64.オリハルコンの国・裏
そもそもの話、オリハルコンについて。
オリハルコンはとても硬い鉱石で、魔力を通すことで自由に形を変えられる性質を持っている。
大昔から、ミスラー皇国では盛んに産出されてきた資源だ。他の貴金属と同じく精錬して使われ、一般的には魔道具や武具、装飾品類の材料となる。
本来ならそれだけに過ぎないオリハルコンだが、ミスラー独自の魔法技術で精錬したそれにはとんでもない使い道が現れた。鉱物だけでなく、生物とも一体化させられるに至ったのだ。
オリハルコンと同化した人間は、身体の何処でも自由に変形させられる。全身丸ごとを鉱物状態にでもしない限り(流石に脳みそは残しておかないと思考や意識が保てないのだそう)、どんな形状にも自在にできるらしい。最早それは人間ではなく、「膨大な魔力を含んだ、ありとあらゆる形になれる魔石」と呼べるモノといえた。
「えーつまりな、このお嬢さんは魔法使いであると同時に、魔法使いが持つ杖そのものでもあるって話なんだわ。君たち、攻撃されたんだろ。威力どうだった?」
「……確かに、普通じゃなかったけど」
100メートル程の長距離から、岩を粉砕する威力の光魔法がバンバン放たれていた。モストルデンのダンジョンで目にしたリヒャルトの魔法を思えば、Aランク冒険者並みの力量と言えるのか。
恐ろしい事に、それ程の力を持つには同化する人間が複数必要なのだという。いま銀髪女性の中には、同化した他の村人達が混ざり合い、彼らの魔力と記憶が蓄えられている。
「んなめちゃくちゃな………。それって元には戻せないんですか?」
「残念ながら、そういう話は聞いた事がないわ」
そもそもが、望まずにオリハルコン化に陥るという事態が異質なのだという。普通の人間へ戻すくらいならば、リスクと入念な準備をかけてこんな真似をしないと。
伯爵様が知るオリハルコン兵器は、記憶や人格をそのまま保ち、寿命も人並みに迎えるのだそうだ。高齢となる度に別の肉体を、本人の了承を得て継ぎ足していき、歴代の記憶と魔力を保有していく。
ところが、銀髪女性の場合は違う。高威力の兵器を生み出すためだけのやり方で、いっぺんに融合がなされた。無数の記憶が急速に入り混じり、自我が不安定になってしまったと。
「まさか、名前をいくつも答えてたのって、そういう事…?ハンスとか、ドーフィンとか」
「…記憶を複数共有しているからだと考えられるわね」
伯爵様の返答に、ニコラは乾いた唸り声を溢した。あの時ちぐはぐに挙げられた名前は犠牲になった村人で、錯乱してデタラメを言っていたのではなかったのか。更に信じられない事に、その人たちは彼女の中に同化して宿っていると……。
伯爵様はここより北東に隣接するレグロアン領を治めている。そもそもそんな方がどうして隣領の事情を見破れたのかというと、レグロアン領まで逃げ延びた村人たちがいたからだ。
その人達は、村の若い女性が4人。村を襲った実行犯に人身売買目的で連れ去られた可能性が高い。フリツェラード伯としてはどんな形であれ生き残りがいては困るだろうから、実行犯達が欲を出して裏切ったのだろうとされてる。
「じゃあ、その人たちが証人になれば」
「残念だけど、人攫い共ごともうこの世にはいないんだ」
「うぅ……結局全滅かよ………」
伯爵様の耳にその報せが入った時には既に、フリツェラード伯の追っ手によって全員まとめて口封じをなされた後だったという。
ただ、今際の際に一人の女性が力を振り絞って村の事を明かした。こうしてフリツェラード伯の悪事が、レグロアン伯爵に露見したのだった。
伯爵様たちは既にマホチェク村へ赴き、壊滅した村を目の当たりにした者たちからの聞き込みで更に情報を得ていた。一人と攫われた四人を除いた村人全員の遺体が確認され、身元もほぼ判明している。その遺体の中には、オリハルコンに取り込まれたと見ていい状態のものもあったのだ(詳細は恐ろしくて聞けなかった。知りたくもない)。
そして、その発見されていない最後の村人が、ここにいる銀髪女性という事らしい。
「なんで……なんでそんな、とんでもないことを」
「そりゃ、フリツェラード伯に聞かねば分からんよ」
「簡単に言うと、彼は上手くのせられたの。彼女のような兵器は、皇族の独占状態でね。欲しがる者が、それは多いのよ」
呆然と口をついた問いに、護衛兄ちゃんは肩をすくめて答えを濁す。ところが、伯爵様はそれに構わずあっさり答えてしまった。兄ちゃんは気まずそうに「ありゃりゃ…」と主人を振り返る。
「お嬢、こいつらにそこまで喋っちゃいます?」
「うん」
「あ、そう……」
「貴族ってのは……そんなバカな真似をして兵器とやらを作んのかよ…?」
