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白金記 - Unify the World  作者: 富士見永人
第二章「北朝鮮編」
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第四十九話「愛情戦隊」

泰希(テヒ)い」

 居酒屋・大浦洞(テポドン)、その薄暗い夜の食堂に(こだま)する、()の絶叫。

 その泰希(テヒ)は暖かみのある(かば)色の木の床を、薄気味の悪い赤褐色(せっかっしょく)の血で染めあげていた。内臓の大部分を失ってしまった彼女は、もはや意識も残っていなかったのか、突如現れた赤の全身タイツを身に(まと)った不審者の腕の中で、ただびくんびくんと痙攣(けいれん)し続けていた。

「何だ、どうした」

 ()の叫び声を聞きつけ、寝室で眠っていた真茶(まさ)忍美(しのみ)、そして《解放戦線》のメンバーたちが、一斉に食堂に()けつけてきた。

「貴様あ」

 出会った時から終始ロボットのように無表情だった《黒電話》こと正雄(ジョンウン)が、憤怒のあまり頭に血を昇らせ、すさまじい形相で赤の全身タイツ男に飛びかかった。

「しかし、彼の背後にはいつの間にか緑の全身タイツに身を包んだ大男の姿があった。……なーんちって」

 そう、正雄(ジョンウン)の背後では、いつの間にか緑の全身タイツに身を包んだ筋骨隆々とした大男が、漫画にでも出てくるような巨大なハンマーを、振りあげていた。

 くしゃ。

 まるでアルミ缶でもたたき潰すように、その酒樽の如き巨大な鉄塊は、圧倒的質量で正雄(ジョンウン)の頭部を粉砕してしまった。

「くそ」

 ぼくは《全能反射》により、《緑色》にワルサーPPKを発砲したが、彼はその巨体に似合わぬ獣のように俊敏な動きで、ぼくの銃撃を(かわ)した。

「先輩」

 忍美が叫ぶと同時に、ぼくは転身した。

 ぱあんぱんぱん。

 いつの間にか背後に回りこんでいた宋赫(ソン・ヒョク)が、《白頭(ペクト)山拳銃》CZ75で、ぼくを狙っていたのだ。不意を突かれたが、忍美のおかげで幸い被弾は免れた。

 真茶が素早くトーラス・カーブをポケットから取り出して銃撃するも、(ヒョク)は素早く横に飛び、鉄筋コンクリートの壁の裏に身を隠した。

「え。ちょっと、何」

 ぼくたちと同じ革命(ヒョンミョン)マンションの201室で眠っていた美煐(ミヨン)が、階下(した)での銃声や破砕音を聴きつけ、様子を見に来ていた。

「ばか。来るな」

 とっさにぼくは美煐(ミヨン)に向かって叫んだ。

 ……が、時すでに遅し。

 泰希(テヒ)の返り血でさらに真っ赤に染まった《赤色》が、いつの間にか美煐(ミヨン)の背後まで忍び寄り、彼女を軽々とお姫様抱っこした。見知らぬ血(まみ)れの全身タイツ男にいきなり抱きかかえられるという現実離れした状況を受け入れられてないのか、彼女は茫然と口を半開きにするのみだった。

 しかしそれも束の間、「きゃあ。変質者」と、すぐに金切り声をあげて暴れだし……

 ごん。

 《赤色》に頭突きされ、美煐(ミヨン)は気を失ってしまった。

「こっちだ」

 どういうわけか《赤色》はぼくたちに(あご)でついてくるよう命令し、美煐(ミヨン)を抱えたまま窓を破って外へ出て行った。美煐(ミヨン)を置いて逃げるわけにもいかないので、ぼくは狙撃を警戒しつつも、出口から外へ出、《赤色》の後を追った。

 時刻は夜の十時を回り、濃紺の空には薄い(ねずみ)色の雲が、鱗状に広がっていた。

 外に出たぼくを待っていたのは、赤、青、黄、緑、そしてピンク、と、色とりどりの全身タイツに身を包んだ異様な……そう、まるで日曜朝に子供が見る特撮の戦隊ヒーローのような格好をした奇怪な連中だった。

