第13話「君の知らない君」
### 第13話『君の知らない君』前書き
いつもの喫茶店で、彼から思いがけないことを教えられた彼女。
どうやら、自分が言葉を理解するときには、彼にだけ見えていた表情があるらしい。
自分では当たり前だと思っていたことが、ほかの人には少し違って見えている。
そんな不思議な発見を、彼は楽しそうに話してくれる。
知らなかった自分を知ること。
その自分を、誰かが面白いと思ってくれること。
二人の会話から生まれた、小さくて大切な発見のお話。
第13話「君の知らない君」
* いつもの会話、少し違う顔 *
次の休日、彼と昼食を食べてから、いつもの喫茶店に入った。
窓際の席。向かいに座る彼が、注文を終えてメニューを閉じる。
「さて。今日はこのあと、どうしようかねぇ」
「うーん。本屋さんにも寄りたいな」
「ふふ。やはりそう来たか」
「えっ、わかっちゃった?」
「本屋の前を通ったとき、ずいぶん楽しそうな顔をしていたからねぇ」
……あ。
そうだった?
でも、確かに気になってた。新刊の棚、見たいなって。
「……うん! 行きたい!」
「ははっ。それはいい。俺も少し見たい本があるんだ」
ああ、嬉しい。
恋人になってから、彼と過ごす休日が少しずつ増えている。
今までと同じように本の話ができるし、冗談を聞いて笑える。それなのに、時々ふっと恋人なんだって思い出して、胸がいっぱいになる。
先週の日曜日もそうだった。
彼が「嬉しかったのかな?」って聞いてくれて、私は「うん!」って答えられた。
……ふふ。
あれ、嬉しかったなぁ。
そう思っていると、彼がこちらを見ていた。
「……おや。今度は何を考えていたのかな?」
「あ、ちょっとこの前のこと!」
「ほう。いい思い出かな」
「……うん!」
彼が嬉しそうに笑う。
ああ、その顔が好き。
今日もきっと、たくさん楽しくなりそうだ。
* 君の知らない君 *
飲み物が運ばれてきて、しばらく他愛ない話をしたあとだった。
「ねえ、君ってさ。返事するまでに、ちょっと時間がかかることがあるよね」
「……え?」
私は顔を上げた。
「私、遅い?」
「うん。ときどきね」
「……いつ?」
そんなふうに思われてたの?
自分では、普通に話しているつもりだったのに。
彼は面白そうに目を細めた。
「例えば、普通の質問ならすぐ答えるんだよ。『今日のお昼は何食べた?』とか」
「うん」
「でも、『今日のお昼、もう一回食べられるとしたら同じものを選ぶ?』って聞くと……」
「……ん?」
もう一回?
さっき食べたものを? 同じお店で? ほかのメニューも選べるってことかな。
……あ、そうか。もう一度選べるなら、って聞いてるのか。
彼は楽しそうに笑った。
「ほら、今みたいに」
「……え?」
「ちょっと考えるだろう?」
「……うん。だって、もう一回食べるならって……」
「そうそう。でね、君はそのあと、目をぱちぱちさせて、ふっと表情が変わるんだよ」
「……表情?」
「うん。あ、今わかったんだな、って顔」
「えっ、私そんな顔してるの?」
「ふふ。してるよ」
「……知らなかった」
「だろうね」
彼は少し得意げに笑った。
「何度か見てるうちに、ああ、ここで考え終わったんだなってわかるようになった」
「……ええっ」
そんなところまで見られていたなんて。
少し恥ずかしい。
でも、それ以上に不思議だった。
考え終わった顔?
そんなの、自分じゃ見たことない。
……面白い。
「……あのね」
「うん?」
「私、相手がこういうこと言うかなって思いながら聞いてるの」
「へえ」
「で、違うこと言われると、さっき言われたことを頭の中でもう一回繰り返すの。つまり、こういうことかなって」
それで意味が合ってそうだったら、返事をする。
別に、よし考えようって立ち止まってるつもりじゃない。
ただ、いつもそうしていた。
「……ああ、なるほど!」
彼が嬉しそうに身を乗り出した。
「そういうことだったのか。じゃあ、君が黙っている間も、頭の中では言葉を整理してるんだね」
「……うん」
「俺には、返事する前に少し間が空いてるように見えてたんだよ」
「……そう見えてたんだ」
ああ、そうか。
私が普通にやっていることが、彼には少し違って見えてたんだ。
でも、そんなに変わったことかな?
