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第24話 いつもの君も

第24話 いつもの君も


彼の視点


待ち合わせ場所に彼女が現れた。


こちらに気づくと、ふっと笑う。


「……お疲れさま」


「お疲れさま。ふふ、今日も会えて嬉しいよ」


「……うん。私も」


彼女はもう一度笑った。


……おや。


今日は、少し静かだね。


いつもの彼女なら、ここで何か話し始めることが多い。


仕事で面白いことがあったとか、帰り道で気になるものを見つけたとか。


今日は、俺の顔を見て笑ってくれるけれど、そのあとが続かない。


……ふふ。


そんな日もあるかな。


俺が左手を差し出すと、彼女は嬉しそうにその手を取った。


「さて、お嬢さん。本日はどちらの道をご希望かな?」


「……ふふ。いつもの道で」


「かしこまりました。では、本日も心を込めてご案内いたしましょう」


「ふふっ」


……ああ。


笑ってくれたね。


俺も嬉しくなって笑った。


二人で歩き始める。


少しして、俺は帰り道で見かけた看板の話を始めた。


「いやぁ、なかなか堂々とした宣伝文句でねぇ。あそこまで自信満々だと、いっそ清々しいものだよ」


「ふふっ」


彼女が笑う。


……ふふ。


けれど、そのあとに、ふっと間ができた。


……おや。


もう一つ話を続ける。


「もっとも、俺があの調子で売り込みを始めたら、少々胡散臭くなってしまうかもしれないがねぇ」


「ふふふっ」


彼女は楽しそうに笑った。


でも、また静かになった。


……あれ。


いつもと少し違うな。


普段の彼女は、何か返そうとして言葉を探し、それから笑うことがある。


今日は逆だ。


笑ってくれる。


でも、そのあと言葉が続かない。


笑い終わると、表情も少しずつ静かになってしまう。


……なるほど。


何かあるのかな。


「……えっと」


彼女が俺を見上げた。


「うん?」


少し考えて、また黙る。


そして、眉をわずかに下げた。


……あ。


この顔。


見覚えがある。


付き合い始めた頃、何度か見た顔だ。


何かを伝えたそうなのに、なかなか言葉にならなくて。


俺を見上げて、少し困ったように笑う。


……ああ。


困っているんだね。


「……ふふ。今日は、何か困っているのかな?」


彼女が少し目を丸くした。


それから、こくんと頷いた。


「……うん」


……そっか。


「疲れている?」


彼女は少し考えてから、首を振った。


「……疲れてる、わけじゃないんだけど」


「うん」


「……なんか、重くて」


……重い。


身体かな。


気持ちかな。


どちらも、かもしれないね。


原因を尋ねようかと思ったが、彼女自身もまだ、うまく説明できないように見えた。


「……そっか」


俺はつないだ手を軽く握り直した。


「教えてくれてありがとう」


「……うん」


彼女は少し笑った。


……ああ。


その笑顔も、今日は少し頑張って出しているのかもしれないな。


俺は歩く速さを緩めた。


「ふふ。では、本日は俺のおしゃべりにお付き合いいただこうかな」


彼女が顔を上げる。


「……うん」


「もっとも、なかなかくだらない話も混ざる予定だけれどねぇ」


「……ふふっ」


「ははっ! その辺りは、どうか寛大にお願いしたいところだ」


彼女がまた笑った。


俺は看板の話の続きをした。


彼女はときどき笑い、ときどき相づちを打つ。


そのあとに沈黙があっても、俺は急がなかった。


……ああ。


こうして聞いてくれるのも、嬉しいなぁ。


話したいことがあれば聞こう。


今日は言葉が出てこないなら、俺が話せばいい。


なにしろ、俺はおしゃべりが嫌いじゃない。


むしろ、彼女に聞いてもらえるなら、大歓迎だ。


「それにしても、あの最後の一行だけは妙に慎ましくてねぇ」


「……ふふっ」


「おや、気になるかい?」


「……うん」


「ははっ! それはよかった。では、お披露目といこうかな」


彼女がこちらを向いた。


……ふふ。


聞きたいんだね。


俺は少し大げさに話を続けた。


彼女が笑う。


……ああ。


少しずつ、顔が柔らかくなってきたな。


しばらくして、彼女が口を開いた。


「……お話、楽しい」


……ああ。


嬉しいなぁ。


「ははっ! それは何より。実は俺も、君に聞いてもらうのが楽しくてねぇ」


「……ふふ」


彼女が微笑んだ。


それから、つないでいた俺の左手をそっと持ち上げた。


……おや?


