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第54話(渚視点)黙って見てて

「わ、めちゃくちゃ美味しい。メロン味、俺大好きなんだよね」


 かき氷を食べながら、草壁が桃華をじっと見つめている。その眼差しが気持ち悪くて吐きそうだ。


 プラスチックのスプーンですくって、イチゴ味のかき氷を口へ運ぶ。やたらと甘くて冷たいそれを、今はあまり美味しいとは思えない。


 さっき、かき氷屋の前で桃華にキスをねだった。

 冷静に考えれば、あり得ないことをしたと自分でも思う。でもあの時私は、冷静さを失っていた。


 桃華が草壁の好みをちゃんと理解していて。

 草壁が明らかに桃華に好意を寄せていて。

 知らない男たちまで、桃華のことをじろじろと見て。


 そういうのが全部、許せなかった。


 桃華は、私のことが一番好きなはずなのに。

 桃華は、私のものなのに。


「渚? どうかした? お腹痛い?」


 無言になった私を心配して、桃華が顔を覗き込んでくる。

 ラッシュガードさえ着れば安全だと思っていたのに、水で身体にはりついているせいで、桃華の身体のラインが丸分かりだ。


 やっぱり、海になんてくるんじゃなかったかも。


 からかうように触れれば、桃華はもっと動揺すると思っていた。でも、実際は違った。


 もっと焦ってよ。もっと、私のことしか考えられなくなってよ。


「……ちょっとお腹冷えたかも」

「本当?」

「うん。温かい飲み物とか、あればいいんだけど……」

「分かった。近くに売ってないか探してくるから」


 すぐに立ち上がろうとした桃華を手で制したのは草壁だった。


「俺が買ってくる。桃華ちゃんは、藤宮さんのこと見ておいて」


 そう言い残し、草壁が走っていった。たぶん、駅にあるコンビニまで行ってくれるのだろう。海の家には、温かい飲み物なんてないから。


「桃華」


 名前を呼んで、桃華の手をお腹に持ってくる。かき氷を食べていた手は冷たいけれど、問題ない。お腹が痛い、なんていうのはただの嘘なんだから。


「薬もあるから、必要なら言ってね」

「……うん」


 桃華がそっと私の頭を撫でる。桃華の横顔が妙におとなびて見えて、胸が苦しくなった。





「たぶん、もうすぐ優希くん戻ってくるよ。ホットレモン買えたって」


 スマホを見て、桃華が教えてくれた。

 でも、私のスマホは鳴っていない。


 桃華と草壁、二人のトークで話してるんだよね。

 桃華はもう、草壁がどんなスタンプや絵文字を使うかも知ってるんだろうな。


「……桃華」

「渚? どうかした?」


 心配そうに、桃華が私に顔を近づける。

 少しだけ後ろを向けば、視界の端に草壁が入った。


「桃華がキスしてくれたら、たぶん、治る気がする」


 桃華が目を見開く。返事も聞かず、強引に唇を重ねた。

 周囲の騒がしい声がどんどん遠くなっていく。


 これ、草壁だけじゃなくて、周りの人にもバレバレかな。ちょっと陰になってるし、意外と分からなかったりするかな。


 唇を重ねたまま、ラッシュガードの下に手を入れる。桃華が軽く私の背中を叩いたけれど、気づかないふりをした。

 そのまま手を動かして、水着の中に少しだけ指を入れる。明らかに動揺した桃華を見ると安心できた。


 桃華が悪いの。

 桃華は私のなのに、草壁に思わせぶりな態度なんてとるから。

 草壁が悪いの。

 桃華は私のなのに、桃華に手を出そうとするから。


 これまでずっと、桃華は私の物だと見せつけてきたつもりだし、分からせてきたつもりだ。

 でも二人がまだ分かってくれないのは、足りないからに違いない。


 一瞬だけ唇を離す。桃華が次の言葉を紡ぐよりも先に、もう一度唇を重ね、桃華の口内に舌をねじ込んだ。

 背後から草壁の視線を強く感じる。でも、まだ振り向いてなんかやらない。


 桃華は私のものなの。

 黙ってそこで見ててよ。

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