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プロローグ 綻びの始まり

五年前。

“最悪の未来”を見通す力を失った相沢は現在も総務部で主任として活躍している。

見えなくなったからこそ、見えない危機に備えるしかない――その思いで、篠宮澪とともに危機予防マニュアルを整備し、社内の小さな火種を未然に摘み取ってきた。

事故、クレーム、情報管理、労務トラブル。総務部は表に出ることなく、会社の平穏を守り続けてきた。

だが時代は変わった。

一つの投稿が数時間で炎上し、社内の不満は匿名の告発となって拡散され、現場で起きた小さな綻びは、瞬く間に企業全体の信用問題へと姿を変える。


これまで総務部が積み上げてきた“現場で拾う危機”だけでは、もう間に合わない。

火がついてからでは遅い。

火種になる前の空気を読み、部署をまたいで先回りし、会社全体を守る仕組みが必要になっていた。


経営陣もまた、総務部だけでは対処しきれない危機の増加に頭を抱えていた。

現場対応に長けた総務部の力は認めながらも、それだけでは全社的なリスク管理に限界がある。

そこで常務・矢吹は、新たな全社横断組織――危機管理センターの設立を決断する。

必要なのは、現場の後始末ではなく、危機の兆候を捉え、経営判断と直結させる司令塔。

そしてその中核に選ばれたのは、総務部で相沢の右腕として働いてきた篠宮澪だった。

突然の抜擢。

それは栄転であると同時に、総務部にとっては“引き抜き”だった。


相沢にとって篠宮は、同僚と呼ぶには近く、恋人と呼ぶには曖昧すぎる存在。

言葉にしないまま隣にいることが当たり前になっていた相手だった。

だが篠宮は、その辞令を前に迷いながらも知ってしまう。

今の総務部のやり方だけでは、守れないものが増えていることを。

そして矢吹が見ているのは、相沢たちが立っている場所より、もっと広く、もっと先の景色なのだということを。

総務部に残るべきか。

危機管理室へ行くべきか。

現場を守る相沢の隣にいるべきか。


それとも、矢吹の示す新しい危機管理の形に賭けるべきか。

会社を守る方法が変わろうとしている。

人を守る場所もまた、変わろうとしている。

その変化の最前線に立たされた篠宮澪は、まだ知らない。

この異動が、総務部との対立だけでなく、相沢との関係を壊し、矢吹への危うい感情を呼び起こし、やがて自分自身が“守る”という言葉の意味を選び直すことになるのだと。

そしてその先で彼女は、ただ誰かの補佐ではなく、

新しい時代の危機に立ち向かう組織の中心へと押し上げられていく。




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