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転生魔王の出戻り日本グルメ  作者: 生姜寧也


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6:豚骨ラーメン

 ガタガタガタ、という物音で目が覚めた。昼寝をしていたつもりが、もう夜か。寝すぎたな。

 音の主には察しがついている。俺はベッドから立ち上がり、壁に掛けてある剣を手にした。それをスラリと鞘から抜くと、


 ――ぼふん!


 小さな煙が起こり、それが晴れた時には剣は俺の手から消えていた。そして目の前には美少女とも美少年ともつかない、中性性を極めたような容姿の人型魔族が居た。


「ニュイ」


「……」


 魔剣の精霊、いや化身。どう呼ぶかは俺に一任されているが、とにかく彼女(彼)は今しがた鞘から放った剣身が人の姿を取った存在だ。


「ルイ……最近……構ってくれない……」


「あ、ああ。ゴメン」


「どこかに……行ってる……ゲートで……」


 見られてたか。まあニュイはこの部屋にずっと居るからな。

 近づいてきたニュイは、真ん丸な瞳で見上げてくる。

 胸の辺りまで伸びる艶やかな黒髪。キレイな卵型の輪郭の中に、整然と配置されたパーツ。彫刻を思わせる美貌だけど、全体的にあどけなさも残る。200年以上生きているらしいけど、中学生くらいに見えてしまう。


「ニュイも……行きたい……」


「ああ、うん」


 ニュイは基本的に夜行性だ。ちょうど今日は昼寝した後だから好都合といえば好都合だけど。そもそも向こうが日曜日だから、遠征を諦めて寝てたんだよな。

 仕方ない。少しビジネス街から足を伸ばすか。まあ最悪は夜の散歩だけになっても、それはそれで良かろう。ニュイは構って欲しいと言っただけで、美味いモン食わせろとは言ってなかったからね。


「それじゃあ、行こうか」


「うん……」


 はにかむように笑うと、とても可愛らしい。出会った頃は全然笑わなかったけど、最近はこうして笑ってくれるようになった。


 ゲートをくぐり、いつものビジネス街に出る。日曜の夜に来ると、また全然雰囲気が違うな。平日の昼間と比べて、人が極端に少ない。ただ居酒屋とかは盛況みたいで、駅前辺りにネオンの光が集結してる感じ。


「凄い……ここって……?」


「日本。俺が生まれ育った国だよ」


「異世界……」


 俺からすると、あっちが異世界だけど。彼女(彼)にとっては真逆。

 ニュイは口を小さく開けっぱなしにしたまま、キョロキョロと街の景観を見ている。


「夜なのに……明るい……」


「うん。嫌い?」


 夜をこよなく愛する……ワケでもないだろうけど。性格的にも静謐や暗闇を好みそうなタイプだし。もしかしたら、気に入らないかなと思ったけど。


「ううん……寂しくなくて良い……それに」


「それに?」


「ルイが居るから……どこでも……嬉しい」


 そう言って、はにかんだ微笑みを浮かべた。深い信頼を寄せられているのを感じる。純粋に可愛いし、良い子だと思ってるけど……同時に色々と良識が試される相手でもある。恐らく命令すれば何でも言うことを聞いてくれるだろう、絶世の美少女。あるいは美少年。

 ……なんというか、悪い大人にはなりたくないよな。


「……もっと明るい所に行こうか」


 ここから南へ1駅ほど下ると、繁華街に出るらしい。サラリーマンの雑談を盗み聞きして知った情報だ。そのうち地図を買っても良いかもな。電車の路線図も。

 

「明るい所……夜なのに」


「うん。眠らない街」


 なんてよく使われる謳い文句だ。大都市の繁華街は大抵当てはまる。


「眠らない街……見てみたい」


 小さな手が、俺の掌を取る。そうして、細くしなやかな指を絡めてきた。

 や、やめてくれ。変な気持ちにならないよう、結構これでも気を遣ってるんだから。

 とはいえ、振りほどくことも出来ず。


「……15分くらい歩くよ」


「平気……ルイと……お散歩」


 こんな小さなことで嬉しそうだ。なんて健気な子なんだろう。

 それから、のんびりと通りを歩いた。ビジネス街を抜けて、歓楽街に近づくほどネオンは煌々と。ニュイは色んな物を脳内で処理してるせいか、とても大人しかった。まあ元々、騒ぎまくる性格じゃないけどな。

