5:シュトーレン
日本でランチするようになって5日目。今日は、例の帰属魔法を発動してみるつもりだ。多分だけど、現金がそのままドサッと400万円分出てくるハズなんだけど……それがどういう形なのかが分からない。もし結界魔法の外に諭吉(ないし渋沢)が舞って出たら大変な騒ぎになる。なので前回も利用した自然公園のトイレを隠れ蓑にする計画だ。
「で。結局、ガランドも来るのか」
「当然デス。提案しタ以上、どうナるのか、見届けル義務がありマす」
まあ良いけどね。
「まタ日本のパンも食べたいデスし」
そっちが主目的なのでは。まあ気に入ってくれたのは嬉しいけどね。
「じゃあ11時半頃に出発しようか」
ということで、ヘルボアーの皮で作ったカバンを用意する。空間収納魔法を使えたら楽なんだけど、日本で使ったらどこに行くか分からなくて怖いんだよな。最悪、日本からも魔界からも干渉できない亜空間に放り込まれたりしたら死ねる。全財産だからな。
「ワタクシも……紙とペン、絵具を用意シてきましょウ」
彼の知識欲を刺激するような物ばかりだろうからな。前回の訪問ではかなり好奇心を抑えてくれてたけど、今回は爆発させるのかも知れない。絵具まで持ってくるということは、簡単な絵も描くのかな。
……インスタントカメラとか買ってやるのも手か。俺や彼、あるいは今後来るかも知れない魔王軍の面々で共有するためのヤツ。
なんやかんや準備をして11時半に出発。ゲートからビジネス街へ。
ガランドは既に擬人魔法を自身に掛けているようで、すぐにも動けそうだ。
例の自然公園へ移動し、トイレの個室を確保。ガランドには念のためトイレ外で見張っていてもらう。まあ時間帯も時間帯だし、大丈夫だと思うけど。
「よし、それじゃあ……」
呪文の詠唱に入る。カンニングペーパーも持って来たので、ちょいちょい確認しながら唱え終えると。
――カッ
凄い光が出てしまった。俺ですら、思わず目を閉じてしまう。そして次の瞬間、空だったハズのカバンがズシッと重くなった。来たっぽいな。
光が収まるのを待ち、個室内を見回す。紙幣は1枚も散らばってない。となると……全部このカバンの中か。チャックを開けると、案の定、大量の札束が入っていた。成功だ! 高揚感に胸の動悸が速くなる。
だがそこで。
「なんだ今の光は!?」
「トイレの方からだぞ!」
「爆発!?」
換気窓から、人々の喧騒が聞こえてくる。マズいな。
「コのトイレは、使用不可ダ」
「なんですか? アナタ」
「なんの権限があって、通せんぼするんですか!」
「今、中で爆発があったでしょう?」
更にマズい。公共トイレの前に見張りが居るという状況が、余計に怪しさに拍車を掛けている。
「仕方ない」
トイレの周囲300メートルくらいか。範囲指定してから、忘却の魔法を掛けた。すると、途端にトイレの外の喧騒が収まる。
「ふう」
やれやれ。出来れば、広範囲の記憶操作なんてやりたくはなかった。監視カメラとかもあるからな。何度も同じようなことをやってると、人の不自然な動きの中心にいつも俺が居ることを突き止められる可能性もゼロではなくなってくる。
個室を出て、ガランドと合流する。彼も俺が忘却の魔法を使ったことを理解している(彼自身はこれくらいの魔法はレジストするので問題ない)らしく、軽く肩をすくめて見せた。
「しかし今日は人が多いな」
遠くに見えるテニスコートは満員御礼みたいだし。散歩してる人も多い。みんな仕事は良いのかよ。
……あ、そうか。今日は多分、土曜日なんだ。
「成功しタのでしょウ? すぐニこの場を離れましょウ」
それが良さそうだ。俺たちは公園から出て、街を歩く。やはり閉まってる店が多い。たまにやっている所も『土日祝日ランチコース』なんて立て看板を出しているフレンチやイタリアンが目立つ。
「これは参ったなあ」
今日はチェーン店でも攻めるか。
「なあ、ガラン……」
振り返ったが、ガランドの姿が見えない。うーん……勝手な行動をするようなヤツじゃないんだが。こんな珍しいこともあるんだな。
って言うてる場合じゃない。日本で迷子になったら、大変だ。
俺は来た道を引き返し、大通りから路地を覗き込む。居ない。もう1本下がって……2本目の路地で、彼の姿を見つけられた。何かの店をジッと見ている様子だ。
「ガランド!」
「あ、アあ。ルイ様。申し訳あリません。つイ」
小走りに駆け寄り、合流する。
「一体何を見て……」
ガランドが見ていた店を、俺も見やる。思わず「うわ」と声をあげそうになった。ピンクと白の外観に、白いレースカーテンが店内から引かれた丸い小窓。ドアの覗き窓からは店内の様子が軽く見えるが、若い女性で溢れ返っているようだ。
「……」
ガランドを振り返る。彼は立て看板を見ていた。俺も一緒に見る。
『クリスマス期間限定シュトーレンのセット』
『SNSで万バズしたアフタヌーンティーセット』
ああ、いかにもな文面が躍っている。写真もあって、花模様のメルヘンな皿に、可愛らしいケーキスタンド。シュトーレンとやらの方も、色とりどりのドライフルーツが輝く、バエ意識みたいな写真がデカデカと。
「美味しそうデスね」
マジかよ……
「ガ、ガランド。他の店の方がガッツリいけるぞ?」
男の飯は、もっとこう……な? 分かるだろう?
