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第425話 新たなる道

 フィレール侯爵領の朝は、澄みきった空気と鳥のさえずりに包まれて始まる。


 アルクロの街の外れにある騎士団の練兵場に、ずらりと騎士たちが整列していた。僕とおじい様、そして騎士団長のアキラ、副団長のアザリエ、それにマルシュ君が、皆の前に立っていた。



「皆、聞いての通り、これより王都までの街道整備事業を開始する!」


 おじい様の張りのある声が、朝の空気に響き渡った。


 領内が落ち着いてきたので、後回しにしていた計画を実行する。まずは僕たちのフィレール侯爵領、アルクロから隣接するエリオッツ侯爵領のアルティスタまでの区間。その後、エリオッツ侯爵領と協力して王領のヴァールハイトまで繋ぎ、最終的には王都ヘイレムまでの道を切り開く。


 有事の際の兵の移動を迅速にするのが目的なのだが、これが完成すれば、物流は飛躍的に向上し、経済も活性化するだろう。


「本日はその第一歩として、アルクロからアルティスタへ向かう森の伐採と整地を行う。フィレール侯爵騎士団の総力を挙げて取り掛かる故、各員、心してかかるように!」


 ――はっ!


 地響きのような返事と共に、騎士たちが一斉に敬礼する。


 その光景は壮観だけど、僕は少しだけ複雑な空気を感じ取っていた。


 僕の親衛隊や、元々フィレール侯爵騎士団にいた者たちはいつも通りだ。しかし、先日の騒動を経てカラーヤ侯爵家から移籍してきたマルシュ君配下の騎士たち……彼らの視線には、どこか緊張と探るような視線が交じっていた。


 マルシュ君は、フィレール侯爵騎士団の二人目の副団長という立場に収まった。彼自身はそれに何の不満も持っていないと言ってくれている。だが、彼を慕ってついてきた騎士たちの中には、納得していない者もいるのだろう。


 カラーヤ侯爵家の三男という家柄を考えれば、団長が妥当。そう考える者がいてもおかしくはない。ましてや、僕の親衛隊は半分が冒険者上がりの女性たちだ。貴族出身の彼らからすれば、侮る気持ちが生まれるのも仕方ないのかもしれない。



 移動の道中、マルシュ君と補佐のサイラスが、申し訳なさそうな顔で僕とアキラに頭を下げてきた。


「エドワード様、アキラ殿。配下の者たちが不躾な態度を取り、まことに申し訳ない」


「マルシュ君が気にすることではありませんよ。新しい環境に慣れていないだけでしょう」


 僕が笑って答えると、アキラも静かに頷く。


(それがし)も気にしてはおりませぬ。騎士とは、言葉ではなく、その剣と働きで己を示すもの。認められていないのは某の責任です」


「しかし……」


 なおも食い下がるマルシュ君の肩を、後ろから歩いてきたおじい様が優しく叩いた。


「まあまあ、そう固くなるな、マルシュ。新しい酒を古い革袋に入れれば、馴染むまでに時間がかかるのは当たり前のことじゃ。それに、若い者が互いに競い合い、切磋琢磨するのは良いことでもある。時が解決してくれるだろう」


 おじい様の言葉に、マルシュ君は少しだけ表情を和らげた。……本当に、うちのおじい様は人の心を掴むのが上手い。


 それにしても、「新しい酒を古い革袋に入れる」って、うまくいかないことの例えで、新しいものは、それに見合った新しい形式や環境が必要だという教訓だったような気がしたけど、この世界では違うのだろうか。



 さて、現場となる森の入り口に到着すると、早速作業が開始された。まずは邪魔な木々を伐採し、道を切り開くところからだ。


「それじゃあ、邪魔な木を斬りますね」


 僕の手から放たれた無数の糸が、森の中を薙ぎ払うように一気に駆け抜けた。バサバサバサッ! と凄まじい音を立てて、進行方向にある木々が根元から綺麗に切断され、次々と倒れていく。あっという間に、幅六メートル、長さ百メートルほどの空間がぽっかりと生まれた。


 通常は大きな街道でも幅四メートルほどなのだが、フィレール侯爵領は歩道も考慮してこの幅だ。


 「「「…………」」」


 マルシュ君配下の騎士たちの中には、あんぐりと口を開けて絶句している者もいる。カラーヤ侯爵領でもやったのだけど、見てない人もいるみたい。


 対照的に、僕の親衛隊のメンバーなどは慣れたものだ。


「さすがエディ様です!」


「さーて、あたしたちは倒した木の処理しますか!」


 彼女たちは軽口を叩きながら、手際よく切り株の撤去に穴埋めなどを黙々と作業をこなしていく。その連携には一切の無駄がない。


 唖然としていたマルシュ君配下の騎士たちも、慌てて作業に加わろうとするが、どこかぎこちない。彼らが土木作業を行ったのは、この間の街道の整備が初めてだという話だ。


 伐採がある程度進むと、次は整地作業だ。整地ローラーを数台用意し、皆で押して地面を固めていく。


 ここで、マルシュ君配下の騎士の一人が声を上げた。年の頃は二十代半ばだろうか。貴族らしい、プライドの高そうな顔つきをしている。


「マルシュ副団長! 我々にも一台お任せいただきたい! あの者たちに、本物の騎士の仕事ぶりというものを見せてやります!」


 あの者たち、というのは明らかに親衛隊のことだ。あからさまな対抗心に、周囲の空気が少しだけピリつく。


 マルシュ君が困ったように僕を見たので、僕はにっこり笑って頷いた。


「分かったよ。じゃあ、あっちのローラーは君たちに任せるね」

 