 彼ら五人は一個の生命体のように息のぴったりあった俊敏な動きで、各々が奇矯(ききょう)なポーズを決め、こう叫んだ。

「勇敢なる切込隊長、空手マスター赤色(レッド)!」

「中国拳法の達人、カンフー黄色(イエロー)!」

「怪力巨漢、ハンマー緑色(グリーン)!」

「剣豪外人、サムライ青色(ブルー)!」

「そして四人の力の源、愛の源泉・ラブリー桃色(ピンク)!」

「五人揃って、愛情戦隊ラブファイブ!」

 最後は五人全員声を合わせ、本当にどこかの戦隊ヒーローのように大見得を切った彼らの表情は、真剣そのものであった。

 ぼくはどう反応したらよいか戸惑ってしまったが、すぐに頭を切り替え、ワルサーPPKの弾倉を交換した。

 程なくして真茶や忍美、()が現れると、《戦隊》の後ろで待機していた一台の黒塗りベンツの中から、若い男性の声がした。

「お揃いでようこそ」

 ベンツの中には、ふたつの人影があった。

 ぼくはそのうちのひとり、助手席側に座っている、蒼きスーツに身を包んだ(にび)色の短髪の若い青年に、刮目(かつもく)した。

 こいつは、想定外の大物がいたもんだ。


 ナサニエル・ブラックメロン。


 米軍需産業大手ハルバード社のオーナーであり、秘密結社ヘリオスの頂点に立つブラックメロン家の次男。

「朝鮮人民解放戦線の面々でよろしいかな。私の名は」

「上様」

 ナサニエルが名乗りを上げようとしたところ、運転席にいた長い巻き毛の金髪が印象的な妙齢の女性が遮った。

「敵地です。不用意に名乗らぬよう。元々私はこの実験と、あなたの来朝には反対だったのですよ。それを無理矢理押し切っていらしたのですから、この地では私の指揮下に入っていただきます。それが《総統》の御意志」

 金髪の女性は眉間に(しわ)を寄せ、不満げにナサニエルにそう言い放った。

「ふむ。それもそうだな。ごめんね、オフィーリア。以後気をつけるよ」

「ですから、私のことはコードネームで呼ぶように、と……まあいいでしょう」

 オフィーリアと呼ばれた金髪の女性は、ナサニエルの無用心さに辟易(へきえき)している様子だった。ちなみに彼らが話している言語はすべて英語である。

 ナサニエルが懐から一本の太い葉巻を取り出し(くわ)えると、すかさずオフィーリアがジッポで火を点けた。

「ありがとう」ナサニエルはその童顔に似合わぬ仕草で葉巻をぷかぷかと吹かしていた。「この国には一度来てみたくてね。《アレの実験》をやるにもちょうどいいし、君はとても有能だと聞いているから、何とかしてくれると思ったんだ。まさか、我が国の兵士を使って実験するわけにもいかないしね。……さて、(ヒョク)君といったかな。我が社の《実験》にご協力いただきありがとう、と、彼らに朝鮮語で伝えてくれるかい」

「ですから。コードネームで呼ぶように、と……はあ」

 ナサニエルが性懲りもなく不用心に(ヒョク)の名を口にすると、オフィーリアは大きなため息をつき、頭を抱えた。

「問題ありません、閣下(かっか)。どのみち彼奴(きゃつ)らは、ここで全員死ぬのですから」いつの間にか朝鮮の伝統的な河回仮面(ハフェタル)を被っていた(ヒョク)が、ナサニエルをフォローするように英語でオフィーリアにそう告げ、次にぼくたちに朝鮮語でこう言い放った。「おい、聞け。下郎ども。貴様らは偉大なる秘密結社ヘリオスの叡智(えいち)の結晶たる《超人種》の、最初の実験体として選ばれた。これは名誉である」

 なるほど。

 どうやら宋赫(ソン・ヒョク)は、朝鮮人民軍に潜んだヘリオス側の《内通者(スパイ)》だったらしい。

「《実験》ねえ。さしずめ私らは、あの化物どもの性能をテストするための当て馬ってところか」

 いつの間にかギターケースからVSSを取り出していた真茶が、憎々しげに言った。

「てめえ。よくも泰希(テヒ)()りやがったな」

 ()が憤怒と憎悪に眼をぎらつかせ、泰希(テヒ)の返り血で若干黒っぽくなった《赤色》に向かって叫んだ。彼の両手には、白金機関より支給された八九式小銃が握られていた。