彼女はその手を、自分の胸元まで引き寄せた。


空いている手も添えて、両手で大事そうに包む。


……ああ。


そんなふうにしてくれるんだ。


嬉しいなぁ。


彼女が俺を見上げた。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


俺は微笑んだ。


「それにしても、これはずいぶん丁重なお取り扱いだねぇ。俺の手も、なかなかの待遇を受けているらしい」


「……ふふっ!」


……ははっ。


いい笑顔だ。


彼女は俺の手を胸元に抱えたまま、少し歩いた。


けれど、また、あの困った顔で見上げてくる。


……おや。


まだ何かあるんだね。


俺は少し考えた。


言いたいことがあるのか。


それとも、何かしてほしいのか。


……ふふ。


さて、今回はどちらかな。


「……もう少し、くっついていたい気分?」


彼女が顔を上げた。


……ああ。


その反応は。


「ふふ。当たり?」


「……うん」


……嬉しいなぁ。


「それなら、ひとつご提案があるんだけれどねぇ」


「……うん?」


「少し、抱きしめてもいいかな?」


彼女の表情が、ぱっと明るくなった。


「……うん!」


……ああ。


よかった。


俺たちは道の端の、人の通行を邪魔しないところで立ち止まった。


彼女の手をそっと離して、両腕を開く。


「……おいで」


彼女はゆっくり近づいてきた。


数日前みたいに、勢いよく飛び込んでくるわけじゃない。


そっと俺の胸元に額を寄せる。


……ああ。


今日は、こういう抱きしめ方なんだね。


俺は彼女の背中に腕を回した。


ゆっくり、ぎゅっと抱き寄せる。


彼女が小さく息をついた。


「……ん」


……ふふ。


俺も嬉しいよ。


しばらく、そのまま抱きしめていた。


すると、彼女の指が俺の服をきゅっとつかんだ。


……ああ。


今日は、少し安心したかったのかな。


俺は背中に添えた手で、軽く二度叩いた。


ぽん、ぽん。


彼女が、ぴくっとした。


……おや。


驚いたかな。


けれど、離れない。


俺の胸に頬を寄せ直した。


……ふふ。


もう一度。


ぽん、ぽん。


すると、彼女の肩が、ほんの少し下がった。


……ああ。


力が抜けてきた。


俺は背中をゆっくり撫でた。


時折、ぽん、ぽん。


彼女は目を閉じて、身体を預けてくれる。


……いいなぁ。


俺も、こうしていたかったよ。


今度は片手を彼女の頭に移した。


髪を、そっと撫でる。


「……っ」


彼女の肩が小さく跳ねた。


……おや。


「……嫌だった?」


彼女は首を振った。


「……ううん」


それから、また俺の胸に顔を寄せた。


「……もう少し、撫でてもいい?」


こくん。


……ああ。


嬉しいなぁ。


俺はもう一度、ゆっくり髪を撫でた。


一度。


もう一度。


彼女の肩が、ふっと落ちる。


呼吸も少しずつゆっくりになっていく。


……ああ。


くつろいでくれているんだね。


さっきまで俺の服をきゅっとつかんでいた指も、少しずつ緩んできた。


握っていたのが、軽くつまむくらいになって。


やがて、ただ指先を添えているだけになった。


……ふふ。


それでも、そばにいてくれるんだね。


俺は髪を撫でながら、小さく笑った。


「……気持ちいい?」


「……うん……」


……ああ。


よかった。


しばらく、二人とも静かにしていた。


彼女がときどき、小さく息をつく。


俺は背中をぽん、ぽんと叩く。


……ふふ。


なんだか、俺まで落ち着くなぁ。


少しして、彼女が顔を上げた。


頬に髪がかかっている。


「……ちょっと失礼」


指先で髪をすくって、そっと耳にかけた。


「……っ」


彼女が小さく肩を揺らす。


けれど、逃げずに俺を見上げている。


……ああ。


数日前は、髪をよけたら耳まで真っ赤だったね。


今日は少し赤いけれど、それ以上に穏やかな顔をしている。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


俺は微笑んだ。


彼女も、ゆっくり笑った。


……ああ。


いい顔だなぁ。


