第37話 白い狼3
木の枝や落ち葉を集めて魔道具で火をつけ、塩コショウしたホーンラビットの肉を焼き始める。
『少年よ、火をつけるその道具はなんですか?』
「えっ、これですか? 火をつける魔道具ですね。火の魔術の能力がないので火をつけるためには魔道具を使うか火打ち石を使わないと」
『魔法は使わないのですか? かなり昔に人間が火をつけるのを見たことをありますが、皆魔法を使っていたと記憶してます』
『そういえばエンシェントウルフに人間の様子を探らせた時にそんなような事を言っていたな。200年ぐらい前だったと思うが』
「魔術じゃなくて魔法なんですか?」
『人間は魔法と言っていましたね。私が使えるので見せてあげましょう』
そう言ったエンシェントウルフの近くに火の玉が現れる。
「えっ、呪文の詠唱とかないんですか?」
『魔力操作とイメージだけなのでそのようなものは必要ないですね』
「魔力操作やイメージを必要としない魔術が開発された結果、技術的に練習が必要な魔法は廃れていった感じなんですかね?」
確かそんなパターンの物語もあったように思う。
『それはおもしろいな! 便利になったのか不便になったのか分からんではないか』
「そうなってくると魔術の能力の存在が疑問になってきますよね」
『それは世界の認識の違いだな! 最初は魔法の能力だけだったものが、魔法と魔術が混在する時代となり、やがて魔法を使うものがいなくなり消え去ったという話だ』
「なるほど、捨て子のステータスの名前が変わるのと同じ原理なんですね?」
『エディよ、捨て子のステータスとはなんだ?』
僕はフェンリルに僕のステータスに家名が残っている話をしたのだが……。
目の前には号泣する子狼じゃなくてフェンリル……。
「そこまで泣く話でもないと思うのですが」
『我は悲しき話に弱いのだ……まぁ世界の認識についてはそれで合っているな』
「世界の認識っていうのは神様の認識ってことなんですか?」
『エディよ、それは違うな神は基本的には干渉しないからな。干渉するのは一部の物好きだけだな』
「一応この世界は女神イーリス、女神フノス、女神ヒュスミネの三柱によって造られたと言われているんですけど」
『我の方が先にいたぞ。別の神が来た気配を感じたのは、我が転生して100年ぐらい経った頃だったと思うぞ。フノスはフレイヤの娘だな。イーリスとヒュスミネはギリシアの神共だな』
「知ってるんですか⁉」
『どの神も若い神だな。ヒュスミネなんかは不和と争い好きの女神エリスの娘だぞ』
「エリスは聞いたことがあります。そう言われるとなんだかヤバい女神に見えてきます。しかしフェンリルってずっと拘束されてた割には色々詳しいですね。ギリシア神話まで知ってるって」
『それは我の世話をしておったテュールが話好きで、拘束されて動けぬ我に様々な話を聞かせてくれたおかげだ。他の神々が我にビビるなかテュールだけは違っていたな。オーディンなんぞに負けて最高神の座を追われなければラグナロクなんて来なかったかもしれんな』
「そうだったんですね、テュールってフェンリルに片手を喰いちぎられるイメージしかなかったです」
ここで、ずっと気になっていた加護について聞いてみることにする。
「僕のステータスに加護って欄があってそこに、ミネルヴァの加護とモイライの加護って書いてあるんです。ミネルヴァはローマ神話に出てくる女神だったと思うのですがモイライって神は知りませんか?」
『エディには神の加護がついてるのだな。モイライは複数形で正確にはモイラ。ギリシアの神で運命の三女神の事だな』
「ギリシア神話の女神なんですか⁉」
『うむ、長女クロートーは運命の糸を紡ぐ者。次女ラケシスはその運命の糸の長さを計る者、三女アトロポスは割り当てられた運命の糸を切る、不可避の者と呼ばれている。エディの糸の能力は運命の三女神に縁があるのかもな』
「前世に何か関係があるのでしょうか? 自分がどんな人間だったか全然記憶がないんですよね」
『転生したと理解するだけでも稀なケースだからな。残ってないからこそ今、エディとして生きているのだぞ。無理に思い出さない方がエディのためになるだろう』
ちょうどいいタイミングでお肉が焼けたので、自分の分を切って残りをフェンリルに上げる。
かぶりつくと肉汁が溢れ出てとても美味しい。ちょっと高かったけどコショウを買っておいて正解だった。森で見つけたコショウが大量にあるのでたくさん使っても問題ないだろう。
