7:海鮮丼
食いたい物リストの、ここまでの進捗をチェックしていた。
きつねうどん、おにぎり、トンカツと一緒に味噌汁、玉子サンド、豚骨ラーメン。合わせて6つ消せたことになるな。ちなみにシュトーレンは当然リストには載ってなかったので除外だ。
「そろそろ魚を攻めたいよなあ」
あと、今日は1人で食べたい気分だ。ガランドを呼ぶとパンになりそうだし、ニュイはその……なんというか色々マズい。昼間は夜に比べて少し妖艶さは減るんだけど、それでも元のビジュアルが強すぎるし、何よりあの雛鳥のような懐き方が心臓に悪い。
寂しがるのは可哀想だけど、連日会っていては理性が危ないというのが本音のところだ。
「のんびり自分のペースで食べるとなると……回転寿司だな」
本日の狙いが決まったところで、ゲートを開く。
勢いよく飛び込むと、すぐにビジネス街の一角へと降り立った。
時計を確認する。11時30分。まずは先日歩き回ってるうちに見つけていた本屋に向かう。そこで周辺の地図を買った。
「回転寿司チェーンは……ああ、あの辺りか」
ちょっとずつ俺の脳内にもこの街のマップが出来つつあったから、それとも照らし合わせて位置を把握する。歩いたら5分くらいかな。近い。正直に言うと、これとは違うチェーンの方が好きなんだけど、まあ近さには敵わないよな。俺の場合は時間制限もあるし。
「行くか」
歩き出す。スマホの地図アプリじゃないから、現在地を表示してはくれない。慎重に確認しながら行きたいけど、今時紙の地図を持って歩いてる人は珍しいらしく、道行く人にチラチラ見られてしまう。うーん、恥ずかしいな。
……仕方ない。瞬間記憶の魔法を使うことにした。一定時間、1つのシーンを細部まで鮮明に覚えておくことが出来る。効果が切れた後、脳が疲弊してるのが分かるから、あまり好きな魔法じゃないんだけどね。
「……」
記憶の地図を頼りに進む。途中途中で目印になる施設まで脳内地図上で確認できるから、迷わない。
無事に到着。
「って。改装工事中じゃねえか」
灰色のシートで一面が覆われている。そのシートの上に『12月28日リニューアルオープン』との横断幕が掛かっていた。うわあ、ツイてないな。
こういう時、グー〇ルだと『営業時間外』とか情報が出たりするんだけど、俺は超アナログだからなあ。
「仕方ない。B案だな」
元々行きたかった、俺が好きなチェーンの方へ向かおう。方角的にはこっちの方だし、ここから歩いても10分くらいだと思う。
地図を精読する。うん、ここから1本道だな。遠いだけで、難しくはない。
ということでテクテクと歩きだす。そして8分で着いた。
「って。激混みじゃねえか」
ちょうど12時台に差し掛かった辺り。満席かつ、昼休憩の勤め人が続々と列を成していってる最中だった。
不景気じゃないのかよ。寿司ランチ民がこんなに居るとは。恐らくライバルチェーンが改修工事してるのも大きいんだろうけど。
「とてもじゃないけど、これは」
間に合わないだろうな。
仕方ない。判断は早く、足も速く動かす。なんか嫌な予感してるんだよな。何度となく舐めさせられた辛酸、すなわちランチ難民。アレに陥る時って、大体こんな感じだからね。
既に焦り始めている俺は、一旦中道へと入る。もうここら辺でテキトーに済ませよう。寿司に拘ると、何も得られない結果もありえる。よし、もう牛丼でもオッケーの精神で臨もう。
なんて決意を固めた矢先に、個人経営らしき寿司屋が現れた。しかも寿司ランチが8貫1200円からとお手頃だ。外装も凄くオシャレで、一見すると寿司屋に見えないくらい。デザインガラスも凄くキレイで……
「って。女性客100%じゃねえか」
その素敵ガラスの向こう、カウンター席には、ОLさんの背中がズラリ。テーブルも女性同士で使っている席しか見当たらない。厳しい。あまりに厳しい。
ああ、けど。立て看板の『上握り』の写真、美味そうなんだよなあ。海老がキレイだし、イクラも粒が大きい。食いたいなあ。
……俺、魔王なのに、女性客の間に割り込んでカウンターに座ることも出来ないのか。なんか不意に情けなくなってくるよね。でも体を縮こめながら食っても美味くないのも間違いないし。
ああでも。行くか。時間もあんまり無いしな。
と、一歩を踏み出そうとした時。
「あの、並んでますか?」
声に振り返ると、学生時代の1軍ギャルがそのまま社会人になったみたいな女性2人組が居た。
「あ、いえ」
つい反射的にそう答えてしまう。
女性たちは俺の答えを聞くと、店の軒先へ。するとすぐに中から店員さんが出てきて、彼女たちを案内した。上手いこと空いていたカウンター席2つに座ったようだ。
「……」
これはもう無理だね。
嗚呼……あの逡巡が。しかもそのタイミングで確認の声を掛けてくるなんて。つい彼女たちに八つ当たりしたくなるけど……どう考えても、入りもしないのに店前をフラフラしてる俺が悪いわな。
「牛丼屋だ、もう」
それしかない。けどなあ、さっき勇気を出して一歩を踏み出しかけた時に、また「寿司の口」に戻っちゃったんだよな。
はあ。魔界も統一して、勇者も退けて……なのにオシャレ寿司屋で寿司を食うことも叶わない。
「……」
肩を落として歩き出す。路地をもう1本入ったところで、
