くアニメーションキャラクターをメインにした作品だという事がわかる。
剣や魔法を交える魅力的なキャラクター達を中心に主題歌まで入ったそれはオープニングムービーと言うより良質なアニメを見ているかのようなワクワクを与えてくれる。
ともなれば益荒男達に削られたフォシルの気力もみるみる回復、嫌でも期待を抱かずにはいられない。
それにこの手のゲームは何百年、何千年経とうが根本にあるモノはフォシルが駆け抜けた激動の黎明期と変わらないハズ。
ギュッと手に汗握りボタンを押そうとした時、楓はある事に気付く。
「あれ?なんで最終セーブが今日の日付けになってんの?しかもこの時間って普通勤務中だよね?」
「あぁ?なに?」
「あぁじゃなくて・・・景勝・・・お前・・・」
「気にするな。対戦型ゲームだぜ?しかも白露さんから挑戦状が届いちまった以上それを受けないなんて選択肢、この景勝の辞書には存在しない」
「白露だぁ?じゃなにか?あの巨乳も仕事すっぽかしてゲームしてたって事か?」
側から見れば楓こそ勤務をすっぽかして遊んでいるだけにしか思えないが、彼女は源以から直々にフォシルのお目付役という立派な役割を任されているのでこの言い分も強ち間違ってはいない。
自分を差し置いてよりにもよって景勝と白露がゲームで遊んでいた事実に憤慨した彼女は謎の対抗意識を燃やして景勝にビシッと人差し指を突き付ける。
「あーっ!もうキレた!!こうなったらお前らまとめて捻り潰してやる!フォシル!アーティ!これ見てさっさと強くなれ!!」
毎度毎度愉快な表情で喜怒哀楽を表現してくれる楓が投影した資料。
それはオールディバイダーに登場する全プレイアブルキャラクターの強さランキングが書かれた、いわゆるダイアフラムだった。
千差万別一長一短の個性を持ったキャラクターが犇めき合う格闘ゲームではよくある資料の1つだが、それを見てフォシルはまたまた度肝を抜かれ、アーティもアーティで該当データがありませんと答える。
なぜなら──
"4192.4/2更新"
オールディバイダーver7.2最新キャラランク
※7.2アップデート追加キャラクターのドラクロア、ギュンター、李、KIRAのランクは暫定
チート:ゆかり、ソルザード
SSS:ギュンター、アデガ、覚醒エージ
SS:キド、ソールズ、ベールッド、レイ、ドラクロア
S:レクイエム、トグラーシュ、条、ザッド、ペルル、ナッシュ、マスターウェポン、ロット、Destiny−6
A:エージ、KIRA、カージナル、オーシャンティノフ、アンデッド、フレイ、カルト、シャル、シード
B:ラヴィル、わびすけ、ヴァン、ハイド、スピネル、トラウリッヒ、ブルーブーケ、ヘラクレス、御劔
C:リリアン、T、准次、イェガー、トゥルーランス、THE・A、ニーマ、クノ、クローク、 L、ルドガー
D:あずさ、エレオノーラ、プロシージャ、バステル、ローウェンスカッフ、メイベル、オール9、紅蓮
E:ウリチュラカ、イーグル、Bベルベット、ラッセル、ディロック、菫、シロム、デスペンテウス、ルドルフ
F:ナキ、サプラス、環、ガバメント、Exトラム、李、サンドラ、フェルミンス、時雨、フォックス、オム
G:フィポナ、ЯR
「・・・全部で78体?ちょっと多すぎない?」
「エージはメイン主人公だか使いやすいと思うよ。あとはアナザーストーリーの主人公ラヴィル、カルト、シード辺りがいいかもね。逆にボスキャラのキドとかレイとかDestiny−6とかは上級者向け。ゆかりとソルザードは壊れてるから論外でЯRはコピーキャラだしフィポナは公式最弱のネタキャラ。それとも新キャラのKIRAとかドラクロアを開発してみる?」
「あ、いや・・・そういう事を言ってるんじゃ──」
最早楓の頭には打倒白露(ついでに景勝)の事しかなく、熱血教師よろしく実はオールディバイダーのプレイヤーである彼女は先達として基本操作から細かいテクニックをフォシル達に伝授し始める。
