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第9話「瞳を閉じて」

 曳光弾が闇を切り裂く。


 ゆっくりと、蛍火のように飛んだ。


 WTの光学センサーが高速で飛翔する機関砲弾を捉え、AIがもっともダメージの小さくなる空間へジャンプした。


 DO-DO-DO-DO-DO-!


 ZiP!


 ZiP!


 ZiP!


 ZiP!


 KAM!


 装甲で弾が跳ねた。


 震える装甲が気持ちの悪い振動を伝えた。


 DOM!


 ゆっくりと迫ってくる。


 目で見えるように遅く。


 GAM!


 貫通した砲弾が大量の破片を撒き散らしながら抜けた。短い悲鳴、一瞬で視界が暗転した。


 どろりとしたものが流れる感覚だ。


 それでも、次の命令を出した。


 BROOOM!


 WTのエンジンが唸った。


 無線が混戦する。


 逃げ腰に弱音だ。


 配置につかせた。


 肉食獣に追い立てられた、寝惚けた草食獣が闇夜を逃げ惑うように……しかし、ある種の脅し文句を浴びせてでも、猛獣の怒声が踏みとどまらせた。


 マズルフラッシュがWTの鉄肌を浮かべた。




 真守優希は痛みにうめく。


 ──目が見えない。


 頭には包帯が巻かれていた。


 少し、湿っていた。


「あっ! 目が覚めたようですね。先生を呼びますから──」


「──待ってください。ここは、どこなんでしょうか?」


「安心してください。軍病院ですよ。大丈夫です。先生を呼んで来るだけですから」


 からりとした声だった。


 過ぎ去る足音が聞こえた。


 病室は、個室ではなさそうだ。


 静かではあるが僅かばかり、ひそひそと息を潜めるような話し声が聞こえた。


 7、8人は同じ病室なのだ。


 お見舞いの親族か友人もいるのだろう。


 優希は何が起きたのか思いだせなかった。


 虐殺された村でマンモスと遭遇した。


 基地へ帰投する途中から記憶がない。


 だが、と考えながら包帯に触れた。


 目を完全に覆っていた。


 重傷だ。


 まだ残っているのかわからない。


 ──襲撃を受けたのか。


 見えないならどうしようもない。


 優希は耳を澄ませた。


「おいテレビを点けてくれ、有料カード残ってるだろー。もう昼を過ぎてる、映画の時間だ」


「先生の話だと今日中に帰れるってさ」


「みっともない腕になっちゃったな。お前の顔の火傷ほどじゃないが!」


「血液検査はどうだった? 寄生虫とかいないなら帰れるぞ。肝臓に吹き溜まったものは除去済みだとさ」


「なぁ、看護婦が風呂に入れてくれるの、あれやめてもらえないかな?」


「南の連中のニュースみたか? 相変わらず馬鹿なこと言ってるぞ!」


「チーフテンにパットン。南て纏めるな、華夏じゃなくてピクトべスクとソルバルだ。西と東の陽本。まったく紛らわしい!!」


 クレムリ連邦占領下陽本領の軍病院だ。




「あまり無茶をさせたら目玉と舌を麻酔無しで引きちぎるのでよろしくね」


「気をつけます」


 医者に採血を受けていた。


 注射針を抜かれる痛みに優希は眉をしかめた。


 医者でも看護婦でもない誰かが残っている。


「ペラペラと余計でお調子者のピエロには見えてはいないよな? ならば色々と話しやすい」


 と、


「俺は第26中隊のグレンだ」


「第2師団? 東北の師団じゃない」


「もう少しややこしい話だ。『本国』は陽本領の部隊だけでは対処不可能と非公式に介入したてところだな」


「クレムリの──」


「──続けないほうが良いだろう。連邦の結束が揺らいで崩壊しかけていたとしても、クレムリとは列強の一角で、超大国で、巨人が羽虫に目がいかないことこそありえないだろう?」


