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喫茶店 月と魔法 〜裏庭の影は断罪する〜  作者: 志摩


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第3話 とある天才の実験


 すべての光が死に絶え、世界の歪みと怨嗟が集う「影の領域」。



 路地裏の隙間に潜む影の店内には、今宵も重苦しく不吉な静寂が満ちていた。


 暖炉の中で蠢くのは、濁った紫へと揺らめく妖しい炎。


 壁の棚には、過去にこの店を訪れ、黒の魔女によって淘汰された者たちの残骸。

 傲慢な聖騎士の剣や、数々の呪具が「害品」として冷たく陳列されている。


 カウンター奥のハイバックチェアに、深々と腰掛ける漆黒のドレスの女性。


 黒の魔女、リラ。


 つばの広い黒い帽子、夜の闇を溶かし込んだような美しい長髪。そして、いかなる光をも跳ね返し、吸い込む漆黒の瞳。


 彼女は華奢な指先で、棚の最奥に置かれた「小さな銀の鈴」。


 チリン。

 


 家族の仇を討つため、一生消えない激痛を伴う契約の指輪を嵌めて去っていった少女。

 殺し屋・ルチアのものだ。


「……あの子、今頃は激痛にのた打ち回りながら、仇の喉笛を噛み千切っているかしら」


 リラは薄い唇を優雅に歪め、心底退屈そうに息を吐き捨てた。


「害虫を殺し尽くして、運良く生き残れたなら、表の私(バカ)の温いスープでも啜ればいい」


 彼女にとって、この裏の店を訪れる客はみな、自らの退屈を紛らわせるための余興か、あるいは処分されるべき汚物に過ぎない。


 リラは手袋を嵌めた手で、何もない空間をそっとなでた。


 カラン。


 店内に鐘の音が鳴り響いた。 


 前の聖騎士のように暴力的でもなく、少女殺し屋のように重く死臭の漂う音でもない。

 軽やかで、どこか場違いなほど無無邪気な音色だった。



 扉が開き、店内へ足を踏み入れようとした影。

 その小ささに、リラは微かに眉をひそめた。


 入ってきたのは、弱冠十歳ほどの少年だった。


 上質な紺色のベルベットで仕立てられた外套。

 刺繍が施された絹のシャツ。


 金髪の癖毛に、宝石のように澄んだ大きな青い瞳。


 頬にはまだ幼い丸みが残り、どこからどう見ても裕福な貴族の坊ちゃんであった。


 だが、彼の腰に下げられた革の鞄からは、ガラス瓶が触れ合う金属音と、酸性薬品のツンとした匂いが漂っている。



 少年クロルは、気味が悪いほど物怖じすることなく店内を見回した。


 壁に飾られた不気味な剣や標本を見ても恐怖するどころか、好奇心に瞳を輝かせている。


「うわあ……すごいな! ここ、次元の歪みを利用した閉鎖空間だよね? 空間の密度が外と全然違うや! どういう触媒を使えば、こんな安定した次元虚構を作れるの?」


 クロルは興奮気味に声を上げ、泥や血で汚れることも意に介さず、カウンターの前まで一気に駆け寄ってきた。


 ハイバックチェアで見下ろすリラを見上げ、眩しいほどの笑顔を向けた。


「ねえ、お姉さんがこの店のマスター? 凄いよ! 僕、禁忌の文献で読んだ『影の喫茶店』を探して、いろんな魔法陣を試していたんだ! 本当に繋がるなんて思わなかったな!」


 リラは組んでいた脚をゆっくりと組み替えた。スリットから覗く白い脚が妖しく揺れる。


 彼女は漆黒の瞳で、目の前の少年をじっと見つめた。


「……まあ。可愛らしい坊やだこと」


 リラの声は甘く、そして氷のように冷たかった。


「お母さんのおっぱいでも吸っていそうなガキが、なんの用かしら? ここは迷子の子猫が遊びに来る公園ではないのだけれど。……冷やかしなら、その可愛らしい首を折って暖炉の薪にするわよ」