その後、実際にキャラクターを動かしながら一通りの操作指南を受けたフォシルは実戦の覚悟も定まらないうちに武器だけを持たされて戦場に放り出されてしまう。
いくら初心者と言えども強いキャラを使って負けるのは、なんとなく癪だと思ったフォシルは練習がてらDランクに位置付けられるバステルというキャラを使ってみる事にした。
格闘ゲームなんて基本は攻撃と防御だけだと自分を信じてとりあえず楓と対戦してみる。
古の時代から人類の指と脳が慣れ親しんできたであろう必殺コマンド↓↘︎→+攻撃ボタンをカチャカチャと入力して技を出す感覚を懐かしいと感じる反面、楓はコントローラも持たず妙なファイティングポーズをとりながら画面を食い入るように見つめ、時折体をピクッとさせるだけ。
ここに大きな時代の流れを感じたフォシルが"どうやって操作してるの"と彼女に聞いてみれば曰く"フォシルがコントローラでやってるのと同じだと思う"との返答をいただけた。
20世紀の価値観でどういう事なのかをイメージしてみるも案の定ちんぷんかんぷん。
ゲーム1つを例に挙げても未来世紀はからっきし想像のできない現実に覆い尽くされている。
だが戦いに迷いを持ち込めば敗北あるのみという現実だけは不変であり、言葉数も少なくなり夢中になって対戦を繰り返す事早20戦。
さすがに指導する立場にあってかそれ相応の実力を示す楓に全戦全敗を喫したフォシルを見兼ね"ちょいとゴメンよ"と、ここで真打景勝が乱入する。
20連勝で気をよくした楓は持ちキャラのハイド(Bランク)を連投。
それに応えるべく景勝も出し惜しみせず持ちキャラのクノ(Cランク)を投入。
軍特殊部隊の黒い野戦服に身を包んだハイドに対して巨大な鎌を片手に白と黒のポンチョコートを羽織った三つ編みおさげの金髪幼女を選択した景勝に早速楓は"ロリコンめ!"とヤジを飛ばす。
ゲームなんだから好きなキャラを使えばいいじゃないかとフォシルがフォローを入れるも格闘ゲームとは究極の実力社会、刹那の判断力こそがモノを言う。
初めこそ一進一退の激しい攻防戦を繰り広げていたが一瞬の隙を突いたクノの主力技にハイドはカウンターヒットを奪われそのまま大鎌の錆にされてしまった。
予想を遥かに上回る景勝の確かな実力にショックを覚えた楓に対して、さらに追い討ちを掛けるように"白露さんはこの景勝の800倍強い"と、景勝はまだ見ぬ白露の恐怖を植え付ける。
しかし負けん気の強い楓の事、やられっぱなしは性に合わないらしくメラメラと闘志を燃やしながらフォシル、アーティ、それとなぜか景勝にも打倒白露の使命を与えてしまう。
その後も19世紀から23世紀を舞台とした戦略シュミレーションゲーム"Armor Piercing"や、ただひたすらに敵を倒し続けて最強を目指す1対∞の無双ゲーム "アルティメットバーサス"を遊び倒したフォシルは最後に42世紀の究極的娯楽としてナノマシンリンクにより現実とゲームとの境目を完全に取っ払った危険すぎるMMORPG"アルターパラドックス"の存在を知る。
しかしコレに関してはフォシルにナノマシンが導入されていない上、オンラインゲームとはなんぞやを理解できなかった事もあり話は打ち切り。
こうしてバラエティ豊かな1日を終えたフォシルは明くる4月18日も、そのまた次の日もアーティの推奨する睡眠時間を削りに削って景勝の置いていったゲームに没頭していた。
年頃の青年の日常としてはあまり褒められたモノでもないが人間がイキイキとしていてくれれば、たとえゲームに没頭しようがアニメに没頭しようが日本政府的にも福祉技研的にも万々歳。
そして日付の変更タイミングすら、あやふやになりかけている今日は4月20日の土曜の昼過ぎ。
4日間という有り余る時間の全てをみっちり自習に注ぎ込んだフォシルは楓と景勝に今の意気込みを伝えると満を持して白露を迎え討つ事にした。
