第一章「101号室は世界で最も危険かつ平和な聖域である」
最強の公務員は、深夜のファミレスでメロンソーダを飲みたい(迷惑チートは物理BANします)
深夜二時。
ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大勢力が国境を接する緩衝地帯——特務自治区ポポロ村。
表向きはのどかな農村だが、裏では各国の軍人や冒険者が入り乱れ、地下にはドワーフの地下帝国が広がる、大陸屈指の「魔境」である。
だが、そんな魔境の夜は、信じられないほど静かで平和だった。
「ふぅ……」
ポポロ村のメインストリートに煌々と輝く看板、『ルナミスキング(通称ルナキン)・ポポロ支店』。
その窓際のボックス席で、俺——相馬一臣は、グラスに入ったメロンソーダをストローで啜りながら、深く、深く安堵の息を吐き出していた。
24時間営業の異世界ファミレス。
タローマン製の汚れが目立たない黒のセットアップスーツに身を包んだ俺は、ノートパソコン代わりの『エンジェルすまーとふぉん』を叩き、今日の業務報告書を作成している。
大宇宙管理局、カスタマーハラスメント部。
それが俺の所属部署だ。
給料は月額三十万円(手取り二十四万ちょい)。世界を創造する世界神ルチアナ(給料二十五万)より微妙に高いせいで、給料日のたびに駄女神から嫌味を言われるが、俺から言わせればこの「カスハラ危険手当」すら安すぎるくらいだ。
この世界には、神々から与えられた「チートスキル」を振りかざし、世界のバグとして暴れ回る勘違い野郎が多すぎる。
俺の仕事は、そういう「理不尽なモンスタークレーマー」を、世界の利用規約に則って処理することだ。
「よし、報告書完了。メロンソーダのおかわりをもらって、帰って寝るか」
グラスを手に持ち、ドリンクバーへと立ち上がろうとした、その時だった。
——ドガァァァァンッ!!
ファミレスの魔導自動ドアが、けたたましい爆音と共に吹き飛ばされた。
ガラスの破片が店内に散乱し、深夜の静寂を楽しんでいた数名の客(非番の獣人兵や魔族の商人たち)が、一斉に武器に手を伸ばす。
「ヒャッハー! ここは今日から俺様の城だ! NPC共、全員ひざまずけぇっ!!」
土足で踏み込んできたのは、無駄に装飾の多い聖騎士風の鎧を着た、金髪の若い男だった。
手には不気味な紅蓮の炎が渦巻いている。
「俺は炎上神ワイズ様から『絶対爆炎』のチートをもらった選ばれし主人公だ! おいそこのウェイトレス! 一番美味いメシと、お前自身を俺のテーブルに運んでこい!」
男は下品な笑い声を上げながら、見せしめとばかりに炎の弾を放ち、無人のテーブルを黒焦げの炭に変えた。
深夜シフトのアルバイト店員が、悲鳴を上げて腰を抜かしている。
周囲の客たちは、男から放たれる異常な魔力とチートの気配に圧倒され、動けないでいた。
無理もない。神から直接与えられた規格外の能力。常識的な闘気や魔法では、絶対に太刀打ちできないからだ。
だが。
「……あのさ」
俺は、手元の空のグラスを見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。
「あんたのしょうもない自己紹介のせいで、俺のメロンソーダのおかわりが行けなくなったんだけど」
「あぁん?」
金髪のチート男が、面倒くさそうに俺を振り返る。
そして、ニヤリと鼻で笑った。
「なんだテメェ? ステータス偽装もしてねぇのか。レベル1の『ただの人間』じゃねぇか。モブが俺様に歯向かうとどうなるか、その身で教えてやるよ!!」
男の右手に、ファミレスの天井を焦がすほどの巨大な炎の球が圧縮されていく。
撃ち込まれれば、店ごと吹き飛ぶ熱量だ。
だが、俺は焦ることもなく、ポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、画面を数回タップした。
「大宇宙管理局カスハラ部、特務執行官の相馬だ。——対象の身元およびスキル発動を確認」
