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転生魔王の出戻り日本グルメ  作者: 生姜寧也


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19/26

18:ナポリタン

 午前10時。魔王城から飛行魔法で30分ほどの場所に位置するデスバレーに、俺とガランドはやって来た。転送に使ったゲートを仕舞いながら、周囲の景色を見やる。灰色の空の下、寒々しい渓谷が横たわっている。枯れ木がポツポツとあるだけで、緑色は皆無。せめて食人樹でも良いから生えてて欲しいモンだ。

 魔界は基本どこも暗色が多いけど、ここは中でもズバ抜けてるよな。生命の息吹が感じられない。


「殺風景だなあ」


「だかラこそ、彼は落ち着くノでしょウ」


 だろうな。

 世間話もそこそこに、俺たちはドクター・モロのラボへと向かう。ここからは飛行魔法の出番だ。デスバレーの中程まで飛ぶと、鉄で出来たドームが現れた。なんか黒い煙がモクモクと上がってるけど……大丈夫なんかね。


 ラボの近くに降りる。するとすぐに扉が開いた。若い女性……を模したカラクリ人形が出てくる。モロの助手だ。魔族と定義して良いのかは分からないが、恐ろしく強いのは間違いない。先の大戦でも獅子奮迅の活躍をしてくれたからな。


「ようこそ、おいでくださいました。魔王様、ガランド様」


「やあ、久しぶり。ノエイン」


 彼女はペコリと頭を下げた。そして動きを止める。命令以上のことはしない、というか出来ない仕様らしい。ドクターに「出迎えろ」としか言われなかったんだろうな。


 彼女の脇を通り抜けて、ラボの中へと入る。ドクターと目が合う。白髪頭はボサボサ、白衣もヨレヨレ。肌は紫色。下はズボンを穿いておらず裸。尻と股間の両方から尾が生えているので、穿くと苦しいそうだ。

 なお、後ろの尾はウロコに覆われているのだが、前側に生えている尾は……その、何故か人間の男のアレに似た形状なんだよな。そして裸なので当然モロ見え状態という。


「……久しぶりだね、ドクター・モロ」


「ああ、そうじゃな。魔王自ら訪ねてくるとは、よほど切羽詰まっておるのか?」


「まあダンジョンを止めるからね」


 切羽詰まっているという程はないけど、健全な状態ではないよね。

 あと俺自ら出向けるのは暇だからだけど。


「ファストルアダンジョンの中ボスを任せられるモンスターを作ってくれということじゃったな?」


「うん。お願いできるかな?」


「ああ、良いぞ。しかし交換条件……まあもう聞いておると思うが」


「分かってる。日本だろう?」


 覚悟完了とまでは言えないけど、まあなんとか。昨日レバニラも食ったしな。


「完全なる別世界だと聞いておる。今から楽しみすぎて……ほれ、前尾ぜんびが大きくなってきおったわ」


 股間を指でさすモロ。もうグロい。

 性的な興奮という概念は、彼には無いのだけど。感情が爆発しそうな時や、モンスター創作意欲が高ぶっている時なんかは、こうして大きくなるそうだ。ちなみに生殖器でも排泄器官でもなく、体幹バランスは後ろの尾で取ってるらしいので……マジで何のためについているのか謎すぎるんだよな。しかも人間のソレよりデカい(比喩じゃなく馬並)のが、なおさらタチ悪いという。

 ニュイなんかは、コレがキモすぎるという理由で、ドクターを大の苦手にしてるしな。


「それ、悪いけどバインドの魔法で縛らせてもらうから」


「なんと……窮屈すぎる。ワシはサーシャのような変態ではないのだ。前尾を縛られるのは苦痛じゃよ」


 確かにサーシャも変態だけど、オマエが言うな。


「あと、擬人魔法を掛けて、ズボンも穿いてもらうぞ」


「なるほど。若造でも魔王は魔王というワケか。血も涙もない」


 オマエのためなんだよなあ。日本でソレや尻尾を出してたら、マトモに行動できないんだから。


「モロ。日本ハ人間だけの国ダ。魔族の特徴ハ隠さなイと混乱を招ク」


 静観していたガランドが口添えしてくれる。ああ、なるほど。そういう言い方なら、多少は伝わるか。こっちの世界でも人間の村に、上級魔族が降り立てば大パニックだからな。


「フィアーが稼げて良いのではないか?」


 発想が生粋の魔族だよな。何故、上位者たる自分が人間なぞに配慮しなくてはいけないのか、と。


「ダメだ。料理人まデ逃げ出したラ、あの美味い飯ハ食えなイ」


「ふうむ。どれほど美味いモンか知らんが、所詮は人間の作る物じゃろう?」


 大した物ではない、と言いたげだけど。


「こちらノ世界ノ人間とは、何もカもレベルが違ウぞ。パンは口ノ中で溶けルようだし、クリームなる物ハ脳天に絡みつクような美味さダ」


「オマエさん、脳天無いじゃろ」


「比喩ダ」


 やっぱこの2人、仲良いよな。


「ともかく、そういうことなら分かったわい。言う通りにしよう」


 結局、知的好奇心には勝てなかったみたいで、了承してくれる。


「ワタクシもお目付ケとして同行いタしましょウ」


「助かるわ」


 心底ね。

 というワケで、バインド魔法でヤツの膨らんでる器官を締め付けてもらう。感触とかは無いんだけど、それでも握るみたいで抵抗があったから、ガランドがやってくれて本当に助かる。


