63.レグロアン伯爵
結局、このままドローシーの街へ向かう事にした。検兵さんへ彼女の身柄を押し付けーーもとい、保護して貰うのだ。検問には詰所的なスペースがある。そこなら街の中へ入れずに済むし、女性にしてもここよりは安全だろう。
心配なのは、魔力が回復して再び人を攻撃し出さないかどうかだ。
これから街へ連れて行くけど、そこでさっきのように暴れられたら困る。そう彼女に告げると、無機質な口調でこう答えた。
「さっきニコラがコマンドを上書きした。だからもうしない」
そんな事してたか?
何とか尋ねてみると、どうやらニコラの「そんなコマンドは無視しろ、バカタレ」発言によって、「見られたら排除しろ」の命令は解除されたらしい。
「何がコマンドだよ、うさんくせー。どこまで信じられるか分かったもんじゃないぞ。連れてっていいの?」
「と言っても、他にどうするんだ。こんな所でいつまでも立ち往生してる訳にはいかないよ」
ニコラは複雑そうだったが、他の良い案は思い浮かばなかったようだ。「うーん…それもそうか」と同意した。
車から降り、3人と1匹で来た道を引き返す。ニコラは車に興味津々で乗りたがったがお断りし、今はロックしてしまい込んでいる。少年はともかく、どうにも物騒な印象を拭えない身元不明者を車内に入れたくはなかった。おはぎも、ニコラより女性の方をずっと警戒していて、「おはぎの家だぞ!」と怒って近づかせなかった。
一応の脅威が去って気が緩んだのか、ニコラは俺を質問攻めにしだした。
「なぁなぁ、あのクルマってどこで手に入れたの?どうやって動いてるんだ?絶対バカ高いだろ、あんなの。マジックアイテムの一種?それとも最新の超高級魔道具?あっ、ひょっとしてシマヤさんはよその国の貴族だったりすんの?」
えらいこっちゃ。
しかし、高級な魔道具か。そういう事にしておいた方が、無用な関心を持たれないかもな。「特殊スキル」よりはマシな気がする。
「貴族じゃないよ。えーと、俺の地元だと結構みんな持ってるんだ。うん、似たようなのを…」
「ほんとに!?すげーな、地元どこ?」
「それより、人に言いふらさないでくれよ。変に目立って盗まれたら、俺の生死に関わるんだ。頼むよ」
「あー、まぁそっか。めちゃくちゃ珍しいもんな」
まさかあの状況でニコラを見殺しにはできない。車を彼の目に晒したのはやむを得なかったが、こうなってしまった今、こいつの口に戸が建てられるか不安でしょうがなかった。
分かってるか少年よ。このコウモリマンは君の恩人マンでもあるのだぞ。少しでも感謝してくれてるなら、仇で返すような仕打ちはしないでくれ。分かっとるね?
「分かってるって!大っぴらになんかしないからさ、安心しろよ」
いい笑顔で胸を張り、ニコラは易々と言い切った。あんまり安心できない態度だな…。
一方、もろもろの元凶たる銀髪女性は、俺たちの数歩前を静かに歩いている。裸足で固い土の道を踏み締めているが文句の一つもない。ただ時々振り返っては、無言でニコラの顔に視線を注いでいた。
「目を覚ましてからずっと、ニコラの事ガン見だな」
「………本当におれは知らないんだけどなぁ。こんな人」
ニコラは心底困惑したように首を振った。
そりゃこんな謎多き人に一方的に知られてるとなると、不気味で仕方ないだろう。しかしその辺の事情ーー彼女が何者で、どういうつもりなのか。「造った者」とやら、命令とやらーーは、全て検兵さんが追及すれば良い。
穏やかな天候と風の中をてくてくと歩き、街の入り口に到着する。先ほど同様、人はまばらだった。女性の出立ちに気づいた人々から不審そうな目を向けられたが、当の本人は攻撃する素振りもなく大人しくしている。
早速そこにいる検兵に申し出た。
「そうか。よく保護してくれた」
「あんたらには災難だったな」
出会った経緯と女性の様子を手短に伝えると、検兵の二人は神妙な面持ちでそう言った。
俺とニコラは顔を見合わせる。もっと驚いたり戸惑ったりするかと思ったが、まるで予期でもしていたような反応だな。
「あの、ひょっとして捜索願いでも出てたんですか?」
「うむ、まぁ、そんな所だ…」
ニコラの問いに、片方の検兵さんが顎を撫でながら唸るように返事をする。昨日、俺の検問をしたおっちゃんだ。
ニコラは続けて何かを聞き出そうとしたが、それを遮るかのようにもう片方の検兵が言い放つ。
「身元の見聞はこれから行う。お前たちにも聴取をさせて貰うからな」
…聴取?いや、まぁそれも当たり前か。第一発見者だものな。
しまった。旅人コーデは脱ぎ捨てて車の中なので、今の俺は革鎧も身につけていない。しかもステルスモードで街を出たから、何で外にいるんだ?となってしまうじゃないか。とんだ不審者だ。
あれ?思ったよりヤバくないか!?ど、どうしよう!!検兵じゃなくて、冒険者の方を頼れば良かった!俺のアホめ!