 ……ガランドの次にニュイ。期せず、魔族にしては温和で理知的な2人から連れて来る運びになったよな。楽で助かる。


「今は18時40分か」


 時計を確認すると、良い時間だった。どこか美味そうな店はあるかな。

 と、2人ほど待ちが発生している場所を見つけた。

 まだ繁華街の中心までは到達していないエリアだし、呑みの〆には早すぎる時間。この条件下で行列になりかけているということは……恐らく美味い。


「何屋だ?」


 近づいてみると、赤い壁看板には『博多とんこつラーメン 終着駅』の文字。

 終着駅っていうのは〆に使って欲しいというネーミングっぽいけど、普通に夕食の列が出来てるからな。営業時間は夜のみ(18時~早朝6時)のようだから、今日じゃないと発見できなかった。


「なんか……臭い」


「豚骨ラーメンなんて、臭けりゃ臭いほど良いからな」


 ニュイは信じられないという目をするけど、割と真理なんだよなあ。臭い店で不味かったこと、ほぼないし。


「きっと気に入ると思うよ。並ぼう」


「ルイが……そう言うなら……」


「ていうか今更だけど、ニュイって物食べられる?」


「多分……コーヒーは……飲めたから」


 ニュイは人型として顕現できるようになったのは、俺がオーナーになってからだからな。確かにダーケン村の豆で淹れたコーヒーは飲ませたことはあるが、食事は未知数だ。

 ……ラーメンのシェアは御法度。1人1杯は原則だ。最悪は俺が2杯分平らげるつもりで居よう。まあ博多ラーメンなら細麺だろうし、イケるでしょ。


 言ってる間に1人列が増えたので、待ち3人。4番目に接続した。と、その途端、店内から2人吐き出されてくる。先頭の2人はすぐには入らず、ジッと待ってる。そうすると1分ほどで、店内から男性店員が顔を出した。


「1名様、1名様ですね? カウンター席どうぞ」


 と、呼び掛け。それで先頭の2人が入って行く。その後は列の俺たちを向いて、


「お後は……1名様?」


 俺たちの前に並んでる夜職っぽい女性が小さく頷く。


「2人です」


 俺が先んじて伝えると、男性店員は頷き、顔を引っ込める。

 そこから更に2分ほど待つと、1人出てきた。夜職女性もまたジッと待つ。店舗の壁に張り紙があって『混雑時は、お席の準備が出来ましたら声を掛けますので、外でお待ちください』と書かれていた。なるほど、これね。

 ラーメン屋なんて、パッと入ってパッと食べれるという認識から、バッシングを待ってくれない客が多いんだろうな。


「ありがとうございましたー!」


 更に4人組が出てくる。これはテーブル席も空いたかな。俺たちまで一気にご案内してもらえるかも。


「お先1名様どうぞー」


 これで夜職が入って、俺たちが先頭。また店員が出てきて、俺たちの後から並んだ客に人数を確認する。キビキビと無駄のないオペレーションだな。流れるようだ。


「すんすん……すんすん」


 ニュイは店内から漏れてくるニオイを嗅いでいる。臭いと言ってたけど……慣れてくると逆に空腹を刺激する起爆剤だと気付いたみたいだね。


「2名様、どうぞー」


 俺たちの番だ。時計を確認すると、ゲートをくぐってから33分が経過してる。まあ大丈夫そうだな。


「テーブル席どうぞ」


 2人掛けのテーブル席に案内される。さっきの4人組は、2と2に分かれて食べてたのかも。


「ご注文、お決まりでしょうか?」


 ニュイを見ると、


「ルイと……同じので……良い」


 とのことだったので。特製豚骨ラーメンを2つオーダー。ちなみに特製は、チャーシューが2枚増し、海苔、煮卵のトッピング全乗せメニューみたいだ。


「……」


 ニュイはラミネートされた紙メニューをジッと見つめている。何もかもが未知だろうからな。俺が逆の立場だったら……見たことも聞いたことも無い料理をいきなり食えと言われて食えるだろうか。まあ魔族の強靭な肉体なら、腹を壊すことは無いだろうけどさ。


「お待たせしました。特製2つですねー」


 速い。流石のスピードだ。俺たちの前に、ラーメン鉢が2つ置かれる。


「凄いニオイ……でも外で嗅ぐより……臭くない」


「だね。不思議なことにね」


 外に漏れてくるニオイと、実際のラーメンのニオイは違うんだよな。

 相槌を打ちながら、俺は箸立てから割り箸を引き抜く。ギチギチに詰まってるところからも、頻繁に補充している(店員の目が行き届いている)のが窺える。


「ほら」


 ニュイにも渡してあげて、俺はパキンと割る。


「……おお……」


 目を輝かせたニュイが俺のマネをする。少しプルプルしながらも、左右から引っ張って、パキンと割った。


「おお、上手い上手い」


 初めてにしては、上手だ。


「箸の使い方は……」


 どう説明しようかと思ったけど、ニュイはキョロキョロ。ちょうど先程のキャバ嬢が食べているのが見えるようで、それを凝視し始めた。10秒ほど観察した後、ニュイは器用に箸を操り始めた。空中でカチカチと箸先を打ち合わせてみせる。