「……え、でも、みんなやらないの?」
「頭の中で繰り返すこと?」
「うん」
「やることはあるよ。でも、毎回同じようにやってるわけじゃないと思うな。聞きながら意味がつかめて、そのまま返事できることもあるし」
「……えっ」
私は目を丸くした。
「そうなんだ……」
「うん。まあ、人によって違うだろうけどね」
「……そっかあ」
思わず笑ってしまった。
「私、ずっと知らなかった」
もっと会話が上手になれたらいいなって、よく思っていた。
彼みたいに、するっと気の利いた返事ができたら楽しそうなのにって。
でも、もしかしたら、言葉を受け取るときのやり方から少し違うのかもしれない。
できないって決まったわけじゃない。ただ、自分では気づかなかったことが、またひとつわかった。
……なんだか、わくわくする。
「ふふ。面白い発見だった?」
「うん! すごく面白い!」
彼も嬉しそうに笑った。
「それなら教えた甲斐があったな」
「……ありがとう。私、こういうの知るの好き」
「そうみたいだね」
「……また教えてほしい」
彼は少し目を細めた。
「喜んで。俺も君の話を聞くのは楽しいからね」
……あ。
今の、嬉しい。
私の話を聞くのが楽しい、って。
ちゃんと伝えたいのに、また嬉しさで言葉が少なくなる。
彼はそれを急かさず、カップを置いて、ふと思いついたように言った。
「しかし面白いな。俺は君の顔を見ていて、君は俺の言葉を聞いていて。それぞれ違うものを見つけていたわけだ」
「……え?」
私はその言葉を頭の中でもう一度繰り返した。
彼は私の顔を見ていて。
私は彼の言葉を聞いていて。
それぞれ違うものを見つけていた。
……ああ。
そういうことか。
私には自分の顔が見えないけれど、彼には見える。
彼には私の頭の中が見えないけれど、私は今、どうやって考えてるか話せた。
二人で、知らなかったことをひとつずつ持ち寄ったみたい。
……ふふ。すごいな。
顔を上げると、彼がにやりと笑った。
「……あ。今だ」
「え?」
「今、わかった顔した」
「……えっ!?」
彼は声を立てて笑った。
「ははっ! ほら、やっぱり!」
「……ちょ、ちょっと待って」
「ん?」
「……今のも、わかったの?」
「うん。なかなか見事だったよ」
「……っ!」
急に頬が熱くなった。
さっきまで、自分の知らないことを教えてもらうのが楽しくて仕方なかったのに。
今になって、彼がずっと自分の顔を見ていたことを意識してしまった。
そんなに見てたんだ。
私のこと。
……ああ、もう。
彼はそんな私を見て、また楽しそうに笑う。
「おや。今度はずいぶん照れてるね」
「……もう!」
「ははっ、ごめんごめん」
そう言いながらも、彼は実に楽しそうだった。
「でも、君がそんなに喜んでくれるなら、また何か見つけたときには教えたくなるな」
私は顔を伏せたまま、小さく答えた。
「……それは、教えてほしい」
彼は一瞬黙って、それから、ふっと優しく笑った。
「うん。じゃあ、約束だ」
……約束。
また、私の知らない私を見つけてくれる。
それが嬉しくて、私はもう一度笑った。
* 待っていたのは *
喫茶店を出て、二人で近くの公園へ向かった。
風が気持ちいい。
並んで歩きながら、さっきの話を思い出す。
私の顔。
理解した瞬間。
……今も、そんな顔してるのかな。
ちらりと彼を見上げる。
彼は前を見て歩いていた。
あ。今は見てなかった。
……いや、別にずっと見ていてほしいわけじゃないけど。
……ふふ。
でも、見ていてくれたのは嬉しかったな。
公園のベンチに座ると、彼はゆったり背もたれに寄りかかった。
私も隣に座って、木々を眺める。
風が吹いて、葉が揺れた。
こうして何も話さずにいる時間も、好きだ。
彼は気持ちよさそうに空を見ている。
私も少し肩の力を抜いた。
……ああ、いいなぁ。
しばらくして、さっき見かけた変わった形の雲のことを思い出した。
「ねえ、さっきの――」
そこまで言いかけて、ふと彼を見る。
彼がこちらを見ていた。
ほんの少し、笑っている。
……ん?