「死ねやぁぁぁっ!!」
男が特大の炎を放とうと腕を振り下ろした、その瞬間。
「当世界線の利用規約第4条、『理不尽な暴力による他者の尊厳毀損および神格権限の不正利用』に該当。——よって、お前のチート能力はこれより三十分間、強制執行停止(アカウント凍結)とする」
俺が冷たく告げた言葉——ユニークスキル【規約執行】が発動した。
「喰らえ絶対爆——え?」
シュボッ。
男の手に宿っていた圧倒的な炎が、まるでガス欠のライターのように、情けない音を立てて完全に消滅した。
店内に満ちていた魔力も、男のステータスも、すべてが「一時利用停止」状態に陥る。
「は? え? 炎? 俺のチート!? なんで出ねぇんだよ!?」
「当たり前だろ。規約違反でBANされたんだから」
パニックに陥り、自分の両手を見つめる男。
俺はその隙を見逃さず、一歩で男の懐へと踏み込んだ。
魔法も闘気も使わない。
ただの現代で培った、実践的な合気柔術とマリーシア(ずる賢さ)の応用だ。
俺は男の右腕を掴むと、一切の無駄な力を省いた完璧な重心移動で、その腕を背中側へと捻り上げた。
「ガァッ!?」
「自動車学校にも通わずにフェラーリ(チート)に乗るから、こうやってガス欠になった時に自分の足で立てなくなるんだよ」
メキョッ、と肩の関節が嫌な音を立てる。
男が痛みに悲鳴を上げようとした口を、そのまま近くのテーブルの角へと容赦なく叩きつけた。
「アッ、グェ……ッ!?」
チートによる身体強化すら失ったただの素人が、俺の制圧格闘術に耐えられるはずがない。
男は鼻血を吹き出し、白目を剥いて、ファミレスの床へと崩れ落ちた。
「……ふぅ。制圧完了。営業妨害の現行犯逮捕だ」
俺がスーツの袖を払いながら息を吐くと、
「いやぁ、相馬はん。今日も派手にやりましたなぁ」
と、コテコテの関西弁が背後から響いた。
振り返ると、煙管を吹かしながら、豪勢な和装を着崩した猫耳族の青年が立っていた。
ゴルド商会所属、ポポロ村の財務顧問を務めるニャングルだ。
「……ニャングル。ちょうどいい、こいつの回収を頼む」
「毎度ありですわ。ドアの修理費、テーブルの弁償代、それに店員さんへの精神的慰謝料……チト足りまへんなぁ」
ニャングルは手元の魔導算盤をパチパチと弾きながら、床に倒れる男を見下ろしてニチャァと笑った。
「こいつの身柄、ウチで買い取らせてもらいまっさ。マグローザ漁船にドナドナするか、ドンガン地下帝国の最下層で五十年間ツルハシ振らせるか……きっちり『地下労働』で儲けさせていただきますわ」
「好きにしろ。手続きはあとでスマホに送っておいてくれ」
俺はドリンクバーの代金をQR決済で済ませると、ため息をついて店を出た。
深夜の冷たい空気が、少しだけ疲れた頭を冷やしてくれる。
(……やれやれ。月給三十万で、なんで俺がこんな宇宙規模のクレーム処理をさせられてるんだか)
だがまあ、仕事は終わった。
あとは、俺が借りている安アパート——『ポポロ・コーポ101号室』に帰り、誰にも邪魔されずに泥のように眠るだけだ。
あそこは脱いだ服や通販の段ボールが散乱する完全な汚部屋だが、俺にとっては唯一の「誰にも邪魔されない平和な絶対聖域」なのだから。
……この時の俺は、まだ知らなかった。
その「絶対聖域」の鍵が、すでに“ヤバい奴ら”によってこじ開けられていることなど。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「理不尽なチート野郎を、規約違反で物理的にボコボコにする公務員、ちょっとスカッとした!」
「ファミレスでクレーム処理(物理)する主人公、なんか良いな!」
「続きの『汚部屋での展開』が気になる!」
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次回第2話、
『合鍵を勝手に錬成するヤンデレ村長が、俺の汚部屋をピカピカにして待っていた件』
に続きます! 引き続きよろしくお願いいたします!