「はっ! 必ずや、誰よりも早く、そして美しく仕上げてみせましょう!」


 彼は仲間たちに号令をかけると、意気揚々とローラーを押し始めた。「一、二、一、二!」と声を合わせ、確かに力強い。


 だが、親衛隊の面々はそんな彼らを気にも留めない。


「へー、頑張るねえ」


「こっちはマイペースでいきましょう。どうせ体力勝負じゃ、あたしたちの方が上だって」


 彼女たちは余計な力を使わず、効率的な体重移動で着実にローラーを進めていく。長年の冒険者稼業で培われた、体力配分の巧みさだ。


 結果は、言うまでもない。最初は威勢の良かったマルシュ君配下の騎士たちだったが、一時間もすると息が上がり始め、ペースが落ちてきた。一方、親衛隊は涼しい顔で作業を続け、どんどん差をつけていく。



 そんな時だった。



「ブモォォォォッ!」


 森の奥から、野太い雄叫びが響き渡った。茂みをかき分け、姿を現したのは二体のグレートボア。土木作業の騒音に引き寄せられたのか、後列に向かって突進してきた。

 

 待ってましたとばかりに、先ほど息巻いていた貴族騎士が剣を抜くと。

 

「敵襲! よし、我々の実力を見せる時だ! 者ども、続け!」

 

 彼は仲間数人を引き連れて、グレートボアへと突っ込んでいく。その動きは、訓練された騎士らしく素早い。

 

 しかし、どうやら実戦経験が乏しいようだった。一体のグレートボアに集中するあまり、側面からもう一体のグレートボアに弾き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

 

「うわっ、連携がなってないぞ!」

 

 たちまち数人が体勢を崩し、窮地に陥る。

 

 その瞬間、一陣の風が彼らの横を駆け抜けた。


「下がりなさい!」

 

 アザリエだ。彼女はロングソードを抜き放つと、二体のグレートボアの間に踊り込むように突入し、グレートボアに傷を負わせ、その注意を巧みに引きつける。その流れるような動きは優雅で余裕を感じる。


「離れてぇ――!」


 シプレがハルバードを振り上げ一体のグレートボアの脳天を叩き割ると、親衛隊のメンバーが次々と攻撃し、残りのグレートボアも瞬く間に倒された。


 彼女たちは言葉を交わすことなく、息の合った連携でグレートボアを圧倒した。



「グルルル……!」


 今度は僕がいる前方からフォルターグリズリーが現れた。怒り狂っているところを見ると、さっきのグレートボアはこいつから逃げて来たのかもしれない。


「エドワード様、危ない!」


 サイラス君が叫ぶが、僕は落ち着いてフォルターグリズリーを見ていると。


「某に任されよ!」


 アキラが刀を一閃すると、フォルターグリズリーの首から上がなくなり、血柱が舞う。


 あっという間の出来事だった。


 正規の騎士である彼らが苦戦したグレートボアを親衛隊が、それよりも強いフォルターグリズリーをアキラが圧倒的な実力差で制圧してしまったのだ。


 整地ローラーで競い、敗れ。


 魔物討伐で手柄を立てようとし、逆に醜態を晒す。


 マルシュ君配下の騎士たちは、顔を真っ赤にして俯いていた。


 

 ◆



 一日の作業を終え、野営地で焚火を囲む。


 親衛隊や古参の騎士たちはいつも通り和やかに談笑しているが、マルシュ君配下の騎士たちの一団は、重苦しい沈黙に包まれていた。


 やがて、マルシュ君とサイラスが、意を決したように僕たちの元へやって来て、深々と頭を下げた。


「エドワード様、アキラ殿、アザリエ殿。本日は、我々の未熟さゆえに多大なご迷惑をおかけした。重ねてお詫び申し上げる」


「だから、マルシュ君が謝ることじゃないって」


 僕が苦笑すると、アザリエは微笑む。


「私たちは元冒険者なので、対人より対魔物に強いだけです」


 アキラは静かに焚火を見つめながら、ぽつりと言った。


「実力の世界において、家柄など関係ない。今日の悔しさを忘れず、明日からの務めに励むことこそが、騎士の道となりましょう」


 その言葉は、誰に言うでもなく、しかし、ここにいる全員の心に響いたはずだ。


 遠巻きに僕たちの様子を窺っていたマルシュ君配下の騎士たちの顔には、もう侮りの色は見えない。


 ただ、彼らがフィレール侯爵騎士団の一員として本当の意味で認められるまでには、もう少しだけ時間が必要なようだ。


 僕はおじい様の言葉を思い出しながら、揺らめく炎を見つめていた。

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