第56話(渚視点)戦線布告
「じゃあね、桃華。また連絡するから!」
「うん、またね」
手を振った桃華がげっそりした顔をしていたのは、たぶん気のせいじゃない。
ちょっと、やり過ぎたかな。
草壁に見せつけてやりたくて、あんなところで桃華にキスをした。
やめて! と拒まれたっておかしくない状況だった……と思う。
でも桃華は、私を受け入れてくれた。
桃華は、どこまで私のことを受け入れてくれるの?
……私は桃華に、どこまで受け入れてほしいと思ってるの?
テストも無事に終わって、桃華と草壁のデートを阻止することもできた。
そろそろちゃんと、私の気持ちに結論を出す時なんじゃないだろうか。
ベッドに寝そべり、スマホの画像フォルダを開く。今の機種に変えたのは中学2年生の時だ。
いろんな写真があるけれど、ほとんどに桃華が写っている。
1代前のスマホを確認しても、たぶん一緒だ。
そもそも初めてスマホを買ったタイミングも、桃華と一緒だったしね。
「ずっと、このままじゃいられないんだろうな」
きっと私たちは別々の大学へ進学して、別々の会社に就職する。
大人になるって、たぶんそういうこと。
「でも、もし桃華と付き合って、上手くいかなかったら?」
親友だからといって、付き合っても上手くいくとは限らない。
もし別れたら、友達にすら戻れなくなってしまうんじゃないだろうか。
「あー、もう……!!」
頭がこんがらがってきて、枕を勢いに任せて殴る。
「……いっそ、桃華が告白してきてくれたらいいのに」
渚が好き。恋人として付き合ってほしい。
桃華がそう言ってくれたらたぶん、私はすぐに頷いちゃうと思う。
要するに私は、二人の関係性を変えてしまうことが怖いのだ。
「ていうか桃華は、私とどうなりたいの?」
桃華は私のことが好きだろうし、私が誰かと仲良くするのを嫌がる。
キスだって何回もした。
でも、恋人になりたいと言われたことはまだない。
私たちはお互いに、決定的な言葉を口にしてはいないのだ。
「うーん」
本当にどうしよう、と頭を抱えたところで、スマホの通知音が鳴った。
「桃華!? ……なんだ、草壁か。……って、何の用?」
一応連絡先は交換しているが、草壁と個人的なやりとりをすることは滅多にない。
もしかして、今日のこと? さすがに見せつけ過ぎた?
元々、見せつけてやろう! という気持ちはあった。
でも、ついやり過ぎてしまった自覚もある。
恐る恐るアプリを開くと、たった一言だけ、メッセージが届いていた。
『今度、二人で会える?』
絵文字もスタンプもないシンプルなメッセージ。
相手が草壁じゃなかったら、デートの誘いにでも見えたかもしれない。
「何で私を?」
どうして? と返信しようとしてやめた。
『いいよ』
素っ気なく、たった3文字だけで返事をした。草壁だってきっと、私からのスタンプなんて待っていない。
草壁が、どういうつもりで私に会おうとしているのかも、私に何を言うつもりかも知らない。
だけど、言いたいことがあるなら聞いてあげよう。そしてその上で、はっきりと分からせてあげる。
桃華が、私の物だってこと。
草壁に、私たちの関係性に文句を言う権利なんかないんだってこと。
『じゃあ、明後日の夕方、18時に学校の正門前で』
草壁から、再びメッセージが送られてきた。了解、とだけ返事をしておく。
「……桃華には、内緒にした方がいいよね」