今日は土曜日の早上がりという事で1人帰宅準備をしていた彼女をナノマシンリンクで呼び出した楓はオペレータ気分で"そこを左だ!いや右だ!"と指示してフォシルの部屋まで導いた。
何がなんだかわからないまま、あれよあれよとたどり着いた先、初めて訪れるその部屋にはフォシル、楓、 景勝、アーティと見知った顔ばかり。
知らないところで厄介事に巻き込まれてたらどうしようと警戒していた白露は少しだけ緊張の糸を解き、さりげなく景勝の差し出した温かいレモンティーで喉を潤した。
「さて白露よ。今回呼び出された理由がわかりますかな?」
「・・・?」
「そうかそうか。百戦錬磨のディバイダー様は、自らのあまりの強さに私達の存在など眼中にないってか?わかったらさっさと勝負だ!!」
「・・・」
弱い犬ほどよく吠える。
そんな言葉が頭をよぎり、この上なくどうしようもない事と思いながらも彼女は言われるがままに渋々ゲームデータをリンクさせ対戦モードを起動する。
結局は厄介事にも似た内容だったが"少しだけなら"と条件を付けてフォシル、楓、景勝VS白露の決戦は幕を開けた。
Sランクザッド、Bランクハイド、Cランククノに対する彼女の持ちキャラは意外にもEランクのルドルフ。
しかし3人はキャラクターのスペックや評価が勝敗を決める絶対的要因でない事を嫌と言うほど思い知らされる。
画面の中、キャラクター同士がバトル前に行う数秒程度の掛け合いを終え、右脇に槍を構えたルドルフが一度その切っ先を立て剛槍を振るえば、まぁ強いのなんのとまるで一騎当千の戦国武将が群がる足軽を薙ぎ払うように軽々と、いとも容易く3人をワンサイドゲームで返り討ちにしてしまった。
バックステップの無敵時間や各種キャンセルの他、画面位置を調整して確実に壁コンを決めてくる圧倒的テクニック。
それらもさる事ながら何よりも3人を苦しめたのは相手の攻撃を弾き返して無防備になったところにフルコンを叩き込んでくる事だった。
「その"ガギッ"てヤツ!それなんですか!?」
「あぁフォートレス・インパクトか?このゲームの要とも言われてるシステムだ。BボタンとDボタンを同時押しするアレわかるだろ?それを相手の攻撃を受ける瞬間にやるとこうなるんだ。そして白露さんがルドルフを使ってる理由はフォートレス・インパクトの間合いが広いかららしい。下手な牽制は無理やり弾いて、そのままジ・エンドって事だな」
彼女の強さの根本にある10フレームのフォートレス・インパクトというガードテクニックを理解してもなお誰1人としてルドルフを倒せる者はいなかった。
つまり10フレーム=0.16秒の裏を読まなければ白露には勝てない。
どんなに時代が発展しようともゲームは結局のところセンスが全て・・・ある意味で42世紀の世界に於いて特別すぎる存在の人間が唯一対等な立場でぶつかれる場所はゲームの中だけだった。
しかし3人揃って結果は惨敗。
その時、突如リザルト画面にA NEW CHALLENGERの文字が浮かび上がる。
それは一方的な殺戮?を続ける白露に物申すべく第4の挑戦者が現れた事を意味していた。
挑戦者の正体は不明だがローカルマッチでゲームをリンクさせている為、相手は福祉技研内部の人間である事に間違いない。
白露の圧倒的強さの前に連敗続きでなんとなくダレてきた場の空気が一瞬にしてピンッと張り詰める。
なにを言わずともまずは戦略的捨て駒としてランキング4位のフォシルがザッドで挑んだところ謎の挑戦者はCランクのトゥルーランスを繰り出してきた。
ルールは変わらず1試合3点先取の5ラウンドマッチ。
先制の白星を挙げ、戦友達にいいとこ見せようと汗で濡れたコントローラをカチャカチャと鳴らすが、まさかのワンサイドゲームで敗北してしまったフォシルに哀れみにも似たブーイングが飛ばされる。
"俺って、こんなモン?"とショボくれる弟子の仇を討つべく第2試合、次鋒を務める楓が師匠の意地と誇りを胸に意気揚々とトゥルーランスに牙を向けるが最終的に表示されたメッセージは"TRUELANCE WIN"だった。