とにかく、誤魔化すしかない。
俺は内心を悟られないようにポーカーフェイスを引っ提げて、ニコラと女性と共にトボトボ検兵の後を追った。
向かった先は、門の内側に併設された三階建ての建物。ここが駐屯所のようだ。検兵さんは中の同僚に何やら声をかけてから、屯所内の廊下を進んでいく。通されたのは机と椅子が並ぶ会議室のような部屋で、3人並んで座らされた。
改めて、検兵さんが質問を始める。キリリとして生真面目そうな、先ほどニコラの話を遮った方の人だ。
「さて。お嬢さんの件を尋ねる前に、君ら二人の身元について確認させてくれ。見た所、この街の冒険者みたいだな?」
俺とニコラは自分のギルドカードを提示した。身元バッチリですよ。大丈夫、怪しくないよ。
「Dランクのニコラ…見た顔だな」
「お互いにね」
二人は見識があるようだ。人の出入りを取り締まる門兵と、同じ街人の冒険者。確かに顔を合わせる機会は多そうだな。
「Eランクのシマヤ。君はこの街の?」
「あ、いいえ。ここへ来たのは昨日で、先ほどのもう一人の検兵さんに検問を受けまして、俺には従魔がいまして、おはぎっていうんですけど、こいつが不調だったので急遽立ち寄りまして、本当はキーストリアに」
「ああうん、まぁ落ち着け。何もとって食いはせんのだから」
キリリとした眉をほんの少しだけ下げた検兵さんにそう宥められ、俺は口をつぐんだ。隣から「プププ」とニコラの吹き出す声が聞こえる。何わろとんねん。
「プラムバットにフルーツばっかりあげて、血をあげ忘れてたんだってさ」
「それは…可哀想だな」
「アラスターって治療院で困ってた所に出くわして、知り合ったんだ」
ニコラが俺たちの出会った経緯を話し始め、検兵さんの質問に答えていく。その様子は堂々としていて、俺より遥かにしっかり者の気迫を見せていた。己の情けなさに落ち込んだがそれより、今はここを乗り越えないと。
検兵さんは次に、銀髪女性への質問に移る。
「お嬢さん。君はここにいる彼らへ魔法を放って攻撃したと言うが、本当か」
「そう」
「それは何故?」
「命令されたから」
どこまでも淡々とした無感情さで、女性は俺たちにもした答えを繰り返す。
「命令……した者の名前は?」
「知らない」
「どんな人物だった?」
「若い男。金の髪で、貴族の服を着ていた」
検兵さんは途端に眉間を寄せたが、すぐに別の質問をした。俺とニコラの二人を指す。
「彼らとは面識が?身の危険を感じた為の行為ならば、君を咎めはしないが」
「見られたから攻撃しただけ。シマヤとの面識は無い。ニコラの事は誰かが覚えているけど、面識は無いと思う」
「…それはどういう意味だ?」
謎々だろうか。
益々眉間に皺を寄せた検兵さんは、訳が分からないといった表情を浮かべた。ここにいる一同、みな同じ思いですよ。
引き合いに出されたニコラは「イヤイヤ、おれはこの人に会ったことありませんから」とすかさず主張した。その弁明を聞いてから、検兵さんは更に女性へ尋ねる。
「君もこの街に住んでいて、彼を見かけた事があると?」
「わたしが住んでいたのはマホチェク村」
すとんと告げられた証言に、隣りでニコラが息を呑むのが聞こえた。
そうだった。この人を見つけた時に、村の生き残りかもしれないと疑問が出てたんだ。その後の色々な驚きで、確かめるのをすっかり失念してしまった。
ふいに、検兵さんはため息を吐いてから俺たち二人へ言い渡した。
「これより先は、個別での取り調べを行う」
「え、ちょっと待ってくれ!おれもこの人に聞きたいことが…」
ニコラは慌てたように立ち上がった。聞きたい事ってのは、ナダ少年の手がかりか。こんな事態に遭っても元の目的を見失ってはなかったようだ。
「駄目だ。言っておくが、これはお前のためでもある」
しかし、検兵さんはバッサリだ。
「なんだそりゃ、どこがだよ!今この人、マホチェク村っつったろ?おれはあの村に行ったかもしれん友だ……知り合いを探してんだ、あんたらもギルドも探してくれないから!」
