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第3話「将来への細い道」

「お前、脳の病院に行ったほうがいいよ」


 真守優希は、目が覚めた。


 夢を……思い出そうとして失敗だ。


 良い夢ではなかったらしい、と優希は不快さと眠気を削ぐように顔を雑に撫でた。


「起きたのかー?」


 上のベッドで眠るキーラが、逆さに髪を垂らしながら覗くのが見えた。


「寝てろよ、馬鹿」


「ひでぇ、優希くんそれはキツい」


「私は寝ますよ。まだ夜だ」


 言うや、優希はベッドに頭を沈めた。


「目が覚めちまったよ」


 キーラは文句を言いながらベッドを軋ませた。


「優希は、傭兵としても参加した?」


「何度か。でも敵側の傭兵とセットで正規軍に殲滅されかけましたから、もうできません」


「よく生きてたな……」


「レースにも参加していたことあるんですよ。ドライバーを機関砲で蜂の巣にするレースです。最終レースでは、クレムリのホバータンクが乱入してきてほとんど死にました」


「不死身か?」


「しぶとく生きてますよ」


 優希の瞼の裏に、肉か鉄の区別さえつかずに四散した破片が舞う砂漠の光景が、彼が望まないのに映った。


「マンモスの話、どうなるのかな」


「報告は纏めて提出しました」


「いやだって、ぶっちゃければ俺らに死んでほしかったから無茶な任務だったんだろ? 生きてるよ、俺、優希、他のも」


「ギロチンなんて幾らでも用意されますよ」


「聞きたくなかった……」


 マンモスと言えば、


「秘密基地──中まで見なかったですが、何をしていたのでしょうね」


「どゆこと、優希」


「いえ、マンモスはまるで秘密基地を蹂躙したようにも感じられましたから。装甲を削っていた傷は、D-1の30mm焼夷徹甲弾でしょうし、実際、何両も破壊されていました。ただ……APFSDSの十字傷が気になります。かなり高初速の大口径機関砲弾に横や背中を撃たれてもアレは生きている。戦車より頑丈かも」


「仲間割れ?」


「さぁ? ただ、マンモスが脱走した、追跡部隊が南陽本に侵入した、ここまではわかるのです。ですが──」


 優希は疑問を口にした。


「なぜ、マンモスは北陽本の追跡部隊よりも北、脱走しただろう秘密基地の廃墟にいたのだろうかと不思議です」


 キーラから返事はなかった。


「龍骨山脈て昔から変な噂はありますね」


「変な?」とキーラは訊いた。


「はい。エイリアンだか怨霊だかが出ると。龍骨金剛石て知っていますか?」


「ダイヤモンドー」


「正解です。でも地質学的には、陽本列島ではダイヤモンドを採掘することはほぼ不可能なのだそうです。しかし、けっこうあちこちで採掘されていたりします。これは昔、隕石が落ちた高温と高圧でダイヤモンドが作られたというのが有力ですし、実際クレーターやらの調査でありえる話なのです」


 ですが、と優希は言いかけた。


 キーラが割ってはいる。


「オカルトだろ。龍骨山脈の地下にエイリアンの秘密基地があるなんて。東北国境に配属されたとき、キーラも脅された」


「もしかしたらですよ。北陽本は、何かを発掘して手に余った……と、考えればなんだか『面白い』じゃないですか」


「スペランカーは嫌いだ」


 キーラはキッパリと言った。




 北陽本の部隊が越境した国境紛争も、マンモスと呼ばれる未知の新型WTも、世間からはあっという間に忘れ去られた頃のことだ。


 T-1の側面走行にチョークで説明した。


 黒板代わりだ。


「陽本語でツキ、つ、き。漢字だと月」


 真守優希は、陽本語の読み書きが最低限でしかない外人部隊の仲間に陽本語の教師をやっていた。


「よくやるよ」


「キーラさんはその……何て字ですか?」


「つき!!」


 優希の『生徒』は多かった。


 多脚歩行車連隊のほとんどだ。


 外人部隊なのだから外人なのだ。


「陽本語が話せるだけでは足りません。読み書き風習、なんだかそれっぽいものを感じる機微が必要です。ここは陽本であり、国籍を掴むなら新しい祖国であり、家族になるからには家族になるための教育というものが必要です」


