水野由紀子。ではありませんから
「ヒサ坊もこんな可愛い娘が出来たのか」感涙に咽ぶ五十前の殿方に私と久さんは一様に呟きました。
「婚約者です」「婚約者だ。アニキ。前に会ったろ」
正座には慣れていますが、これだけ年配の方に囲まれるとあまりいい気はしません。
神戸の大きな坂を上り……いえ、これは登ると表現したほうが良いかも知れません。
私と久さんは一件のお家にて武田家の皆様と改めて挨拶をすることになったのですが。
「お前」「ヒサ坊。お前」「ヒサ坊。あんた」「ヒサ坊。お前って奴は」
それ以上、言わなくていいです。
「小学生を孕ませたのか」ち。が。い。ますっ!
こほん。彼は咳払いをすると兄や姉に告げました。
「手も出してない」「なに? 」「なんだと? 」そのようなことをすれば婚約解消すると言っていますから。私は。
「君が『水の』君だったっけ。火乃さんからはよく聞いている」「西尾です。お義兄さま」
「違うらしいよ。兄さん。風鳴さんも『水の』と呼ぶけど、本当は西尾さんだって」「うちの常務がお世話になっております」
どうしてあのお二人は私の名前を覚えてくださらないのでしょうか。
楽しそうにワイワイ騒ぐ久さんのご兄姉さま方には悪いのですが、
私は西尾です。確かに結婚すれば武田になるかもしれませんが、現時点では確定しておりません。
「島、何時行こうか」「近いほうがいいな」
しま? しまって?
「由紀子。喜べ。新婚前に海外に行くぞ」
ええっ?! それってハワイですかっ?! 100万円ですよねっ?!
大喜びで休日を取り、パスポートを作りに行った私は何故か山口県に向かう電車に乗り……。
山口県の漁港から小さな漁船に乗り、瀬戸内海の渦潮にはしゃいだ後に半日も船酔いと格闘することとなり。
「あ。あの。久さん。流石に漁船でハワイには」「はわい? 」ううう。もうだめです。吐きます。
私たちはフラフラの両脚をなんとか大地に再びつけることに成功し。
なんでしょう。この石垣だらけの島は。ハワイにしては。近いと思いますが。
「『海外』旅行だ」
この。ウソつき。うそつきっ?! 久さんのウソつきっ?!
そこは。彼の故郷でした。




