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第11話「目隠しを外して」

「よく眠れましたか?」


 頰をくすぐるような、柔らかい声色だ。


 優希は恥ずかしさで布団に潜りかけた。


 見えなくても見られているのはわかる。


「今は何時でしょうか?」


「お昼はまだですよ。トイレは大丈夫ですか?」


 耳を立てれば、同じ病室の患者はすっかりオープンスペースで遊んでいる時間らしい。騒がしさが漏れて聞こえてきた。


 つまりは朝の時間は過ぎているということだ。


「良い花の匂いですね」


 優希は、花瓶に新しい水の入る音と同時に、インクと紙の匂いに囲まれた豊かな花を嗅ぎ分けた。


「赤毛の人が置いていきましたよ。軍人さんでしたね。先生がたが気を遣っていたけど、軍隊てさっぱり!」


 あはは、と看護婦は花瓶を整えた。


 換気に、窓を開けて次の病室に行った。


 小さく軽い足音が遠くに行ってしまう。


 窓から冷たいというには暖かな風だ。


 吹き込んできた風は、結ばれたカーテンを揺らして、焼けた灰と熱を嗅ぐ。だがそれも一瞬のことで、生焼けと肌を焦がした熱は、穏やかな草花と土、海風の潮に霧散した。


 幻であり今にはないものだ。


「あんた──」


 摺り足だろう足音だ。


 静かで、隣のベッドの患者かも。


「──すり替わりは、恐ろしいなぁ。ひひっ、ひひひ。わかるとも。あぁ、お前も怪物だ。どうして生きているんだ?」


 声は、まあいいけど、と腰掛けた。


 優希が寝ているベッドだ。


「スワンプマンでは限りなく本物は、本物なのか、偽物なのかて思考実験だった。73番めだ。世界がすり替わっているとしたら、本物は何なんだろうな?

 人間や生物は引力源という意味以上に現実を歪める。歪んで、ひずんだまま溜まった力はプレートがそうあるように世界の法則に辻褄を合わせるんじゃないのかて考えると面白いな」


 Gi-


 軋む。


「72回めの変化、73番めの神秘に幕が変わる。先触れに気をつけろ。世界がファンタジーだってことは、充分に知ってるはじだぜ?

 今のお前は目ないから目が開いてる。閉じておくことだな。神秘のベールは美しいものだ」


「あー! 起きてる!」


「キャロ、声が大きいですよ」


「さっきまで寝てた。気を遣ったのに損だ」


 キャロの足音だ。


 小さくて軽い。


 その後に重苦しい……いや、抜き足の軍靴だ。


「病院食を買ってきた」と、ハスキーな低音のキーラが袋をカサカサと鳴らしている。


「グーラ16とノエル7には、ちゃんと挨拶しましたか? 放置するのは可哀想ですよ、知らない土地なのに」


 と、優希が苦言する。


「姉さんは『元気』だよ。さっき話した。グーラ連中は……」


 キャロは言葉を探すように、


「変なのと仲良くしてた」


 キャロの話では、




 グーラ16だ。


 2人の少女が背中合わせに1つの体を共有する奇形……異形……。


 奇形だからこそ目をつけられた。


「なんだその缶詰は。サイボーグか化け物」


 グーラ16は、ノエル8の半分、ノエル7の2人を運んでいた。円筒形をした金属製の物体で、3つを合わせれば90kgはある。だが、グーラ16は2人で協力して運んでいた。


 声を掛けられていたのはそんな時だ。


「戦友だ」


 と、前を向いている顔が答えた。


「気持ちの悪い中身だ。醜悪を越して、あまりにも冒涜だ。だけど、馬鹿にはさせない」


 DOM!


 重苦しい缶詰が置かれた。


「バラバラに解体されたのは繋がっている俺らとは違う。だけど、大切な人が教えてくれた以上は見捨てられないし侮辱も許さない」


 2人で2本の足が廊下を掛けた。


 低空、背中を小さく丸めて侮辱した相手の腰を腕ががっしりと掴んだ。


「──その喧嘩、買った!!」


 BLAM!


 BUNT!


 RAKK!


 KTAK!


 BUCHANG!


 KWA-DA-DOOM!


 押し倒し、馬乗りになったグーラ16は振り下ろして、振り下ろした。


 HER


 グーラ16は肺にとどめていた息を吐く。


 だが、終わってはいない。


 グーラ16に殴られていた女は、鼻血を吹きながらも、


「うぐぐ!」


 力の限り、力任せに抵抗した。


 油断したグーラ16は、


 BUCHANG!


