第6話 恐いからこそ、楽しいし、好き
「さ、あんまり時間ないでしょ。あそこのベンチに座りましょ」
僕は事情がよく飲み込めないまま、彼女に促されて、近くのベンチに二人で座る。
「なんかよくわからないって顔してるわね。そうね、これは布教って思ってもらえばいいわ」
「布教?」
「私ね、生まれ育ったこの郡上八幡って街が大好きなの。川も、水路も、おどりも、長良川鉄道も、食品サンプルも。そして、家族も、友達も、街のみんなも。だから、ここを訪れた人には、この街を大好きになって帰ってもらいたいの」
「じゃあ僕は、その布教対象に選ばれたって訳だ」
まあ、それでもこうしてお話しができるんだから、それでよしとするか。
「(誰でもいいって訳じゃないけど)」
「え、なんか言った?」
「ううん、それより、今更だけど、自己紹介ね。私は市橋みなみ、高校1年っていうのはさっき工房で言ったわね」
「僕は関口千種。同じ高校1年っていうのは僕も言ったね」
「どう、この街。気に入ってくれた?」
「うん、いい街だと思うけど、まず僕から質問させてもらっていいかな」
布教してもらうのもいいけれど、聞きたいことがたくさんある。
「いいわよ」
「まずは美濃太田駅でのこと。市橋さんは、いつも切符売り場であんな風に声をかけたりするの?」
「みなみでいいわ。そうね、あのときは、なんとか往復乗ってもらおうと、つい声をかけてしまったって感じかな。千種君が、声をかけやすそうだったからっていうのもあるけど」
いきなり千種君呼び?
それに、声をかけやすそうって、どう考えたらいいんだろう?
「次は、みなみさんは、長良川鉄道のダイヤが頭に入っているの?」
「え、地元の鉄道のダイヤって頭に入っているもんじゃないの?千種君は?」
「いつも使っているのは名古屋の地下鉄だから、ダイヤって気にしたことないなあ」
「こっちは一本乗り遅れたら大変だからね」
それでも、普通頭には入らないと思うけど。
「じゃあ次。長良川鉄道から見る景色ってとってもよかったけど、地元の人も景色って見るの?」
「みんながみんなじゃないと思うけど、景色っていつも同じじゃないから、私は景色見ているの楽しいよ。千種君は普段見ていないの?」
「地下鉄だから・・・」
たまに中央線や東海道線にも乗るけど、街中の景色って年中変わらないからなあ。
「確かに地下鉄じゃね」
「景色を解説してもらっていたら、もっと楽しかったかも」
あ、少し口が滑ったかな。
「本当?実は列車のなかで、ちょっとへこんでいたの」
「どうして?」
「駅で見ず知らずの人にあんなに力説しちゃって、痛い子だと思われたかなって?」
「痛いなんてそんな。どんだけ長良川鉄道が好きなんだとは思ったけど」
「うん、好きよ。大切な地元の『足』ってこともあるけど、景色はいいし、観光列車も走っているし、郡上八幡駅も素敵でしょ?」
そう力説する彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
「今日は美濃太田駅近くのおばあちゃんちに行ってたの。おばあちゃんの顔を見られて、長良川鉄道にも乗れて、いいことずくめでしょ」
好きなものを語れるって素晴らしいな。
もっと彼女の「好き」を聞いてみたい。
「また僕からの質問で悪いけど、あの橋の上で何をしていたの。あそこから若い子が飛び込むのはわかったけど」
「布教するどころか、私が聞かれてばかりね。そうね、あのときは『復習』かな」
復習?
「ここの子は、小さい頃から川で遊ぶの。街の中にいろいろ水路が流れていたでしょ。ここでは『水』が身近かなの。夏に川で遊ぶのは普通のことだし、気が付いたら、川に飛び込んでいた感じね」
「水がきれいなのはうらやましいよ。僕んちの近くに水路なんてないし、川はあるけど、川に入っては遊ばないもんなあ。それで、復習って?」
「私ね、この夏にやっと新橋から飛べたの。恐かったけど、『やった!』って感じね」
「飛べたなら、どうして復習が必要なの?」
「この夏もそろそろ終わりだから、飛べたイメージをしっかり、記憶に刻みこんでおこうと思ったんだ」
「それは、もう恐くはないようにってこと?」
「ちょっと違うわね。恐いからこそ、楽しいし、好きなんだ。その気持ちをきちんと来年の夏まで忘れないでいたいの」
恐いからこそ、楽しいし、好き。
そういう感覚は新鮮だ。