「あ」
目の前に店があった。立て看板を見ると『磯野家の海鮮丼ランチ』と書いてある。著作権的に大丈夫なのか、これ。まあどの磯野さんか明記してるワケじゃないから、良いのか。
ていうか、そんなのどうでも良いんだ。
入ろう。店構えも年季入ってて女子ウケはしなさそうだし、窓からチラッと見える背中はオッサンのそれだ。大丈夫だろう。時刻は12時10分。残り20分程度。
勢いよく引き戸を開けて、中へ。
「いらっしゃいませ」
中年の女性店員が出迎えてくれる。すぐにカウンターへ。オジサンとオジサンの間にサンドされる形となった。
早速メニューを拝見。うん、上海鮮丼(1800円)にしよう。高いけど、これだけ歩き回って辿り着いた海鮮だからな。妥協したくない。それに写真を見ると、お頭のついた大海老とイクラが載ってるし。さっきの雪辱も果たせそうだ。
先程の女性店員が、温かいお茶を持って来てくれた。
「お決まりでしょうか?」
「はい。上海鮮丼で」
「上ですね」
そのまま戻り、厨房へオーダーを伝えてくれる。ふと後ろを振り返ると、窓から外が見えた。お、列が発生し始めてるな。ちょうど良いタイミングで滑り込めたみたいだ。
「お待たせしました。上です」
速い。全然待ってない。タイムリミットのある身としては、ありがたいことこの上ないが。
盆の上を見る。赤出汁の味噌汁と、漬物。そしてメインの海鮮丼だ。ああ、美しい。赤く輝くイクラ、透き通るような海老の身。脂の乗ったマグロ中トロ、炙られたブリは皮目が黒っぽく、身は薄ピンク色。他にもサーモン、イカ、鯛と豪華絢爛だ。
「……ごくっ」
思わず唾を飲んでしまうよね。早速、箸を手に取る。醤油皿に醤油を垂らして、丼の端に乗ってるワサビの山を移す。5分の1くらい溶かして、それをゆっくりと丼の中へ回し掛けた。これで準備完了だ。
「いただきます」
小声で呟くと、早速箸を伸ばす。まずはイクラを摘まんで口の中へ放り込んだ。プチンと弾ける感触と、ジュワリと広がる濃厚なエキス。わずかに甘くてコクがある、この独特の味わい。ああ、美味い。
次はマグロ中トロだ。赤い身をご飯ごと掬って、口の中へ放り込む。独特の香りと、節だった身の食感。脂は融点が低く、すぐに濃厚なとろみが舌の上を転がる。これも文句ナシだ。
ご飯の甘みも合わさり、咀嚼する度、口の中が幸せになる。
次は鯛。弾力のある身を噛みしめると、魚の旨味がジワリと溢れてきた。ご飯と一緒に飲み込む。さっぱりとした後味は白身魚特有だな。これも良きだ。
続いてはブリ。これは炭の香りがする。噛んだ瞬間、その芳香が鼻を抜けた。そして脂身の美味さと、少しの弾力。皮目は少し硬いものの、それも食感のアクセントになっている。香りといい、味といい、舌触りといい、最高だな。
ここでご飯を多めに掻き込む。酢飯じゃないのも個人的にはアリだな。
……寿司を食おうとしてたクセに、普通の白飯で喜んでるのも如何なものかと思うが。美味いんだから仕方ない。
「ごちそうさん、美味かったよ」
隣のオッサンは先にフィニッシュしたみたいだな。常連のようで、大将と二言、三言話してから会計を終えて出ていく。
俺はチラリと時計を見た。12時17分。残り13分か。丼は半分くらいだし、少し飛ばそう。
味噌汁を飲む。赤出汁は5年ぶりか。具はアラが入っていた。これは嬉しい。基本的にアラがある店は、そこで捌いている証拠。道理で新鮮で美味いワケだ。骨の周りの身をほじくって食べる。赤出汁のコクと、白身の淡白さが、見事に調和してる。うん、美味い。
お次は海老だ。お頭は飾りなので、どける。ちょっと行儀悪いけど、尻尾を指で摘まんで身を口の中へ。尻尾の手前で嚙み切って、身だけを味わう。うん、プリプリだ。芳醇な甘さが口中に広がる。ああ、これだよ、これ。海老はこれくらい大ぶりで甘くないとな。
ご飯を掻き込んで、漬物もポリポリ。口の中をリセットした後、イカを頂く。ネットリと口中の水分が奪われるほどの粘度だ。上アゴの裏にくっついて、旨味を主張してくる。いっそしつこいくらいなのに、やっぱり美味い。
最後にサーモン。脂がよく乗ってるみたいで、ピンクの腹身には節が均等に入っていた。口の中へ入れると、圧倒的な脂の暴力に舌をやられる。これまた美味え。口の中で溶けていく脂と白飯の凶悪コンビは……この豪華海鮮丼のトリに相応しい。
「……」
食べ終わった。最後にお茶で口中をリセットして立ち上がる。
会計を済ませて外へ出ると、12時22分。店の前には3人ほどの並びが続いていた。
「ふう」
アクシデント続きだった割に、最終的に海鮮ランチに辿り着けたのだから上出来だな。寿司じゃなかったけど……まあ胃の中に入ったら内容物は同じだ。
それにしても残り8分か。ここまでギリになったことだし、折角だから、今回は1時間を超えて帰還するパターンの実験をしてみよう。
というワケで俺は10分後に結界魔法を発動。ゲートをくぐって戻ると……やっぱり結構しんどかったよね。体感だけど、80分くらいが限界かも。それ以上となると、マジで魔力枯渇が見えてくる。
「まあ、やっぱり余力も残しつつとなると……60分が現実的なラインだな」
海鮮丼の入った腹をさすりながら、俺はベッドへと横になった。