 頭突きをまともに受けて額が裂けた。


 看護婦が割って入ったのは、直後だ。


 グーラ16はベッドへ、にんげ扱いとは思えないほど拘束された。


 そんな彼女たちへ、


「73番めの世界、73番めの奇蹟の先触れが不当な扱いだとは思いませんか? ともに新しい世界を目指しましょう」


 司祭服にフードを目深く被った女だ。


 73教の司祭だ。


「……見てくれ、この醜い我々を」


「72番めの神秘の賜物です。卑下する必要はありません。そして、73番めの秘蹟においては等しく正しい形へと生まれ変わるのですから」


「わかってないな。清濁あるのが……まあいいさ。汚いことを悲嘆することはないと言ったな?」


 グーラ16は話した。


 諭すようにだ。




 ──善人は嘘だ。


 奇形は、化け物として扱われた。


 平等であることを教義にした両親のカルトに、双子は祀られた。真の平等において虐げられるべき人間だと。


 不平等で差別されなければならない。


 踏み絵だ。


 平等の線引きに、奇形を使って、拒絶する人間を執拗に攻撃するための道具にされていた。


 虐げられることが利用された。


 グーラ16は、ある日、友だちが死んだことを聞かされた。彼女を差別した悪いにんげだからと、正義の鉄槌が落ちたのだと聞いた。


 彼女が、執拗に責め立てられて、耐えられず、自殺したのだと知るのにそうはかからなかった。


 その場しのぎの嘘を吹きこまれた。


 矛盾はどんどん積み重なった。


 グーラ16は偽物に耐えられなかった。




「何が正義だ。俺たちはもう信じない、誰の言葉もだ。ただ俺たちが欲しいものだけを受けいれる」


 司祭服の女は悲しそうに、


「貴方もこの世界の被害者なのですね……」


「俺たちは、1人じゃない」


 グーラ16は強く睨んだ。


 翡翠色の幼すぎる瞳だ。




「そのあとは、73教てのが新世界の形だとかなんとかで、護符を姉さんたちに貼ってるのも剥がしてたよ」


「そうですか」と優希は胸を撫でた。


「どうやって帰るのかを聞こうと思って来たんだよ。少し前はキミが寝ていたから、2度めだ。起きたのは看護婦さんから廊下で聞いた」


「キーラ、アニメ見てたよ。パワーローダー着た魔法少女のやつ」


「安心してください。考えてます。ほら、前にスペランカーの趣味があると言ったじゃないですか。どこかで適当なウォーキングトーチカか何かを調達しましょう」


「……お金は?」キーラはもっともな訝しみを声にまで載せて、「密売とかしていないでしょうね?」


 優希は答えなかった。


「26中隊のグレンて人間にも話を振ってみますよ。送ってくれるとは聞いています。具体的なことは何もですが」


「……ややこしい話だよ。クレムリ兵器と一緒に南下、戻れる場所があればいいけど」


「外人部隊てのは知られていますからね」


「よっぽど死んでほしいのか思慮が足りないのか、善意と良心なら逆に怖いお手紙を貰ってるしな」


「上手く帰れるように手配は頑張りますよ。隊長の責任ですしね、それも。龍骨山脈を抜けるにはWTで直接山越えするか、地下水脈でパラヒューマンの伝承がある地獄の迷宮を抜けるか、堂々と幹線道路から国境を越えるかです。

 オススメは文明の道を使うことで、それ以外はほぼ死ぬ可能性なルートですよ。生の道か死の道か、生か死かです」


「じゃ、生の道で」


「今の馬鹿みたいな会話じゃなかった?」


 さて、と優希は話を始めた。


「ウォーキングトーチカの手配ができました」


 キャロは「そっか」と何も深く考えない即答だ。


 しかし、キーラは形の良い眉を跳ね上げ、


「どうやって調達したとは聞かない。聞かないが、どうやって受け取る。何両だ。場所と時刻は? 病院の外で受け取るにしても誰が運んでくる」


「問題ありません。受け取りは私が行きます。受け取って、新しいウォーキングトーチカへ大破したT-1のデータを移します。

 破壊されているとはいえ、T-1はグレンが保管していると聞いているので、話をつけて作業に入りましょう」


「管理するグレンにはどうする。仮に同じ数のWTがあるとすれば、壊れたのが4、知らないのが4、8両もWTがいるのは明らかにおかしい。隠れながらデータを改変するのとはワケが違う」