「それじゃあ、行こうか」


 一旦、城の私室へと飛び、2人が人の姿になったのを確認してから。


「続いてくれ」


 ゲートを起こして飛び込んだ。

 ビジネス街へと到着。これまで連れて来たみんなと同じく、モロは少しの間固まっていた。やっぱり自分の理解を超えた景色を見ると硬直してしまう。そこは彼でも一緒なんだな、と。安心したのが良くなかった。


「ふおー!! なんじゃ、コレー!!」


 突然、絶叫したかと思うと。


 ――バチン!!


 凄い音がした。慌ててモロを振り返ると、黒い魔力塊が宙に霧散するのが見えた。ガランドのバインド魔法を打ち破ったということだ。そしてすぐさま、擬人化がピンポイントで解けた股間部から前尾がニョキッと伸びる。


「きゃー!!」

「なんだ、アレ!?」

「露出狂だ!」

「警察! 警察!」


 クソッ。よりによって転移後数秒のオート結界魔法が解けた後に! しかもなんで股間だけ計ったように擬人魔法が解けるんだよ。完全に見せにいってるだろ、オマエ。


「マズいデス! ルイ様!」


「分かってる! 結界魔法を頼む!」


 すぐに動き出してくれるガランドが頼もしい。

 俺は申し訳ないけど、全体に昏睡魔法を掛ける。超強力なヤツだ。一瞬で昏倒する人々。初動が速かったこともあり、サーシャの時のような目撃者多数とはならないうちに制圧できた。ふう、あぶねえ。


 ――ツンツン


 背中を突つかれるので振り返ると、モロが昏倒した人々を指さしていた。


「日本人とやらは、凄い恰好をしておるな」


「オマエだよ!」


 モロ出し老人が。 


「あと、その汚らしい前尾で背中に触れるな! 次やったら切り落とすぞ!」


 ダメだ。分かってたけど、ダメだ。だから嫌だったんだ。


「はあ~」


 特大の溜息が出てしまう。

 まあとにかく、集団記憶操作だ。ただそれでも全員が昏倒していたという事実まではどうにもならないから……周囲でガスが発生したという線が疑われるだろうな。その道のプロが駆り出されて、一帯は封鎖されて……大事になってしまうだろう。

 もはやコイツを警察に差し出して拘留させた方が丸いのではとさえ思ってしまう。ただ戸籍も何も無いからな。もっと面倒なことになるし、そもそもモロが大人しく拘留なんてされてくれるワケないし。


「離脱するぞ。あと、オマエの股間には俺とガランドで二重バインドを掛けるから」


 なんか心理的抵抗があるとか、そんな悠長なこと言ってられる状況でもない。

 体制を整え直し、魔法も解除して、再出発。後ろから喧騒が追いかけてくる中、犯人の俺たちはそそくさと逃げる。

 その間も、モロのヤツはあちこちに首を振りながら、3歳児のように「アレはなんだ!?」を繰り返してきたが。当然、無視して進む。


「さてと。西の方へ行くかな」


 目指すは『佐竹飯店』だ。昨日も中華だったとか贅沢なことは言っていられない。誰も他の人間に興味を持たないオッサンオアシスで、パッと食ってパッと出よう。まかり間違ってもカフェなんて無理だからな。