「くたばりやがれえ」

 殺意を剥き出しにした()は、《戦隊》、殊に中央の《赤色》に向かって、八九式小銃をフルオート射撃しながら突撃していった。

 五人の《戦隊》は、蜘蛛(くも)の子を散らしたように異なる方向へ()けだし、銃弾を回避した。

 ぐしゃ。

 (いや)な音が、夜の大気中に響いた。

 ()が、弾丸の如き勢いで突っこんできた小柄な《黄色》の飛び蹴りによって、文字通り、飛んだ。

 直後。

 ダンプカーが正面衝突したようなすさまじい破砕音とともに、()革命(ヒョンミョン)マンションの壁にたたきつけられ、周囲に不気味な赤黒い花火を撒き散らした。

 腹部が大きく(くぼ)み、おそらくは全身のあらゆる骨が砕け散ってしまった()は、もはや人としての原型を留めていなかった。

 数瞬して、今の轟音(ごうおん)で眼を()まし、血の海と化した地獄の光景を眼のあたりにしてしまったのか、美煐(ミヨン)が「きゃあ」と悲鳴をあげた。

「うるさい。だまれ」

 (ヒョク)が、泣き喚く美煐(ミヨン)の腹にどすんと一発、鋭いボディブローを叩きこんだ。

「う。げ。おえ」

 美煐(ミヨン)は苦しそうに腹を抱え、胃液を吐き出し、だらりと(ヒョク)の腕にもたれかかった。

 そして、すぐさま蟀谷(こめかみ)に突きつけられる、《白頭山(ペクトサン)拳銃》。

 苦痛か恐怖か、あるいはその両方か、美煐(ミヨン)は青ざめた顔で、ただがくがくと震えるのみだった。

 すでに事切れてしまったであろう()に背を向け、どこかの香港映画アクション俳優を思わせる全身黄色タイツの男は、静かにその眼を閉じ、決め顔でこう言った。

「これがぼくたちの《愛》の力だ」

 ブラックメロン家次男ナサニエルが、微笑みながら拍手していた。

「うんうん。いいね。素晴らしい力だ。《人工全能》を凌駕すると銘打っただけのことはある」

 ナサニエルは眼の前で起きた血の惨劇に眉ひとつ動さず、自らが所有する軍需産業の生み出した《生物兵器》の、そのあまりに凄まじい性能に、満足しているようだった。

「うふん。素晴らしいわ。イエロー。ご褒美よ」

 桃色の全身タイツに身を包んだ、おそらくは五人の中で最も年長と思われる淑女(レディ)が、血染めの黄色(イエロー)に、濃厚なディープ・キスをした。

 隙だらけだったので、真茶がすかさずVSSで蜂の巣にするべく狙いを定めた。

 ……が、咄嗟(とっさ)に身を翻し、左へ飛んだ。

「アイム・サムライブルー! イエー」

 そのまま黄色(イエロー)桃色(ピンク)を銃撃していたら、おそらく真茶はいつの間にか背後に迫っていた全身青色タイツ、金髪のチョンマゲという個性的すぎる白人男性が一閃した日本刀によって、胴体を切断されていただろう。

 持ち前の超聴覚により青色(ブルー)の接近を事前に察知した真茶は、かろうじて難を逃れた……わけではなかった。

「くそ。何だ、今のふざけた動きは」

 あの真茶が、暗殺(ヒット)率百パーセントの《殺し屋》が、苦悶(くもん)に顔を歪ませていた。

 青色(ブルー)の、そのあまりに人間離れしたスピードで繰り出された斬撃を、真茶は避けきれていなかったのだ。

 彼女の右脇腹はぱっくりと裂け、鮮血がぼたぼたと(こぼ)れ落ちていた。

 まずい。

 あまりに想定外の展開だ。

 ぼくは混乱し、熱暴走(オーバーヒート)しつつある頭を必死に冷やそうと努めながら、懸命に打開策を練る。

 撤退。

 真っ先に浮かんだのは、その二文字だった。

「おい。ヒデル。ここは一旦退くぞ。私らだけであの化物全員片づけて美煐(ミヨン)を奪還するのは無理だ。私が弾幕を張るから、その隙に車まで走れ」

 真茶が激痛に顔を(しか)めながら、そう言った。

「おやおや。お姫様を見捨てて逃げるというのかい。……だが、現実的な提案ではある。(ヒョク)くん。彼らに『逃げたらその少女を殺す』と、朝鮮語で伝えてくれたまえ」

 ベンツの中でナサニエルが、冷淡な眼つきと声で、そう告げた。

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