11.問.いいことがあったら嫌なことがある?
「お待たせ! 待たせちゃってごめんね」
水ノ下は小走りで向かってくると両手を合わせ頭を下げた。
ギャルゲを貸すだけとはいえ、こんなところで2人っきりで会えるのは、なかなかに嬉しい。
「いや、俺も今来たところだから」
定番のセリフを吐くと水ノ下は小さく笑った。
「ふふっ。さっきまで一緒に学校いたんだから今じゃないことくらいわかってるよ。星斗くんってやっぱり面白いよね」
「ははっ。そうでござったな」
早速出鼻をくじかれた。
面白いと言われてなんて返せばいいか分からず、何故か俺は侍になった。誠に自分が残念でござる。
カバンからギャルゲを取り出すと水ノ下に手渡す。
「わぁ! ありがとう! 星斗くんはナイナイパンツのキャラで誰が1番好きなの?」
「えっ、ああ、大崎まどかかな」
「まどかちゃんなんだ! 星斗くんは清楚で美人さんが好みなんだね。私は東雲あずきちゃんかな」
「へぇー、あずきちゃんなんだ。なんてゆうか意外だな」
大崎まどか、彼女は主人公の同級生幼馴染でナイナイパンツに出てくる中で1番清楚で美人で心優しい子だ。
どことなく水ノ下に似ていて、俺のタイプにどストライクなキャラである。
対する東雲あずきは主人公の後輩幼馴染に当たるキャラで無邪気で天真爛漫。だがいつもツンツンしていて攻略が1番難しいキャラだ。
「あずきちゃんのトゥルーエンドが最高に良くってね。ツンツンしててもずっと主人公のことを健気に思い続けていた姿見たら大好きになっちゃって」
「あー、確かにあの話は結構いい話だったな」
「でしょ? あっ、星斗くんって今週の土曜日暇かな? 良かったら一緒にゲーム買いに行かない?」
な·ん·だ·とっ……。
それはもうデートというやつですよね。
絶対にデートに違いない。そうだ、デートに行こう。
おいおい、マジこのビッグウェーブ乗るしかないだろ。
「お、おうよ。丁度俺もゲーム買いたくなってきたし。い、行こっか」
「ありがとう! じゃあ場所は秋葉原で10時に駅前でいいかな?」
「お、オッケー」
思いもよらぬ急展開に俺は再びトイレ掃除をしようと心の中で誓った。待ってろ神様!
これは最高の週末を過ごせそうだ。
「じゃあ、連絡取れないと不安だからライン教えてもらっていいかな?」
ラインってあれだよな。友達とかとグループ作ったりして連絡するやつ。普段家族にメールと電話しかしない俺にとって、そんな不要アプリを入れるキロバイトはこのスマホには皆無だ。
「ご、ごめん。俺ラインやってなくて。メールでもいいかな?」
「そうなんだぁ! じゃあアドレスと番号教えてもらっていいかな?」
こうして俺は水ノ下の連絡先を交換し終えると、なんと途中まで一緒に帰ることとなったのである。神様、大盤振る舞いしすぎだろ。
オレンジと青が入り混じる絵の具で塗ったような空を見上げると、心の底から思った。あぁ、生きてて良かったと。
「星斗くんって他にはどんなギャルゲが好きなの?」
「色々とやってるけどホンコイはかなり好きかな。あとガチガミとかダ·ポーポとか」
「あぁ、いいよねぇ! 私も大好き」
「あれ、美織じゃん! 久しぶり!」
そう水ノ下に声をかけてきたのは男連れの女の子だった。
うちの学校の制服ではないということは中学の友達かなんかだろう。
「あっ! まなみちゃん久しぶり。こんなところで会うなんて偶然だね」
まなみちゃんとやらは訝しがるように俺を見据えている。
「んーっ? 美織そちらの方は?」