「ワタクシが子供ノ頃、親がフルーツの乗ったパンを出シてくれてことガあったのデス」
なんか回想始まってるし。負け確か? これ。
「もう遠い遠い昔ノ話なのニ、今でも覚えていまス。決しテ我が家は裕福デはなかったノに……無理をしテくれて」
ヤベえ。超断りづらい感じになってきた。
「フルーツは今カら思えば腐りカけていたのでしょウ。少し酸っぱクて。パンも、日本で食べるよウな物ではナく、岩のよウに硬かっタ」
「……」
「でも美味しカッた。このシュトーレンとイうパンは、あノ思い出のパンにそっクりデス。ああ……食べてみタいなあ」
「……」
「食べて……みタいなあ」
「わ、分かったよ。分かったから」
クソ。やっぱり負け確だった。
まあでも、おかげで彼のパンへの執着の原点が理解できた。子供の頃から食べていたパンの思い出。それをなぞりつつ、それを遥かに超えるクオリティで、懐かしさと美味しさを両方与えてくれる。そんな日本のパンに魅了されてしまったんだろうな。
「それデは、入りましょウ」
動きが速い!?
瞬く間にドアを開けてしまった。凄いな。現代日本人の感情の機微が分からないからだろうけど、この女子の園にオッサンと爺さん2人が入って行くという状況に、全く億するところがない。
「い、いら、いらっしゃいませ」
真っ白なメイクをした女性店員が出迎えてくれたが、普通に「いらっしゃいませ」を噛みそうになってた。そらそうよ。
「えっと、ご予約は……?」
そうか、やった! そうだよな、こんな店、予約だけで満席に決まってるわ。逆転勝利だよ、これ。と思ったら、
「あ、ちょうど1組予約のキャンセルが入ってるから。ご案内してあげて」
奥に居た先輩らしき女性店員が、真っ白店員に言う。
ああ……マジかあ。勝利がこの手からすり抜けていく。
「幸運ダ」
不運だよ。
「それでは、お席ご案内します」
店員さんは、にこやかな笑顔。さっきは動揺してたけど、やっぱプロだなあ。
そうして案内されたのは、2人掛けのテーブル席。一瞬、周りの視線が集まった。厳しいなあ。誰も幸せにならないなあ。
「♪♪」
ああ、いや。ガランドだけは幸せそうだ。
「本日からクリスマス期間限定メニューでシュトーレン始まってます。よろしければ是非」
店員さんが、ラミネートされた紙を渡してくれる。そこには『聖なる夜に食べる伝統のお菓子』という文言。小さく料理の蘊蓄も書いてある。なるほど、ドイツのパン菓子なんだな。大体11月の末から12月初頭に作って、少しずつ食べて行ってクリスマスを迎えるらしい。
「へえ……伝統ある神聖なお菓子かあ」
「ワタクシは、そレをもらおウ」
「あ、俺も、これで」
五十歩百歩かも知れないけど、アフタヌーンティーよりは女子力低そうだからな。
「これガ食べたくテ、店ニ入ったノだ。今は亡キ母がな……無理をして作ってクれて」
店員さんにも話す気か……?
