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シスター・マリエッタの事件簿  作者: 東 空塔
事件二 風俗嬢殺人事件
18/84

さげすみ

 横山は勝小田署の取調室にいた。

 机を挟んで反対側には小川とシスター・マリエッタがいた。

「横山さん、困りますよ。あんなことされたら」

「……すみません」横山はシュンとなった。

「下手したら牧田は殺されているところでしたよ。そうなったらあなたは殺人教唆の罪に問われますからね」

「めんぼくないです」

 横山はどんどん小さくなっていった。しかし、あまり萎縮されると聞けることも聞けなくなると思い、小川はほどほどにしておくことにした。


「ところで、ふりだしにもどった感じなんですが、他に誰かお店の関係者で伊藤恵子に関わりを持った人物などに心当たりはありませんか」

 小川が尋ねると横山は宙を見ながら考えて言った。

「そうですね……。店内での人間関係は良好だったので、恨みを持っていた人間というのは思い当たりませんね。基本的にお客さんにはスタッフのプライバシーは教えておりませんので外部の方の接触は牧田以外には考えにくいです」

「そうですか……」


 小川があきらめかけた時、横山が「あっ!」と声を上げて言った。

「1人外部の人間で接触している可能性のある者がいます」

 小川は身を乗り出して聞いた。

「誰なんです? それは」

「実は私の中学の時の同級生なんですが……」

「中学の同級生? それが何で……」


      †


 横山の話は数ヶ月前にさかのぼった。

 その頃、横山の通っていた中学校の同窓会があった。横山の年齢……すなわち20代半ばともなるとその社会的地位には格差が出てくる。エリートから社会の底辺を這いずり回っているような者まで。横山はどちらかと言えば後者に属すると自覚していた。


 前者の代表が千代崎(つとむ)だった。中学生の頃はガリ勉で性格も暗く、あまり友達もいなかった。横山にとって千代崎はイジメの対象だった。自分の家庭環境の悪さからくるストレスを千代崎にぶつけていた。使い走りをさせて、買ってきたものが気に入らないと難癖をつけて費用を負担させたり、正座させたりした。クラスメートもあまり彼には近寄らなかった。


 それが今や女子たちが千代崎を囲んでいるではないか。彼は一流進学高校にすすみ、一流国立大学を出て大手生命保険会社に就職し、出世街道を歩んでいるという。かつてさげすんでいたはずの千代崎を女子たちはこぞってチヤホヤしていた。横山にはそれが気に入らなかった。


 横山は女子からモテモテの千代崎に話しかけた。

「よっ、千代崎。久しぶりだな」

 ところが千代崎は横山の姿を凝視した後、怪訝な顔をして言った。

「君、だれだったけ?」

「俺のこと忘れたのか? 横山だよ」

 千代崎ははて? という顔で考え込んだ。嘘だ。忘れているはずがない。こいつわざと俺を無視するようなことをしてかつての仕返しをしているのだ。横山はそう思った。

「ねえ、君たち覚えてる? 横山君のこと」

 わざとらしく千代崎はまわりの女子たちにそう尋ねた。彼女たちまでが首を傾げる。明らかに千代崎の機嫌を取ろうとしてわざと知らないフリをしているのだ。

「そうか。忘れてるんならいい。じゃあな」

 横山はハラワタが煮えくり返りそうになるのをこらえてその場を立ち去ろうとした。すると千代崎が声をかけた。

「まあ待てよ、横山君。せっかくだから話そうよ。君どこの大学出たの?」

「……高校中退したよ」

「ええ? じゃ、この不景気で大変じゃん。どうやって生活してるの?」

「ある店の店長をまかされている」

「へええ、どんなお店?」

「それは……」

 横山が言葉に詰まると千代崎はわざと思い出したように言った。

「ああ、思い出した。君確か『サファイアドール』って店の店長だって言ってたよね」

 そんなこと横山はクラスの誰にもまだ言っていない。こいつ、調べた上でわざと俺を侮辱しているな、と横山は思った。

「『サファイアドール』って確か風俗店だよね。ファッションヘルスとかいう……」

 周りの女子たちはあからさまに嫌な顔をした。「やだー」「キモい」「最低」という声も聞こえた。千代崎は彼女たちに言った。

「君たちさ、もし就職先見つからなかったら横山君に相談するといいよ。給料いいんだろ、な? 横山君」

 横山は殴りたい気持ちどころか殺意さえ芽生えてきた。その気持ちを何とか抑えて同窓会を後にした。


 それから千代崎がサファイアドールの横山のもとを訪れたのはわずかひと月後のことだった。

「すまん、横山君。君の店の従業員を紹介してくれないか」

 千代崎は春から営業に配属されたという。最初は親族関係で何とか持っていたがすぐにネタがなくなった。もともと友人関係も希薄で、子供の頃から勉強ばかりで人間関係を作ることに関しては努力して来なかった千代崎にとって営業は過酷な試練となった。それでなりふり構わず手当たり次第営業をかけているのだという。

「……おまえさ、どの面下げてここに来てんだよ。ああ? このまえ同窓会で俺をコケにしたこと忘れたのか?」

「ごめんよ。横山君。本当に失礼なことを言った。あやまる。この通りだ」

「……じゃ、ここで土下座して謝罪しろ」

 横山がそう言うと千代崎は土下座して床に手をついた。

「……本当にすみませんでした。許して下さい」

 千代崎はそう言って額を床につけた。

 横山は中学の時、千代崎をイジメていた頃のことを思い出した。こいつ、あの頃から何も変わっていない。そして俺も。横山はそう思って千代崎の頭を足で踏みつけた。

「わかった。そこまで言うなら、ウチのスタッフに営業してもかまわない。ただしこっちの業務に差し障りが出るようならやめてもらうからな」

「あ、ありがとう……」


      †


「そうして千代崎はしばらくウチの店に出入りして営業していました。その中で契約が取れた者がいたのかどうかはわかりませんが……」

 そう言って横山が差し出した名刺にはこのように書いてあった。


 大本生命保険相互会社 勝小田支店 営業課 

 係長 千代崎 勉


 こうして小川とマリエッタは大本生命の勝小田支店を訪ねることにした。

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