 並の大人なら恐怖で失禁するほどの圧力を込めた一言。


 クロルは恐怖を感じるどころか、「首を折って薪にする」という言葉のロジックに目をつむり、ふむふむと頷いた。


「人体をそのまま燃焼触媒にするなんて効率が悪いよ。骨のリン分と脂質の比率を考えたら、もっと良い乾燥処理を施さないと……あ、自己紹介が遅れちゃったね!」


 クロルは胸を張り、得意気に名乗った。


「僕の名前はクロル! 王立錬金術アカデミーで史上最年少の『特級錬金術師』に選ばれた天才だよ! 大人たちは僕のことを『神童』って呼ぶんだ!」


「へえ……天才ねえ」


 リラは頬杖をつき、鼻でくすりと笑った。


「自称・神童の坊や。それで? その自慢の頭脳で何を買いに来たのかしら。おもちゃの兵隊? それとも、テストで100点を取るための魔法のペン?」


 リラは空中を撫でると、顔を顰めた。


「そんな子供っぽいもの、興味ないよ!」


 クロルは不満そうに口を尖らせると、腰の革鞄から一冊の分厚い羊皮紙のノートを取り出し、バンッ! とカウンターの上に広げた。


 そこに描かれていたのは、あまりにも禍々しく、不快で精密スケッチだった。


 人間の胴体に、猛獣の四肢。

 鳥類の翼に、複数の眼球。


 単なる怪物の絵ではない。

 解剖学に基づき、筋肉の繋ぎ目や血管のバイパス、器官の配置まで詳細に書き込まれた「人間と生物の合成図面」だった。


「僕ね、いま新しい研究をしているんだ!」


 クロルは目をキラキラと輝かせ、無邪気に語り始めた。


「これまでの錬金術って、すっごく退屈なんだよ。鉱物を金に変えたり、傷を治すポーションを作ったり……そんなの、誰でもできるじゃない? だから僕は、もっと面白い実験がしたいんだ! 人間と、色んな魔法生物を繋ぎ合わせた『新しい生命』を作りたいの!」


 リラはスケッチを一瞥し、眉を片方だけ上げた。


「……人間と生物の合成。禁忌中の禁忌、キメラの錬成ね」


「そう! でもね、普通に人間と動物を混ぜると、すぐに肉体が拒絶反応を起こして腐っちゃうんだよね」


 クロルは困ったように頭を掻いた。


「この前も、奴隷商人から買った若い女の子と、三頭の魔狼を繋ぎ合わせる実験をしたんだけど……うーん、三日くらいでギャーギャーうるさく叫んだあと、体がドロドロに溶けちゃって失敗しちゃった。せっかく可愛い顔のパーツを選んだのに、勿体なかったなあ」


 女の子と、三頭の魔狼。


 ギャーギャーうるさく叫んだあと、ドロドロに溶けた。


 クロルはそれを、まるで「積み木を崩して遊んでいたら壊れてしまった」とでも言いたげな、完璧に平然とした笑顔で語っていた。


 彼の言葉には、憎悪も、虐殺の快楽も。

 罪悪感すら存在しなかった。


 ただ純粋な「知的好奇心」と「実験の成果への興奮」だけ。


 リラの手袋を嵌めた指先が、微かに止まった。


 クロルはリラの変化に気づかず、熱っぽくノートを指差し続けた。


「だからね! 異次元の触媒が必要なんだ! この店の『影の魔力』を分けてくれれば、絶対に拒絶反応を抑えられると思うんだよ! ねぇ、お姉さん、僕にその魔力をちょうだい! これが成功したら、僕、歴史に名前が残る最高の錬金術師になれるんだ! 次はもっとたくさんの人間を集めて、10体……ううん、100体くらい同時に繋ぎ合わせる大きな実験をするんだから!」