「超大国が気にかけているわけだ」


「分裂は避けがたいが、それでも傷を最小にしたいというのが政治だ。身に余るものでも」


「仲間たちはどうなったんだ?」


「7人全員が重傷や軽傷はあるが生きている。お前と同じように入院している」


「軍病院まで『連行』されたということは連邦軍で流行りの脳みそいじりでもするのか」


「記憶を見るために脳をスライスすることもあるだろうが、AIにも手を入れてはいない。宝箱を開くのは盗むことと同じだからな」


「WTも回収されているらしい」


「全員を解放することはやぶさかではない。手を握りあって堂々と国境を越えて引き渡すだけだ」


「帰る家があればだが」


「それはお互いさまだろう」


「聞きたいことは?」


「例のユニットに対する情報提供だ。いや、共有と言うべきだろう。最重要で、助けた理由だ」


「連邦の部隊とマンモスが戦った記録が全てだ。同じ場所にいた。全滅はしていないだろう? 戦車砲、機関砲、そしてあの極端な跳躍と反射能力」


「こっちの部隊を半分も単騎でやった化け物だから身に染みているとも」


「125mmAPFSDSを至近距離で撃っても抜けないWTの装甲なんてありえない。どういうカラクリなんだか」


「ただの装甲ではないというわけだ。破損した敵の装甲表面には強力な電磁場の乱れを検出している。分析では電磁装甲の類いらしい」


「電磁装甲は高圧電流で弾頭を斜めに破断する仕組みだったはず。一瞬見ただけの被弾痕だが、砲弾の破断なんて優しいものではない。もっと大量の電力で溶融させていた。あんなもの、仮に貯めておけるとしても」


 ──感電死する危険物だ。


「ヤバいモンスターてことは聞けて満足だ。他の仲間も似たようなことを言っていたな」


 グレンはできるだけ優しい声色を作り、


「この土地の部隊は非協力的だが、顔は覚えている。お前たちを安全に送り届けると約束しよう。市民権を取らせることもできるが」


「遠慮する。山暮らしは性に合っているから」




「グレン。山賊連中など……」


「アレはどうも外人部隊の隊長さんだね。ウィッチ1、名前は真守優希だったかな」


「前線の貼り付け部隊に対する最新データは、現地の第6師団に拒否されていたはずでは?」


「ちょっと人には言えない方法を使えるのが、長く生きている利点だよ」


「ハッキングしたのですか!」


「そこまでは許されないよ。加盟国と言えどもサイバー領域は不可侵であるべきだ。隠されているものを暴くということは奪うことと同じなのだよ」


「それで次はどうしますか」


「どうするかな。僕としては本国の人間にも政治にも微塵も興味がないというのが本音だ。命令があるのだからウラジオストクで準備している親衛師団を消耗した陽本の軍隊と入れ替えていかなくちゃならない」


「援助が必要か直接見極める……あるいは消耗させて……」


「おいおい、僕は非情ではないんだ。盟友らを見殺しにはしない。……例の怪物については完全に情報不足だった」


「妹御に殺されそうです」


「凶暴だからね。困ったものだ」


「山岳地帯に?」


「SU-125の牙が刺さらなかったのは予想外だよ。さて、どうしたものかな。資本主義の盟主が送ってきた玩具も役には立たなかった」


「第18砲兵師団から空中戦艦を呼びますか」


「魅力的だね。僕は元々陸の人間ではない。まっ、陸がダメなら空だ。僕はね、人間だよ。妹の真似をして頰を裂いてもね」


「……陽本でのゲームは本国にバレているとは考えていないのでしょうか」


「シベリアを見捨てられるのだよ? 陽本の政治とはいつだって内向きなものだ」


「外から来ますよ。決めたルールの通じない相手はいつだって土足で踏みこんでくる」


「斜陽の老いぼれを生かすための餌……そんなもののために働きたくはないものだね」


「空爆はどこまで有効だろう? 同じものなら厄介極まる」


「伝統的に行こう。クレムリは最初の大戦からそうだった」


「割れないのであれば割れるまで殴る。シンプルなものだな、グレン」


「部隊の再編成は?」


「西の沼をホバークラフトで幾らか受け取っている。機材も人員も。犠牲は多かったが……まだ『許容範囲』だ」


「命は畑で採れると言っても大切に使うべきだよ」




 キーラは几帳面にメモを開いた。


 真守優希が『寝ぼけている』あいだにキーラが自主的に集めた情報のまとめだ。


「国境に第6師団ではない部隊、ですか。第2、第7、第11師団の即応部隊が集結しているのは穏やかじゃないですね。全面戦争間近ということになりますが、なんでもまた挑戦的な外交を」


