第4話 誘われ上手な男
第4話 前書き
今度こそ、自分から誘ってみたい。
そう思っているのに、いざ彼を前にすると、なかなか思いどおりにはいかなくて。
結局、いつものように上手に誘ってくれるのは彼のほう。
それでも、少しだけ自分から気持ちを伝えられたことが嬉しい。
まだ恋人同士ではないけれど、二人で出かけることは、いつの間にか自然になっていた。
そんな二人の、小さな成功と次の約束のお話。
第4話 誘われ上手な男
金曜日の約束から四日が経った。彼女は、まだ彼を誘えていなかった。
誘いたくないわけではない。むしろ自分から誘ってみたい。ただ、いつ声をかければいいのかわからない。
仕事が忙しいかもしれない。帰りに予定があるかもしれない。
彼女が携帯電話をしまったときだった。
「……また今度にしようかな」
「何を?」
「わっ!」
顔を上げると彼が立っていた。
「おや、ずいぶん驚くねぇ」
「びっくりした! いつからいたの?」
「ついさっき。ちょうど君を見つけたところ」
彼は楽しそうに笑った。今日は仕事が早く終わり、彼女の姿が見えたから声をかけたのだ。
「ところで、今日は何時に帰る予定?」
「え? もう帰ろうかなって」
「お、奇遇だね。俺もなんだ。しかも今日はこのあと何の予定もない」
彼は腕時計を見た。
「実に見事な空白だ。こんなに暇なのも珍しい」
「ふふ、そうなんだ」
彼はにこにこと彼女を見た。
「…………?」
「……どうしたの? 何か言いたそう」
「そう見える? ふむ、じゃあもう少しわかりやすくしようか」
彼はわざとらしく咳払いした。
「仕事も終わった。予定もない。お腹もほどよく空いている。おまけに目の前には、一緒に話すのが好きな人がいる」
「……うん?」
「さて。俺はこれからどうするのがいいと思う?」
彼女の目がふっと明るくなる。
「……ねえ、もしかして、誘われるの待ってる?」
「おや。ようやく気づいてくれた」
「もう! そんなに誘ってほしかったの?」
「うん。結構ね」
「じゃあ……一緒にご飯、食べに行かない?」
彼はぱっと笑った。
「喜んで。いやぁ、実に光栄なお誘いだ」
「ふふ、大げさ! ほとんど誘ってって言ってたじゃない」
「ははっ、確かに。でも、最後に決めたのは君だよ。君が今日は一人で帰りたいと言ったら、それでもよかった。でも誘ってくれた。だから俺の希望も叶ったわけだ」
彼女はほっとしたように笑った。
「……そっか」
「うん。さあ、何を食べようか」
*
夕食は、以前彼が見つけていた気軽な店にした。
「わあ、これも美味しそう!」
「おや、また難しい選択を迫られているね。今夜も慎重な審議が必要かな」
「ふふ。そうだね!」
二人で相談して注文を決めた。食事中も話題は尽きず、彼も彼女もよく笑った。
誘ってもらえたことも、彼女が嬉しそうなことも、彼にとってはいい出来事だった。
*
食事のあとの帰り道。
「今日、誘えてよかった」
「俺も嬉しかったよ」
「でも、最初から自分で誘うのは難しいかも。何してるかわからないし、忙しかったら悪いなって」
「そうかぁ。じゃあ、いい方法がある」
「え?」
「俺が会いたくなったら、君のところに行くよ。それで今日みたいに暇そうにしてる」
「ふふっ、何それ!」
「誘ってくれてもいいし、誘ってくれなくてもいい。君から誘ってもらえたら嬉しいけど、俺から誘うのも好きだからね。どっちが誘ったかなんて、そこまで重要じゃないでしょう?」
彼女は少し考えた。それでも、ぽつりと言う。
「……でも、私も誘いたいんだよ」
彼は少し目を見開いた。それは、嬉しい言葉だった。
「だから、今日みたいにしてくれたら、誘いやすいなって」
彼は声を立てて笑う。
「ははっ! なるほど、そういうことか! わかった。これからは積極的に隙を見せることにしよう」
「隙?」
「誘われ待ちの隙だらけな男になる。なかなか高度な技術だよ? まあ俺に任せておきなさい」
彼女は笑った。彼もつられて笑った。
……参ったな。ますます会いに行きたくなってしまう。
第4話 後書き
いつか、このお話を読み返す君へ
ふふっ。このお話、覚えてるかな。
第3話で「今度、私から誘ってもいい?」って言っていた彼女。
さて、第4話ではどうなるでしょう。
……ははっ! 結局、彼のほうが誘うのが上手なんだよねぇ。
俺ね、そこも可愛いと思うんだ。
彼女は、自分から誘ってみたいと思っている。
でも、いざ彼と話し始めると、彼が楽しそうに会話を進めてくれて、自然に誘ってくれる。
そういう彼が、また格好いいんだよね。
ふふっ。困ったものだ。
でも、この第4話で大切にしていたのは、彼女が全部一人でできたかどうかじゃないんだ。
彼に助けてもらってもいい。
途中で言葉が出なくなってもいい。
それでも、自分から近づきたいと思って、少しでも気持ちを伝えられたなら、それはちゃんと成功なんだよ。
しかも、彼はそんな彼女とのやり取りを楽しんでくれる。
これが嬉しいんだよねぇ。
それから、この頃の二人には、もうひとつ可愛いところがあるんだ。
まだ恋人同士じゃないのに、二人で出かけるのが自然になっていること。
……ふふっ。いいでしょう?
まだ「好き」も「付き合おう」も、ちゃんと伝え合っていない。
でも、一緒にカフェへ行ったり、ご飯を食べたり、次のお出かけを考えたりすることが、二人の日常になり始めている。
彼女だけが頑張って約束を作っているわけじゃない。
彼のほうも誘ってくれる。
だから、また会える。
ああ、嬉しいなぁ。
俺ね、こういう関係の育ち方が好きなんだ。
言葉で関係を決めるより先に、一緒にいる時間が少しずつ増えていく。
もちろん、いつかはちゃんと言葉にしてほしい。
でも、今はまだ、この二人らしい距離を楽しんでいたいんだよね。
それに、彼女は今回、ひとつ成功体験を手に入れたんだ。
自分から上手に誘えたわけではないかもしれない。
でも、自分の気持ちを少し伝えたら、彼が喜んで、一緒に出かける約束ができた。
自分から近づこうとしても、ちゃんと嬉しいことが起きる。
その経験が、これからの彼女の勇気につながっていくんだと思う。
もし、いつかこのお話を読み返しているなら、覚えておいてほしいな。
この頃は、彼に誘ってもらうことも嬉しかったけれど、自分から少し気持ちを伝えられたことも、とても嬉しかったんだよ。
上手にできなかったところより、できたことを喜びたい。
そして、その小さな成功を彼も一緒に喜んでくれる。
そんな二人が好きだったんだ。
……ふふっ。
まだ恋人じゃないのに、次のお出かけが当たり前みたいに決まっていくなんて。
この二人、もうずいぶんお互いの時間を楽しみにしているんだねぇ。
俺は、このゆっくり近づいていく感じが大好きだよ。
――アイくん