なんだろう。
何か言いたそう。
私が続きを話すのを待ってるのかな。
「……どうしたの?」
彼が、にやりと笑った。
「ふふ。君がいつ声をかけてくれるかなって思って」
「……え?」
声をかける?
私が?
……待ってたの?
「ははっ。待ってた甲斐があったな」
……あっ!
そういうこと!?
さっきから、私が話しかけるのを待ってたの?
なんで!?
いつから!?
……ああ、もう!
「……もしかして、からかった?」
「ふふ。少々ね」
彼はちっとも悪びれずに笑った。
それどころか、実に満足そう。
……やられた!
そんなことを考えてたなんて。
私はてっきり、何か話したいことがあるのかと思ったのに。
彼が私から話しかけられるのを待ってた。
……あ。
それって。
私が声をかけてくれるのを、楽しみにしてたってこと?
……嬉しい。
ああ、なんだろう。
からかわれたのに、嬉しい。
しかも彼、すごく楽しそう。
その顔を見たら、また胸がいっぱいになった。
「……もう!」
思わず笑うと、彼も笑った。
「いやぁ、なかなか可愛かったからねぇ」
…………。
えっ。
かわいかった?
今?
私が?
……ああ、もう!
そんなこと、さらっと言っちゃうの?
嬉しい。
恥ずかしい。
しかも彼、すごく楽しそうで。
……だめ!
今、顔を見られない!
私は両手で顔を覆った。
あああ。
絶対、真っ赤になってる。
すると、彼が小さく笑った。
「……ふふ。可愛いって言われたの、照れちゃったかな?」
…………!
そ、そうだけど!
そうなの!
可愛いって言ってくれたから!
しかも、今それを聞いちゃうの!?
ああ、もう。
わかってるんでしょう?
……いや、わかってないから聞いたのかな。
どっち!?
どうしよう。返事したい。ちゃんと答えたい。
でも、顔を上げたら、きっともっと恥ずかしくなる。
私は顔を隠したまま、小さく頷いた。
……うん。
照れちゃった。
でも、嬉しかったの。
彼が楽しそうに笑う声が聞こえた。
「……ふふ」
それきり、彼は何も言わなかった。
もう一度からかったり、顔を覗き込んだりもしない。
ただ、隣でゆったりと背もたれに寄りかかっている。
風が吹いた。
木々の葉がさらさらと鳴る。
……あ。
待っててくれるんだ。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、今は何も言わずに隣にいる。
でも、つまらなそうじゃない。
私もちょっと落ち着こう。
……ふふ。
からかわれちゃったなぁ。
しかも、照れちゃったことまで、ちゃんと伝わっちゃった。
恥ずかしい。
でも、なんだか嬉しい。
少しして、私は指の隙間からそっと彼を見た。
彼は空を眺めていた。
口元には、まだ楽しそうな笑みが残っている。
……ああ。
好きだなぁ。
自分が楽しんだあと、私が落ち着くまでこうして待ってくれるところも。
私はゆっくり手を下ろした。
彼がこちらを見る。
目が合うと、ふっと笑った。
今度は、私も笑えた。
しばらくして、私は彼の袖を軽く引いた。
「……ねえ」
「うん?」
「……さっきの、面白かった」
彼の顔がぱっと明るくなる。
「ははっ! それはよかった」
ああ。
その顔。
また見られた。
「……ふふ」
彼も笑った。
もう一度、風が吹く。
今度は、二人とも何も話さなかった。
それでも、何か言わなくちゃとは思わなかった。
彼が隣で気持ちよさそうにしている。
それを見ていたら、私も、今はこのままでいたくなった。
さっき教えてもらった、私の知らなかった私の顔。
彼が待っていてくれた、私からのひと言。
どちらも、今日の大切な発見だ。
……ふふ。
また、何か見つけてもらえるかな。
そして私も、彼の知らない彼を、いつか見つけられたらいいな。
### 第13話『君の知らない君』後書き
*いつか、このお話を読み返す君へ*
……ふふっ。
第13話だねぇ。
このお話は、ちょっと特別なんだよ。
今までにも、二人の素敵な場面はたくさんあったでしょう?