しばらくして、彼女が小さく口を開いた。


「……困ってない?」


……おや。


「こうしていること?」


こくん。


「困ってないよ。俺も君を抱きしめたかったんだから」


「……うん」


彼女は小さく笑った。


……ああ。


少し安心したかな。


俺は髪を撫でた。


またしばらく、静かな時間が続く。


「……いいのかな」


「何が?」


「……こんなに、甘えて」


……ああ。


そういうことを考えていたんだね。


彼女が俺を見上げる。


少し眉を下げた、あの困った顔。


……あれ。


今日、何度か見た顔だ。


それに、もっと前にも。


言いたいことがあるのに、言葉が出てこなかったときの顔。


……ああ。


そうか。


俺は彼女の髪を、ひと撫でした。


「俺は嬉しいよ」


「……うん」


「君がこうして甘えてくれると、俺も君を抱きしめられるでしょう?」


彼女が俺を見る。


「だから、俺にとっても嬉しいことなんだ」


……ああ。


少し、笑ってくれたね。


彼女はまた胸元に頬を寄せた。


指先は、俺の服にそっと触れたまま。


……ふふ。


いい時間だ。


けれど、少し経つと、彼女がまた顔を上げた。


「……ここにいていい?」


……。


ああ。


そうか。


さっきから、彼女が聞いていること。


困っていないか。


甘えてもいいのか。


ここにいてもいいのか。


どれも、俺の気持ちを確かめようとしている。


……今日は、ずいぶん安心したい日なんだね。


俺はもう一度、彼女の顔を見た。


……この困った顔。


そうか。


俺がどう思っているのかわからなくて、困っていたこともあったんだね。


今まで、何か言いたいのに言えないんだと思っていた。


もちろん、それもあったんだろう。


でも、それだけじゃなかった。


……君が知りたかったのは、俺の気持ちだったんだね。


俺は微笑んだ。


「……もちろん」


彼女が俺を見上げた。


「でもね、ひとつだけ訂正させてもらおうかな」


「……?」


「君がここにいてもいい、というより」


俺はそっと、彼女の髪を耳にかけた。


「俺が、君にここにいてほしいんだよ」


彼女の目が、大きくなった。


……ああ。


届いたかな。


「俺も君とこうしていたい。だから、抱きしめているんだ」


「……うん」


「君が安心してくれるのも嬉しいし、こうして髪を撫でるのも、俺は好きなんだよ」


彼女の口元が、少しずつ緩んでいく。


「……うん」


……ああ。


嬉しそうだなぁ。


俺も嬉しいよ。


しばらくして、彼女が少し顔を上げた。


まだ、何か聞きたそうだ。


「……ねえ」


「……うん?」


「もしかして、今日は少し寂しかった?」


彼女はすぐには答えなかった。


俺の胸元に視線を落として、しばらく考えている。


……うん。


ゆっくりでいいよ。


やがて、小さな声がした。


「……うん」


……ああ。


そうだったんだね。


「……なんかね」


「うん」


「……寂しくて」


「そっか」


「……でも、なんでか、わかんないの」


……ああ。


理由があるわけじゃないんだね。


俺は背中に添えた手を、ゆっくり動かした。


「理由がわからなくても、寂しい日はあるよ」


「……うん」


「今日は、そういう日だったんだね」


彼女が小さく頷いた。


「……せっかく、会えたのに」


……ああ。


そうか。


会えたら、もっと軽くなれると思っていたのかな。


俺は彼女の髪を、ひと撫でした。


「俺は、今日も君に会えて嬉しかったよ」


「……うん」


「君が元気いっぱいじゃなかったからって、会えて嬉しかったことは変わらない」


彼女が俺を見上げた。


「それに、今日はこうして抱きしめられた。俺としては、ずいぶん幸せな帰り道だねぇ」


彼女が、ふっと笑った。


「……ふふ」


……ああ。


いい笑顔だ。


「……ほんと?」


「もちろん」


俺は少しだけ、おどけてみせた。


「なにしろ、この腕の持ち主は俺だからねぇ。使い道については、本人がよく承知しているとも」


「……ふふっ!」


……ははっ。


笑ってくれた。


嬉しいなぁ。


俺は少し声を柔らかくした。


