沙紀と久のデート
「久さん」「ん」
沙紀はニコリと微笑むと久の手を握った。
久の顔が真っ赤にそまった。
1975年。春。
久は沙紀の買い物に付き合う形で阪神百貨店を歩いていた。
1951年(昭和26年)の全国名菓名物街、
1952年(昭和27年)の阪神甘辛のれん街など個性と伝統のある店を集める名店街や各地の名物食品を集めて販売した阪神百貨店は今でも日本一のデパ地下と呼ばれるほど食品、食材が豊富である。
当時の盛況もまた想像に難くない。
大阪にお住まいの読者様にはお馴染みのHとS、四葉のクローバーのマークは1978年を待つ必要がある。
「父さんが買い物に行けって言うから」「男手がいるってか」
この時代、ビニール製の買い物袋なるものはない。買い物袋や買い物籠を持ち歩く。
主婦は競ってお洒落な買い物籠を買い求めた。勿論器用な主婦は自分で作る。
「に、したって多いな」「久さん。手をしっかり握ってくださいね」
行ったことのある人間は知っているだろうが、この百貨店の地下はいつも大盛況だ。
知らない人間は確実に迷うし、連れとはぐれる。というか作者ははぐれていつも友人のSに救助される。
「由紀子さんと会いました」「?! 」
驚く久に照れる沙紀。
「素敵なひとですよね」「そうかぁ」
あんな女の何処がいいんだろう。
「ええ。温厚で優しくて包容力があって」「別人だと思う」
「言いがかりみたいなことをしたのに、逆に優しくしてもらって」「だれだよ。そいつ」
久の知っている由紀子の印象と沙紀の印象は。違う。
「最近。久さんがつれないから心配したんですよ」「あんなことがあったしな」
愛犬を婚約者が蹴り殺してしまったのだから、心情はあまりある。
「許しません」「ううううううう。だって噛んで来たんだぜ。あいつ。アイツ噛み癖すごいし」
「ポチはいい子ですよ」「そりゃ飼い主には大人しいだろ」
ですよ。まだ整理できていない印である。
「ほんと。由紀子さんが言っていましたが腹が立ちます」「なんか言ったか」
この地下は、とにかくやかましい。あと値切るな。おばちゃんども。ここはデパートだ。定価販売だ。
「御座候がいいですかイカ焼きがいいですか。沙紀さん」「うーん」
御座候というのは回転焼きの会社である。イカ焼き共々名物になっている。
立ち食いコーナーである『スナックパーク』には様々な階層の人々が集い、共に立ち食いを行っている。
「白餡がいいです」「こっちは黒餡だ」
「じゃ、黒餡をください」「食いかけなんだが」
溢れる人の波に抗いながら二人は買い物を済ませていく。