押し出す様なくぐもった声でニコラがそう呟いた。怒りというより、心の底から軽蔑している様な冷たさが滲む声だ。
「さっきも話した通りだけど、それは無いわ。今回の事は、フリツェラード伯が特別バカで粗暴な貴族だからこそ起きてしまったと言えるでしょう」
現フリツェラード伯爵がこの地の領主になってから、わずか数年しか経っていない。レグロアン伯爵様とは同世代で、幼少の頃から交流があったそうだ。
どこぞの欲深い貴族様は、そんな就任間もないフリツェラード伯を利用して密かなオリハルコン兵器の入手を狙った。唆された伯爵は、持ち前の短慮さと非常識さと冷血さで事に当たり……その結果、マホチェク村が惨劇に見舞われた。
「……そんなバカなの?」
「ええ。昔からそれはもう」
力なく尋ねるニコラへ、伯爵様はやや砕けた口調で肯定する。
聞いた限りでは、悪辣貴族なんて呼称が可愛く思える程のヤバい野郎じゃないか。自分の住んでる土地の一番偉い人がそんな奴だとなれば、ニコラに同情を禁じ得なかった。
しばし沈黙が続く。
話を聞くにつれ、止めようもなく不安が募った。こいつは本当に、俺たちが聞いて良い話なんだろうか。先程遮られたが、検兵さんは『悪い事は言わないから深入りするな』と忠告してなかったか?護衛兄ちゃんが『そこまで喋っちゃいます?』と確認した時、俺たちへ僅かな憐れみの視線をよこしたのは、思い過ごしだろうか。
俺はまだいい。こんな場所、いざとなったらさっさと逃げ出せば。だがここで暮らしているニコラは、そうもいかないではないか。
小さな危機感を抱く俺をよそに、少年の方は疑問を解消する方に意識を傾けてるようだった。
「でも……だとしたら変だろ。その伯爵はせっかく兵器ができたのに、どうして連れてかなかったんだ?1人でフラフラしてたぞ、この人」
ニコラが視線を向けると、銀髪女性も無言のままその顔を見返した。見つめ合う二人。
確かにおかしい。
女性の言葉によれば、彼女を造って命令を与えたのは貴族風の若い男だと言っていた。そいつがフリツェラード伯なのだとしたら、奴は村を襲わせ目的を達した後、銀髪女性へ「見つかるな」と命令を残し帰ってしまった事になる。なんとも不自然ではないか。
「さて……それこそ彼に聞かないと分からないけれど」
考えられるとしたら、と伯爵様はダークグリーンの目を細める。
「逃げた村人がいた事で、彼女を手元に置けなくなったのかしらね。もし当事者の村娘たちが生き延びれば、フリツェラード伯がやったと証言されるでしょう」
「……ははぁ。そこにオリハルコン兵器を所持していたとあっちゃ、もう言い逃れできんって事か」
伯爵様の言葉を追うように、護衛兄ちゃんがそう続ける。
どうにもそのやばい方の伯爵は行動がよく分からない。実際にどんな状況だったのかを知れるのは、その場にいた当事者である銀髪女性だけだろう。だからといって、詳しく聞いてみたいとは微塵も思わんが。
悲惨な話だ。そして、国の偉い人たちの利権が絡んだ話だ。通りすがりの無力なパンピーなど、巻き込まれればいとも容易く消し去られるのだろう。その村の人たちのように。
「それで、そのー……」
俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「俺たちがそんなとんでもない事情の人とたまたま鉢合わせたってのは、分かったのですが…これからどうすれば」
こうも色々と明かされるからには、相応の理由でもあるのか。恐る恐る尋ねると、伯爵様は察してくれたようだ。微笑を一つ浮かべて言った。
「話が性急すぎて、不安にさせてしまったかしら?」
「あ、いや…」
「こちらはね、本音を言うと性急な話にしたいの。我が領を守る為にも彼には、ーーフリツェラード伯爵には直ちに領主の座を降りてもらいたいから」
レグロアン領には高名な採掘場がある。オリハルコン兵器でやらかした人物がお隣りにいるとなると、今後どんなちょっかいを被るか知れたものでない。それが伯爵様の懸念で、ここに自ら来た理由らしい。
実際マホチェク村から逃げ延びた者たちが来ていて、一歩間違えば罪をなすりつけられかねない状況が生まれた訳だ。
それにしても、領主様を引きずり降ろすと来たか…。この方も結構カゲキな貴族様だな。昔馴染みだという話だが、そう決断するに至るまでの積もるものでもあったのだろうか。
「あなた達を拘束するつもりはないわ。けれどこうして事情を話したのは、お願いしたい事があるからなの」
「何でしょうか…」
「なんすか?」
「フリツェラード伯がここへやって来るまでの間、彼女のお目付け訳になって貰えないかしら」
伯爵様は銀髪女性を手のひらで指し示して言う。
お目付け。オリハルコン兵器となってしまった諸々の事情を知る者なら丁度いいという事か?