部屋の片隅、遠くから戦友達を見守っていたフォシルに寄り添うようにして楓も敗者の仲間入りを果たす。
どよ〜ん、としたオーラを醸し出す負け犬2匹に見つめられ第3試合、副将景勝が挑戦者に挑む。
さすがに副将ともなれば下段、中段の二択から各種キャンセルを用いての崩しテクニックも安定しているが敵もさる者。
景勝の放つ地上中段の僅かな隙に小技で割り込み、着実にリードを奪っていく。
完全に主導権を握られ防戦一方となる景勝の焦りに付け込み、ここぞの場面でゲージを使用した必殺技スペクトルアウトを放ちこの一戦も勝者は謎の挑戦者。
その見事なテクニックに敬意を表する爽やかな笑みを浮かべて立ち上がった景勝が向かう先。
すっかり影を落としたフォシルと楓の前で屈み一言──
「よう・・・隣、空いてるか?」
何も言わずに楓が場所を詰めると景勝は僅かな隙間に踏み入り背中を壁に押し当てたままズルズルと力無くへたり込んだ。
部屋の片隅、膝を抱えて蹲る3匹の負け犬が声なき訴えで白露を、じーっと見つめている・・・どうしてこの人達はゲーム程度でこうも表情豊かになれるのだろう?と困惑する白露だが基本的に押しに弱い彼女の性格上、ここで引き下がれるわけもなく負け犬3匹の期待を一身に受け、遂に大将自らキャラクターセレクト画面に入る。
こうして福祉技研暫定王者ルドルフVSトゥルーランスの最終決戦が始まった。
"ROUND1STANDBY──GET SET──FIGHT!!" の掛け声で火蓋を切った第1試合。
まずは互いにフォートレス・ガード(いわゆるバリア)を張りながら空中に飛び、チキンガードと呼ばれるテクニックで間合いを取る。
その後もルドルフとトゥルーランスは必殺技を出そうとせず微妙な距離からチクチクと弱、中攻撃を繰り出す牽制合戦を展開する。
なんだか地味な戦いっぷりに負け犬1号ことフォシルは"なんで技を出さないのか?"と素朴な疑問を投げかける。
すると負け犬3号こと景勝は"この戦い・・・互いが技の限りを尽くしているのがわからないのか?"と意味深な答えを述べる。
そして3号は1号と2号にもわかるように鬼気迫る声で実況を開始する。
「上級者同士の戦いってヤツは一瞬の判断ミスで勝敗が決まっちまうくらいシビアな世界なんだ。モーションや隙の大きい必殺技を、やたらにばら撒いているとフォートレス・インパクトで返されたり無敵技に食われたりする。だからお互い敢えて隙のありそうな動きで相手を誘って、その先を読んで攻撃を置きに行ってるんだ。さっきから白露さんが珍しくフォートレス・インパクトをミスってるのはそう言う事」
「・・・?」
「わからないか?ならトゥルーランスの動きを見てな。ほら、白露さんの牽制を空中ダッシュで飛び越えて距離を詰めただろ?こんなチャンスを手にしたら空中から攻撃を仕掛けて攻め込みたくなるよな?だけどアレはフェイクだ。本当の狙いはフォートレス・インパクトをスカして地上投げを決めるのか、それとも詐欺飛びで固めに行くのか、それとも密着状態からの崩しを決めるのかの三択を迫る事・・・主導権を握られた以上、このラウンドは捨てだな」
まさかと思いつつも戦いを傍観しているとルドルフは無敵対空技で迎撃を狙い、まんまとトゥルーランスの術中に落ちてしまう。
ここに来て不沈の王者が初めて地を舐めた事に驚きを隠せない負け犬3匹はぞろぞろと彼女の周りに集まりだしこの戦いの行く末を食い入るように見つめ始めた。
続く第2試合、槍を用いたリーチの長い通常技で開始早々相手の行動を封殺したルドルフが攻め手に移る。
ダッシュキャンセルで間合いを詰め弱、中、強の通常技で固めながら間髪入れずに再度ダッシュキャンセルで間合いを詰める。
一切の反撃を許さない怒涛の攻めはまさに圧巻の一言。
「おぉっ!なんかアグレッシブだな!!」