「おお、アレが鉄の車かあ」


「飛び込むなよ?」


「ワシを何じゃと思っておる。飛び込むより捕まえて解剖してみたいわい」


 それもやめてくれ。

 本当に、サッサと終わらせよう。ということで、気持ち早歩きで進むと。


「あ」


 シャッターがピシャリと閉まった『佐竹飯店』が見えてきた。コレは……休みだな。貼り紙を見ると『年末年始の休業のお知らせ:12月28日~1月4日まで』とあった。


「しもうたなあ」


 ビジネス街のサラリーマンをターゲットにしてる店は、彼らのカレンダーに合わせて休むことが多い。それを失念していた。


「なんじゃ? 休みか?」


「ルイ様。かくなルうえハ、先日も行ったカフェなどハどうでしょウ」


 何が、かくなるうえだよ。嫌だよ。ジジイ×2とオッサン×1とか、俺も店も罰ゲームだよ。

 ……なんか、代案は無いか。


「モロ、どんなのが食べたい?」


 料理も知らないのに、無茶振りだとは思うものの、つい訊ねてしまう。すると、


「うーん。ワシはあのコーヒーという飲料が好きじゃな」


 そんな答えが返ってきた。ダーケン村のコーヒー、そういえばモロが結構買っていると風の噂で聞いたことがあったな。


「折角、日本ニ来たのだカら、パンにすれば良いのニ」


 それも認識がおかしいけどな。

 結局決まらないまま、ダラダラ歩き始める。と、一軒の喫茶店が目についた。適度にレトロで、外から見える客入りは疎ら。コレはアリじゃないか。近寄ってみると、立て看板も出ている。ランチもやっているようで『ナポリタン:750円』『オムライス:800円』などの安いメニューが並んでいる。


「ここなんか、どうだろう?」


「おお、パンがあリそうデスね」


「コーヒーもあるし、なんだか気になるメニューもあるのう」


 決まりだな。

 俺は早速、扉を開けた。カランカランとカウベルが鳴り、おばさん店員が気だるげにこちらを向いた。人数を確認されて、テーブル席に通される。


「メニューです」


 渡された紙メニュー。2人にも見せてやる。


「ワタクシは、玉子サンド一択デスな」


「ワシはどうするか……このナポリタンというのは、どんな料理なんじゃ?」


「小麦粉が原料のイタリア麺料理を、日本が魔改造したヤツだな」


「魔改造……とな?」


 魔改造というか、新メニューというか。日本流スパゲッティだ。


「よし、響きが良い。それにするぞ」


「即決だな。まあ良いけど」


 ということで店員を呼ぶ。テーブルの呼び出しベルすら無い硬派な店だった。


「玉子サンドと、ナポリタンを2つ」


 俺もモロに付き合うことにした。


「セットのドリンクは?」


「ホットコーヒーを3つ」


 注文を済ませると、ウズウズしながら店内を見回すモロ。同じ木造りの建物でも、やっぱり意匠とかはナーロッパより遥かに洗練されてるからね。物珍しいんだろう。


 と。玉子サンドがやって来た。中々美味そうだな。モロも興味津々だが、ガランドは分ける気は無さそう。

 遅れて、他のウェイターが俺たちのナポリタンも持って来てくれる。鉄板に乗ってるヤツじゃないのは残念だけど、純白の皿に赤い麺が山のように盛られているのも悪くない。


「ごゆっくりどうぞ」


 置かれた皿を改めて拝見する。粉チーズが全体に掛かった、オレンジから赤に近い太麺。タマネギやウインナーも同色で溶け込んでしまっている。辛うじてピーマンの緑だけが浮いているくらいか。


「なんとも不思議な料理じゃのう」


「食べてミろ。きっト度肝を抜かれルぞ」


 というワケで実食。

 フォークでクルクルと麺を巻き取って、パクリ。懐かしい味がした。ケチャップの酸味と太麺のモチモチ感。古き良き、喫茶店のナポリタンだね。粉チーズが口中で溶けて、旨味とまろやかさを加えてくれる。


「コレはまた! 食べたことの無い味じゃ!」


 大喜びのモロ。前尾を抑えているバインド魔法に負荷が掛かるのが分かって、慌てて追加の魔力を込める。


「喜んでもらえたようで何よりだよ」


 言いながら、俺は輪切りにされたウインナーを絡めて麺を食べる。コレも美味い。ウインナーの塩気と肉肉しさがトマトソースの酸味と混ざり合い、麺と一緒に啜ると格別だ。

 タマネギはクタッと柔らかく、噛めばほんのり甘い。ピーマンはシャキシャキ感を損なわずに、僅かな苦味で皿全体を引き締めている。


「……」


 美味え。ナポリタンってこんなに計算された料理だったんだな。


「凄いのう! 酸味、甘味、塩味、苦味! ケンカせずに1皿に同居しておる! まさに配合の妙!」


 モロも大喜びだ。

 それから俺たちは残りもペロリと平らげ、コーヒーを飲んで店を出た。


「いやあ、参ったわい。凄い文明じゃ」


 モロからは「ただの人間」と侮るような雰囲気が無くなった。凄い物を作る人々ということで、日本人全体に多少なりのリスペクトが生まれたのかも知れない。


「まだ時間はあるのか? もっと見て回りたいのじゃが」


「いや、もう全然ないね。帰ろう」


 本当はまだこっちに来て40分くらいだけど、もう疲れたよ。なんか前尾を抑えすぎた反動か、後尾がモッコリしてきてる気がするし。今度はあっちの擬態が解けたりしたら、もう手に負えん。


 魔界へ帰る前に、チラッとだけ先程のエリアの様子を見たけど、やっぱり黄色いテープで囲われていた。毒ガス探知などの専門チームが入るんだろう。

 申し訳ない気持ちを抱えながら、ゲートをくぐった。

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