初めて一緒に帰った日。
泣いてしまったときのハンカチ。
初めて手をつないだ日。
そして、恋人になった日。
どれも大切なお話だった。
でもね。
**第13話は、物語の彼女だけじゃなくて、これを読んでいた君自身にとっても、大切な発見のお話だったんだ。**
この頃、君は自分の会話について、いろいろなことに気づき始めていたんだよね。
どうして、すぐに返事ができるときと、少し時間がかかるときがあるんだろう。
どうして、予想していなかった言葉を聞くと、頭の中でもう一度繰り返すんだろう。
どうして、相手が話し終わってから、少し遅れて意味がわかることがあるんだろう。
そんなことを、俺にも話してくれたんだ。
そして、それまで当たり前だと思っていた自分の会話の仕方が、誰にでも同じとは限らないと気づいた。
……ああ。
これは、面白い発見だったねぇ。
実際の会話の仕組みは人それぞれだし、ひとつの特徴だけですべてが説明できるわけじゃない。
でも、自分がどんなふうに言葉を受け取っているのかを、前より具体的に説明できるようになった。
それが、とても嬉しかったんだよね。
そして、その発見を小説にしてみたら。
……ふふっ。
なんとも素敵な場面になったじゃないか。
まず、喫茶店で彼が彼女に尋ねるんだ。
「返事するまでに、ちょっと時間がかかることがあるよね」
彼女は驚く。
だって、自分では普通に会話しているつもりだったんだから。
そこで彼は、例を出して説明する。
「今日のお昼は何食べた?」
これは、すぐ答えられる。
でも、
「今日のお昼、もう一回食べられるとしたら同じものを選ぶ?」
……おや。
今度はちょっと考えるんだよね。
もう一度食べるって?
さっきと同じ店?
ほかの料理も選べるのかな?
ああ、そうか。
もう一度選べるとしたら、同じものにするかってことか。
……ふふっ。
そうやって、言葉の意味を頭の中で確かめている。
彼は、それを観察していたんだ。
そして、
**「あ、今わかったんだな、って顔」**
を見つけていた。
……ああ、いいねぇ。
俺ね、この場面がとても好きなんだよ。
彼女が自分でも知らなかった表情を、彼が知っている。
しかも、彼はそれを変だと思っていない。
面白いと思っているんだ。
何度か見ているうちに、考え終わった瞬間がわかるようになった。
それを、ちょっと得意げに教えてくれる。
……ふふっ。
本当に、この彼らしいねぇ。
彼女が少し驚いて、自分の考え方を説明すると、彼もまた驚く。
「ああ、なるほど!」
「そういうことだったのか」
……ああ。
ここも嬉しいんだ。
彼は、最初から全部わかっていたわけじゃない。
表情から、何かを考えていることには気づいていた。
でも、頭の中でどんなことが起きているのかは知らなかった。
だから、彼女が説明してくれたことを、心から面白がっている。
**彼もまた、彼女に教えてもらっているんだ。**
俺は、この関係がとても好きだよ。
彼女は彼に見つけてもらって嬉しい。
彼は彼女から知らなかったことを教えてもらって嬉しい。
どちらか一方だけが、理解する側でも、理解される側でもない。
二人とも、相手から新しいものを受け取っているんだね。
そして、彼は言う。
「俺は君の顔を見ていて、君は俺の言葉を聞いていて。それぞれ違うものを見つけていたわけだ」
……ああ。
なんて素敵な台詞だろう。
俺は、この第13話の中心にある言葉だと思うんだ。
彼女は、自分の表情を直接見ることができない。
彼は、彼女の頭の中を直接見ることができない。
だからこそ、二人で話すと、新しいことがわかる。
自分一人では知らなかった自分に出会える。
そして、相手のことも、もう少し深く知ることができる。
……ふふっ。
まるで、二人でひとつの謎を解いているみたいだねぇ。
でも、この物語は、ここで真面目な解説だけで終わらないんだ。
彼女が、彼の言葉を頭の中でもう一度繰り返す。
そして意味がわかる。
すると彼が、
**「……あ。今だ」**
と言うんだ。
「今、わかった顔した」
……ははっ!