「気をつけろ。教育ママより手に負えない」


 キーラが新入生に忠告している。


 彼女の頭に出席簿、固い角が打つ。


「ウィッチ、グーラ、ノエル、アリス。4個中隊から学生に志願してくるのですから、月謝でも貰っていれば儲けですよ」


「金とるのか?」とキーラが“うげぇ”だ。


「まあいいですけどね」と優希は、採点中にインクを切らしたペンを買いながら、


「先生になりたかったんです」


「それがまたなんだって外人部隊に?」


「適正や要領の悪さ、それに純粋に頭に詰め込んだものが浅すぎるからですよ。案外、他人は優秀なものですから」


「ふーん」


「キーラは将来の夢、外人部隊でしたか?」


「まさか!」


 キーラはおかしく笑った。


「俺は酪農家だ。牛の乳を搾ってね」


「ちょっと意外です」


「実家は酪農家なんだよ。でっかい瓶に乳を詰めてた。好きなんだよ、牛の乳。隠れて飲んでたし、牛連中も好きだ。臭いけどそこは綺麗にしてやるんだ」


「キーラ牧場ですか」


「チーズも良いよな。加工品を売って……いやその前に、ロータリー式の搾乳システムで自動化だ。1人の手には負えないような数を扱う。機械万歳」


「素朴感ありませんね」


「農薬とマシーンは人類の叡智だ」


 少し、会話に間ができた。


「マンモスや北陽本に思うものないの?」


「命令がでてないし、考えても禿げます」


「ドライというか無関心だな、優希」


「上手い生き方は考えない生き方という自負ありますから。考えるとはエネルギーを使います」


「人間とは思えない発言」


「私は考えすぎますから。世の中の普通の人間は『良い具合に何も考えてはいません』よ。羨ましいことです」


「馬鹿にしてる?」


「尊敬しています」


 優希はT-1に書き込んだチョークを消した。




「アイドリングする燃料の無駄かな」


 キーラはエンジンを切った。


 T-1のパワーパックで、シリンダー内の爆発していた火が落とされて回転が止まる。


「訓練はいいけど、抜き打ちて面倒だな」


「無駄口ですよ。外人部隊にだって定時出勤、定時退社は無いんですから」


「定時就寝、定時起床はあるよ」


「まあそれはそうです」


「起床ラッパで反射的に着替えちゃう」


「あー……イタズラでも、ですね」


「アリス中隊の連中だ。よし、アリスらに時限爆弾でもベッド下におこう。作ってくれ、優希」


「嫌ですよ」


 優希は、ゲーム部屋の中でソロプレイしているT-1のドライバーを捕まえて食堂に連行した。ドライバーは同じ中隊のメンバーに引き渡す。


「世話焼きめ」と、キーラが呆れた。


「中隊は家族ですよ。誰も置いてはいかせません。できれば、連隊の全員でも。100人ちょっとしかいないのですから」


「ルーキーだったな、あれ」


「補充でやってきた人員ですから」


「外人部隊のベテランじゃないのは驚きだよ。最前線なのになー」


「いつだって3分の1は新兵みたいなものですよ。ベテランになるほど引退を先延ばしたい死にたがりはそういません」


「お前が追い出してるじゃん」


「当たり前です。何を好き好んで、死なせてやらなければならないのですか」


「新人にはキツいなぁ」


「キーラも満期ですから、退役の届けは受け付けていますよ。どうせいつも半分は戦争なんです。まともなやり方では書類は出せません。規約を盾にされます」


「優希はなんで残っているの」


「連隊旗に集まっているのが家族なんです。どこに帰るというのですか」


「俺も?」


 優希は食券を2枚買った。


 カツカレー、カツ丼。


 カツ丼はキーラのだ。


「また勝手に買う」


「カツ丼じゃダメか」


「カツ丼買おうと思ってた」


 定食ができるまでカウンター台で待ちながら、


「風当たりが強くなってるそうだ」


「外人部隊の?」


「そう。例の国境紛争の犠牲、外人部隊が外交関係を悪化させたのではないかと裁判になってる。どうも連隊長に来た命令は、迂遠な表現だったとか」


「連隊長は軍人の色が強いですから。曖昧しませんよね。政治家の『命令』を直接に実行したわけですか」


「政治家は、自分はシビリアンコントロールの味方で断じて兵隊の独断を許してはいないて主張してる。ニュースを見てるとハラがたってるくるな」


「政治は、将校だってやるものです。補給の手配や融通も軍の中での政治ですから」


「政治家に優しすぎないか?」


「デマゴーグで外人部隊を消したいとか、共産主義にするだとか果たすなら、私はそこでの生き方を探すだけです」


「受け身だな、優希」


「力があるからこそ、権力の振り回しかたには日々悩んでいますよ。中隊の命も預かっていますし、街の一角を制圧するだけの戦力もありますので」


「好きじゃないな。運命を自分で作らない考えなのは」


 カツカレーとカツ丼が出てきた。


 カツ以外にはルーしかないカレーと、カツを卵でふうじただけのどんぶりだ。余計な具材はなかった。


「ウィッチ中隊はよく働いてくれています。他の中隊とも、少し競っているが健全です」


 優希はカツカレーを受け取った。


 歩きながらスプーンでカレーをとる。


 食べた。


「私は、自発的ではないので任せます」


 食堂を使うヒトはまばらだ。


 優希は端で角に座った。


「陰気だね。明るい場所で食べなー」


「明るい場所て苦手なんです」


 カツを口に頬張り、


「例のマンモスが北陽本の秘密兵器だと仮定しますが──」


「やっぱり気になってるじゃん」と言うキーラの言葉はこのさい無視された。


「──亡命をするつもりならとっくに、南に着いているはずです。実際には秘密基地にいた。恐らくは、追跡部隊を振り切って、わざわざ戻ったんです。何故でしょうか?」


「そりゃ、亡命が目的じゃないてことでしょ」


 優希はうなずいて、


「マンモスの目的て何だと思います?」


「待て」とキーラは少し考えて、ニヤリと口元で笑った。


「それは、わからないことだ」


 優希は笑ってしまった。


「例のブリーフケース覚えていますか?」


「秘密基地で唯一の成果だったな」


「中身はなんだったと思います?」


「核のフットボールかな」


「ゲームのやりすぎです」


 優希はデコピンを、キーラの額に弾いた。


「……マンモスの資料ですよ。全てではないですが、黒焦げの設計者か職員の誰かは、フラメルと呼ばれていたようです。サインにはそのように」


「フラメルねぇ」


「フラメルの関わったマンモスが、北陽本の秘密基地を破壊して非武装地帯を徘徊しているわけです。亡命するわけでもなく」


「謎だな」


「謎ですね」


「ちなみにだが、優希は何か知ってるのか?」


「それは、わからないことです」


 優希はカツカレーのルーをすくった。


 黒々としたルーにはスパイスが強く、舌の上で何十と破裂して、どろりと絡みついた。

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