第49話 水着、着てみてよ
「ね、桃華。一回、家でこれ着てみてよ」
ショッピングモールを出ると、渚がそう言って水着の入ったショッパーを指差した。
「ちゃんと試着できてないし、事前に着てみる方が安心じゃない?」
「それはそうかもしれないけど……」
普通の服と違い、素肌に直接触れる水着は試着しにくい。今回は一応試着したものの、下着の上からだった。
実際に素肌に着るのとでは、少し感覚が違うだろう。
たぶん大丈夫だろうけど、サイズが合わなかったら困るし、確かめるのは大事よね。
「それに言ったじゃん。私の前でだけ、ラッシュガード脱いでって」
水着と合わせて、私は黒いラッシュガードもかった。チャックを閉めれば鎖骨も隠せるデザインだ。
基本的に海では、ラッシュガードを脱がないつもりでいる。
「桃華の水着姿、見たいもん。見せてよ」
「……分かった」
♡
「じゃあ、着替えてくるから」
「え? 別にここで着替えてもいいのに」
ベッドに座った渚がきょとんとした顔で私を見つめる。
「どうせ更衣室も、私たち一緒じゃん」
「それはそうだけど。でも、私だけ着替えるのはなんか恥ずかしいでしょ」
一緒に着替えるのと、私の着替えを一方的に見られるのは全く違う。そんなこと渚も分かるだろうに、気にし過ぎだって、と渚は笑った。
「桃華の着替えも見たいんだけどな」
「……あんまりふざけないでよ。着替えてくるから」
呆れたように言ってみたけれど、失敗したかもしれない。部屋を出て自分の頬を触ると、笑っちゃうくらい熱くなっていたから。
♡
「……変ではない、と思うけど……」
鏡に映った自分をじっと見つめる。渚が選んでくれた水着はやっぱり派手で、なんだか落ち着かない。
っていうかこれ、胸元出過ぎじゃない?
これで正解なの?
大事な部分は隠れているものの、半分くらい胸が見えてしまっている。ちょっとでもずれたら……なんてことを考えると恐ろしい。
ラッシュガードがなければ、とても外で着ようとは思えないデザインだ。
渚はなんで、私にこんな水着を選んだんだろう。
からかうため? それとも本当に、これが似合うって思ったから?
どちらだとしてもどきどきしてしまうんだから、本当に渚は狡い。
♡
部屋の扉を開け、ゆっくりと中へ入る。なんとなく渚の顔を見るのが恥ずかしくて、すぐに床へ視線を落とした。
「桃華! やっぱりめちゃくちゃ似合ってる!」
立ち上がった渚が私の手をぎゅっと掴んだ。
「桃華って本当、赤似合うよね。肌白いし、黒髪にも合ってるし。うん、私って桃華の水着を選ぶ天才かも」
「……ありがとう」
「サイズはどう? 問題ない?」
「うん、大丈夫。着替えてくるね」
水着は落ち着かないし、さっさと着替えたい。そう思っていたのに、渚は私の手を引っ張った。
「着替えたばっかのに、もったいないじゃん」
「もったいないって……」
にやにやと笑いながら、渚が私の全身を観察する。
上機嫌の渚は可愛いけれど、やっぱり逃げ出したい。
「それにしてもこれ、スタイル悪いと似合わないよね」
渚の目は完全に私の胸へ向けられている。
「いいなあ」
「……別に、そんなによくないよ」
動く時には邪魔だし、服の選び方を間違えると太って見える。男子に嫌な視線を向けられることも多い。
でも、渚は大きい方が好きだったりするのかな。
渚は普通に男が好きなはずだ。それでも、女の胸に関する好みなんてあるんだろうか。当たり前だけど、そんな話はしたことがない。
「ねえ、桃華」
「なに?」
「写真、撮ってもいい?」
「……え?」
私が頷くよりも先に、渚は鞄からスマホを取り出した。
「ま、待って!」
普通の服なら、いくらでも撮ってくれて構わない。撮りたい、と思ってくれることが嬉しいから。
だけど、今は違う。水着姿を写真に撮られるなんて、恥ずかしすぎる。
海とかプールで一緒に撮るならいいけど、部屋だし、水着なのは私だけだし、この状況は絶対おかしい。
「だめ? せっかく可愛いから、記念に撮りたくて。海行く時は桃華、ラッシュガード脱がないだろうし」
上目遣いで見つめられたら、渚のお願いを断れるわけない。
というかそもそも、私は渚のお願いを断れない。
「分かった、いいよ」
「ありがとう」
にっこりと笑って、渚は私にスマホのカメラを向けた。