 優希は夜、グレンとの秘密の話を思い起こした。




「情報機関だな」


 照明の落ちた夜。


『誰もいないのにうめられている部屋』で優希はグレンと会った。


「特殊作戦の支援に情報局の協力は当然としても、情報局の別部署が作戦中にも関わらず介入を強いるなんてものは珍しいことだ」


 グレンは溜息を吐きながら、火傷跡が生々しい腕を出した。優希はその手を固く握り返した。


「だが命令だ。国益は、お前を無事に送り返すことらしい。知るべき情報は知るべきときに最小限、知っていれば良い。歓迎しよう。キミらこれから国境を越えるまでは『部下』になる」


 書類の束、軍服と装備一式が用意されていた。標準的なものだ。


「陸路、道路を走って国境までキミたちを送り届ける」


「空路では駄目なのか?」


「忘れたようだな。現在、北と南は実質的な戦争状態だ。通常弾頭の弾道ミサイルはすでに臨戦態勢に入り、国境から500kmまでの陸海空は全てが射程圏内になっている」


「飛行禁止命令、撃墜されてしまう。陸路のほうが幾らが安全なわけだ」


「良い悪いの話ではなく、対ヘリコプター地雷とWTが展開する山岳地帯をヘリコプターで抜けることは自殺行為だ」


「わかりました。新品へのデータ移動、脱出までのエスコートに感謝する」




 優希は、まだ固く結ばれた包帯をなぞった。


「安心してください。8人、そしてAIは連れて帰ります。亡命の申請は早めにしてください。そう長居しませんから」


「イメージトレーニングはしておくよ。どんな車両やどんな『何か』がくっついてきても心臓麻痺しないように」


 それで?とキャロは、


「WTはいつ受け取れるんだろ」


「調達そのものは難しくはないはずです。ただ、軍用装備を陽本で4両運ぶのはそれなりに根回しが必要です。2ないし3日でしょう」


「早い」


「スピーディであることが商売ですから。在庫もあることは確認が済んでいます。余計な改造はなしに受け取るだけです」


「クセが強いかもね」


「T-1とはかぎりません。グーラ16やノエル7にも伝えておいてください」


「わかった。グーラ16を捕まえとく」


「なら、ノエル7の姉さんには私から」


 キーラとキャロがどんな顔をしているのか、優希は見ることができない。しかし、


「誰も置いてはいきません。これまでがそうだったように、これからもです。何年掛かっても、例え『一部』でしかなくてもです」




 VURRR


 運び屋のトラックから、4両のD-1ウォーキングトーチカがコンテナに詰め込まれていた。


「間違いない。流石に足を外してだが、揃ってる。組み立て前チェックは良し。出してくれ」


 キーラはコンテナを閉めた。


「キャロ、頼む」


 BROOOM!


 フォークリフトに乗るキャロが走らせた。


 THOM!


 フォークリフトに持ち上げられつつあったコンテナから飛び降りた足音だ。


「キーラ。ポーターにチップをやってくれ」


「男の優希が渡すほう喜ばれるだろ」


「男が苦手な娘ですよ。任せました」


 優希は監禁したクレムリ占領陽本円の紙幣を、キーラのポケットに押しこんだ。


「すみません。まだ目のは外せないので、ホイストクレーンでの組み立てはお願いします」


 優希は、待つことしかできない。


 目を使わずに混じっても邪魔だ。


 ──居心地が悪いな。だが、


「グレン。自前で調達したが問題はないな?」


「D-1で都合が良い。そっちの大破したWTから抜いた電子頭脳のAIのチェックは済ませたな。残骸は廃棄するぞ」


「鉄屑として小遣い稼ぎにすればいい」


「足がつくよりも廃棄だ。金よりも安全を」


「もっともな意見だ」


 グレンは、


「国境での通信が活性化だ。開戦が近い。紛争レベルだろうが……余談を許さない状況になってきた。将校外交の前線部隊は入れ替えで、後方の正規軍に入れ替えつつある。不味い事態だ」


「外人部隊は下げられたわけだ」


「約束は守る。だが、暇ではない。戦端が落ちれば無駄にリソースだ。早く目を治せ、明日……いや、今晩には出る。共同管理区画までは1本道だ」


「頑張りましょうかね」


 優希は肩を叩かれた。


 ポーターの女の声が、


「忘れてたが、こいつは個人的なサービス。護符だよ。73教の73番めの世界、キミが新しい世界にもいることを祈ってね」


「ありがと」


「貼るまでは、いても良いかな?」


「私も話し相手が欲しかったところですよ。何を話しましょうか」


「やった。WTだけど可愛い化粧をしているんだ。あんた見えてないからサービスで教えてあげる」


 機械作業の音が反響していた。


「ねっ、その、ね? 目の外しても?」


 チェーンが巻き上げられていた。

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