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死にたがり魔族の逃避行  作者: 米奏よぞら
第四章(セイント=ティア編)

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42.エピローグ

 ルーカスが黒魔法の呪いから解放されて10日ほどが経った。

 テオドールたちは昨日の夕方ようやくカディオ邸に到着し、フェリクスから手厚い歓迎を受けた。


 愛息子の「ただいま」という言葉にアイスブルーの瞳を潤ませた彼は、それから上機嫌に豪華で温かい食事を用意した部屋へと案内してくれた。


 ここでは専属護衛であるアイザックも同じテーブルにつくのが日常らしい。

 ようやく再会を果たすことができたフェリクスと、カディオ邸へ至るまでの旅路で仲直りをしたアイザック。

 彼らと食事をともにするルーカスの表情は生き生きとしていて、終始笑顔が絶えなかった。


 恐れ多くも、フェリクスからは頭を下げて感謝の言葉を伝えられた。


 彼は勇者という身分であるがゆえに、アイザックのように身軽に行動することができなかったこと。

 しかし息子のためになにもできない自分の無力さをもどかしく思い、いっそ勇者をやめてやろうと本気で考えていたこと。

 それに気づいたアイザックや国王に必死に説得され、王都でルーカスたちの帰還を待ち焦がれていたこと。


 冷徹無慈悲と恐れられる英雄は、やはり重度の親バカだったようだ。

 そして彼の息子の旅に同行していたテオドールには深く感謝している……らしい。


 遠慮するテオドールには立派な部屋が与えられ、正直とても気が引けてしまった。

 こちとら貧乏生活が当たり前で生きてきたせいで、大きな部屋にいると落ち着かないのだ。


 キングサイズのふかふかベッドで寝るのも気後れして、結局部屋の隅に置かれていたカウチの上で眠れぬ一夜を過ごした。

 もちろんそのカウチも高級な代物で、少し前のテオドールならすぐに寝落ちできていたはずだ。

 でも、ここに辿り着いてから少年の心には大きな不安が居座っているのだ。


 大きな窓枠に頬杖をつき、ぼんやりと外の景色を眺める。

 その部屋からはフェリクスたちの訓練場と化している広大な庭を見渡すことができた。

 花壇などはなく、どこまでも青々とした短い芝生が広がっていて、実に殺風景だ。

 だが、寝不足な頭がそこになにか思うことはなかった。


(朝食の準備ができる前にここから出て行った方がいいのか……? フェリクス様やアイザック様にはちゃんとお礼を言うとして、ルーカスには――――)


 今まで一緒に行動していた青年には、なにを言えばいいのだろう。


 これまでのお礼だけでいいわけがない。

 テオドールとしても伝えたいことは沢山あるはずなのに。

 それらは心の底に沈殿して、喉元まで上がってくる気配がなかった。


(俺の役目は終わったんだから、早くルーカスの傍から離れなきゃいけないのに)


 内側でぐるぐると渦巻いている感情の名前を、テオドールは知っている。

 見て見ぬふりをすることはできないし、否定するつもりもない。

 それはこれまで二人で築き上げてきた関係をなかったことにすることと同義だから。


 ふぅ、と小さく溜息をついた時――――



「テオドール」


 突然背後から声がして、ビクッと身体が反応する。

 それは不意打ちに驚いたからだけではない。


 耳馴染みのいい、優しい声質。

 その持ち主を間違えるはずがない。


 おそるおそる振り向くと、そこには申し訳なさそうな顔をしたルーカスがいた。


「ごめん、そんなに驚くとは思わなくて」


「……ノックくらいしてくださいよ」


「したけど、返事がなかったから」


 彼の言葉に、テオドールはわずかに目を瞠る。

 ノックの音に気づかないほどボーっとしていたのか。


 慌てて謝罪の言葉を口にすると、ルーカスはほのかな微笑みを返してくる。


 それから彼はふと窓の外に視線を向ける。

 その横顔は何度も見てきたはずだが、幸せそうな空気が漂っているせいか、どこか別人のもののように見えた。


「……ハッピーエンド、ですね」


 ぽつりと呟くと、ルーカスは一瞬驚いたような顔をしたあと、はにかんだような笑みを浮かべる。

 その表情を見ると、不思議とモヤモヤした気持ちが晴れていくような気がした。


 黒魔法の解呪をすると命を落とすと言われていたマディだが、あれからしばらくすると意識を取り戻したのだ。

 これには解呪の代償の話を知っていた者たちは皆驚いたし、すごく安心した。

 とはいえ、その理由には皆目見当がつかなかったので、ルーカスが封魔の書に問いかけた。

 すると、黒い瞳をもつマディには元々黒魔法に対する耐性が備わっており、解呪にあたって余命ほどの大きな代償は必要としないということが分かった。


『なんで、もっと早く教えてくれなかったの?』


[ふん、聞かれておらぬことは答えるわけがなかろう]


