第431話 王都に潜む影
歴史の転換点となるであろう王都会議が、重苦しい緊張感を残して閉会した。
各公爵が去り、僕も父様と共に謁見室を辞去しようとした、その時。
「ヴァルハーレン大公、そしてフィレール侯爵。少々よろしいですかな?」
声をかけてきたのは、宰相のメルヴィンさんだった。その理知的な表情には、先ほどの会議とはまた質の違う、僅かな憂慮の色が浮かんでいる。
「宰相閣下、いかがなさいました?」
父様の問いに、メルヴィンさんは声を潜めて続けた。
「実はこの数日、王都で奇妙な冒険者の一団が目撃されておりましてな。いずれも黒髪黒目で、異国を思わせる顔立ち。そして何より、その立ち居振る舞いから発せられる気が、尋常ではないと」
黒髪の集団……。その言葉に、僕の脳裏にアキラの姿がよぎる。
「私が王都の冒険者ギルドに問い合わせて調べたところ、彼らはハルフォード侯爵領のヴァイト出身ということになっており、侯爵領の主都シュータスの冒険者ギルドで登録したとの確認が取れている」
「黒髪黒目ですか……可能性はゼロではないですが、一団というのはどのくらいの人数なのでしょうか?」
父様がメルヴィンさんに尋ねた。
「彼らは十六名でクラン『タチバナ』と名乗っているそうだ」
アキラから聞いた大名の名前に混ざっていないが、アシハラ国で間違いなさそうなクラン名だ。
「彼らが最初、王都の冒険者ギルドに顔を出したときはEランクだったそうだが、上級商店街等への立ち入りがDランク以上でないとだめだと分かると、すぐさまDランクにランクアップしたという話だ」
「かなりの実力者ということなんですね?」
「そのようですな。彼らは何やら城や主要な貴族の屋敷の周辺を探っているようなのです。……フィレール侯爵。失礼を承知でお尋ねしますが、貴殿の騎士団長、アキラ殿と何か関係がある可能性は?」
メルヴィンさんの目は、真っ直ぐに僕を見据えていた。アキラがアシハラ国という異邦の出身であることは、ごく一部の者しか知らない 。もちろん、宰相はごく一部に含まれているので今回の質問に繋がったのだろう。
「……アキラの話に『タチバナ』という名はなかったので断言はできないですが、無関係ではないかもしれません」
僕がそう答えると、父様が静かに頷いた。
「我らでも調査してみましょう。ご報告、感謝いたします」
「うむ。こちらとしても助かる。しかし、くれぐれも油断するなよ? イグルス帝国とはまた別の、得体の知れぬ気配を感じる」
宰相と別れ、王城からの帰路、父様と僕の間には重い沈黙が流れていたのだった。
◆
王都にあるヴァルハーレン家の屋敷に戻ると、僕はすぐにアザリエとマルシュ君を呼んだ。父様から宰相の話を共有された二人の表情も、自然と引き締まる。
「黒髪の集団、ですか……。アキラ殿と同じ国の者でしょうね。ヴァイトには行ったことがありますが、魔の森を監視するための、小さな何もない町です」
アザリエが冷静に分析する。元冒険者だけあってヴァイトに行ったことがあるようだ。
「穏便ではないやり方で情報を集めているのなら、友好的な来訪者ではなさそうだ。よし、少し町を見に行こうか? 何か手がかりがあるかもしれない」
僕の提案に、異を唱える者はいなかった。
◆
活気に満ちた王都の表通りを抜け、僕たちは上級商店街へと足を踏み入れた。護衛にはアザリエとマルシュ君、それにジョセフィーナとアスィミも付き添っている。
その時だった。
賑やかな喧騒の向こう、細い路地裏から、押し殺したような呻き声と、威圧的な男たちの声が聞こえてきたのは。
「おい、さっさと出せと言っているだろうが。この国の商人は、話が分からねえな」
「ひぃ、お許しを……! これ以上は……!」
見れば、見るからに質の悪そうな男たちが、人の良さそうな商人を取り囲んでいる。男たちの顔立ちと黒髪は、宰相の話と一致していた。
僕が動くより先に、隣にいたマルシュ君の身体から、怒りの気が立ち上った。
「――そこまでだ! 王都の治安を乱す狼藉者め!」
