第十話
「ねぇ、レン」
しとしと降る雨の中を歩き出してしばらくした頃。レンに負ぶわれたままのファルコが沈黙に耐えきれなくなったのか、おずおずと声を掛けてきた。
「このあいだ、エリーたちが言っていたこと覚えてる?」
「このあいだ?」
何だっけ、と少しだけ考え、あぁ、と声が出た。
「あれか? 大きくなったら何になりたい、って」
つい先日のことだ。他愛ない日常の戯れとはいえ、忘れるにはまだ日が浅い。
背中でファルコが頷く。錆色の短い髪がレンの頬をくすぐった。
「そう、それ。……ねぇ、レン。君は、なんて答えるつもりだったの?」
訊かれても、すぐには答えられなかった。カーラやハンナのようにやりたいことがあるわけでもない。けれど今いる教会は身寄りのない子供たちのためのもの。十二歳のレンはそう遠くないうちに出て行かなければいけないだろう。
「まぁ、何か仕事を見つけて働くさ。なるべく近くの街がいいな。エリーとマリーはまだ小さいし、これからも妹や弟が増えるかもしれないだろ? だから、何かあればすぐ戻って母さんの手助けをしてやりたい、かなぁ」
言いながら少し照れる。家族のことは大好きだけれど、こういうことをわざわざ口に出す機会はほとんどないから。
一番年上のレンは街へのお遣いに行くことがよくあった。その時にいくつか目星はつけている。靴屋か仕立て屋か、何らかの職人の徒弟となって手に職をつけるのが堅実だろうとは考えていた。
多くは望まない。今が一番幸せなのだから。
「……王都は?」
「え?」
唐突なファルコの問いに、レンは最初何のことだかわからなかった。
王都。何だっけそれ。ここは聖王国エテーリアの端っこで、王都といえば国の真ん中、だと思う。正確な場所はわからないけど、たぶん遠い。エテーリアは大きな国だ。
「レンは王都には興味ない?」
「ないよ。だって遠いだろ」
重ねられた問いに今度は即答した。行ったこともないからわからないけれど、きっと大きな街だ。煌びやかで何もかもが豪華で、町人も皆、流行の服を着て歩いてる。そんな想像の光景に、自分の姿はふさわしくないと思った。
「なんだよ、ファルコは王都で働きたいのか? 意外と都会かぶれなんだな」
少しの寂しさを込めて、からかうように言う。きっとファルコも同じように、近くの街で仕事を見つけて、大人になっても時々顔を合わせるような、そんな関係になるのだと思っていたから。
しかしファルコは反論したりせず、小さく笑っただけだった。負ぶっているから顔は見えない。何で笑ったのか、わからない。
「王都で何かやりたいことでもあるのか?」
商人になりたいカーラのように。画家になりたいハンナのように。何か具体的な将来の夢でもあるのだろうか。それは王都でなければいけないのか。
「……わからない」
囁くような小さな声でファルコは答えた。
「僕は、……に、なりたいわけじゃ、ない……。でも……姉様が……」
「ファルコ、どうした?」
譫言のような途切れ途切れの言葉に、異変を感じて立ち止まる。しかしファルコは構わず続ける。
「その時に、君が一緒にいてくれたら、いいのにな……」
ファルコの力がくたりと抜けて、頬と頬がくっつく。熱い――いや、熱すぎる。
「おい、ファルコ!? しっかりしろ!」
負ぶったファルコを軽く揺する。でも、もう返事はなかった。
怪我をしたせいで発熱したのだ。しかも悪いことに、雨脚が強くなってきた。
「あぁ、もう、くそっ」
状況の悪さに悪態をつき、歯を食いしばって走り出す。
ずぶ濡れになって家に辿り着いた頃には、雨の中で話したことなんか、もうすっかり忘れてしまっていた。