「西陽本と東陽本も黙って見てはいない。戦時体制に入ったらしい。外人部隊だけでなく、高速道路を使ってタイヤ付きが集結した」


「……考えないようにしていますよ。不相応な政治ですから。四国での虐殺や、九州での国境紛争は戦争と認めていないだけですし」


「世界的な混乱てやつか」


「世界の半分が動揺している時代です」


 病院の中庭のベンチに風が吹き抜けた。


 キャッチボールをしている患者がいた。


 ベンチには風に追いやられた幼虫が落ちてきた。どこかの木の枝からあおられたらしい。


「原隊復帰には時間がかかりそうだよ。グーラ16が重傷で、骨にまだ破片が喰いこんでる。手術が1、2回はいるって話」


「置いてはいかない。移動に耐えられるくらい回復するまで待ちましょう」


「会社の契約で外国にいるよりは安全だろう。情勢も安定している……かは怪しいが、ゲリラやレジスタンスだの解放軍気取りはいない」


「キーラも休んでいてください。良いベッドですよ。WTもほぼ破壊されて使えないなら待機です」


 キーラは訝しみ、少し焼けた眉をしかめた。


「命令は?」


「ありません。いや、休んでください。8人で戻りましょう。今の最優先は8人で帰ることですから」


「……了解」


「あまり無理をしないでください。スパイじゃないんですから、四六時中、新聞紙やネットニュースを漁って情報収集するのは仕事ではないですよ」


「わかってる」とキーラは言った。


 彼女の声は遠かった。


 優希が顔をあげた。


 見えるはずがない。


「……マンモスは、どうするんだ?」


「勝ち目もないですし無視です。想像よりも重武装でないと戦車が必要です。対戦車ヘリコプターでも無理でしょう。衛星と無人機で飽和爆撃、地上戦は監視だけにするべきです。勝ち目がないのに戦う勇者ではないので逃げますよ」


「聞けて安心した。マンモスは異常な戦闘能力だ。単独で1部隊を壊滅させる」


 マンモスについてだけど、とキーラはメモを閉じながら、


「フラメル博士とやらの情報を偶然だけど手に入れた。ネットニュースの片隅にだよ。『フラメル容疑者の死亡』と。容疑は殺人、護送中に行方不明だったそうだ」


「秘密基地の消し炭が待っていたアタッシュケースの持ち主がフラメル博士でしょうかね」


「日付を見たけど、マンモスが現れた日よりも前に死亡が確認されてる」


「秘密基地が破壊されていたとき、まだ熱かったですよ」


「フラメル博士はそれよりも遥かに以前に何故か死んでいる扱いだったわけだ」


「専攻は何なんですか?」


「神話物理学だとか」


「…………なんですか、それは?」


「オカルトのたぐいとは思うけど詳しくはわからない。フラメル博士は神話から世界を読み解こうとしていたらしいとしか。

 ほら、北海道の熊は赤道で進化した生物なのに寒い環境の生物のような進化をしていたり、沖縄の蛇は本来、亜寒帯にはいないのになんとか適応するために過密な羽毛に鱗が変化しているとか、生物の分布にはおかしな部分があるのを神話の力で大陸が動かされた人工的な結果だとかみたいな感じだって」


 キーラも誰かの言葉をそのまま借りて言っているだけで自信なく迷いながら続けた。


「大陸もプレートの運動を考えれば、今の位置や形はおかしいて地質学の難題もあるらしいし?」


「ドラゴン仮説ですか」


 キーラは淡々と話しながら、


 ──帰らなくても、ね?


 不相応に永遠を望む自分を、振り払った。


「キミは大人しくしてな。グーラ16の見舞いは、うちがやっとく」


「ん、任せますよ」


 キーラは、キャロを置いて病室を出た。


 ──患者の1人なんだからうろちょろもよくないか。グーラ16の2人だか1人に……。


「キーラ」


 と、廊下で声を掛けられた。


 ナースステーションからは死角で、どこか薄暗く、すぐ隣でネットゲームをしている患者らのオープンスペースが遠く聞こえた。


「なんだ、グレン」


「あまりうろつくな。我々が無理をして病院に押しこんだ。怪しまれれば──」


「──病院の先生さまは既にそうだ。故郷からメールさ。何か知られてる。患者までは広がってないけど時間の問題」


「くそっ、面倒な。口は封じておく」


「で、何?」


「お前らがマンモスと呼んでいるユニットの情報提供だ。どこにある。保護の対価に戦闘記録と、基地のデータと交換だ」


「黒焦げフラメルが持っていたスーツケースの中身のコピーは、ウィッチ1のデータ領域にある。だから4両とも回収させた。AIも死なせはしない」


「小隊は『12人』、典型的なAI親和障害だな」


「みんな病気だ」


「否定できないな」


「データを渡す。約束は守る。WTを置いてる場所に案内して」


 と、キーラはエレベーターを呼んだ。


 ボタンを押しても動かない。


「看護婦の許可がいるんだ」


 グレンは看護婦を呼んだ。


 優希についている看護婦だ。


 鍵が開かれ、エレベーターがワイヤーで引き上げられる音が扉越しに聞こえた。


「バイタルパートはともかく、WTは蜂の巣だ。動きはしないがどうやって帰るつもりだ」


 エレベーターを待ちながら、


「優希は信じられる。だから、不安はない」


 CHiM!


「ノエル7の前にグーラ16のお見舞いだ」


「奇形は苦手だな」とグレンは冗談の口調だ。


 キーラは、殺すぞ、と言った。

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