第449話 ピンクの網
アルクロの港は、今日も活気に満ちていた。磯の香りが漂うなか、人々の声が響き、建設中の建物の槌を叩く音が心地よいリズムを奏でている。
僕は城のバルコニーから双眼鏡で、漁師たちの作業風景を眺めていた。
「うーん……やっぱり、効率悪いなぁ」
彼らが使っているのは、長い竹の先に木枠を十字に組み、網を張ったもの。いわゆる四手網という漁具だ。海中に沈めて、魚が網の上を通るのを待ってから引き上げる。伝統的な漁法ではあるけれど、一度に獲れる量は限られている。
「それに、あの網……麻紐だから、水を吸って重くなるし、岩に擦れたらすぐ切れちゃうんだよね」
以前、漁師から聞いた話では、メンテナンスの手間も相当なものらしい。耐久性にも不安があるし、もっと画期的な、世界を変えるような漁法があればいいのに。
僕が作り出せる糸なら、強度の問題はクリアできる。でも、それを流通させるとなると、いろいろとややこしい。本当はナイロン糸とか出せたらいいんだけど……まだ作るには至っていない。スパイダーの糸なら、流通量を調整すれば大丈夫かな。
どうせなら、四手網じゃなくて、もっと大きな網を作った方が効率も上がるだろう。
「よし、善は急げ。試作してみよう!」
そう思い立って、僕は部屋へ戻った。机に紙を広げながら、どんな網がいいか構想を練る。大量の魚を一気に獲るなら、やっぱりあれしかない。
「地引き網……。人海戦術で一気に引っ張るやつ。あれならお祭りみたいで楽しそうだし!」
前世の記憶にある風景が脳裏によみがえる。浜辺から大きなU字型の網を広げて、みんなで「よいしょ、よいしょ」と引き上げる光景。あれなら特別な船がなくても、人手さえあれば何とかなる。
でも、網目の大きさや、重りの量、具体的な仕様は全然わからない。素人の僕だけじゃ限界がある。
「ウルス! ちょっと相談いい?」
僕は空間収納庫から、ウルスを出した。青い狸……じゃなくて茶色いクマのぬいぐるみはこういう相談で役に立つ。あっちは猫だったな。
「私に相談ですか!? 大船に乗ったつもりで……いや、豪華客船タ〇タニックに乗ったつもりで、何でも聞いてください!」
ウルスは腰に手を当て、やけに偉そうな態度。前にも言ったけど、大船の方が安心できるってば。
「漁業のことなんだけどさ。今の四手網じゃ効率悪いから、もっと大量に獲れる網を作りたくて。ほら、これが設計図」
僕が描きかけの図面を見せると、ウルスは太い腕を組んでじっと見つめた。
「ふむ……地引き網ですね。発想は悪くないですが」
「うん? 何か問題でも?」
「エディ、アルクロの地形を忘れてない?」
「地形?」
「港の周辺は、岩場と急深な海底が続いてるでしょ。遠浅の砂浜なんてほとんどない。あの環境じゃ、網を広げて引けるような場所なんて存在しないよね?」
「あ……」
言われてみれば、その通りだった。アルクロは水深が深く、大型船の接岸には適している。でもそれは、遠浅の浜辺がないという意味でもある。そんな場所で地引き網なんか使ったら、網が岩に引っかかって使い物にならない。
「……完全に忘れてた。前提から間違ってたなんて」
肩がガクッと落ちる。完璧な作戦だと思ってたのに。
「まあ、落ち込まないで。大事なのは環境に合った漁法を選ぶことです!」
「環境に合った漁法?」
「アルクロみたいな港なら……流し網がいいと思うよ」
「流し網?」
「帯状の網を海流に乗せて漂わせ、魚を絡め取る漁法。砂浜はいらないし、沖合で船を使えばOK。広範囲に対応できるし、一度に獲れる量も期待できるよ」
「なるほど……カーテンみたいな網を海に広げて、そこに魚を引っかけるわけだね。岩場も関係ないし、アルクロの海にピッタリだ! さすがウルス!」
「ふっふっふっ、そうでしょうそうでしょう!」
ウルスが仰け反って威張る。どこかの女海賊の見下しすぎるポーズのようだ。
漁法が決まったら、次は網の製作だ。僕はスパイダーの糸を用いて、流し網を編み始める。
「糸は……魚に気付かれないように、透明がいいかな」
透明度を高めた、極細のスパイダー糸。水中ではほぼ見えなくなるはず。これなら、魚も警戒せずに突っ込んでくるに違いない。
「どう? この透明な糸」
「……エディ、それ、普通の漁師が使うんだよね?」
「え? もちろん」
「それじゃあダメです! 透明すぎて、どこに網があるのか分からなくなります! それに、万が一絡まったら……スパイダー糸ですよ? 危険すぎます!」
「あっ……」
想像してみる。見えない糸が手足に絡まり、パニックになる漁師たちの姿を。スパイダー糸は鉄より硬い。最悪、指が飛ぶかもしれない。
「確かに……見えないのはマズいね。じゃあ、色を付けた方が安全か」
「そのとおり。魚からは見えにくく、人間には見えやすい色が理想です」
「魚から見えにくい色……」
そういえば、水中では赤い光がすぐに吸収されて、深いところでは赤は黒っぽく見える。青や緑は逆に遠くまで届くから、魚には見えやすいんだっけ。ということは……。
「ピンクなんて、どうかな?」
「ピンク!?」
「うん。聞いたことがあるんだ。ピンク色の糸は、水中だと魚には見えにくいって」
「たしかに、ピンク系は水中では目立ちにくいですね。魚の種類にもよりますが、いい選択だと思います」
ウルスも頷いたので、色はピンクに決定。ただし、ショッキングピンクではなく、淡い桜色にした。これなら船の上では視認性があり、水中では魚に気付かれにくいはずだ。
「よし、編むぞ!」
能力【網】の形状から、ウルスが指定したサイズで流し網を製作する。あとは浮きと重りをつければ完成。浮きはリュングに樽を作ってもらえばいいかな。
「完成! 名付けて――『桜吹雪一網打尽くん』!」
「……エディのネーミングセンスは、身長と一緒で成長しませんね」
ウルスがこめかみを押さえている。なにを失礼な。身長は五ミリぐらい、ちゃんと伸びてるんだから!
このあと、リュングの所に行って樽を作ってもらい網を完成させたのだった。
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