第15話 逃走——影の遊戯
逃げ場を塞ぐように、闇色の雲が通路を囲う。
女はヒールの音を少しずつ近づけてきた。
「ねぇ、どうする?」
「アタシはねぇ……」
「捕まえたものを美しく飾るのが好きなの」
「ほら、こうやって……」
そこにいたのは黒い布で体を縛られた、手下と思われる男達。
巻き髪の女が黒いリボンを腕に巻きながら、
言葉で挑発してくる。
「可愛い"お人形さん"になりそうね」
影が近付くたび――
ソフィアが杖で白い光を放った。
「近寄らないで!」
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通路の奥で赤い光が揺れているのが見えた。
(あれってもしかして……!)
暗闇の中に一人の男が立っている。
「これさえあれば……俺は上に行ける……!」
「フフッ……グフフ……」
握った拳から、欠けた赤い石のペンダントが見えた。しかし、男は暗闇の奥深くへと姿を消してしまう。
(あと少しで取り返せた……)
でも――今はそれどころじゃない。
「逃げるわよ!!」
ソフィアの手を引き、リアは走り出した。
(足が震えてる……でも、)
(止まったら終わり――)
カツ、カツ、カツ……足音が近づいてくる。
「あら残念。でも、遊びは始まったばかりよ」
館内の犯人たちが、一斉に追いかけてくる。
黒い魔石に触れ、魔法を使う。
次の瞬間――
大量の闇が襲いかかってきた。
壁側の額縁や壺が音を立てて落ちる。
「来ないで……!」
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その館はまるで迷路のようだった。
進むたびに複雑に形が変わっていく。
やがて壁や天井の隙間から、切り裂くように黒い爪が伸び――床を削りながら、迫ってきた。
二人のドレスが少しずつ切り裂かれていく。
(こんなことで動揺しない……!)
次第に埃が舞い、リアたちの髪や衣服にまとわりついた。
「ゴホッゴホッ……うぅ…」
息が詰まる。
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二人は暗い部屋の中に隠れた。
「ここなら少しは休めるかな……」
「しっ!静かに」
心臓の音。
嫌な爪の音――
シュッ
音もなく扉が半壊した。
「っ……!」
「部屋から出て!!」
二人は間一髪で部屋を飛び出した。
(こんなの反則だよ……)
中からは大量のコウモリが飛び出してきた。
すると部屋の中に入り込んだ影は
粘土のようにどろりと溶け、
大きな唇に姿を変えて――にやり笑う。
(……あの女の人みたいに笑ってる……)
背中がゾクリと冷たくなる。
二人はその場から逃げ去った。
——息をする暇もない。
(どこまで逃げればいいの……)
足が、もう限界だった。
一瞬だけ、動きが鈍る。
ふと、――
町の子供たちの笑顔が思い浮かんだ。
被災後に誕生した、
まるで奇跡のような子たち。
よくみんなで夢を語っていた。
「僕は将来ケーキ屋さんになりたいな!」
「お姉さんにたくさん食べさせてあげる」
「私は町に綺麗なお花を咲かせるの!」
「おれはね、おれは……強くなりたい!」
早く、帰らなきゃ。
あの温かい場所へ。
——そう思った瞬間。
「お前は死ぬ気か?」
セドリックの嫌な顔まで思い出した。
すると、現実に戻る。
遠くから細かい音が聞こえてきた。
「なんの音……?」
休む暇なんて、どこにもない。
足を踏み込んだ瞬間、
床に小さな亀裂が走った――
「うわっ!」
「リア!!」
ソフィアがリアの腕を掴み、転倒を防いだ。
が、その瞬間。
トトトトトッ……!!
影が弾けるように散り、
無数のナイフとなって降り注いだ。
二人は近くのテーブルの下に滑り込み、身を伏せる。
ソフィアは黒いナイフに向かって光の杖を向け、消し去った。
「リア立って!行くわよ!」
「う、うん!」
一階の奥の部屋へと急いだ。
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カチカチッ……
廊下の灯りが全て消えた。
窓からの僅かな明るさだけが頼りになる。
ソフィアが指先に蝋燭のように光を灯す。
リアも真似してみたが、切れかけの線香花火のようだった。
(私、ソフィアの役に立ててない……)
だが気づいた。
影が追ってきていないことに。
この間に、二人は息を整えた。
けれど――
同じ場所を何度も歩くような錯覚。
「またこの扉……絵画も」
階段を降りても……
永遠に一階に辿り着かない。
すると闇が無数に動き出し、波のように変化しだした。足元に水のように迫ってくる。
走るたび水音が響く。
「キャハハハハ!」
さらには子供のような笑い声が影の中から響いた。
二人は必死に走る。
(まだ、大丈夫)
光の首輪はもう砕けてしまった。
けれど、僅かに体内に吸収した分が残っているはず。
リアは目を閉じ、余分な魔力を……一箇所に集めることにした。
(壊れても、いい)
最後の魔法を使おうとした。
その瞬間。
「え……」
ソフィアに腕を掴まれた。
「私に任せて」
「ソフィア……!?」
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後ろには黒い波が音を立てて近づいてくる。
彼女はリアの腕を離し、光の杖も消す。
今度は両手を使い――
青色に光る魔法陣を素早く発動させた。
周囲には小さな稲妻がバチバチと走る。
視界が――ぐわんと歪む。
その瞬間、闇の波が二人を襲った。
闇の中に一気に飲み込まれた。
——終わった。
そう思った。
だが。
影は二人の周りを避けるように通り過ぎていった。
まるで、見えていないかのように。
「えっ」
「簡単には出られないわね……」
「ソフィア……魔術が使えたの?」
「床下を調べましょうか」
「私、初めて知ったよ!?」
彼女はリアを見て軽く笑顔を見せる。
そして魔術で、床に丸い穴を開けた。
「降りてみましょ」
「まっ、待って!」
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ソフィアは勢いよく飛び込み、
リアはぶら下りながら、なんとか着地。
「うわっ」
下へ降りると……そこは一階ではなかった。
同じ廊下の景色が広がる。
更に穴を開けても、
底なしの闇のように続いていた。
「……ここ、階の感覚がおかしいわね」
「まるで……」
(呪いの館だわ)
二人はまた廊下を歩く。
たまに見つける階段も、終わりが見えない。
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また少し進むと、廊下に荷物が転がっている。
「……ん?」
「あ!ここだわ!!」
リアは走った。
大量の荷物で塞がった階段を発見。
「ソフィア、上に行こう!」
「えっ 一階じゃないの!?」
「大丈夫……たぶん、ここから抜けられる!」
二人は階段に置かれた大量の荷物をかき分ける。
三階へ上がったはずだった。
なのに――気づけば一階に立っていた。
後ろを振り向くと、階段が消えている。
ソフィアは不思議そうな顔をした。
「時空が歪んでる……
いえ、幻覚魔法……?」
顎に手を当てながら、彼女は分析していた。
「気にしていても仕方ないわね……」
「さぁ行きましょう!」
真っ直ぐ手を差し出してくれた。
「うん!」
ソフィアが一緒なら大丈夫。
リアがその手を取ろうとした時。
嫌な気配がした。
影が高速で近づく――
ソフィアは体をぐるぐる巻きにされ、宙を浮いた。悲痛な叫び声が響く。
「ソフィア!!」
「そこまでよ」
ヒールの耳障りな音。
鼻に刺さる、甘すぎる香水。
「どうして逃げちゃうの?」
一歩、近づく。
「お姉さんのこと、嫌い?」
影に紛れて――
まるでそれを操るように、巻き髪の女がゆっくりと現れた。