 少年の瞳は、爛々と輝く「純粋」しか見えない。

 一切の悪気がない、無垢な狂気。


 自分が他人の命を玩具のように切り刻み、塗炭の苦しみを与えて殺しているという自覚が、ゼロなのだ。


 リラは静かに息を吐いた。


 これまでにこの店を訪れた者たち。

 正義を振りかざして虐殺した聖騎士ガイゼル。

 復讐のために命を捨てようとした少女ルチア。


 彼らには、まだ「己の行い」に対する自覚があった。

 正義という盾であれ、憎悪という矛であれ、自分が何をしているかを理解していた。


 この少年は違う。

 虫の足を一本ずつ引き抜いて遊ぶ幼子と同じ。

 足を引き抜かれた虫がどれほどの激痛を感じているかなど、考えたこともない。

 ただ「抜いたらどうなるだろう」という好奇心だけ。


(……なるほどね)


リラは胸の中で冷たく呟いた。


(一番タチが悪いタイプだわ。悪意がないからこそ、罪悪感で立ち止まることもない。放置すれば、自分の好奇心のためだけに世界を地獄に変える『無垢な災厄』)



 リラは口角を吊り上げ、高貴で、そして酷く残酷な笑みを浮かべた。


「いいわ、坊や」


「本当!? 協力してくれるの!?」


 クロルが飛び上がって喜んだ。


「ええ。ただし……当店は商売よ。お望みの魔力をあげる前に、まずはルールの確認をしましょう。あなたの『本性』を映し出すお茶を召し上がっていただくわ」



 リラはハイバックチェアから優雅に立ち上がると、棚から金色のガラスのカップを取り出した。


 そして、何も入っていないポットから、重々しく、ねっとりとした緑色の液体を注ぎ入れた。


 その液体からは、甘い果実のような香りと、酷く発酵した薬品の匂いが混ざり合って立ち上っていた。


「お出しするのは、『真実の抹茶』よ。さあ、お飲みなさい」


「わあ、綺麗な色! これを飲めば、僕の脳の回転がもっと良くなるの?」


 クロルは疑う余地もなくカップを受け取ると、ジュースでも飲むかのように一気に飲み干した。


「……ふう、ごちそうさま! ちょっと苦いけど、甘くておいし――」


 クロルの言葉は、そこで途絶えた。


 バシャンッ!


 クロルの手からカップが滑り落ち、床で甲高い音を立てて砕け散った。


「あれ……? お姉さん……? 視界が……」


 クロルの青い瞳が、急速に焦点を失っていく。

 彼の体が激しく揺れ、どさりと床へ倒れ込んだ。


「あ……が……っ!?」


 少年は自分の喉を掻きむしった。


 彼の脳内、そして肉体に、破滅的な「体験」が雪崩れ込んできたのだ。


 それは、飲み干した者に「自分が他者に与えてきた苦痛と恐怖を、自分が『被害者』として完全追体験させる」という、凶悪な精神侵蝕の魔法だった。


 暗く冷たい地下室。

 錆びた手術台の上に、全裸で縛り付けられた自分。


『やめて! 助けて! お願いだから切らないで!』


 クロルの脳裏に響くのは、彼が「失敗作」として処分した、あの若い女の子の泣き叫ぶ声だった。


 だが、次の瞬間、その声は自分自身の叫びへと変わった。


 ズバッ!