「ホーンラビットの肉って結構美味しいですね」
『うむ、焼き立ては最高に美味いな! この味つけも凄く良い!』
「どこかの大きな町に行けばもっと美味しいタレを作れるかもしれないですけどね」
『なに! まだコレより美味くなるのか! よし、決めた! 我はエディの旅について行くぞ! エディの両親の件も気になるからな、着いていけば役に立つぞ』
「えっ! 神獣なんか連れて行ったら大騒ぎになるからムリですよ」
『大丈夫だ。我の存在なんか誰も知らん……』
「自分で言ってダメージ受けないでくださいよ」
『少年よ、見た目だけならホワイトウルフとほとんど変わらないのでホワイトウルフの幼体ということにすれば問題ないのではないでしょうか?』
「町に入るときは従魔登録しないと入れないですよ。神獣なのに従魔扱いされても問題ないのですか?」
『食事は美味いもので頼むぞ』
「世話される気マックスじゃん!」
『少年には少しでも借りを返したいと思っています。もし少年が望むなら魔法を教えようと思うのですがどうですか?』
「えっ? 本当ですか! ぜひお願いします」
思わぬところで魔法を習えることになった。エンシェントウルフってめっちゃ役に立つと思っていたら。
『我も役に立つところを見せてやろう。我を持ち上げて前足の裏を見てみよ』
偉そうに言うので、取りあえず言われた通りフェンリルを持ち上げて前足の裏側を覗いてみると。
ポンッっと頭を叩かれた。
「今のは何ですか?」
『ステータスを見てみよ。そして我に感謝するがいい』
取り敢えずステータスを確認してみると。
【名前】エドワード・ヴァルハーレン
【種族】人間【性別】男【年齢】7歳
【LV】8
【HP】190
【MP】735
【ATK】180
【DEF】180
【INT】620
【AGL】190
【能力】糸(Lv4)▼
【加護】モイライの加護▼、ミネルヴァの加護、フェンリルの加護
「……」
加護が増えてる。加護ってポンッっとスタンプみたいにすると増えるのか? 意味が分かんねぇ。
【HP】、【ATK】、【DEF】、【AGL】がめちゃめちゃ増えてるじゃん。つまり【MP】、【INT】が異常に多いのも加護のせいなのか?
モイライの加護に追加項目ができてるな。
【加護】モイライ(クロートーの加護、ラケシスの加護、アトロポスの加護)
教えてもらった三柱の名前が追加された、これも認識が変わった結果なのだろう。
『どうだ? 我の加護は役にたったか?』
「ステータスが大きく増えたのですが、こんな簡単に加護を与えて良いもんなんでしょうか?」
『世界に拒否されていないのだから良いのだろう。そもそも加護を与えてもどんな効果があるかは我には分からんからな。どうだ、我を連れて行く気になったか?』
「まあ、従魔扱いされても怒らないのであればいいですけど」
『よし、契約成立だ! では我に名前をつけよ』
「えっ、フェンリルじゃダメなんですか?」
『それは神である我の名だからな、折角転生して自由になったのだ、エディの従魔としての新しい名前が欲しいし、もしエディのようにミズガルズの記憶を持った者がいたらバレてしまうぞ』
「ミズガルズって人間の国のことだったな。確かに地球の記憶を持った人がいたらバレますね『フェンリル』って名前は有名ですからね」
『何⁉ 我は有名なのか?』
「ええ、様々な物語などの中に登場する神の名前としてはトップクラスの多さだと思いますよ」
モンスター扱いも多いのだが嘘は言ってない。
「それじゃあ、名前を考えますね。うーん、毛が真っ白だからやっぱ、シ……」
『却下だ!』
「まだ言ってないじゃないですか」
『今のは、不穏な感じがした。違う名前を考えよ』
「別のか……英語ならホワイト、フランス語ならブロン、スペイン語ならブランコだったかな? そうだ! ヴァイスっていうのはどうですか?」
『うーむ、安易という点においては変わらんような気もしないではないがそれでいいだろう。我のことは今よりヴァイスと呼ぶのだ! エディよ右手をだせ』
「えっ? 右手? はいっ」
言われた通り右手をだすと、その上にヴァイスが右の前足を乗せる……これってお手じゃん!
『よし、これで契約成立だ!』
お手をしたら契約成立なのか? って思っていたらしっかり契約されてました……。
ステータスに【従魔】ヴァイスと。




