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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
特訓とメモ帳

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プロローグ

お待たせしました。

今回から新章が本格的に始まります!

 前期の試験が近付き、日頃サボりがちな学生たちもチラホラ焦り始めるころ。

 俺は、いつものように講義終わりに三上と雑談していた。


「……ってわけで、レスリングの選手は必ずハンカチを持っていないといけないらしいんだよ」

「全く知りませんでした。紳士的なスポーツで在ろうという姿勢が素晴らしいですね」


 どんな流れでこの話になったのかは覚えていないが、なかなかに盛り上がっている。

 レスリングの選手は止血のために必ずハンカチを持っていないといけない、という雑学を披露しようという俺の判断は正しいとは言えないが、結果的には良かった。

 三上は今日も透き通った雰囲気を纏っていて、周囲の空気を浄化しているんじゃないかと思ってしまう。

 彼女は電気屋の商売仇というわけだ。

 そんな人物が、俺のつまらない話を熱心に聞き、時折笑顔を見せてくれるんだからもう最高と言う他ない。


「――二人とも、なんの話してるの?」


 振り返ると、引き気味な顔をした渋谷の姿があった。


「よお渋谷。調子はどうだ?」

「私は全然元気!」


 ピースサインで自らの活力をアピールした渋谷は、続いて俺たちの状態を尋ねた。


「最近暑くなってきてバテ気味だけど元気だよ」

「私もです〜。そろそろ日傘が欲しいですよね」

「わかる……本当は一年中さしてるほうが良いんだけどね」


 そういえば、紫外線は一年中照射されているんだったか。

 女子は自分が白い方が良いと考えることが多いらしいし、年中気を使わないといけないとは大変だな。

 俺は肌の白さはあまり気にならず、むしろ褐色肌も健康的で良いと思うが……まぁ三上の雪のような白さの前には敵わないだろう。

 意識を少し戻して渋谷を見る。

 あんなに恐ろしい事件に巻き込まれたというのに、他人から見る彼女は驚くほど明るい。

 それが逆に空元気と捉えることもできるが、渋谷に関しては素直に考えて良さそうだ。

 持ち前の明るさが回復力に繋がっているのだろう。

 むしろ、モデルの休業前より会うことが多くなって、心なしか楽しそうに見える。

 三上と渋谷は親友と言ってもいい間柄だし、モデルの仕事は望んでやっているとしても、やはり友達と過ごす時間が多いのは嬉しいのだ。


「あ、それでさぁ、全然話は変わるんだけど」


 思い出したかのように渋谷が言葉を続ける。


「もうすぐ……多分夏休みくらいに休業期間が明けるんだけど、例のドラマの撮影が始まるらしいんだよね」

「おお、おめでとう。今からアクリルスタンドを買うのが楽しみだ」

「絶対毎週録画しますね。なんならDVDも買います」


 確か、以前会ったことのある徳本さんが脚本を務めるドラマに出演するんだったな。

 しかもヒロイン役ということで,今後の渋谷の躍進が楽しみである。


 「あはは……気が早いな二人とも」


 照れくさそうにしているが、成功は確実だろう。

 徳本さんが脚本を手がけるドラマの多くは映画化しているし、そうなれば渋谷のアクリルスタンドどころか等身大パネルが映画館に並んでしまう。

 劇場で私と握手どころか、講義室がファンで溢れかえるな。


「今から渋谷の演技が楽しみだよ」

「そうですね。普段とは違う美奈ちゃんの一面が見れそうです」

「そこなの! それ!」


 三上と顔を見合わせ、首を傾げる。


「鏡合わせレベルで動きを揃えられても困るんだけど、そういうことなの」

「……そういうこと?」


 それ、というのは演技のことだろうか?

 意図がわからず答えを待つ。


「……私、本格的なドラマの仕事は初めてなの。だから徳本さんが満足できる演技ができるか不安で……」


 渋谷の顔に焦りが浮かんでいる。

 なんでもそつなくこなすイメージがあるが、本気で悩んでいるようだ。


「だから、二人には私の演技の先生というか、アドバイザーになって欲しいなって!」

「あ、アドバイザー?」


 聞き慣れないカタカナ。

 おうむ返ししてしまった。


「……つまり、私たちと演技の練習がしたいんですね? 具体的にいうと公園あたりで」

「そう! さすが澪、冴えてる!」


 AIもびっくりな速度で正解を導き出した三上。

 彼女の解説によって、渋谷が何を伝えたいのか理解することができた。


「でも、もちろん準備もしてない素人演技を二人に見せるつもりはないよ! しばらく南條先輩のところで修行して、前期試験の最終日に発表会しよ!」

「それがいいかもしれませんね。でも、ちゃんと勉強もしないとだめ、ですよ?」


 三上のいう通りだ。

 演技の練習も大切だが、それにかまけて本業を疎かにしては意味がない。

 というか、人気モデルが留年なんてことになったら悪い噂が立ってしまいそうだ。


「うう、それは……」


 分かってはいるが辛い、そう言いたげだ。


「でも、わかった! 二人だけ進級なんて嫌だし、両方頑張るから! とりあえず今日は先輩のところ行ってくるね!」


 それじゃ、と告げて渋谷は去っていった。


「毎度思うけど、元気そうで良かったよな」

「本当ですね。むしろやる気に満ち溢れてる気がします」

「……三上って演技とかできるタイプか?」

「いや、そもそもやったことが……」


 各々唸ってしまう。


「とりあえず、俺たちも試験勉強以外に演技の勉強、してみるか?」

「賛成です。美奈ちゃんがびっくりするくらいの演技力を身につけましょう!」


 意気揚々と人差し指を立てる三上だが、それは流石にハードルが高いんじゃないだろうか?

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