だから話をきかせてくれ、と言い募るニコラ。「友達」は、むしろ言い直さなくて良かったんじゃないかな。そんな少年を、銀髪女性は無表情に眺めている。取り調べの最中だろうと構わずガン見は継続中だった。
検兵さんの方は一瞬、言葉に詰まったようだが、それでも首を横に振った。彼としてもきっと、仕事の一環なのだ。
「悪い事は言わない。あまり深入りせん方が…」
その時、コンコンとノックが鳴って会話が遮えぎられる。ドアが開いて入って来たのは別の検兵と、若い男女の二人組だった。
どちらさんだ。不思議に思っていると、検兵さんはサッと姿勢を正して立ち上がった。敬礼こそしないが、礼儀を示しているのがわかる。
「レグロアン卿に於かれましては…」
「堅苦しいあれこれは無しにしましょう。手短に済ませるよう、こちらも努めるので」
穏やかな声で答えたのは、長い黒髪をハーフアップにした若い女性だった。仕立ての良いブラウスとロングスカートがよく似合うその人は、厚手の毛布を両手にコツコツと歩みを進めた。
「は。ではありがたく。我々は部屋の向こうに控えておりますので、何かあればお呼びください」
「わかりました」
御前失礼します、と丁寧に言い置いて、検兵さんたちはキビキビと部屋を後にした。残された俺とニコラは、突然現れたやんごとない感じの人物をポカンと見上げる。
「……え、貴族様?」
「はい、そうでーす。こちらにおわすは、レグロアン伯ルドヴィカ様だ。本当はダメだけど、今なら気軽に話しかけてもお咎めなしだぞ。良かったな!」
思わずといった風にニコラが尋ねると、もう一方の若い男がなんとも軽薄な返事をした。検兵のとは異なる制服に、銀色の胸当てと腰に下げられた剣。恐らく伯爵様の護衛だろう。だが、近所の兄ちゃんといった感じの優男だ。
「ええと、なぜ伯爵様がこちらへ?」
「フリツェラードへは、人を探しに来たの。こうして無事に会えたわ。あなた方のお陰」
どこか心地の良い、柔らかな声でそう答えながら、伯爵様は銀髪女性の前で立ち止まった。畳まれた毛布を開くと、簡素な靴が現れる。
伯爵様は手ずから足元に靴を揃え、毛布を銀髪女性に掲げて声をかけた。
「どうぞ、立ち上がって。いま服を用意立てて貰っていますからね」
女性は大人しく立ち上がると、言われるまま毛布に全身くるまった。靴は少しきつそうだ。安心した様子も、警戒する素振りも見せず無表情を貫いている。
それに対して不満を持つでもなく、伯爵様は「こちらはあなたのですね、お返しします」と不要になった俺の上着を手渡してくれた。アルカイックスマイルというやつだろうか。声も顔つきも、所作一つでさえピシリと洗練されていて、思わず背筋が伸びた。
「お、恐れ入ります」
「名前を聞いても?」
「あ、失礼しました。シマヤと申します」
「ニコラです、どうも。………えーっと、彼女は自分の名前が分からないそうです」
反応の薄い銀髪女性に代わってニコラがそう紹介する。
「ああ。そうでしょうね」
柔らかな声で、伯爵様は意味深な言葉を使う。そうして、こちらが尋ねるまでもなくこう切り出した。
「何故、隣領の人間がわざわざこんな場所へと思うでしょう。ざっくり言いますね。隣接する他領のやらかしで、とばっちりを受けるのを防ぐため、です」
「やらかし……」
「とばっちり…」
飲み込めずに復唱する俺とニコラを見て、伯爵様のアルカイックスマイルがやや和んだ。殆ど黒に近い、ダークグリーンの瞳が柔和に細められる。
「そいつぁ置いときまして、まず名無しのお嬢さんに確認といきましょうや」
「そうね。何と聞くべきかしら…」
護衛っぽい兄ちゃんに促され、伯爵様はしばし思案する。やがて静かに女性へ話しかけた。
「貴女はマホチェク村から来たのよね?」
「そう」
「これを尋ねるのは酷な事だけれど、あの村がどうなっているかはーー?」
「もう無い。みんな殺された」