「いや、素直に喜んでもいられない・・・攻め手が多いって事は、それだけ相手に"反撃のチャンス"を与えてるって事も同じだ。このゲームにはフォートレス・インパクトがあるのを忘れたか?」
その言葉通りルドルフのダッシュキャンセルに合わせてトゥルーランスがフォートレス・インパクトを発動させた。
絶え間なく攻め続ける為には先行入力と呼ばれるテクニックが必須であり、コマンド受け付け時間内に予め攻撃技などを入力しておくと現在の動作が終わった直後に先行入力分の技を繰り出す事ができるのだが、これを逆に言うならば一度先行入力してしまったコマンドを取り消すには、また別のコマンドを入力する以外に方法はなくゲームシステムの関係上それらを再入力できるタイミングは時間にして僅か1フレーム(0.016秒)。
最早人間がどうこうできるモノではない。
事あるごとに解説をしてくれる景勝のおかげでその一瞬のうちに何が起こったのかを理解したフォシルと楓が"あぁっ!"と声を荒げるが──
「・・・」
「これは・・・まさか相手がフォートレス・インパクトをしてくると見越してコマ投げを先行入力していたのか!?かなりリスキーだが、確かにフォートレス・インパクトは投げに対しては無力!!しかも発生から20フレームまでの間に対応できない攻撃を受けた場合は通常のカウンターヒットよりも仰け反り時間が長くなるデッドポイントカウンターが発生する上に、ここは壁際でドライブゲージも半分以上溜まっている。これならフルコンで8割、このラウンドは貰った!」
「おぉ・・・もうなんか、どっちを応援したらいいかがわかんない!白露が負けるところを見たいような、どこぞの馬の骨に手柄を取られたくないような」
至極の格闘エンターテイメントを観ているような白熱した展開にフォシルと楓は思わず息を飲む。
景勝の解説と共に牽制の奥深さや、なぜこのタイミングでこの技を出したのかなどを理解していくとますます試合が面白くなる。
その後、10フレームの駆け引きを制したルドルフが3ラウンド目を取って勝利に王手を掛ける。
いい流れを崩したくない彼女は大胆不敵に攻めながら時に駆け引きを拒否して不条理なほどスタイリッシュに攻め立てる。
そして中距離からルドルフの放った突進技を潰すべくトゥルーランスが飛び道具で迎撃しようとしたまさにその時、ゲージを使用した特殊キャンセルからの低空ダッシュで間合いを詰めると同時に相手の攻撃を飛び越えたルドルフが狙い澄ました渾身の一撃を放つ!
だが──
「・・・!!」
「えっ?今なにが・・・え、なに今の!?」
「ちょっ!?なんで攻撃してたハズの白露が逆にやられてんの!?景勝解説して!!」
「あぁ・・・今のはファルベ・デア・アンストをゼロキャンしてから最速低空ダッシュで奇襲をかける白露さんのテクも大概だったが、それよりも相手のやったオーバードライブ発生後の無敵時間を利用した受け流しが異常すぎるんだ・・・しかもそこからフルコン+オーバードライブで強化された分のαを叩き込んできたとなると、相手はコレを狙って発動させたとしか思えない。ハッキリ言ってこんなの人間業じゃねぇ」
油断も隙もなかったルドルフの猛攻を無理やりこじ開け解説者が息を飲むほどの超絶プレイで逆転の白星を挙げたトゥルーランスが4ラウンド目を制した。
だがしみじみとその瞬間を思い出してる余裕はない。
高鳴る鼓動に全身を震わせた白露の身体が極限の緊張感を物語る中、遂に迎えた最終ラウンド。
ここまで来ると二択、三択当たり前。
フォートレス・インパクトや投げ技小技もモーションを見てから回避するほどの集中力。
技と技、度胸と度胸、センスとセンスがぶつかり合う極限の戦場でルドルフは一瞬の虚を突かれダウンを奪われてしまった。
そこに迫るトゥルーランスの凶悪な三択。
寝っぱなら下段で拾われ、緊急受け身をとれば飛び道具でリバーサルを潰しつつ本体との2in1攻撃に襲われ、移動受け身をすれば必殺のスペクトルアウトでジ・エンド。