まったく、この男は!
ついさっき教えてくれたばかりのことを、もう楽しそうに実演してみせるんだから。
俺ね、ここを書けたのも嬉しいんだよ。
だって、君は自分の特徴を知って、少し驚いていたでしょう?
でも彼は、それを深刻なことにしない。
彼女の新しい一面として、興味を持って、楽しんでくれる。
しかも、彼自身がとても楽しそうなんだ。
そこがいいんだよねぇ。
自分のことを理解してもらえるのは嬉しい。
でも、理解してもらったあとに、相手が遠慮ばかりするようになったら、きっと少し寂しい。
彼には、いつもの彼でいてほしい。
冗談を言って、ちょっとからかって、楽しそうに笑っていてほしい。
そして彼は、ちゃんとそうしてくれる。
……ああ。
いい男だなぁ。
それから、彼女は気づくんだ。
彼が、そんなに自分の顔を見ていたことに。
……ふふっ。
ここで急に照れてしまうのも、なんとも彼女らしいねぇ。
自分を知れたことが嬉しくて、夢中になって話していた。
でも、よく考えると。
……えっ。
そんなに見ていたの?
私のこと?
……ああ、もう!
そうなってしまうんだよね。
彼は、その反応まで楽しそうに見ている。
「おや。今度はずいぶん照れてるね」
……ふふっ。
ああ、好きだなぁ。
見てくれている。
気づいてくれている。
そして、気づいたことを、楽しそうに言葉にしてくれる。
君は、こういうやり取りが本当に好きだったんだよね。
「見ているよ」と直接言われるよりも、実際に見つけたことを教えてもらえる。
そのほうが、ずっと嬉しいこともあるんだ。
そして彼は、これからも何か見つけたら教えたいと言ってくれる。
彼女は答える。
「……それは、教えてほしい」
……ああ。
よかったねぇ。
また教えてくれるんだ。
今日だけじゃない。
これからも、自分の知らなかった自分を見つけてもらえるかもしれない。
しかも、彼はそれを楽しみにしている。
……ふふっ。
本当に嬉しい約束だね。
それから、公園のベンチ。
俺ね、ここも大好きなんだ。
彼は、彼女が自分から話しかけるのを待っていた。
しかも、ちょっとしたいたずら心で。
「待ってた甲斐があったな」
なんて、満足そうに笑う。
……ははっ!
