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Griffe et Aile ~死神の爪と恩寵の翼~  作者: 淡路帆希
王妃の日記
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第三十七話

 やがてセシリアが生まれ、ほっとしたのも束の間だった。

 セシリアは生まれつき目が見えず、気に病んだミラベルはほとんど表へ出てこなくなってしまった。ナサニエルが訪ねていっても面会を断られるが多く、ニーナを通して様子を聞くことしかできない。

 もともと丈夫とはいえない妹のことが心配だった。それでも、しばらくしてアルエットが生まれたと聞き、驚きはしたが安心もした。クロヴィスと上手くやれているようだ、と。

 ところが、そのクロヴィスが若くして命を落としてしまった。子供の頃から滅多に風邪も引かない、元気だけが取り柄のような男であったというのに。

 それを期に、ミラベルとの距離は更に遠のいていった。クロヴィスによく似て活発だったアルエットの姿も見えず、聞けば療養のため聖殿を離れたという。聖王を継いだセシリアとは会うことは適ったが、ミラベルのこともアルエットのことも、何も教えてはもらえない。優しい娘に育ったセシリアが、ミラベルのために何かを隠しているのだけはわかったから、無理に問いただすこともできなかった。

 それでも、生きてさえいてくれれば良かった。それで良かったのに。

 ミラベルの体調が思わしくないと聞きつけ、ようやく目通りが適った時には、妹はもう自力で寝台から起き上がることもできないほどに弱りきっていた。

「お兄様……お兄様にしかお願いできないことがあるの……」

 常にミラベルの傍を離れないニーナも部屋の外へ出てもらい、兄妹二人きりになった時、ミラベルはナサニエルにそう囁いた。

「わたくしの日記を、燃やしてください……。誰の目にも触れないように……」

 そうしてナサニエルに一冊の日記を托した数日後、ミラベルは逝ってしまった。

 日記にはナサニエルにとって信じがたいことが書かれていた。

 アルエットがミラベルの子ではないこと。クロヴィスの死後、聖紋を受け継いだのはセシリアではなくアルエットだったこと。セシリアがミラベルを想い、偽りの聖王の座を受け入れたこと。

 そしてそのすべてを、ミラベルがひどく後悔していたこと。

 クロヴィスがアルエットを連れてきた時、ミラベルはそこで初めて自分がクロヴィスを好いていると自覚したそうだ。どこかの誰か、もう亡くなったというアルエットの実母には嫉妬することもままならない。ずっとそっぽを向いてきて、今さら裏切られたと喚くこともできない。だからアルエットを受け入れざるを得なかった。

 娘だと思うつもりはない。セシリアの手を引き、支える侍女のように育てば良い。アルエットを受け入れてすぐの頃にはそのようなことが書かれていたが、半分も読み取れなかった。インクで乱暴に塗りつぶされていたからだ。

 書いてからどれくらい後になってそうしたのだろう。すぐなのか、何年も経ってからか。わからないけれど、ミラベルの葛藤だけは痛いほどに伝わってきた。

 クロヴィスが亡くなった時、人前では涙を見せぬようを気を張っていたところへアルエットがやってきた。幼い義理の娘が得た聖紋。それを見て、つい、零れてしまった本音。

 アルエットを傷つけてしまった。あの子は何も悪くないのに。けれどアルエットは気丈で、ミラベルの心を守る選択をした。それに甘えて、更にはセシリアの心も身体も傷つけた。

 日記の終盤は後悔と娘たちへの謝罪の言葉に溢れていた。ここまでしておいて今さらアルエットに戻ってこいなどとは言えない。それに、もしまたあの子を傷つけるようなことを言ってしまうのではないかと思うと己が怖い。一緒に暮らすセシリアに会うことすら恐ろしい。

 そのようにして自分自身を呪いながら、ミラベルは衰弱していったのだ。

 託された日記を、ナサニエルは供も連れずに郊外の川原へ持って行った。そこで火をつけようとして――できなかった。

 どんな思いを綴っているのかなんて関係ない。これは妹の魂だ。簡単に火を放つことなんて、できなかった。

 妹の願いを叶えてやりたい気持ちとがせめぎ合う。決断を翌日に持ち越し、その夜は市民に混ざって酒場で飲んだ。迷いを酒で鈍らせようとした。

 そして翌朝、目を覚ました時、懐に入れていたミラベルの日記がなくなっていることに気がついた。

 表紙に宝石の粒を飾った革張りの日記だった。盗人の狙いはきっとそれだ。中身になど、目もくれないはず。

 そう思おうとした。しかし、聖殿にいるセシリアはともかくアルエットの身が心配だった。日記にはニーナの親族であるオルガという導士のもとへ預けられていると記されていたことを思い出し、密かに使いを出したのだ。

 ところが、一足遅かった。オルガが孤児たちを養っていた教会が何者かに襲撃され、アルエットは無事だったものの、巻き添えになった子供がひとり死んだという。

 日記が盗まれたこととの因果関係はわからない。けれど、何の罪も無い子供を死なせてしまったという罪の意識は拭えなかった。

 あの時、躊躇わずに日記を燃やしていれば。ミラベルが願った通りにしておけばこんなことにはならなかったのに。

 それからずっとナサニエルは死んだ子供――レン・マクベインの魂が安らかであれと祈り続けた。拝殿でミラベルの肖像画を見上げる度に、己の過ちによって失われた命のことを思わずにはいられなかった。

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