4:玉子サンド
昨日、2800円も使ってしまったことにより、いよいよ所持金が2万円を切ってしまった。久しぶりに日本に行けた高揚感と飯の美味さにかまけて、後回しにしてきたけど。割と待ったなしなんだよなあ、財政問題。
「やっぱり催眠が苦しいとなると、公文書偽造か偽札……」
どんどん罪が重くなっていく方向だよなあ。
テクテクと魔王城の廊下を歩きながら、考え事に耽る。
と、前方から誰かが歩いてきた。顔を上げて見やると、全身ローブの怪しい風采。フードの下からは真っ白な頭蓋骨が覗く。袖口からも白骨化した掌が見えた。
「……ガランドか」
魔王軍四天王の一角にして、魔界中のアンデッドを束ねるリッチロード。齢1000を重ねるうちに蓄えた魔法技術と知識量には、魔界の誰もが一目も二目も置く。
「こレは、ルイ様」
唇が無いせいで、魔人や人間とは少し異なる発声(ランダムに音がズレる)をする。
「……」
そうか。知の怪人、リッチロード。彼なら妙案を思いつくかも知れない。
「どうかさレましたかナ?」
「……なあ。俺の元居た世界の話、覚えてる?」
「はい。日本という国デスよね。治安が良ク、生活が安定してイる。首都は東京で、人口はナんと1億を超えるといウ」
流石は知識欲旺盛なだけあって、一度チョロッと話しただけの内容すら、よく覚えてる。
「実は今、そこに一時的に帰れるようになったんだけど」
俺は状況を説明する。
「なるホど。やはり超時空ゲート魔法ノ話を聞きニいらっしゃっタのは、日本に行クためでしタか」
アドバイスは何度か貰ったからな。そりゃあ、まあ勘づくよな。
「……正直、ワタクシも行けるナら行ってみタい。全く知らナい文化を知れル。こんなにワクワクするコとはありマせん」
「そう、だな。一緒に行こう。そうしたら何か妙案が浮かぶかも知れないしな」
新しい視点、しかも頭の良いガランドのそれなら大いに期待できる。
それにまあ……仲間に故郷を見てもらいたい気持ちもゼロじゃない。カネの問題が解決したら、ガランドだけじゃなく色んな魔族(大丈夫そうなヤツに限るが)を招待しても良いかもな。
というワケで早速、ガランドを連れて自室へと戻った。現在の魔界時刻は10時半……向こうでは10時40分か。今日は流石にランチしてる場合じゃないし、ビジネス街が一番静かな時間帯なのは好都合だ。
ゲート魔法を発動する。はぐれないよう、骨の手を握って転移したけど、ゴツゴツしててちょっと寒気がした。
そして……やって来た日本。ガランドにはすぐさま擬人の魔法を掛けた。ただ服装は魔導士のローブのままになってしまったので、ちょっと不審者寄り。
「おオ……おオ」
当のガランドは自分の恰好など気にも留めず、忙しなく周りを見回している。ちなみに顔の造りは60代くらいのヨーロッパ人に見える。恐らくだけど、ガランドの生前の姿だと思う。元人間のモンスターは、擬人魔法を掛けると生前や変化前の姿を取るからな。
「こレほどまでニ独自の発展を遂げてイるとは。コレが人間ノ力なのカ」
驚き、打ちのめされている。1000年を生きたとされるガランドが、ここまで。
「……」
「……」
歩き出した彼の後をゆっくりと追う。視界のほとんどが全くの未知、という体験は……俺も魔界に来たばかりの時に味わったが。本当に言葉すら中々出てこないんだよね。
それから10分ほど。ガランドはあらゆる物を見ながら歩いた。彼の明晰な頭脳は今フル回転していることだろう。
やがて、ピタリと立ち止まると。
「本を……この世界ノ情報を集めまセんと」
「あ、ああ。なるほど」
情報収集なら、またネカフェというのが手っ取り早いけど、彼にも馴染みある媒体にすべきだよな。
図書館、どこら辺にあるか見当もつかないな。仕方ないので、近くをジョギングしていたご老人に訊ねると、3駅先にあるとのこと。親切にも何線のどこ行きに乗れば良いかも教えてくれた。
これが魔界なら転移の魔法や、飛行魔法を選択するんだけど……生憎、日本だからね。俺たちは素直にメトロに乗って移動した。その間も、ガランドは3歳児のようにキョロキョロしていたけど、俺を質問攻めにすることはなかった。
