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三上さんはメモをとる  作者: 歩く魚
特訓とメモ帳

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人間観察をしよう

お久しぶりです

 とりあえずで講義室を出て、駅へと向かうことにした。

 正直なところ何をすれば良いのかわからない、という思いが足取りに出ているようで、俺は普段よりもゆっくり歩いていた。

 それに対して、三上は歩行速度こそ俺に合わせてくれているが、足の運びに迷いがない。


「そういうわけで、今日が記念すべき初演技練習ですね」

「でも、具体的に何をすればいいかっていうのが思いつかないな。中高の文化祭も、演劇をやっていたクラスもあったけど、俺のところはそうじゃなかったし」


 文化祭といえば、誰もが知っているような演劇を拙い演技力でなぞったり、メイド喫茶だかなんだかの飲食店を出したりするだろう。

 だが、俺の所属していたクラスは、ほぼ毎年と言っていいほど生徒たちのやる気がなく、机に椅子を置いただけの休憩所、つまりただのがら空きの教室が出し物だった。

 何も出していないのに出し物とはこれいかに、今になればそう思うが、当時の生徒たちにとっては、自由時間が増えるために喜ばれていた。

 程度はあれど、自分で何かするよりも、サービスを受ける側に回る方が楽しいからな。

 気になる異性と回るもよし、友達と馬鹿騒ぎするも良しだ。

 ……まぁ、俺はろくに友達もいなかったし、その時間はトイレの個室でゲームをやっていたのだけど。


「私はやったことありますよ、劇」

「そうなのか? あんまり三上が演技してる姿が想像できないな」


 なんでもそつなくこなす三上だが、そつなくこなすからこそ、違う人間になっている様子が思い浮かばない。

 過剰に笑ったり、戦ってみたりしたのだろうか。


「ただ、いつもセリフがほとんどない役になっちゃうんですよね。私が演技が下手で、クラスの子たちが気を遣ってくれたのかもですね」

「あぁ、それは――」


 それはたぶん、あんまりにも三上が浮世離れした雰囲気だから、一緒に演技をするとなると気圧されちゃうからだと思うぞ、とは言えなかった。

 または、彼女の美しさに見惚れて演技に集中できないとか、セリフが月までぶっ飛んじゃうとか、そんなところだろう。

 仮に俺がクラスメイトだとしても同じことを考え、せめてあまり関わらなくていいお姫様役なんかに推薦すると思う。


「でも、三上のクラスの劇は評判良かったんだよな」

「え、どうしてわかったんですか?」

「あー、ほら、勘だよ勘」


 俺も、伊達に三上と一年間友達をやってるわけじゃないな。

 色々と観察していたおかげで、よく気持ちがわかる。

 ……三上のではなくて、周りの人間の気持ちがな。


「……あぁ、だったら今日は人間観察でもするか?」

「人間観察ですか?」

「ちょっと聞こえは悪いけど、街を歩く人の後をつけてみるとか。その人がどんな動きで、何をしようとしていて、そもそも職業はなんなのか、みたいな」


 みなまで言わずとも彼女なら理解できるだろうが、一応説明しておいた。

 こういう時にも、三上は「もうわかった」と話を遮ることなく、最後まで頷きながら聴いてくれる。

 そして、微笑を讃えながら答える。


「いいですね。もしかしたら、この職業の人にはこんな特徴がある、なんていうのも分かるかもしれませんね。歩幅とか、手の平の感じとか」

「それ、シャーロックホームズだよな」


 はい、という肯定。

 ホームズは仕草だけでなく、持ち物や靴の状態から、相手がどんな人間なのかをピタリと当てることができる。

 流石にそこまで鋭い視点を持つことは難しいだろうが、たとえば、焦っている人はこうする、といった風な特徴を見つけることができれば、演技に大いに貢献してくれるだろう。

 小説だろうが演技だろうが、人に伝えるにはリアリティが重要だ。

 自分が想像で語ることと、体験したことを語るのでは天と地ほどの差がある。

 経験は記憶され、その時の空気の暖かさや味、口の中が乾いているかどうか、思考など、細部まで事細かに思い起こすことができる。

 俺たちは、人間観察をすることにした。


「渋谷にしますか?」


 問いに対し、少し考える。


「そうだな。やっぱり人が多いところがいいよな。新宿はごちゃごちゃしてて、そもそも駅の近くに大きな商業施設があるから追いかけるのもつまらなさそうだ。池袋は……駅の中で迷っちゃうし、渋谷にしよう」

「ですね。ハチ公からセンター街を通る人を探しましょうか」


 人の仕草を見るには、できるだけ長い間尾行できる方が良いだろう。

 新宿は駅周りにショッピングモールが多いから、追いかける前に店に入られてしまう可能性が高い。

 キャッチとかスカウトも多くて怖いしな。

 いざという時は俺が肉壁になる覚悟はあるが、何も起こらないに越したことはない。

 池袋はサンシャインに向かう人ならば条件に合致しているが、駅の構内がとにかくごちゃついている。

 平日といえど人も多く、人混みから抜け出したら相手を見失っていた、なんてことになりそうだ。

 そう考えれば、地上で見通しがよく、向かう方向が一定な渋谷が良いと思った。

 大学の最寄駅に到着し、数駅間の雑談をし、渋谷にたどり着いた。

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