「それって検兵の役目だよな?……あーっと、こんな言い方でアレだけど…おれたち要ります?」
己のストレートな言い草を慌てて訂正した(風を醸し出してるがあまり訂正されてないぞ)ニコラへ、伯爵様は相変わらず気を悪くした様子もなく答える。
「要ります。検兵は立場上、フリツェラード伯の指示には逆らえないもの。彼女の身柄を渡せと言われれば、否やはないでしょう」
「おれたちは違うって…?」
「冒険者なら、多少はごねられるわ」
「ごねるんだ…」
「大丈夫かな…」
「うん。大丈夫大丈夫」
曰く、伯爵様達はこれから貴族的な根回しに奔走しなければならず、銀髪女性に付きっきりという訳にはいかないという。その間フリツェラード伯へ引き渡されればもう手の出しようがないので、少しでも時間を稼ぎたいと。
「でもこうして今、検兵に保護されてますけど…」
「それはこちらで何とかする」
「何とかって」
いや、しなくていいよ。お目付けなんて、どうすればいいか分からないよ。
ましてや兵器にされた人間のお目付けなんて……親戚の子供だ、友人の子猫だを預かるのとは訳が違う。
「難しいかしら。このままでは、罰されるべき者が罰されず、何があったか理解されない村の人たちは無為に消えていくことになるわ」
「う、う~ん……そりゃ良くないけどさぁ…」
ニコラも俺と同じく渋い顔。それはそうだろう。子供ながらに冒険者として身を立てている彼だ。冷静に危機意識を働かせている。
「報酬は一人このくらい用意だてられるから。レグロアンの名義で貴方たちのギルド口座へ納めておきましょう」
「ふおあぁーッ!?分かりました。おれたちで引き受けます!」
この二重にも三重にも訳アリな銀髪女性の側にいろだなんて、どんなに危うい立場に立たされるか分かったもんじゃない。大体お目付けといっても、検兵の元でなければ何処に彼女を匿うというのか。
………。
「は!?ちょっちょ、ちょっと!!待てお前…」
「お目付けって要するに、街の奴らにこの人の事がバレないようにすりゃ良いんすよね?」
「ええ。報せを受けたフリツェラード伯がこの街に来るまで、早くて3日はかかるでしょう。その間に少しでも騒ぎを起こせば、彼に都合の良い口実を与えてしまう。だから」
「フツーの街人として、魔法使わせないよう気をつけろって事ね。りょーかい」
駄目だコイツ、危機意識なんて無かった。ほいほい了解してんじゃねーよ!しれっと俺を巻き込んでるし!
「待てってば、何勝手な事言ってんだ!」
「ここまで知っちゃったんだぜ?『ふーんそう、じゃあさいなら』なんていくかよ。しかもコレ、額が!3ヶ月はあぐらかいて暮らせちゃうって!」
「金に目が眩みすぎだろ」
俺は伯爵様と護衛兄ちゃんを一瞥してから、声を落として言った。
「いいか。この話はあくまで推測で、確かなことなんて一つもないんだぞ。軽々しくのって本当にいいのか?もしそのフリツェラード伯爵ってのに目をつけられたら、お前は一人でどうにかできるのか?」
「街でちょっとのあいだ面倒見てるだけの冒険者に、何で伯爵が目をつけるのさ。何も知りませんって顔してりゃ大丈夫だって」
「本気でそう思ってんのか?」
「だって金欲しいんだよ!めっちゃ欲しいぃ!最悪こんな金あれば皇都にでも逃げりゃ良いしぃ」
「そっちか本音は!」
憤慨した俺は、めちゃくちゃな少年を無視して伯爵様たちへと向き直る。
「すみませんが、俺はキーストリア王国へ向かう旅の途中なんです。正直、首を突っ込みたくありません。誰にも口外しないと誓いますので、立ち去らせてください」
「なにぃ!?薄情者め!手伝ってくれないのかよ?」
「うるさい、浅はかな銭亡者め。不安ならお前もやめるんだな」
「こーれだから金持ちは!」
やいやいしだす俺たちを遮るように、伯爵様は「わかりました」と穏やかな声で承諾した。拘束する気はない、と告げた通りあっさりだ。




