表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君を愛するつもりはない」と言った伯爵様の胃袋をつかんだら溺愛されました  作者: あいら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/27

22

 バタバタと足音が廊下を駆ける音がした。

 クラウディオは顔を上げる。普段ではありえない、切羽詰まった乱れた足取りだ。


「クラウディオ様っ──!」


 扉が荒々しく開き、青ざめた顔の侍従・ラウロが息を切らして飛び込んできた。


「エレナ様が……っ、エレナ様が……!」


 その表情を見た瞬間、胸がざわりと波打つ。


「……どうした」


 声が自然と低くなる。


「外出先から……戻られません!」


「遅れることくらいあるだろう」


「いえ……! 市場の警備隊から連絡が……

 エレナ様が何者かに襲われ、連れ去られた可能性が高いと……!」


 クラウディオの心臓が止まった。


 時間が一瞬、凍りつく。


「……何を、言っている?」


 声が震え、自分の声とは思えないほどかすれていた。


「買い物をされていたエレナ様が、市場を出られた直後……

 目撃者によれば複数の男に囲まれ、そのまま馬車に押し込まれた、と……!」


 ラウロの説明は震えていた。


 クラウディオは立ち上がった。

 握りしめた手は白くなるほど強張り、思考は怒りと恐怖で真っ白になっていた。


「……一体どこだ。どこへ連れていかれた!」


「い、今、王都警備隊が追っていますが……馬車は黒塗りで、番号も消されていたとのことで……!」


「くそっ!」


 普段は絶対に乱さない感情が、むき出しに溢れる。

 机を拳で叩き、書類が床に散らばった。


 ――エレナがいない。

 ――誰かが、彼女を連れ去った。


 その事実だけで、胸の奥が焼けるように痛む。


 




「すぐに全隊を出す。王都の門を封鎖しろ。

 全ての馬車を検問し、怪しい者は即座に拘束しろ!」


「かしこまりました!」


 側近たちが駆け出す。

 しかし、焦燥はまったく消えなかった。


(エレナ……どこだ……!)


 あの小さな手、あの笑顔、あの声。

 自分を信じてくれて、慕ってくれて、寄り添ってくれた彼女。


 彼女が恐怖に震えているかもしれない。

 助けを呼んでいるかもしれない。

 傷つけられているかもしれない。


「……っ!」


 胸が裂けそうだった。


 こんなにも彼女を求めていたことに、初めて気づく。


(エレナを失うくらいなら……俺は──)


 思考が暗く沈み、狂気に似た不安が心を飲み込む。


 




 そこへ、もうひとり、息を切らして廊下を駆ける人物がいた。


「クラウディオ様!」


「ミケーレ? お前まで何だ!」


 ミケーレは血の気の引いた顔で立っていた。その手は震えている。


「言わなければ……と思っていました。

 でも、もう……限界です」


 クラウディオは眉をひそめる。


「何を言おうとしている?」


「……父のことです」


 沈黙。

 空気がひりついた。


「父は……ずっと、エレナ様を排除しようとしていました」


 クラウディオは固まった。


「……何だと?」


「信じたくありませんでした。でも、事実です。

 父は悪徳商人と通じ、エレナ様を失脚させようとしていました。

 そして今日……父の部屋で、“誘拐計画書”のような文書を見つけたのです」


 ミケーレは震えながら、封筒を差し出す。


「読んでください……父の計画です」


 クラウディオはそれをむしり取るようにして封を開く。

 中には、信じがたい内容が書かれていた。


 ――『エレナを連れ去り、国外へ売り飛ばす。

  戻らなければ、クラウディオは婚姻を破棄するだろう』。


 その歪んだ計画を目にした瞬間、クラウディオの視界が赤く染まった。


「……ッ……ダリオ……!!」


 吐き捨てるような声は、怒りの底から煮え立つようだった。


 




「クラウディオ様……申し訳ありません。

 私は……父を止められませんでした」


 ミケーレは膝をついた。


「いや、ミケーレ。

 お前が知らせてくれたおかげで間に合うかもしれない」


 クラウディオは拳を強く握る。


「叔父が……エレナを……」


 胸が痛む。

 怒りで身体が震える。


「あの人間が……よりによって、エレナを……!」


 部屋の空気が張り詰める。

 クラウディオは鞘ごと剣をつかみ、踵を返した。


「クラウディオ様、どちらへ──」


「決まっている。

 エレナを助けに行く」


 その声は、今まで聞いたことがないほど鋭く、熱かった。


「城門の封鎖状況は?」


「既に始まっています!」


「ミケーレ、装備を整えろ。お前も来るんだ。

 父を止めたいのだろう?」


 ミケーレは一瞬目を見開き、それから小さく頷いた。


「……はいっ!」


 




 廊下を走り出しながら、クラウディオの胸は苦しさで締めつけられる。


(エレナ……どうか無事でいてくれ……)


 数日前の、彼女の柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。

 自分の誕生日に、涙目で喜んでくれた彼女。

 夜の廊下で、自分の笑顔を褒めてくれた優しさ。


 その全てが、指の間からこぼれ落ちるような錯覚に襲われる。


(助ける。必ず助ける。

 エレナを失うくらいなら……俺は──)


 胸の奥に、これまで抱いたことのない強烈な感情が渦巻いた。


 それは、愛に似ていた。

 しかしそれ以上に、守護の本能に近い、激しい熱だった。


 




「クラウディオ様! 馬の準備が整いました!」


 玄関ホールに到着すると、兵士たちが緊張した面持ちで待機していた。


「聞け!

 エレナ様は誘拐された。生死は不明。

 全力で探す。王都中をひっくり返してでも見つける!

 一刻の猶予もない!」


「「はいっ!!」」


 兵士たちの声が響く。


 クラウディオは黒い軍馬に飛び乗った。

 その顔は鬼のように険しく、それでいてどこか痛々しかった。


(エレナ……待っていろ。

 必ず……必ず迎えに行く)


 彼は手綱を強く引き、馬は地を蹴るように駆け出した。


 ――こうして、クラウディオの狂気にも似た捜索が幕を開けた。


 そして彼の知らぬところで、エレナは暗い倉庫の中で意識を失ったまま、静かに眠っていた。


 助けを呼ぶ声は届かない。

 その事実が、クラウディオの胸をさらに裂き続けることになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