『このポンコツ魔法書ッ、今すぐ燃やしてやる!』


 そう言って珍しく怒りを顕わにするルーカスを鎮めるのには大変苦労した。

 普段温厚なタイプの人物ほど、怒りの沸点に達すると手が付けられなくなるというのは本当のことらしい。


 なにはともあれ、マディは無事だった。

 彼女はこれからもセイント=ティアで解呪の仕事を請け負うと言っていた。

 たとえ寿命を削る行為でも、誰かの役に立ちたいと。

 実にルーカスの母親らしい理由である。


 そしてリアも引き続き彼女のもとで補助の役割を担うようだ。

 この話にはルーカスだけがちょっと不満そうな顔をしていた。

 久しぶりにデートをしようと誘う彼を軽くあしらっていた彼女だが、別れ際には彼の頬に不意打ちの口づけをしていた。これに対してルーカスは一瞬で顔を紅潮させ、心底嬉しそうに、でも照れ臭そうに微笑んでいた。

 案外お似合いのカップルなのかもしれない。


 リアにデレデレしていたルーカスの顔を思い出すと、自然と笑いがこみあげそうになる。

 しかしそんな少年を不思議そうに見つめる彼を見て、コホンとわざとらしく咳払いをして気持ちを整える。


「二度と、『死にたい』なんて言っちゃダメですからね?」


「……分かってるよ」


 小さな子供に言い聞かせるように言うと、ルーカスはバツの悪そうな表情を浮かべて小さく頷く。そして気まずい空気を変えるように、違う話題を口にした。


「テオドールはこれからどうするの?」


「村に戻って、静かに暮らしますよ!」


 ルーカスを安心させるために明るく答えると、彼は驚いたような顔をする。

 これ以上彼の人生に干渉するつもりはないから大丈夫だと伝えたつもりだったのだが。

 予想外の反応にテオドールは困惑する。


「魔法使いにならないの?」


「魔法学校を卒業しないと、魔法使いにはなれないんですよ。俺にそんなお金はありません」


「……僕の弟になるっていうのはどうかな?」


「へ……?」


(ボクノオトウト……僕ノオトウト……僕のオトウト……僕の弟……。僕の弟!?)


 なぜ魔法使いになるならないの話から、ルーカスの弟になるという話が出てきたのか。

 さりげない提案のような顔をしているが、明らかに流れがおかしい。


(しかも弟って……)


 あまりの急展開に、思考の整理が追いつかない。

 確かにルーカスと気軽に会えなくなるのは寂しいなとは思っていたが。

 弟ということは、つまり家族になろうということだ。


(新手のプロポーズ!?)


 混乱しすぎて、ついそんなことを考えてしまう。

 流石に冗談かと思いルーカスを見るが、彼は至って真面目な顔で言葉を続ける。


「この前カディオ邸に帰ってきた時、フェリクスに頼んでおいたんだ。この旅が終わったら、テオドールを養子として家族に迎えてほしいって」


「なんで、そんなこと」


「……魔法使いになりたいっていう、テオドールの夢を応援したくて」


 きっとそれも理由の一つにあるのだろう。

 けれど、その少しの間にはそれ以上の理由がこめられている気がした。


 この長い旅路でテオドールがルーカスの弱さを知ったように、ルーカスもテオドールの弱さに気づいていたのかもしれない。

 そして、テオドールを新しい家族として迎えようという結論に至ったのだろう。


 随分強引で極端な考えな上、テオドール本人の意思を一度も確認していないところはいかがなものかと思う。

 しかも提案の体を装っているが、既にフェリクスの許可を得ているあたり、テオドールの拒否権はないものに等しい。


 なにも言わないテオドールを提案を受け入れたものとして捉えたのか、ルーカスがにやりと笑う。


「これからはルーカス兄上かルカ兄って呼んでね?」


「……ルーカスなんて、ルーカスくらいがちょうどいいんですよ」


 いつもの調子で言おうとするが、自分の口から出た声は思いのほか弱々しかった。

 そこには喜びの感情が表れているようで、どうしようもないほどの羞恥心に襲われる。


「あ、ありがとうございます……」


 熱くなっている頬を両手で押さえながら、感謝の気持ちを伝える。

 するとルーカスは満足そうな、心の底から嬉しそうな表情を浮かべた。

 それは見る者すべてが幸せな気持ちになりそうなほど、温かい笑顔だった。




 ふと思い出されたのは、彼と初めて言葉を交わしたあの日の光景。

 小さな窓から差し込む日光を羨ましそうに見つめていた彼の横顔。

 翳った黒い瞳には、ほのかな希望すら映っていなかった。



『ルーカスは、どうして一人旅をしているんですか?』


『…………ルーカス・カディオとして死ぬため、かな』


 ――――大切な存在を守るために、死を望んでいた青年が。



『君を仲間として、信用することはできないよ』


 ――――そう言って、テオドールを自分から遠ざけようとしていた青年が。



 母親譲りのお節介精神で助けたいと思った、魔族の青年。

 彼は、世界で一番優しい男だった。

 優しすぎるゆえに、あらゆるものから逃げ続けていた。


 テオドールは、そんな彼の隣にいただけだ。

 そして、知らず知らずのうちに彼に救われる側になっていた。


 独りは、こわい。

 でも、独りじゃないのなら。

 自分の弱さを理解してくれる誰かがいてくれるのなら。

 少年にこわいものはない気がした。


 彼らの生きる世界は、そこまで冷たくないものだと知ることができたから。




 ――――これは、残酷な運命に翻弄された二人が出会い、互いに支え合い、救った物語だ。






最後までお読みくださり、誠にありがとうございました!!!

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