39.問.臨海学校前に起こる不穏な予兆とは?
チャイムの音と同時にテストの答案用紙が回収される。
今回はまずまずの結果。これはドンピシャ真ん中の順位を狙えちゃうんじゃないだろうか。
それにしても結局勉強会とはなんだったんだろうか。
コンビニから帰った後、より一層バチバチと火花を散らすアイルと水ノ下の間で集中できるわけもなく、予定の半分も勉強できなかった。
貴一はまなみちゃんと乳繰り合いながら遊び始めるし、野原もその流れに乗るようにどうでもいいクイズ大会を始めた。
結局テスト勉強というものは一人でやるもので、みんなとやるものではないと再認識させられただけである。
テストが終了し、残るは夏休みを待つだけと言いたいところだが、俺たち2年生は夏休み前の面倒くさいイベント『臨海学校』が待ち受けている。
臨海学校は2泊3日で海に行って地引網やら水難救助訓練、水族館の見学などが行われる。メインイベントとなるのは肝試しという名のくだらない夜の散歩。
修学旅行と並ぶリア充による、リア充のためのイベントであり、俺にとっては1日目でホームシックになりそうなほど行きたくない学校行事だ。
しかも東京湾に面している俺たちの区は海など見慣れた人間が多いのにわざわざ房総半島まで行ってやるのだから理解不能である。
「みんな、テストお疲れ〜。んじゃ、臨海学校の班決めるから委員長よろしく〜」
ホームルームが始まると赤ちゃんは教卓にお手製の真っ赤なくじ引き箱を置いて委員長に指揮を引き継いだ。
どうでもいいことだが、黒文字で紙鬮と書かれた血のように赤い箱は不吉な予感を感じさせる。
「それじゃあ、左の席の猪瀬くんから引いて行ってください」
みんなが順番にくじを引いてく最中、隣の席にいるアイルは手を組み、ギリギリと歯を噛み締めて何やら祈っている。
そして俺の番がきて、そそくさと前に出るとくじを引いた。
結果、俺はC班となり、班員は野原、木場、猪瀬、桜子さん、委員長、原木律子、そしてアイルと水ノ下というメンバーになった。
なんだか先行き不安なメンバーである。
各班ごとに集まると早速役割分担を決めていく。
「それじゃ、まず班長から決めていこうか」
そう言って音頭をとったのは野原だった。
「野原くんでいいんじゃない?」
「アイルちゃんの言う通り野原でいいんじゃね?」
「そ、そんなんでいいのか? 委員長もいるし、美織ちゃんだっているだろ? 他のみんなはどう思う?」
そんなんでいいのだ野原よ。だいたい壊れたおもちゃのように騒がしい木場をコントロールできるのはお前だけだしな。
みんな無言で頷くと野原は「そ、そうか」と言って用紙の班長欄に自分の名前を書いた。
その後も滞りなく役割は決められていく。
俺と地味系グループの一人である猪瀬は記録・雑用係というなんともお似合いの任務を与えられた。
そんな中、大いにはしゃいでいるのが、普段は女子の運動部グループに属している原木律子だ。
年中黒肌のポニーテールが似合うスポーツ系女子である。
「ねぇねぇ、うちらの班で肝試しのお化け役やろうよ! 普通に参加するより、そっちのほうが面白いっしょ! 野原くんどう思う?」
「まあみんなが良ければいいけど、みんなはどうかな?」
クラスごとに行われる肝試しは1班だけ、お化け係を担当することになる。
もちろん仮装をする衣装や道具はその班が責任をもって用意しなければならない。
ぶっちゃけ強制労働を強いられる損な役回りだ。
「んーまあ私はそれでもいいけど」
「えーっ、アイルやるの? あたしそうゆうの面倒くさい」
ナイス桜子さん。
俺も面倒くさいしやりたくない。
それに俺が脅かしたところで変に遠慮してしまって怖くもなんともないだろう。
「チッ、マンドリル。アイルちゃんが言ってるんだからやれよ」
「うっせよ木場。じゃあ準備あんたが全部やりなよ」
「はぁ? 俺部活あるし、そんな暇ねーつの」
「まあまあ二人とも。衣装や道具を準備するのは大変だろうけど、そこはみんなでカバーしていこうよ」
野原は睨めつけ合う木場と桜子さんの間に入ると、俺達に言い聞かせるように言った。
なんで野原はやる方向で動いているんだ?