「ぎゃああああああああっ!?」


 クロルは床を転がり回り、自分の太ももを抱えて悲鳴を上げた。


 見えない刃が、彼の皮膚を切り裂き、生肉を削ぎ落としていくような感覚。

 生身の体にメスが入れられ、内臓を引きずり出される激痛。


『あはは! 凄いよ、狼の足と人間の神経が繋がった!』


 無慈悲に笑う自分自身の声が、上空から聞こえてくる。


 その声に合わせて、自分の体に、グツグツと煮えたぎる魔狼の汚れた血が直接流し込まれていく。


「熱い! 熱いよぉぉぉっ! 体が燃える! 痛い、痛い、痛いぁぁぁっ!」


 拒絶反応。

 肉体が細胞単位で壊壊していく激痛。


 骨がメリメリと歪み、皮膚が腐って溶けていく絶望感。



 叫んでも、

 泣いても、

 誰も助けてくれない。


 目の前にいる「天才錬金術師の自分」は、目を輝かせてメモを取るだけで、自分の激痛など微塵も気にしていない。


「助けて……! お父さん、お母さん! 助けてぇぇぇっ! 痛いよぉ、僕の体がおかしくなっちゃうぅぅぅっ!」


 クロルは鼻水と涙で顔を酷くぐしゃぐしゃにし、床に頭を何度も叩きつけた。


 彼が「実験」と称して他人に強いてきた地獄。


 それが、寸分たがわず彼自身の神経に直接叩き込まれていた。


 命を玩具にすることがどれほど恐ろしいか。

 切り刻まれることがどれほど激しい痛みを伴うか。


 絶望の中で命を落とすことがどれほど恐ろしいか。



 言葉による倫理の講釈など、何の意味もない。


 リラが与えたのは、言葉ではなく絶対的な肉体のトラウマだった。



 リラはカウンター越しに、床で狂乱し、失禁しながら泣き叫ぶ少年を見下ろしていた。


 その漆黒の瞳には、一切の同情はない。


「どうかしら、自称・神童の坊や?」


 リラの冷ややかな声が、少年の悲鳴の隙間に落ちる。



「あなたが『面白い実験』と呼んでいたものの正体は。切り刻まれるのは、気持ちが良いかしら? 自分の体がドロドロに溶けていく気分は、最高に刺激的でしょう?」


「いやだ……いやだぁぁぁっ!」


 クロルは這いつくばり、リラの足元にしがみつこうとした。


 リラは汚いゴミを見るような目で、すっとドレスの裾を引いてそれを避けた。



「許して……! 僕が間違ってた! 痛いよぉ、怖いよぉっ! もう実験なんてしない! 人間なんて繋ぎ合わせない! 錬金術なんて二度とやらないからぁぁぁっ! 助けて、お姉さん! 助けてぇぇぇっ!」


 かつての「神童」のプライドなど、完全に打ち砕かれていた。


 そこにいたのは、ただ激痛と恐怖に狂い、許しを請うだけの、惨めな十歳の子供だった。


 彼の中に、確固たる「倫理観」が刻み込まれた瞬間だった。


 それは正義感や道徳ではない。

 他人を傷つければ、自分がこの死ぬほどの激痛を味わうことになるという、魂の深層に焼き付けられた絶対の恐怖としての倫理。


「ふん……」


 リラは鼻を鳴らした。

 クロルの心から「無邪気な狂気」が完全に消え去り、二度と生命実験に手を染めないだけの強い拒絶反応(トラウマ)が形成されたのを確認すると、彼女は指先をパチンと鳴らした。



 フッ。


 少年の肉体を苛んでいた幻影の激痛が、潮が引くように消え去った。


「ひぐっ……あ……えぐっ……」


 クロルは床に突っ伏したまま、肩を激しく上下させて喘いだ。


 全身は冷や汗でぐしょ濡れになり、瞳には先ほどまでの生意気な光は影を潜め、ただ怯えだけが残っていた。



「……毒抜き、完了ね」


 リラはハイバックチェアに深く腰掛け、冷たく言った。



「安心しなさい。その激痛はただの幻影よ。あなたの体に傷一つ残ってはいないわ。……ただし、これからあなたが再び『命を弄ぶ実験』をしようとした瞬間、今の何百倍もの激痛があなたを襲い、あなたの精神を永久に破壊するでしょうけれど」


 クロルはガタガタと震えながら、何度も頷いた。


「しない……絶対にしない……! 僕、もうお家へ帰る……! 錬金術の道具も、全部捨てる……っ!」


「ええ、帰りなさい。……と言いたいところだけれど」


 リラは細い指先を顎に当て、漆黒の瞳を妖しく光らせた。



「せっかくの天才少年だもの。その頭から『余計な危険思想』だけを消してあげるわ。キメラ錬成に関する知識も、この店のことも、全部忘れてただの『お勉強が得意な可愛い坊ちゃん』に戻りなさい」