ギュッとその場の空気が一気に冷えていく。
彼女の言う通りなら、それは共に暮らした村人たちの最期を目の当たりにしたという事じゃないのか。……言葉にならない。
しかし女性の顔には、悲しみや苦しみ、動揺すら浮かんでない。伯爵様からの問いにも淡々と、聞かれたので答えましたといわんばかりの平然とした態度で返すだけだ。
言いようのない不安に駆られる中、伯爵様が続けて尋ねる。
「魔物の被害にあっての事かしら?」
「違う。武装した人間たち。みんな逃げだそうとして殺された。そうでない人は、一箇所に集められた」
「……そうして、貴女が生まれたのね」
伯爵様は穏やかだった表情を崩し、痛みに耐えるように眉を寄せる。一方の銀髪女性は、まるで無関係な絵画のように表情が変わらない。
俺はその異様さや話の惨さに、段々息苦しくなってきた。隣りでニコラが躊躇いがちに口を開く。
「……ちょっと待てよ。魔物じゃなくて、野盗とかの仕業だってこと?」
「そ。全部終わった後に魔物の死体を残してカモフラージュしたんだろ」
「…しかし、ギルドでも魔物の群れのせいって事で調査してるんですよね?」
突然上がった隠蔽論に懐疑的な俺とニコラの言葉を、護衛兄さんが拾った。
「ギルドね。あそこは今、口が固い少数の人員に村を見張らせてる。実際見に行ったら確かだったよ。本当に魔物の被害と踏んでるなら、もっとわんさか人を割いて解決に当たるはずだろ?」
「えーっ!ギルドも加担してるってのか!?」
「事態の背後を察して、慎重になってるだけだと思いたいね」
「どういう事?」
つまり、とそう口を開いたのは伯爵様の方だ。
「マホチェク村は意図的に滅ぼされた……それも野盗などではなく、領主の一存によって引き起こされた『虐殺』と言って良いでしょう」
息苦しさが更に増していく。
銀髪女性の様子から不穏な空気は感じていたが、まさかそんな…そこまで闇深い話あるか?
あまりに過激で、タチの悪い噂話じみているとすら思えた。このきっちりした感じの伯爵様が口にしたのでなければ、小説の読み過ぎだと言いたくなったろう。
「あなた達に確証として示せるものは何も無いけれど、私はそう認識しているわ。あくまで私は、ね。……だから、ここでニコラとシマヤが何を聞こうと問題ないのよ」
俺の不安が顔に出ていたのかもしれない。伯爵様はさりげない口調でそう話した。
憶測の域を出ない話、という事か。いいね、それ。こんな話が現実だとは思いたくもないので、そういう事にしとこう。
「領主て、フリツェラード伯爵だろ?何だってそんな事を」
「それは、彼女を生み出すためね」
伯爵様の白い手が、銀髪女性を示した。
「己の領民を犠牲に、フリツェラード伯は兵器作製を目論んだ。その成果が、今ここにいる彼女よ」
「兵器?……えっと、それもどういう事…?」
ニコラは同じ疑問をもう一度口走り、二人の女性を交互に見やる。
そりゃ確かに、魔法を撃ちまくる人間兵器と化していたけども…。単なる魔法使いの女性ではないのか。
二人で首を傾げていると、伯爵様は静かに銀髪女性へ話しかける。
「身体のどこかを変えられる?…そうね、片側の指先だけで構わないわ」
女性は無表情を伯爵様へ向け、すっと右手を上げる。
白い5本の指が突然、粘土細工の様にグニャリと膨れて歪んだ。
「うわっ!」
驚いて声を上げる間にも、指は見る見る変質していく。指の第ニ関節辺りまでが溶けて混ざり合い、一つの塊となると、やがて尖った青い結晶体へと変容した。
「な、何だそれ、痛くないの!?」
「指が石になった…」
「…そうでないわ。これが彼女の本体。彼女は高純度のオリハルコンと村人達が一体化してできた、人の形をした武器なの」
宝石の様な異物と化した指先に、全員の視線が集中する。伯爵様が「もういいわ。ありがとう」と言うと、巻き戻し動画の如く青い結晶が白い指先へと戻っていった。
目を疑う光景への衝撃が去らぬ内に、伯爵様は事の推察を語り始めた。