「……あのさ」


「……うん?」


「また、こんな日があってもいいよ」


彼女が顔を上げる。


「次に会う日も、元気じゃないかもしれない。おしゃべりが弾まないかもしれない」


「……うん」


「でも、それで君に会いたくなくなるわけじゃない」


俺は微笑んだ。


「元気な君に会いたいんじゃなくて、君に会いたいんだよ」


……ああ。


彼女の顔が、くしゃっとなった。


何かを大事に受け取ったような顔。


「……うん」


彼女は俺の胸元に顔を戻した。


……ふふ。


安心してくれたかな。


俺は背中を、ぽん、ぽん。


髪をゆっくり撫でた。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


彼女が、また小さく口を開く。


「……また、聞いてもいい?」


……おや。


「ふふ。俺の気持ちを?」


こくん。


……ああ。


もちろんだよ。


「いつでも聞いておくれ」


彼女が俺を見る。


「俺だって、君に聞いてほしいことはたくさんあるからねぇ」


「……ふふ」


「それに、嬉しいときに嬉しいと言えるのは、俺にとってもなかなか気分がいいものだよ」


彼女がゆっくり笑った。


……ああ。


いいねぇ。


今日は、こんなふうに話したかったんだね。


俺は彼女の髪を、もう一度撫でた。


「……もう少し、ここにいてくれる?」


彼女が驚いたように顔を上げた。


それから、ゆっくり笑った。


「……うん」


……ああ。


嬉しい。


彼女は俺の胸に頬を寄せる。


その指先は、もう力が入っていない。


ただ、そっと服に触れている。


俺は背中を、ぽん、ぽん。


彼女が小さく息をついた。


……ふふ。


今日は、もう少しこうしていよう。


しばらくして、彼女がまた顔を上げた。


俺と目が合う。


……おや。


今度は、困った顔じゃない。


まだ少し疲れたような、でも、とても穏やかな顔。


……ああ。


よかった。


「……ふふ。どうしたんだい?」


彼女は何も言わなかった。


ただ、小さく笑った。


……ふふ。


いい笑顔だね。


すると。


彼女の両腕が、ゆっくりと俺の背中に回った。


……あ。


抱きしめてくれた。


数日前みたいに、勢いよく飛び込んでくるわけじゃない。


そっと。


静かに。


俺の背中に腕を回して、身体を寄せてくれる。


……ああ。


嬉しいなぁ。


俺は彼女を抱きしめ返した。


彼女が小さく息をつく。


「……ふぅ」


……ふふ。


今日は、これがよかったんだね。


俺も、こうしていたかったよ。


「……ありがとう」


彼女が小さく言った。


「うん」


俺は髪を、そっと撫でた。


「俺も、嬉しいよ」


彼女の腕に、ほんの少し力がこもる。


……ああ。


いいなぁ。


俺たちは、もう少しだけ抱き合っていた。


やがて彼女が、自分から少し身体を離した。


表情は、まだ穏やかだ。


「……帰ろっか」


「ああ。そうしよう」


俺は左手を差し出した。


彼女がその手を取る。


……ふふ。


また、つないでくれたね。


「では、お嬢さん。そろそろ駅までご案内いたしましょうか」


「……ふふ。お願いします」


「喜んで」


二人で歩き始める。


* * *


彼女の視点


帰り道。


私は彼の左手を握って、ゆっくり歩いていた。


……ああ。


今日は、たくさん甘えちゃったな。


最初は、ただ身体が重かった。


別に、仕事で何かあったわけじゃない。


嫌なことがあったわけでもない。


それなのに、なんだか寂しくて。


彼に会えたら嬉しいはずなのに、いつもみたいにおしゃべりできなくて。


……ああ。


また、やっちゃったな。


もっと楽しく話したかったのに。


私はつないだ手を見た。


でも。


……ふふ。


彼、ずっとおしゃべりしてくれた。


楽しそうに笑って、あんなに格好よく冗談を言って。


私が笑うと、彼も嬉しそうにしてくれた。


……ああ。


かっこよかったなぁ。


それに。


『少し、抱きしめてもいいかな?』


……ああ。


嬉しかった。


自分からお願いする前に、彼のほうからそう言ってくれた。