「ガランド」
「おっと。仕事ノ邪魔をしタ」
「あ、い、いえいえ」
真っ白店員は愛想笑いで受け流してくれる。まあガランドは西欧風の顔立ち(生前の姿)をしてるから、「故郷の味を懐かしんで」みたいな勘違いをしてくれたんじゃないかと。
周囲の客の視線もいくらか和らいだ気がするしな。
「お飲み物のセットとなりますが」
「ワタクシはコーヒー」
「俺は紅茶で」
ガランドはブラック、俺は無糖ミルクティーにしてもらった。
待つ間、店内のメルヘンな内装を見やる。白い鏡台や、小さなピアノ(弾くためじゃなくインテリアだろう)まで置いてある。天井からは花びら型のシェードを被った照明が垂れ下がり、場違いな俺たちを優しく照らしてくれている。
「……」
早く料理来てくれえ……
「お待たせしました。シュトーレンのセットになります。紅茶の方は、1分ほど蒸らした後、ポッドからカップに注いでください」
来てくれた。思ったよりは早かった。
店員さんが2人がかりで、2つ配膳してくれる。お盆まで真っ白で、縁は花の意匠になってる。
「おお、コレがシュトーレン」
断面が3切れ。茶色いパン? パウンドケーキ? どちらともつかない生地の中に、レーズンとナッツの姿が見える。ベリーの赤も少し覗いているか。その生地を取り囲むように白い粉砂糖がコーティングしている。
「いただきます」
「いたダきまス」
フォークで小さく切り分けて、まずは一口。
甘い。そして食感は見た目通り、パンともパウンドケーキともつかないな。しっとり柔らかく、けれどほぐれるほど結着は弱くない。不思議な歯応えだ。
そして遅れてフルーツに行き当たる。ベリーとレーズンのグジュッとした食感を歯が捉えた後に広がる、酸味と自然な甘み。粉砂糖のザクザクとした食感&人工的な甘さとは好対照だな。最後にナッツを噛んだ。コリッとした食感と淡白な味わいが、甘さ一辺倒の口中を適度にリセットしてくれる。
具材も生地も、全てが混然一体となった菓子。初めて食ったけど、中々美味いじゃないか。
「ああ……嗚呼……母ト食べた物ニ似ている。こちラの方が美味いガ」
感涙せんばかりに、目をつむって天を見上げているガランド。
「良かったな」
1000年近く前の思い出をリフレインできたようだ。そう考えると、とても尊いよな。正直、「パン3切れと飲み物で1700円って高すぎだろ」と思ってたけど、全然払う価値があった。
「ガラ……ん」
更に言葉を続けようとしたところで、対面のガランドの様子がおかしいことに気付く。両目を安らかに閉じて、顔は斜め上にしたまま、両腕を広げている。その両腕の先、掌が透過し始めていた。向こう側の景色がかすかに見える。
「お、おい! ガランド!」
成仏しかかってるんじゃないか。
思わず大声をあげてしまったことにより、周囲の注目が集まってしまう。ガランドの様子に気付いた客たちが悲鳴をあげる。ヤバい、ヤバい。
俺は立ち上がり、ガランドの肩に手を置く。そこから魔力を注ぎ込む。逝くな、越えるな。そう念じながら、全力で。
「あ……嗚呼」
輪郭が元に戻る。ちょっと白骨化してるけど、掌も無事だ。
「大丈夫か?」
「ほぼ逝きかけまシた」
菓子の聖属性がアンデッドに大ダメージ+精神が満たされたことによる耐性低下。このコンボがクリティカルだったようだ。
そこで俺は恐る恐る周囲の様子を見る。酷い状況だ。女性客のほとんどが壁際に張り付いて、恐怖に歯を鳴らしている。避難しようにも俺たちのテーブルに近づくのも怖いんだろう。
「申し訳ない……そして申し訳ないついでに」
速やかに忘却魔法を発動。
「あ、あれ?」
「ちょっと、何してんの?」
「いや、そっちこそ。壁に張り付いて……」
店内中に「?」マークが溢れている。居たたまれない。
俺は残りのシュトーレンをガツガツと頬張って、ミルクティーで流し込む。ガランドの方はいつの間にか3切れとも食べ終わってたみたいで、優雅にコーヒーを嗜んでいた。
5分と経たず席を立つ。
「ありがとうございます。3400円になります」
店員さんも平常通りの接客だ。完全に記憶が飛んでくれてるな。
……さっきのトイレといい、無辜の人の記憶を弄るのは後味が悪いが。
「3500円からで」
「はい。100円のお返しです」
おつりを受け取る。
と、そこで。
「あ」
ガランドが声をあげる。何事かと思えば、
「シュトーレン、持チ帰りも出来るようデス。部下たちノ手土産に」
「いい加減にしてくれ」
アンデッドの軍勢が壊滅するわ。