正義感の強い彼が、この光景を見過ごせるはずもなかった。マルシュ君は僕たちの前に躍り出ると、男たちを鋭く睨みつける。
「ほう……」
男たちの一人が、面白そうに口の端を吊り上げた。その時、路地の奥の闇が揺らめき、一人の男が姿を現す。
他の者たちとは明らかに違う、張り詰めた糸のような気配。深く被った外套の下から覗く瞳は、闇の中で冷たく光っていた。
彼はマルシュ君の前に静かに立ちはだかると、その全身を舐め回すように値踏みする。
「……ヴァーヘイレムの騎士か。その若さでなかなか良い目をしている。して、その剣、飾りではないのだろうな?」
冷たく言い放つ男から放たれるのは強者の威圧感 。それは、マルシュ君がこれまで対峙したどんな魔物とも違う、死の匂いを纏った気配だった。
マルシュ君はゴクリと喉を鳴らし、咄嗟に剣の柄に手をかける。
一触即発の空気が、路地裏を支配した。
「そこまでだ」
僕は、二人の間に割って入った。
「マルシュ、下がって。彼らはまだ武器を手にしていないよ」
「しかし、エドワード様!」
僕が前に出たことで、男の視線が初めて僕に向けられる。そして――彼の視線は、僕の頭の上で微睡んでいたヴァイスに釘付けになった。
「なっ……!?」
男の、そして彼の背後にいた冒険者たちの表情が、驚愕と、それ以上の何か――根源的な恐怖に凍りついた。彼らの中にはがたがたと震えだした者もいる。
『……なんだ? こやつら、我を見てビビっているのか? 残念ながら人は食わないぞ』
目を覚ましたヴァイスが、面倒くさそうに一瞥する。ただそれだけで、男たちは数歩後ずさった。
「……森の主と同じ気配……だと……? なぜ、このような場所に……」
男が、絞り出すような声で呟いたその時。
遠くから、複数の足音と甲冑の擦れる音が近づいてきた。
「こら! そこで何をしている!」
衛兵たちだ。
「……ちっ」
男は忌々しげに舌打ちすると、鋭い視線で僕とヴァイスを焼き付け、そして踵を返すと。
「――引くぞ!」
その一言で、男たちは一糸乱れぬ動きで走り出し、あっという間にその姿を消してしまった。
嵐のような一団が去った路地裏には、助けられた商人と、あまりの出来事に呆然と立ち尽くす僕たちだけが残される。
衛兵たちに事情を説明し、屋敷に戻り父様に報告した。
「それじゃあ、アシハラ国の者で間違いなさそうなんだね?」
「そうですね。腰に下げていた武器がアキラのカタナと同じような形でしたので、間違いないです」
「私もエディが探しに行っている間に、通信機でアキラに確認してみたよ。『タチバナ』はアキラの主君のミズホ家を襲ったヤマト家の家臣にして、アシハラ国、序列一位に『マサカゲ・タチバナ』なる人物がいるみたいだよ」
「序列一位ということはアキラの上の序列……タチバナ家の人間でも『マサカゲ』であるとは限らないですよね?」
「冒険者ギルドへ使いを出して確認したけど、クランのリーダーは『マサカゲ』という名前だったよ」
さすが父様。仕事が早いです!
「そうなってくと、目的は不明ですが良いことではなさそうですね……」
「ヴァーヘイレム王国に使者として来たわけでもなさそうだし、アキラも目的は分からないと言ってたね」
「あまり良い予感がしないので、王都に滞在している間に解決したいところです」
「確かに目的ぐらいは知っておきたいね。出発までまだ二日あるから、それまでにもう一度接触してみようか」
「アキラの名前は隠したほうがいいでしょうか?」
男と対峙した時、迷ったんだよね。
「彼らが何を調べているのかは分からないけど、アキラが目的の可能性もある。イグルス帝国の件もあるから、名前をだして早めに解決したほうがいいかな」
「分かりました。それではその方向で進めたいと思います」
方針が決まったところで、もう一度彼らを探しに出かけたのだった。
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