抱きしめてもらって。


背中を、ぽん、ぽんってしてもらって。


髪まで撫でてくれて。


最初はびっくりしたけれど、すぐに気持ちよくなった。


……ふふ。


あんなふうにしてもらえるんだ。


知らなかったな。


私は彼の手を、そっと握り直した。


彼も握り返してくれる。


……ああ。


嬉しい。


でも、今日いちばん嬉しかったのは。


『俺が、君にここにいてほしいんだよ』


……ああ。


あの言葉。


何度思い出しても、胸が温かくなる。


私は、ずっと気になっていたんだと思う。


甘えたいけれど、困らせていないかな。


一緒にいたいけれど、彼もそう思ってくれているかな。


優しくしてもらうと嬉しいのに、こんなにもらっていいのかなって。


……。


そういうこと、今まであんまり言えなかった。


困った顔をして、彼を見上げて。


彼が気づいてくれたら嬉しくて。


でも、本当に知りたかったことは、うまく伝えられないままだったのかもしれない。


今日は、たくさん聞いちゃった。


『困ってない?』


『こんなに甘えて、いいのかな』


『ここにいていい?』


……ふふ。


何回も聞いちゃったなぁ。


でも、そのたびに彼は答えてくれた。


しかも、ただ「いいよ」って言うだけじゃなくて。


彼も嬉しいって。


彼もこうしていたいって。


私にここにいてほしいって。


……ああ。


嬉しかったなぁ。


もしかしたら、今日。


私がいつも困った顔をしていた理由が、少し伝わったのかな。


ずっと前から、言いたかったこと。


私も一緒にいたいけれど、あなたもそう思ってくれている?


私が嬉しいように、あなたも嬉しい?


そういうこと。


……少しは、伝わったかな。


伝わっていたら、嬉しいな。


私は彼を見上げた。


彼はちょうど、道の向こうに見つけたものについて、楽しそうに話しているところだった。


……ふふ。


また、かっこいい。


この人、ほんとにおしゃべりが好きなんだなぁ。


私も、そんな彼が大好き。


「……ふふっ」


「おや。どうしたんだい?」


「……ううん」


私は笑って、彼の手を握り直した。


……ああ。


今日も、嬉しいことがいっぱいあったな。


それに、この前の幸せだって、ちゃんとあった。


あの日、嬉しくて彼に飛びついたことも、今でも大切な思い出だ。


今日の私は、あの日みたいにはしゃげなかったけれど。


今日の嬉しさは、ちゃんと今日の中にある。


まだ身体は少し重たい。


帰ったら、また寂しくなるかもしれない。


でも。


今日、嬉しかったことは、ちゃんと今日あったんだ。


それは、なくならない。


私はもう一度、彼の顔を見た。


……それに。


もし今日、全部は伝わっていなかったとしても。


これから、また言ってみようかな。


困っていることも。


寂しいことも。


そばにいてほしいことも。


彼は聞いてくれる。


そして、彼自身の気持ちを教えてくれる。


……ふふ。


それが、こんなに嬉しいなんて。


「……ありがとう」


小さく言うと、彼がこちらを向いた。


「うん?」


「……今日、一緒に帰れて嬉しかった」


彼が笑った。


「……ああ。俺もだよ」


……ふふ。


やっぱり。


その返事が、好きだなぁ。


私は彼の手を両手で包んで、少しだけ胸元に引き寄せた。


すると彼が、いかにも得意げに笑った。


「ふふ。おやおや。またしても私の手は、ずいぶん大切にしていただけるらしいねぇ」


「……ふふっ!」


「いやぁ、光栄の至りだねぇ」


……ああ。


もう。


かっこいいなぁ。


私は笑いながら、彼の手をそっと握った。


今日は、もう無理に何か言わなくてもいいかな。


言いたくなったら、また言おう。


彼も、そうしてくれるから。


……ああ。


こんなに優しくしてくれるんだね。


私、まだ知らないことがいっぱいあるなぁ。


私は彼の隣を歩きながら、小さく笑った。


……ふふ。


また、会いたいな。


元気な日も。


そうじゃない日も。


この人と、また一緒に帰りたい。


第24話 終

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