これ以上守りを固めても削りダメージでK.O必須の状況でルドルフはトゥルーランスとのラスト60フレーム、最後の駆け引きを決行。
ルドルフの取った行動は後転しながら体勢を立て直す移動受け身。
対するトゥルーランスは一瞬の画面硬直のあと、踏み込みの体勢をとり迅速の突進スペクトルアウトを繰り出した。
移動受け身は安全にその場から離脱する事ができる反面、移動終了直後の3フレームは完全な無防備となりそこに技レベルの高い突進技などを重ねられたら回避する術はない。
然しもの景勝もこの状況に嘘は付けず、胸の詰まる思いで敗北宣言にも近しい言葉を投げ捨て解説者として責務を果たした。
三択に読み負けたルドルフは最早敗北を待つだけの木偶人形・・・痴がましい事とはわかっていてもなにか労いの言葉を掛けずにはいられない負け犬3匹が口を開いた刹那、微かに白露は笑みを浮かべた。
次の瞬間、画面上では移動受け身を終えて動けないハズのルドルフが左手を突き出した攻撃モーションを取り、突っ込んできたトゥルーランスを捕まえるとそのまま槍に引っ掛け画面外へと放り投げた。
「えっ!?今度はどうなったの!?」
「景勝!!」
「これは・・・まさか先行分割入力か!?」
「それは一体・・・」
「相手がゲージ必殺技を発動させた時の暗転中、コッチは先行入力を受け付けない状態にある。だが暗転終了後にコマンドを入力しようとしても、この間合いじゃ到底間に合わない。そこで白露さんは相手がゲージ必殺技を使うと読んで移動受け身のコマンドとゲージ必殺技のコマンドを暗転前に予め分割入力していたんだ。さらに言えば移動終了後の3フレームはゲージ必殺技でのみ、その硬直をキャンセルできなおかつ最速フレームで技を出す事ができる。つまりあの一瞬のうちに白露さんは相手に対して逆二択を仕掛けていたってわけだ。そしてこのゲームは暗転と無敵時間の関係上ゲージ必殺技を同時に出した場合、相当な組み合わせでもない限り、かなりの確率で後出しが勝つ。しかも相手のスペクトルアウトは突進技、対してルドルフのドゥフト・フォン・ドゥームズデイは発生してからの5フレームは完全無敵のコマ投げ。相性は完璧だ」
天高く打ち上げたトゥルーランスを空中で捕まえ、必殺の決めゼリフを唱えながら炎を纏ったルドルフが地面諸共トゥルーランスを串刺しにして派手な爆発演出と共に堂々と"RUDOLPH WIN"の文字が表示される。
まさに死の淵からの生還、絶望からの大逆転。
一瞬の沈黙を経て負け犬3匹が大歓声を轟かせながら白露に絡み付く。
「白露ぉ!!アンタどんだけエンターテイナーなんだよ!なんだよこの逆転劇!変なドラマよりドラマがあったぞ!!」
「・・・♪」
こうして謎の挑戦者との戦いは3対2で白露の勝利に終わり、揺るぎなき絶対王者を讃えるべく楓主催で喜びのプチパーティーが開催された。
翌日の4月21日。
2週間に1回のチェックを終えたアーティのデータを不思議そうな表情で見つめる銑十郎は右手の中指と人差し指で左頬をなぞりながら何度も何度も首を傾げていた。
"もしかして源以がやったのか?"と思いナノマシンリンクで本人に直接データを転送しながら問い掛ける。
「アーティの中に"コレ"を入れたのはお前か?」
「いや、知らんな。そもそもアーティが学習型のAIを搭載している事を考えれば、おそらくコレはフォシル君や湊君と接している内に自然と学習したモノ。なんの役に立つとも思えんが残しておきたまえ」
「まぁ・・・そうだな。人格の再生成を行う過程で生まれた無用の副産物程度に思っておこう」
特に害もないだろうと判断した源以と銑十郎はこのデータを削除せず、学習型AIの途中経過を知る為のモノと割り切って残しておく事にした。
準戦闘型のアーティに記録されていたソレが対戦格闘ゲームをプレイする為のメインデータである事には些かならず疑問は尽きないが・・・。