いかにも都会って感じのオシャレな図書館に辿り着いた。黒いシックなタイル外壁に、入口付近にはレンガのアーチまで。
「日本とイう国は、建築技術も我々ノ世界ノ比ではあリませんね」
「まあねえ」
あっちの世界にはコンクリートもデザイン建築も無いからな。
2人で中へ入る。俺の記憶通り、閲覧だけなら登録とか身分証とか厄介なことは言われなかった。
書架の間へ。平日の午前11時前ということで、館内は閑散としていた。狙い通りだな。
「それデは、片っ端かラ情報を抜いて行きマす」
速読魔法というヤツか。俺の脳では処理できないから、基本やらないけど。彼なら脳のスペックが違うからね。
ガランドは1冊の本を手に取る。そしてそれを、パラパラ漫画でも読むような速さで捲り、最後のページまでいって閉じた。翻訳魔法を掛けつつの速読魔法。すげえなあ、本当に。
「……」
それをどんどん繰り返していく。本を取ってはパラパラ流し読みして、本棚を縦断していく老紳士。普通の人間が見れば、「変な人だなあ」としか思わないだろうけど。
「ん。コレは……なるホど」
何か掴んだのか。
ガランドは棚間を移動し、3つほど先の本棚へ。俺も後に続く。どうやら法律や相続関連の書籍が収められているエリアらしい。そこで2冊ほどパラパラした後、ガランドは「パタン」と大きく音を鳴らして本を閉じた。フィニッシュと言わんばかりだ。
「何か妙案が?」
「はい。ルイ様、生前ニ持っていタ貯金は、どれくらいあリますか?」
「え? ああ、そうだなあ」
俺は身寄りも無いし、カネのかかる趣味も持ってなかったから、自然とそれなりの額が貯まっていたハズだ。
最後に通帳を見た時は確か、
「400万円くらいはあったな」
「なるホど。それだけあレば、ソコソコ暮らせまスな」
「と言われてもなあ。国庫に納められてるだろうし」
「元はアナタ様の貯金デス。詐欺や催眠に頼ルよりは、それを取り戻ス方が、いくらカ良心も痛まなイでしょう」
まあ確かに。関係の無い人が、後から書類紛失や不備で上司に激詰めされるとかより。400万円なんて、消えようが屁でもない国庫の方がな。
……って、そうか。
「帰属の魔法」
「はい。失せ物ヤ奪われた金品なドを持ち主ニ帰属させる魔法デス」
盲点だったな。一応、習得はしてるけど使ったことない魔法って結構ある。帰属魔法も、そのうちの1つだ。魔王の持ち物が奪われることって基本無いから。
「それデは、早速」
「あ、待って。人目の無い所でやらないと」
「ああ、そうデしたな。監視カメラなルものがあルのでした」
そこも学習済みか。とはいえ、活字で読むだけである程度の理を理解してくれているのは、彼の頭の良さによるものだけど。
「ていうか、そもそも成功するかな? 国に取られちゃってるカネだけど」
「ええ。そうイった摂理は無視しテ、直接資産が戻ってクるそうデスよ」
聞けば、向こうの世界で似たような前例もあるらしい。足もつかない完全犯罪(いや元々は持ち主の金品だから犯罪と呼ぶのは憚られるが)となるようで。
「それじゃあ、取り敢えず金策の目途は立ったということだな」
自分でも言葉にして、なんか肩の荷が下りた感覚だ。
あとは帰属魔法を使うタイミングや場所を考えるだけだな。
俺は時計に目をやる。
「……今は、11時08分か」
1日、いや最悪は数日がかりになるかと覚悟していたけど、40分弱で終わった。
「ありがとう。ガランドを連れて来て本当に良かった」
「いえ。お役ニ立てたのなラ、ワタクシも光栄デス」
持つべきものは、賢い友だな。
さてと。予定より早く終わったことだし……折角だから何か食うか。リミットは11時40分頃。となると、店で食べるのは難しいだろうし、またテイクアウトかな。
そんなことを考えながら、図書館を後にする。今度は店探しということで、行きとは別の通りへ入る。と、すぐに。
「お」
ちょっと良さげなカフェがある。こういう所は大体……
「あ、やっぱり。テイクアウトもやってくれてるね」
