第7話 彼女の「好き」ももっと教えてもらえるかな
「じゃあ今度は私からね。千種君は、海外旅行ってしたことある?」
「ないけど、みなみさんは?」
「私もないわ」
ないんかい。
「食品サンプルって、日本だとどこにでもあるでしょ。でも、海外では韓国と中国で最近広まってきたくらいなの」
「じゃあ、スパゲッティのフォークが宙に浮いているのって、イタリアにないんだ」
「そうよ。カレーと一緒に食べるナンの本物みたいに見えるやつも、インドにないのよ」
「みなみさんは、ナンでも知っているんだね」
「ナンでもは知らないわよ。知ってることだけ」
お、今の僕のパス、上手に受けてくれた。
ちょっと古いネタだから、流されるかと思った。
みなみさんと話をするのは楽しい。
彼女もそう思っていたらいいけど。
「食品サンプルの起源っていろいろ説があるみたいだけど、郡上八幡出身の岩崎龍三さんって人が事業化に成功したの。岩崎さんはここに工場も建てたので、郡上八幡は食品サンプルのふるさとって言われているんだ」
また彼女の目が輝いている。
「千種君はさっきどうしてうちの工房に来たの?」
「観光案内所でもらったパンフレットに書いてあったから」
「最初から知っていたんじゃないの?」
「うん、なんかごめん」
「いいわ。名古屋に帰ったら回りの人に、郡上八幡の食品サンプルのこと、うちの工房のことを宣伝してね」
お、やっと布教っぽくなった。
「私ね、高校卒業したら世界を回りたいの。そして食品サンプルを世界に広めたいの」
卒業後に世界を回るって、さっきのネタの、何でも知ってる羽川さんみたいだ。
いや、そこじゃない。
そんな夢を持っていること彼女がまぶしかった。
それから僕のことも話をした。
彼女が郡上八幡の話をするなら、僕は名古屋の話だ。
彼女は名古屋は何度も来たことがあるらしく、何を話したらよいか迷ったけど、幸い僕の家は、ナゴヤドームの近くだ。
ナゴヤドームには、クイーン(正確にはクイーン+ポール・ロジャースとクイーン+アダム・ランバートだけど)、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズという、イギリスが誇る三大アーティストが来ているんだ。
そんな自慢(?)をしたら通じたのには驚いた。
僕が実際に観たのは、親に連れていってもらったおととしのクイーン+アダム・ランバートだけだけど、それでも十分にうらやましがられた。
過去の来演アーティストを自慢しても、名古屋の魅力のアピールになるかは我ながら疑問だが、彼女が洋楽を聴くことを知ることができたのも収穫だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
あたりが暗くなってきた。
お祭りの雰囲気は出てきたけど、もうすぐ6時だ。
「そろそろ行かないと」
「残念だけど、次の8時15分のだと、美濃太田が9時33分。名古屋に着くのは11時くらいになるね。さすがに引きとめられないわ」
みなみさん、最後まで安定の長良川鉄道ファンだ。
「郡上八幡、また来るよ」
「でも、名古屋から郡上八幡って、そうそう来られないんじゃない」
「確かに、往復で5,000円近くかかるからね。高校生にはちょっときついかも」
「じゃあ、美濃太田なら?」
「美濃太田?」
「さっき言ったでしょ。おばあちゃんちがあるからよく行くの。美濃加茂市もいいところよ。いろいろ案内したいわ」
「『のうりん』の聖地もあるね。でも、それじゃ、郡上八幡じゃないし、長良川鉄道にも乗れないよ」
「私が乗れるからいいの」
僕も乗りたいな。
「最後に豆知識。美濃加茂市の中心にあるのに美濃太田駅なのは、駅ができたときは太田町で、その後の合併で美濃加茂市ができたからなの」
今日はとことん勉強になりました。
「美濃太田まで来たら、少しずつ少しずつ長良川鉄道に乗ってもらって、そのうちに郡上八幡まで来るのが当たり前にする策略よ」
「北濃まで行かなくていいの?」
「最後に一本取られたね」
手を振る彼女に見送られて、宗祇水をあとに僕は駅に向かった。
いろんな「好き」や夢を持っている彼女に会えて、今日は本当によかった。
次に彼女に会うときまでには、僕も「好き」や夢を語れるようにしたい。
そうしたら、彼女の「好き」ももっと教えてもらえるかな。
そしていつか、「好き」に別の意味も・・・。
彼女と知り合えて、そんな目標ができた。
もしかしたら、この夏休みは僕にとってなかなかの夏休みになったのかもしれない。