 リラが手を掲げ、記憶消去の術式を展開しようとした。その時だった。


 クロルの頭部から溢れ出る「記憶の糸」を魔法で手繰り寄せていたリラの動きが、ぴたりと止まった。



「……あら?」


 リラの漆黒の瞳に、不快そうな色が混ざる。


 少年の記憶の奥深く。


 彼が「自分の純粋な思いつき」だと信じ込んでいた、キメラ錬成の知識。



 その記憶の根底に、ねっとりとした他者の意志(呪い)が泥のようにこびりついていたのだ。



『クロル君、君は天才だ。人間と生物を繋ぎ合わせれば、君は神になれるよ』


『この文献をあげよう。さあ、地下室で実験をしてごらん』


 少年の記憶の陰で、怪しく微笑む一人の男の姿。


 豪華な金色の司祭服を纏い、首には太陽を模した聖印。

 言葉巧みに幼いクロルの虚栄心と好奇心を煽り、禁忌の実験へと誘い込んでいた「誘導者」。


 カルト教団『聖光会』の教祖、アナン。


 彼がクロルに実験をさせていた理由は、純粋な学術研究などではなかった。


 クロルが作り出した「合成生物」を『神が下した不完全な天罰』として世に解き放ち、人々の恐怖を煽った上で、自分がそれを退治する『嘘の奇跡』を自作自演するため。


そして、信者からさらに莫大な金と信仰を巻き上げるための、胸糞悪い自作自演の駒として、この少年を利用していたのだ。


「……吐き気がするわね」


 リラは低く呟いた。


 クロル自身は、確かに狂っていた。

 だが、その狂気の種を植え付け、水をやり、自分は安全な場所で高笑いしながら子供を「実験台の供給源」として使い捨てていた本物のゲスが、裏に潜んでいたのだ。



「おねえ……さん……?」


 怯えるクロルに対し、リラは冷酷な笑みを浮かべたまま、その額にそっと指先を触れさせた。


「大丈夫よ、坊や。あなたのせいではない部分も、少なからずあったみたいね」



 ちりん

 繊細な光が弾けた。



「キメラの知識も、あの不快な教祖の顔も、この店のことも……すべて綺麗さっぱり忘れなさい。これからは、もっとまともな学問にその頭脳を使いなさいな」


 光がクロルの頭部を包み込む。


 少年の瞳から恐怖と混乱が消え、すーっと深い眠りへと落ちていった。


「辛い記憶、おかしな記憶。全てないまっさらな君」


 リラが軽く手を振ると、少年の体が黒い光の粒子となり、元いた世界の自分の部屋のベッドの上へと転送されていった。


 彼が残していったのは、禁忌のスケッチが描かれたノートだけだった。


 静まり返った店内。



 リラはカウンターの上に残されたノートを手に取り、暖炉の紫の炎の中へと放り投げた。


 羊皮紙がパチパチと音を立てて黒く焦げ、灰となって消えていく。


「ふふ……」


 リラはハイバックチェアにもたれかかり、楽しそうに喉を鳴らした。


「子供をそそのかして怪物を造らせ、自分は『神の代理人』として民を騙し、暴利を貪る教祖様……ねえ」



 彼女の漆黒の瞳に、今までで最も深く、最も苛烈な「殺意」が灯っていた。


 クロルの記憶を去像した際、リラは教祖アナンの魂の波長を完全に記憶していた。


 そして己の「実験道具(クロル)」が急に改心して無能化し、計画が頓挫したことに焦った教祖が、さらなる手っ取り早い「本物の奇跡」を求めて、この影の店へ辿り着くであろう未来の導線(みち)を、すでに引き寄せていた。

 


「来なさい、偽りの神様」


 リラは華奢な指先で、自分の唇をそっとなぞった。


「あなたが信者たちに見せてあげられなかった『最高の奇跡』を……私がこの店で、たっぷり味わわせてあげるわ」



 暖炉の紫の炎が、まるで次の「獲物」の訪れを歓迎するかのように、激しく、禍々しく燃え上がった。


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