「ルイ様?」
「ああ、そういや……ガランドは飯って食べられるのか?」
「はい。生前ハ食べておリましたから。リッチになっテからは、極稀デスが」
なるほど。魔人の俺よりも、食に対する執着は薄そうだな。
……実験してみるか。魔族に日本の食が通用するのかどうか。
「ちょっと待っていてくれ」
そう言い残し、俺は店内へと足を踏み入れる。若い女性店員が出迎えてくれた。にこやかな笑顔で席に案内しようとするので、
「あ、いや。テイクアウトお願いします」
「あ、テイクアウトですね」
女性店員はレジへと戻る。そしてテイクアウトメニューを渡してくれた。外看板で確認した通り、サンドウィッチも持ち帰れるみたいだな。
「ええっと、じゃあ……玉子サンドを2つ」
ガランドが気に入るどうか分からないが……まあ最悪ダメでも、2人前くらいなら俺1人でも食えるだろう。
「はい。今からお作りして大丈夫ですか?」
「あ、お願いします」
ビジネス街だし、先に注文だけして、後で取りに来る人とかも居るんだろうな。
ていうか作り置きじゃないのは嬉しい。その分、良いお値段するけど。
オーダーが厨房に通ったみたいで、小さく電子音が聞こえる。
「先にお会計、良いですか?」
「あ、はい」
「1400円になりますね」
現金で支払う。
10分ほど待って出来上がった商品を受け取り、店の外へ出た。ジッと待ってくれていたガランドと一緒に、近くの自然公園へと歩き出す。
「何を買わレたのデスか?」
「まあ……待ってな」
自販機で缶コーヒーを買ってから、ベンチに座る。ガランドは不思議そうにしながらも、俺の隣に腰掛けた。
――ぷしゅ
缶のプルトップを開けてやる。
「おお! 斬新ナ蓋デスな」
2人で缶コーヒーをあおる。
「ふむ。便利デスが、味はダーケン村のコーヒーの方が上かト」
だな。缶はどうしても苦味が増す気がするもんな。向こうの世界で俺が見つけたコーヒー豆の方が上だ。
「それじゃあ、真打といくか」
ビニール袋から、サンドウィッチのパックを取り出す。サランラップを取り、プラ容器の蓋を開けると……
「おお、良イ香りデスな!」
掴みは上々みたいだ。1パックにつき2つ入りみたいなので、片方を摘まんでみる。結構デカい。トーストの半分を使って、玉子サラダをサンドしているみたいだ。
「いただきます」
かぶりつく。カリッと音がした。トーストの表面だけカリカリに焼かれてるみたいだ。うん、美味い。表面以外はフワモチ食感で、小麦の香りも強い。そして中にサンドされた玉子サラダ。ブツブツに潰した白身が舌触り良い。そして濃厚な黄身にマヨネーズを和えた、本格的な味わい。舌と上アゴの裏にネットリ残って、旨味を主張してくる。
「うんま」
5年ぶりの玉子サンド。しかもカフェの作りたて。不味いワケがないよね。
「ワ、ワタクシも! いただイても、よろしいデスか!?」
「ああ、もちろん。今が一番美味いから、食べな食べな」
焼きたてのカリカリ食感や、小麦の香りは時間が経つほど失われていくからね。
ガランドはパンを掴むと、一気に頬張った。ちょっと疑問なんだけど……ここで食べたは良いけど、魔界に帰ってリッチの体に戻ったら、腹の中のサンドウィッチはどこに消えるんだろう。
「う、美味イ! コレはなんと美味イ!」
気に入ってくれたみたいだ。
まあ消化問題は……気にしないでおくか。
「なんトも……ワタクシが生前ニ食べてイたパンとは比較になリません! この柔らかサ、この芳醇な香リ!」
メッチャ興奮してるじゃん。
「こノ玉子も、魔界のクソ鶏が産むものトは、質が違いすぎまス!」
良かったな。
その後もガランドは「美味い美味い」と感動しきりで、まさかまさかの、もう1パックは1人で食べきってしまった。俺の方は少し食い足りなかったけど……まあ良いか。苦楽を共にした戦友が、こうして俺の故郷の飯を美味そうに食ってくれるのを見るのも、また乙なモンだ。今日のところはご馳走しておこう。
……ちなみに帰属魔法については、時間が押してるので、次に来た時に発動することにした。