「私とクラスが一緒の空渡星斗くんだよ」
「ど、どもっ……」
「へぇー美織が男といるなんてねぇー。怪しいなぁ」
「ぜ、全然そうゆう関係じゃないよ。まったくまなみちゃんてば」
そうだよね。全然そうゆう関係じゃないよね……。
分かっていてもその言葉は結構切れ味鋭く俺の心に突き刺さる。
まったくまなみちゃんてば、早くどっか行ってくんないかな。
「ちょっと近くでお茶してかない? 美織と久しぶりに話したいことあるし」
「うん! いいよ」
くっ。どうやら俺はここで退散らしいな。俯きながらその場を離れようとすると水ノ下が、
「星斗くんも一緒にどうかな?」
「ははっ、俺は……」
水ノ下の誘いは有り難い。でも初対面のやつが二人もいるんだぞ。
こんなコミュ障の俺が行っても場の空気を悪くさせるだけだろう。
ここは撤退せざるを得ない。
「いいね、いいね! 高校での美織のこと聞きたいし行こうよ」
「はぁ……」
断る勇気を持たざる俺はまなみちゃんに流されるとそのまま近くにある喫茶店へと付いて行った。
くそっ。胃が痛くなってきたぞ。
木目調で統一された少しアンティーク風な喫茶店に入ると四人がけの席に案内され、飲み物を頼み終えると座談会がスタートした。
「まなみちゃん、その人は彼氏さん?」
「うん! そうだよ。貴一って言うんだ」
「どうも、まなみの彼氏やってます。伊藤貴一です。よろしくね美織ちゃん」
やってますってなんだよ。彼氏役でもやってんのかよ。
しかもさらりとファーストネームで呼びやがった。
初対面なのに馴れ馴れしい奴だな。
「そうなんだぁ! まなみちゃん凄いね!」
「なに嫌味言ってんのよ。美織なんかすんごくモテるから彼氏くらいすぐできる癖に」
「いや、そんなことないって……」
「美織ちゃん他校でも凄い噂になってるよ。俺の周りとかもみんな知り合いになりたいやつばっかりだもん」
困ったように苦笑いを浮かべて水ノ下は後ろ頭を掻いた。
確かに2大美少女の名は伊達じゃない。
我が校でも彼女に告白したやつは数しれないしな。
「そういえば、美織の高校ってアイドルの日ノ上アイルいるよね。貴一、同じ中学だったんだって」
「あぁ、アイルちゃん同じクラスだよ! しかも星斗くんもアイルちゃんと同じ中学だよ」
「えっ、マジ! なんか凄い偶然! ってことは貴一は星斗くんのこと知らないの?」
何それ……。
なんか凄い嫌なんだけど。
中学とかマジで思い出したくないことあるし。
貴一は俺に視線を移すとまじまじと品定めした。
だが大丈夫だ。同じクラスでもない限り俺のことを知ってる奴はそうそうはいないだろ。
「あぁ、お前、空渡星斗か? 1年の時に同じクラスだったよな」
そうなの!?
こっちは誰だよお前状態なのによく覚えてんな。
貴一は思い出したように独り手を叩いて笑う。
「そういえばさ、こいつ中学1年の時のあだ名が盗人だったんだよ。美織ちゃんも気を付けたほうがいいぜ」
その瞬間、憎いくらいの思い出が頭の中で鮮明にフラッシュバックした。
確かに彼が言ったように俺の中1のあだ名は盗人だった。
あだ名の意味はその言葉の通りで、せいととぬすっとを掛けただけの実にくだらないあだ名だ。
「えーそうなのそんな感じに見えないけど、なんでなんで?」
はしゃぐように貴一に尋ねているまなみちゃん。
俺は口をしかめて、太ももに置いた震える拳を抑えるのに必死だった。
否定する言葉も言えずにただただこの光景を受け止めた。
そんな俺を水ノ下は黙って心配そうに見つめていたのだった。