「流石」


 中級以上の魔族は、人間の簡単な動作ならすぐにラーニングしてしまう。ニュイも余裕だったみたいだ。


「それじゃあ、いただきます」

「いただき……ます?」


 早速、スープをレンゲで掬う。啜った途端、


「ん~~」


 クリーミーで濃厚な豚骨スープ。豚の甘みが口の中に広がり、わずかに脂のとろみが残る。カエシの塩分が、甘さをキリッと引き立ててくれてるな。


「っ! っ!」


 俺のマネをしてスープを啜ったニュイも目を丸くしている。更にレンゲを浸して、飲む。レンゲを浸して飲む。レンゲを浸して……


「おいおい。麺だけ残っちゃうぞ」


 手を伸ばして止める。

 苦笑しながら、俺は麺を箸で掴む。そして豪快に啜った。いっそ粉っぽさを感じるほどの硬茹で具合だ。バリカタで頼んで正解だった。バツバツと歯切れの良い食感も好きなんだよね。スープと絡んで非常に美味い。


「ん……難しい」


 マネしにくいのか。と思ったら、俯いた状態だとニュイの長い髪が垂れてしまって食べにくいみたいだ。

 彼(彼女)は人差し指と中指で横髪を持ち上げ、耳の後ろに掛けた。


「……」


 だからイチイチ艶めかしいんだよな。

 ニュイは、口をすぼめて麺を啜る。ズルルと良い音を立てた。


「美味しい……長いから……喉に詰まりそうになる……けど」


「ははは。慣れだな。最悪、噛み切ってスープに落としても良い」


 言いながら、俺の方はチャーシューを頂く。豚肩だな。スープに浸して、贅沢にも1口でいった。


「うま」


 脂身2:赤身8くらいの肉質。タレもよく染みてるけど、スープとケンカしない。良い塩梅で浸けてある。パサパサした赤身を噛み締め、脂のトロトロを舌で味わう。スープを軽く掬って口内に追加。脂×脂。これがまた美味いんだよな。


「肉も……美味しい……」


 ニュイは完全に俺のマネをして食べてる。雛鳥みたいで可愛いな。

 続いて、海苔。これがまたスープを吸って美味いんだ。


「ん……この黒いのも……」


 少しだけ抵抗を感じるらしいけど、それでも(俺を信用してか)食べてくれる。


「少し……海の香り……スープを吸ってて……合わさると……美味しい」


「ああ」


 気に入ってくれたみたいだ。

 今度は、煮卵だ。レンゲに乗せて、半分噛む。断面からトロッと黄身が溢れてきた。俺はスープに混ぜない派なので、その残り半分もレンゲに乗せたまま。

 噛み切った方を咀嚼する。うん、美味いなあ。よく出汁が染みてる。甘辛い和風の味わいと、白身のツルツル。黄身のとろみが上アゴの裏に絡みついて、旨味をガンガンに伝えてくる。


「これも……あふっ……おいひい」


 少し熱を持ってたみたいで、ニュイが口を半開きにしながら。


「残りの卵に麺を乗せて……」


 まあ不味くなるワケも無いよね。ニュイもマネして、卵&ラーメンにご満悦の様子。

 ……そのまま一心不乱に食べ続け、10分ほどで2人とも完食。久しぶりすぎてスープまで飲み干してしまった。人間の時は健康に気を遣って、残すようにしてたのにな。


「美味しかった……私の知る人間は……こんなの食べてなかった」


「まあ、あっちの飯はね」


 魔界よりはマシだけど、人間界もな。


「さあ、出ようか」


「うん……」


 会計を済ませて外へ出る。特製でも1200円×2だったのはありがたい。安さも相まって繁盛してるのかもな。

 店の熱気とラーメンで温まった体が急速に冷える。12月の夜は寒い。


「!?」


 ニュイが腕を組んでくる。ビックリした。ていうか、なんかちょっと柔らかい気が。

 ……やっぱり女の子なの?


「……」


 剣の化身にそんなこと訊ねられるハズもなく。また振りほどけるハズもなく。結局、彼女(彼)の望むまま、ずっと寄り添って腹ごなしの散歩をした。

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