班長がそう言ってしまったらすでにやることが確定してしまうだろ。
人となるべく接すると決めた俺はここで勇気を振り絞って声を上げる。
「あの……さ。俺はどっちかというと参加者として肝試しをやってみたいんだけど」
「えっと空渡くんだっけ? 絶対お化け役のほうが楽しいよ! それになかなかお化け役とかできないんだよ! やろうよ」
「は、はぁ……」
原木はかなりお化け役をやりたいようだ。
死んだらきっとお化けになれるよッ☆ なんて言えるわけもなく俺は白けた目で彼女を見た。
結局原木のゴリ押しと野原の説得で俺達の班はお化け役に立候補することとなった。
「えー、肝試しのお化け役だけどC班とD班が立候補した。どうやって決めようか?」
「先生! 絶対D班より私達がやったほうが面白いよ!」
手を挙げてそう断言したのは原木。
「はぁ? なんでそう言い切れるわけ?」
キレた様子でD班の女子が反論する。
確かこの女は原木といつも一緒にいるグループの奴だ。
不穏な空気が教室を漂う。
「はいはい落ち着け。先生としてはちゃんと責任を持ってやってくれればそれでいい。二班ともやる気十分とみて、ここはひとつじゃんけんで決めよう」
赤ちゃんの提案の結果、お化け役は俺達とC班となってしまった。
☆
翌日から俺達の班は肝試しで使う衣装や道具作りを始めた。
しかも張り切る原木のワガママで一から手作りするハメになってしまったのだ。
時間もないのだから全部激安の殿堂ホン·キホーテ様で買い揃えればいいものを。
ちなみに俺は今、猪瀬と一緒にせっせと藁人形を製作中だ。
「ねえねえ、アイルちゃんどんな格好する?」
原木は手に持ったシャーペンをクルクルと回しながらアイルに尋ねる。
「んー私は血塗りナースとかかな」
「おーいいね! アイルちゃん似合いそう♪ 美織ちゃんは着物とか似合いそうだよね♪」
「着物かあ。でも作るの間に合うかな?」
「大丈夫大丈夫♪ 私も手伝うから」
テンション高く接してくる原木にアイルと水ノ下はどことなくたどたどしい。
そんな原木の様子に桜子さんは首を傾げて見つめていた。
「そーいうけどさ、あんたテニス部のほうは大丈夫なの?」
「あ、ああ。もう辞めようと思ってるから大丈夫」
「えっ? や、やめるの? なんかあったん?」
「いや、別に……」
そう言ってバツが悪そうに答えた原木。
なんとも言えない気不味い雰囲気が俺の方まで伝わってくる。
女子同士のいざこざによる暗部がうっすらと透けて見えてくるようだ。
そこにガラリと扉を開いて入ってきたのは原木と同じグループに属していたD班の女子だった。
「ふーん、部活休むためにあんなに熱心にお化け役やりたがってたんだ」
「……別にあゆみにそんなこと言われたくないんだけど」
「そっ。まっ、どうでいいけど。良かったじゃん憧れの輪に入れて」
原木を睨めつけながら教室を後にした彼女の名は中山あゆみ。
ゆるふわパーマの活発系女子だ。
テニスウェアを着ていたので原木と同じテニス部なのだろう。
剣呑な雰囲気に俺はゴクリと息を呑んだが、その後やって来た野原と木場によってひとまず雰囲気はもとに戻った。
☆
下校時刻となり野原、木場、水ノ下、原木は材料の買い出しに行くとのことで、俺とアイル、委員長と猪瀬はそれぞれ家路についた。
「なんか修羅場だったね」
「お前が修羅場を語るなよ」
「う、うっさい。確かに美織とはその色々あるけどさ……。でもりっちゃんとあゆみって仲良かったのにな」
「まあ仲が良くても喧嘩することくらいあるだろ。むしろ仲がいいから起こる問題もあるんじゃないの。お前は桜子さんと喧嘩したことないのか?」
「桜子とはないかな? お互い言いたいこと言えるし、ストレス貯まらないからね」
確かにアイルと桜子さんは多少似ている部分もあって、割と遠慮しないで物事を言うタイプだ。
結局のところ友達というのは互いに心を許し合って、対等に交わっているのが一番いい関係で、そのどちらかが成立しなくなった時点で友達関係は機能しなくなっていくのだろう。
「なんかマジやばくなってきたかも……」
アイルはそう言うと手にしたスマホの画面を俺に向けた。
そこにはクラスのグループトークで原木を誹謗中傷する内容が連続で表示されていたのだった。




