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糸を紡ぐ転生者【WEB版】【書籍3巻3月30日発売予定!、1巻重版】  作者: 流庵


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第449話 ピンクの網

 アルクロの港は、今日も活気に満ちていた。磯の香りが漂うなか、人々の声が響き、建設中の建物の槌を叩く音が心地よいリズムを奏でている。


 僕は城のバルコニーから双眼鏡で、漁師たちの作業風景を眺めていた。


「うーん……やっぱり、効率悪いなぁ」


 彼らが使っているのは、長い竹の先に木枠を十字に組み、網を張ったもの。いわゆる四手網という漁具だ。海中に沈めて、魚が網の上を通るのを待ってから引き上げる。伝統的な漁法ではあるけれど、一度に獲れる量は限られている。


「それに、あの網……麻紐だから、水を吸って重くなるし、岩に擦れたらすぐ切れちゃうんだよね」


 以前、漁師から聞いた話では、メンテナンスの手間も相当なものらしい。耐久性にも不安があるし、もっと画期的な、世界を変えるような漁法があればいいのに。


 僕が作り出せる糸なら、強度の問題はクリアできる。でも、それを流通させるとなると、いろいろとややこしい。本当はナイロン糸とか出せたらいいんだけど……まだ作るには至っていない。スパイダーの糸なら、流通量を調整すれば大丈夫かな。

 どうせなら、四手網じゃなくて、もっと大きな網を作った方が効率も上がるだろう。


「よし、善は急げ。試作してみよう!」


 そう思い立って、僕は部屋へ戻った。机に紙を広げながら、どんな網がいいか構想を練る。大量の魚を一気に獲るなら、やっぱりあれしかない。


「地引き網……。人海戦術で一気に引っ張るやつ。あれならお祭りみたいで楽しそうだし!」


 前世の記憶にある風景が脳裏によみがえる。浜辺から大きなU字型の網を広げて、みんなで「よいしょ、よいしょ」と引き上げる光景。あれなら特別な船がなくても、人手さえあれば何とかなる。


 でも、網目の大きさや、重りの量、具体的な仕様は全然わからない。素人の僕だけじゃ限界がある。


「ウルス! ちょっと相談いい?」


 僕は空間収納庫から、ウルスを出した。青い狸……じゃなくて茶色いクマのぬいぐるみはこういう相談で役に立つ。あっちは猫だったな。


「私に相談ですか!? 大船に乗ったつもりで……いや、豪華客船タ〇タニックに乗ったつもりで、何でも聞いてください!」


 ウルスは腰に手を当て、やけに偉そうな態度。前にも言ったけど、大船の方が安心できるってば。


「漁業のことなんだけどさ。今の四手網じゃ効率悪いから、もっと大量に獲れる網を作りたくて。ほら、これが設計図」


 僕が描きかけの図面を見せると、ウルスは太い腕を組んでじっと見つめた。


「ふむ……地引き網ですね。発想は悪くないですが」


「うん? 何か問題でも?」


「エディ、アルクロの地形を忘れてない?」


「地形?」


「港の周辺は、岩場と急深な海底が続いてるでしょ。遠浅の砂浜なんてほとんどない。あの環境じゃ、網を広げて引けるような場所なんて存在しないよね?」


「あ……」


 言われてみれば、その通りだった。アルクロは水深が深く、大型船の接岸には適している。でもそれは、遠浅の浜辺がないという意味でもある。そんな場所で地引き網なんか使ったら、網が岩に引っかかって使い物にならない。


「……完全に忘れてた。前提から間違ってたなんて」


 肩がガクッと落ちる。完璧な作戦だと思ってたのに。


「まあ、落ち込まないで。大事なのは環境に合った漁法を選ぶことです!」


「環境に合った漁法?」


「アルクロみたいな港なら……流し網がいいと思うよ」


「流し網?」


「帯状の網を海流に乗せて漂わせ、魚を絡め取る漁法。砂浜はいらないし、沖合で船を使えばOK。広範囲に対応できるし、一度に獲れる量も期待できるよ」


「なるほど……カーテンみたいな網を海に広げて、そこに魚を引っかけるわけだね。岩場も関係ないし、アルクロの海にピッタリだ! さすがウルス!」


「ふっふっふっ、そうでしょうそうでしょう!」


 ウルスが仰け反って威張る。どこかの女海賊の見下しすぎるポーズのようだ。


 漁法が決まったら、次は網の製作だ。僕はスパイダーの糸を用いて、流し網を編み始める。


「糸は……魚に気付かれないように、透明がいいかな」


 透明度を高めた、極細のスパイダー糸。水中ではほぼ見えなくなるはず。これなら、魚も警戒せずに突っ込んでくるに違いない。


「どう? この透明な糸」


「……エディ、それ、普通の漁師が使うんだよね?」


「え? もちろん」


「それじゃあダメです! 透明すぎて、どこに網があるのか分からなくなります! それに、万が一絡まったら……スパイダー糸ですよ? 危険すぎます!」


「あっ……」


 想像してみる。見えない糸が手足に絡まり、パニックになる漁師たちの姿を。スパイダー糸は鉄より硬い。最悪、指が飛ぶかもしれない。


「確かに……見えないのはマズいね。じゃあ、色を付けた方が安全か」


「そのとおり。魚からは見えにくく、人間には見えやすい色が理想です」


「魚から見えにくい色……」


 そういえば、水中では赤い光がすぐに吸収されて、深いところでは赤は黒っぽく見える。青や緑は逆に遠くまで届くから、魚には見えやすいんだっけ。ということは……。


「ピンクなんて、どうかな?」


「ピンク!?」


「うん。聞いたことがあるんだ。ピンク色の糸は、水中だと魚には見えにくいって」


「たしかに、ピンク系は水中では目立ちにくいですね。魚の種類にもよりますが、いい選択だと思います」


 ウルスも頷いたので、色はピンクに決定。ただし、ショッキングピンクではなく、淡い桜色にした。これなら船の上では視認性があり、水中では魚に気付かれにくいはずだ。


「よし、編むぞ!」


 能力【網】の形状から、ウルスが指定したサイズで流し網を製作する。あとは浮きと重りをつければ完成。浮きはリュングに樽を作ってもらえばいいかな。


「完成! 名付けて――『桜吹雪一網打尽くん』!」


「……エディのネーミングセンスは、身長と一緒で成長しませんね」


 ウルスがこめかみを押さえている。なにを失礼な。身長は五ミリぐらい、ちゃんと伸びてるんだから!


 このあと、リュングの所に行って樽を作ってもらい網を完成させたのだった。

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