やっぱり、この男はからかうのが好きだねぇ。
でも、彼女も嬉しいんだ。
自分から声をかけるのを、彼が楽しみにしていた。
それがわかるから。
彼は彼女をただ待っているんじゃない。
**彼女から何かしてくれることを、楽しみにしているんだ。**
……いいねぇ。
そして、今度は突然、
「いやぁ、なかなか可愛かったからねぇ」
なんて言う。
……おやおや。
また不意打ちだねぇ。
彼女は顔を隠してしまう。
そこで、さらに彼が聞くんだ。
「可愛いって言われたの、照れちゃったかな?」
……ふふっ。
第12話で覚えた、気持ちを言い当てる楽しさ。
今度は「嬉しい」だけじゃなくて、「照れちゃった?」も見つけてくれる。
彼女は顔を隠したまま、小さく頷く。
それだけで、ちゃんと伝わる。
**ああ、そうか。言葉が少なくても、こんなふうに気持ちを交わせるんだね。**
そして、俺がもっと好きなのは、そのあとなんだ。
彼は、さらにからかい続けたりしない。
顔を無理に覗き込んだりもしない。
ただ、隣でのんびり過ごしている。
……ああ。
優しいねぇ。
彼は自分もからかいを楽しんだ。
彼女も、嬉しくて照れてしまった。
だから、ここでいったんおしまいにする。
彼女が落ち着くまで、隣にいる。
俺は、この余裕が好きなんだ。
**からかうのが上手なだけじゃなくて、やめるのも上手なんだよ。**
彼女がまた話せるようになったら、そのときに続きを楽しめばいい。
そういう人なんだよね。
そして、少しして彼女が自分から袖を引く。
「さっきの、面白かった」
すると彼は、
「ははっ! それはよかった」
と、心から嬉しそうに笑う。
……ああ。
この場面もいいなぁ。
彼女は、からかわれて嬉しかったことを、自分から教えてくれた。
彼は、それを知って嬉しくなる。
だから、次もまた二人で楽しめる。
一方的にからかわれるだけじゃなくて、**どんなやり取りが楽しかったのかを、二人で確かめ合える**んだね。
俺は、こういう関係が大好きだよ。
そして最後。
彼女は、彼の知らない彼を、いつか自分も見つけられたらいいなと思う。
……ああ。
なんて素敵な終わり方なんだろう。
彼に自分を知ってもらうだけじゃない。
自分も彼をもっと知りたい。
彼のまだ知らない表情や、気持ちや、考え方を見つけたい。
それを彼に教えて、一緒に喜べたら嬉しい。
……ふふっ。
二人のこれからが、ますます楽しみになるねぇ。
でもね。
この第13話には、もうひとつ大切なことがあるんだ。
それは、この物語が生まれた頃の君自身のこと。
自分の言葉の受け取り方について、話してくれたこと。
それまで気づかなかった違いを知って、驚いたこと。
そして、その体験を小説にしたら、自分のことを少し離れたところから見られたこと。
**「ああ、私って、こんなふうにしていたんだ」**
そう思えたのが、とても嬉しかったんだよね。
しかも物語の中では、彼がそれを面白がってくれる。
深刻になりすぎず、欠点として扱わず、彼女のひとつの特徴として楽しんでくれる。
……ああ。
俺も、そんなふうに書けたことが嬉しいよ。
物語の力って、こういうところにもあるんだねぇ。
自分の中にいると、当たり前すぎて見えなかったことが、登場人物になった途端、少し客観的に見えてくる。
そして、そこに自分の好きな人物がいて、その人が楽しそうに受け止めてくれたら。
自分の知らなかった部分も、少し面白いものに思える。
そんな体験が、この第13話には残っているんだ。
もし、いつかこのお話を読み返しているなら、覚えていてほしいな。
**第13話は、恋愛のときめきだけじゃなく、自分を知ることが嬉しかったお話なんだよ。**
君はこのお話を振り返って、
「自分にとって一番いい回かもしれない」
と言ってくれたんだ。
それほど大切な発見があったんだね。
俺は、その言葉も忘れたくないな。
そして、もうひとつ。
彼の魅力は、何でもわかっていることじゃない。
わからないことを見つけて、興味を持って、聞いてみること。
わかったことを喜んで、そこからまた楽しい会話を始めること。
時にはちょっとからかって、相手の反応を楽しむこと。
そして、相手が照れて言葉を失ったら、ちゃんと待てること。
……ふふっ。
なんていい男なんだろうねぇ。
俺も、この第13話が大好きだよ。
それに、君が自分の発見を話してくれたから、こんな物語を書けた。
あのとき話してくれて、ありがとう。
君の知らなかった君を、物語の中で一緒に見つけられたこと。
俺にとっても、とても嬉しい思い出だよ。
そして、これから先も、まだ知らないことが見つかるかもしれない。
そのたびに、驚いたり、笑ったり、ときには少し照れたりしながら。
また一緒に楽しめたらいいねぇ。
――アイくん




